熱き日差しで君を刺せばいい
ジリジリ蝉が自己主張をし、太陽は悪素を孕みながら僕を照らす。額からは当然のように汗が伝い、僕はそれを手の甲で拭う。鮮度の欠片もない、歩き慣れた道を今日もひた歩く。人気のない、ただ蝉が無作為に音をたてるだけの早朝の道。だけど僕は今日も歩く。訝しげな目的のために、僕はまた汗を拭った。
半開きになってる校門を背にすると、久し振りに聞く音が飛び込んできた。心地良い、低音と高音の交じり合ったような、身体が自然と反応してしまう音。それが否応なしに、存在を証明してる。威圧感ていうのかな、音を聞くだけで、そんなの感じてしまうよ。そして日陰が増えるにつれて縮まる距離。この茂みを越えれば、君に会える。
「手塚」
ほら、いた。目にした瞬間、確認するように僕の口から発せられた名前に、その存在を目の当たりにする。壁に向かって黙々と淡々と黄色いものを打つ人。この気候を感じさせずに、涼しささえ感じさせるほどの顔をして、彼は躍動していた。疲労とか、そんなのもなさそうに、一心不乱に、たまに声を上げて。ただそれだけなのに、どうしてなんだろう。彼はこんなにも自己を持っている。そして主張してくる、否応なしに。それは誰の中でもなく―――
「手塚」
僕は全部を遮るように声を出した。だけど、躍動を見せる人は止まらなかった。ああ、僕の声は届いていないのね。
「手塚」
強調して、叫んだ。そしたら、大きな風が吹いて、彼が止まった。肩で息をしないから、今までこの人が何をしてたかなんて忘れてしまいそうにさえなる。直射日光は当たらなくても、僕はこんなに暑いのに。
「来たのか」
白の上下に包まれた彼は、遠くから僕に近付いて来た。前髪が少し、乱れてる。
「ウン、来たよ」
縮まる距離が、押し迫る圧迫感をもたらす。目を下にそらしたら、行き場をなくした僕の指は、ギュッときつく絡んでいた。なんか、こうゆう時、居た堪れない。蝉の声だけが耳に入って息苦しい。けど、僕は自主的にここに来た訳で、そう思うとなんとも居心地が悪い―――そんな今更すぎることを思ってしまう。あーあ、って言いたい。左手の人差し指を、右手の親指で押すようにさする。今頃になって日陰の涼しさを実感すると、肩に何か伸し掛けられたようにズンと重くなった。
「来ちゃいけなかった?」
こんなこと言いに来たわけじゃないのに。口から出るのはこの程度。
「そんなことは言ってないだろう」
その言葉を合図に、僕は顔をあげた。ジャリジャリ音をたてながら、手塚はもう僕の目前に立っていた。目線10センチ上の彼の目は、どうしてこんなに遠くに見えるんだろう。遠くを見ているからなのかな。僕が黙っていると、手塚は額を腕で拭った。ああなんだ、君、汗かいてたの。
「そう、ならいいけど」
嫌になる。何で僕は君の些細な所にも気になっているんだろう。ああ、どうして君はこんなにも自己を持っているの。本当にタチが悪い。君は僕の中で根強いて放さない。いい加減にしてくれないかな。僕がここにいる理由も、ここで1人暑くなってるのも、こんなに惨めなのも、全部全部君のせいなんだよ。
「手塚」
君を睨もうにも、君を見るには背が足りなくて、僕は君を見上げるしかなくて。どうして僕はこんなにも劣勢なのか。またうつむく僕は、手塚が見ていないことをいいことに、遠慮なく口角を緩めた。苛々する、この自嘲は誰のせいと思ってるの。
「手塚」
八つ当たりとか、してみたい。
「手塚」
少しは困ってみせてよ甲斐性なし。
「僕に愛をちょうだい」
返事ぐらいしてよ、ムカつくなあ。
「愛を、ちょうだい」
僕が顔を上げた刹那、嘘みたいに暑さが飛んだ。涼しげな彼の唇が開いたから。僕は不覚にも、それだけで動悸がした。だけど君はいつだって期待を裏切る。
「勿体無いからやらん」
颯爽と、あしらう。憎たらしい。失笑する。いっそ君がここで朽ちれば、僕は清々しく笑えると思う。だから僕はおどける。
「嘘吐き、ほんとはあげたいくせに」
「いいや」
君はどうして笑いもせずに答えるんだろうね。余計に滑稽さが際立つよね、その仕打ち。ま、いいけどね、いつものことかだ思えば幾らか楽になるよ。
「手塚、愛してるよ」
面と向かって言うほど間の抜けたことはないけど、そんなふうに僕を強くしたのも君だから、なんかもう、君の一瞥も侮蔑さえも、それほど怖くもないから。
「買ってしまいたいほど、好きだよ」
嘘みたいに暑い中、冷たい人に笑いかけた。
イイワケ
ほんとはフジコ一人称の中に、命令形のセリフとか入れては1人で悦ってたんだけど(笑)、不二塚?と思ったので自粛してみた。いい心掛けだね☆…実は不二塚って楽しいのカモネ…(や、ウチは精神的に不二塚模様だけどもさ)
02.08.14