ダーリンとってもラブリーね



不機嫌だった。著しく不機嫌だった。いつもなら今日あったどうでもいい出来事を、片っ端から話し始め、自慢だったり弱音だったり投げ掛けるのに、今日はそれすらも見当たらない。ただ不機嫌だった。普段から人付きの良い容貌ではないのに、不機嫌となると、その顔は誰が見ても不機嫌と一目で分かるものだった。本人には、至って自覚はなかった。だから不機嫌だね、なんて言葉は不本意だったので、益々不快感は募る一方だった。不二は取り合えず跡部をほっといた。火に油現象が起きるのは容易に想像出来たから、読みかけの雑誌のページをめくった。


「放置してんなよ」


剥れた口調、剥れた表情で跡部は不二を睨んだ。人様のベットを占領し、人様の部屋で勝手に不機嫌になり、あまつさえほっといてくれ発言の後にやってくるこのセリフ。不二は苦笑した。


「だって理由聞いたって、どうせ教えてくれないんでしょ?」

「てゆーかオマエ聞いてねーじゃん」

「聞いて欲しいの?」

「バカかオマエ、誰が聞いて欲しいなんつったよ」


跡部はそう言うと、ガバリと布団をめくってモソモソ音をたてながら、顔まですっぽり被ってしまった。不二の苦笑はちょっとやそっとじゃ止まらない。


「ねえ跡部、今日どうして僕と会うなり不機嫌だったの?僕何かした?ねえ跡部」


不二が雑誌を床に置いて尋ねると、跡部はまた大きく布団をはいで、それからもの凄い勢いでベットから降りて、瞬く間に不二の目の前に詰め寄った。


「そうだ、オマエのせいだ」


目が据わっていて、何だか怖い。


「オマエが笑ってるからいけないんだ」


素面でどうしてそんなに据わった目をしてるんだろう?不二は不思議で仕方なかったけど、取り合えず目先の不思議に着目した。


「何で僕が笑うと駄目なの、だって今だってさっきだって僕笑ってるじゃない、てゆか僕が笑ってるのは今に始まったことじゃないじゃない」


一気に捲し立てると、跡部は少し怯んだ、ように見えた。


「違げーよ、不二の笑ってる顔が嫌いなんじゃねーよ」

「じゃあ何が駄目なの」


そう言うと、跡部は急に黙り込んでしまった。ぶすくれた顔は、不機嫌な顔にまた戻っていた。そしてフン、と鼻で笑うように言うと、そっぽを向いてしまった。


「だんまりしないでよ、ねえ跡部、やっぱり僕が悪いの?」

「悪い」


即答だった。はっきりしないのは好きじゃないけど、かといってはっきりされるのもソレはソレでカチンとくるものだったりするので、不二はカチンとした。


「何で僕が悪いの、何か、跡部にそう言われるの、ヤダよ」


自分で言って不二はテンションを下げた。その様子は表情にも表れて、跡部にも容易に知れた。滅多にお目見えしない罪悪感を覚る。弁解しなきゃ。自業自得であるのに、彼はそんな思いを一気に募らせる。


「だから、そうじゃなくて」


言いたいことはある。弁解の余地もある。だけど溢れる言葉が多過ぎて、気持ちが言葉に変換しないくて、跡部は急にもどかしく、そして自分の軽挙さを後悔した。


「オレは、だから―――」


あたふたする跡部は、自慢の髪をクシャクシャーっと掻くと、あーとかうーとか言って、それから


「青学のヤツらが羨ましかったンだよ!」


一語一句歯切れ良く言った。不二はその音量に、中味に、きょとんとした。


「オレが青学迎えにいったら、アイツらと笑ってたじゃねーかよ、すんげー居心地良さげに。だから何つーか・・・その・・・」


語尾は段々小さく、聞き取り難くなっていた。だけど2人は面白いほど至近距離だから、どれだけ小さく囁いても聞き取れてしまう。


「オレだけに笑うんじゃないんだなーと思って、何か・・・」


しどろもどろだけど、不二の耳には全て入っていった。だからちゃんと応答も出来るわけで。


「・・・バッカだなあ」

「なッ、バカってまた言ったなオマエ!最近ソレ言い過ぎなんだよ!」

「だって、バカなんだもん跡部・・・バカベのほうがしっくり来るよ・・・?」


不二は顔には出さないけど、照れていた。跡部のあまりにも恥ずかしい発言に、不二が恥ずかしくなっていた。そんな不二の思いも知らず、不機嫌の顔よりも、更に不快感を増した顔になったと思うと、跡部は顔を赤くしていた。普段が割と白いだけに、ソレは本当に著しく普段と今の差が分かってしまう。


「何笑ってんだよ」

「だって跡部ってば可愛いんだもん」


跡部はその言葉に深く深く傷ついて、それから絶句した。不二はその様子を微笑ましげに見守った。仏頂面のこの男を可愛くさせるのも、可愛いと言えるのも、苦笑する不二だけの特権だった。