陰極からの電子の発生方法
真空管は陰極で発生した電子が陽極に流れるのを格子(グリッド)で制御するのを基本の動作としています。この電子の発生方法は以下のように大別されます。
(1) 熱電子
これは金属元素の自由電子が高温の真空中で金属表面から離れる現象であり、真空管の基本的な原理です。この原理を利用する方法として以下の二通りがあります。
・高温に耐えて熱電子の発生しやすい金属の利用 この種金属としてタングステンやトリウムを表面に染みこませたタングステン(トリウムタングステン)があります。これは極めて丈夫ではあるが熱電子の発生効率は高くありません。現在では送信管にのみ用いられています。
・熱電子の発生しやすい物質を加熱 この種のものとして金属酸化物(酸化バリウムなど)があり、これを用いたものを酸化物陰極と呼びます。ほとんどの受信管と小型の送信管ではこれを採用しています。これにも更に二つのタイプがあります。
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直熱型:加熱用の材料を陰極とし、これに金属酸化物を塗布する方法です。この陰極をフィラメントと称します。加熱用の電力が最小限で済み、また即時に動作することができます。フィラメントを交流で点灯するとこの交流成分が信号に重畳するので、できるだけ低電圧で点灯し、また交流成分が相殺されるような回路上の工夫が必要となります。
- 傍熱型:加熱用の電極(ヒータ)と酸化物陰極(カソード)を分離する方法です。これによって陰極は加熱用の電源とは電気的に分離することができます。電力が余計に必要なことと、カソードが加熱されるまでに時間的な遅れが(10数秒)発生しますが、陰極の電位を自由に設定できることから回路設計の自由度が増すこと、ヒータ電圧を自由に設計できること、陰極の形状が自由に設計できることなどのメリットが沢山あります。ちなみに真空管式テレビでは特にカソードとヒータの高耐圧絶縁が必要だった水平同期出力のいわゆるダンパーダイオードが最も加熱に時間がかかりました。このために音が出てから絵が出るまでに数10秒待たされるのが通例でした。当時頭の回転の鈍いひとを傍熱管と称したことがあります。(理由はいわずもがな)
(2)冷陰極
金属の種類によっては常温でも熱電子が真空中に放出されやすいものがあります。この種の金属で陰極を作ることでヒータ/フィラメントを用いずに真空管として動作させることができます。実際には電子の放出が起きやすいように特に電界強度の高い部分が発生するような構造がとられます。一度放出が起きると内部に僅かに残留しているガスのイオンが陰極に衝突することで陰極が加熱されてますます放出が起きやすくなります。実際に意図的にガスを僅かに入れているものもあります。最初の放出は通常はいわゆる光電効果により発生することが期待されているので、この種の真空管は暗黒の状態では正常に動作しないことがあり、多くは電極とかに放射線物質を用いて暗黒での起動を容易にしてあります。通常の使用には問題がなくても万一破損した場合に破片が体内に入ると非常に危険であり、取り扱いには注意が必要な部品です。この種類の真空管はほとんどが整流菅ですが、電池を節約したいラジオゾンテ用の発振菅にも採用されていました。最近になってこの原理を利用した放電管を薄型テレビに採用する動きがあります。電子の放出を行う突起を大量に配置することで大きな画面の表示装置とするのです。
(3)光電効果
真空中で金属に電磁波が衝突すると電子の放出が起きます。これはアインシュタインが理論づけをしてノーベル賞を得る基になった原理で光電効果と呼ばれます。この現象が発生するのは金属の種類と電磁波の波長により決定され、アルカリ金属などが放出が起きやすい(エネルギーの少ない長い波長の電磁波でも放出する)ことが知られています。実際この種の金属は熱電子も発生しやすいのは、いずれも金属表面から電子が離れるのに必要なエネルギーが少なくてすむからです。この原理を利用したものには光電管と呼ばれる光を検出する真空管やテレビの撮像管などがあります。
(4)二次電子
光電効果と同様に電子の衝突によっても電子放出が発生します。物質によっては衝突した電子より多い個数の電子が放出されるものがあります。この現象には陽極への加速された電子の衝突で期待していない電子放出が発生するなど有害な場合もありますが、利用方法によっては電子量を少ない雑音で増加させる有用な手段となります。二次電子の発生し易い物質は光電効果と同じ表面からの脱出エネルギーが少ないアルカリ金属類で、これを適当な電位で複数個配置して衝突の連鎖反応を起こさせることで実質的利得を向上させるのです。これを光電子増倍と呼び、古くはテレビの撮像管であったイメージオルシコン、また最近話題になったスーパーカミオカンデのシンチレーション光の検出用に用いる光電子増倍管に利用されています。