真空管の起源(歴史)


よく知られているように、真空管の原理である熱電子による真空中の導電現象はエジソンにより偶然に発見されました。これを実際に熱電子によるものとして理論づけをし、最初の真空管(2極管:Diode)を作ったのはイギリス人のFlemingです。彼はこれを熱電子管(ThermoionicValve)と名づけました。当然のことながら英国では現在でも(Vacuum Tube)などの下品な(笑)呼称は使用していません。このDiodeは真空の容器の中に収められた陽極(Anode)と加熱により熱電子を発生するフィラメントから構成されており、陽極側が正電圧のときに限り陽極から陰極に電流が流れます。FlemingのDiodeは電波を検出する有効な手段が無かった無線通信に画期的な効果を発揮しました。マルコーニは早速これを利用して無線による遠距離通信を行っています。

これに更に新しい電極を追加することで陽極からフィラメントに流れる電流を制御できることに気づき、3極管を発明したのは米国のDeForestです。この3番目の電極(Grid)はほとんど電流を流さずに電位だけで陽極電流を制御できることから適当な外部回路を用いることで電気信号を増幅することができるようになりました。(あたりまえのことですが、増幅とは目的とする信号に関する電気エネルギーが大きくなることで、Totalエネルギーは増えるどころか減少します。また真空管が増幅するのでなく、周囲の電気回路全体で目的信号を拡大して取り出すのです。)

3極管の発明により多くのことが可能になりました。

これ以後の真空管の発達はほとんどが通信と放送の発展に同期して行われます。特にラジオ、後のテレビの受信機に用いられることから真空管は民需用の量産品として重要な工業製品となっていきました。

この発達において見逃せないのは、優秀な電子材料の研究や製造技術の発達が大きく寄与していることです。熱電子の放出特性の良い材料は、もはやエジソンが白熱電球のフィラメントのために闇雲に素材を探していた時代から脱却して物性の研究から求められ、また高真空を得るために金属とガラスの接合技術が開発されました。


注1)エジソン効果:エジソンが電球の真空度を計るために電球内に電極を入れたときに、この電極に正電圧を印加するとフィラメントの間に真空中であるにもかかわらず電流が流れることを発見しました。以下の図は彼による世界で最初の電子回路の特許といわれています。


この回路は図から想像できるところでは、負荷によってAのフィラメント電流が変わることからプレートとフィラメントに流れる電流が変化することを検流計で表示するものらしく、別に真空管である必然性もないようではあります。しかし彼はより重要な仕事のためにそれ以上の追求はしなかったと言われています。エジソンが直流送電主義者であったのは有名な話で、彼の頭の中では交流を直流に変える整流作用は大きな価値を持たなかったのでしょう。

注2)フレミング(Fleming)の2極管: フレミングはこのエジソン効果が陰極から放出される熱電子によるものであることを突き止める実験を行いました。マルコーニの会社で無線電波の検出方法を研究中に彼は5年前に実験で使ったこの装置が電波の検出に使えるのではないかと気づき、それを改良した2極真空管を作り、これが交流信号を直流に変換できること、高い周波数まで利用できることを実証しました(1904)。

彼の2極管による検波回路の特許は以下のものです。


彼の作った最初の2極管(Diode)はここに展示されています。ちなみに日本海海戦で有名な信濃丸の無線通信はちょうどこの時期にあたり、真空管時代の直前の装置が用いられています。

注3)ドフォレスト(DeForest)の3極管: ドフォレストは2極管の特性を調査するために、内部に電極を入れて測定中に、この電極の電位が2極管の特性に大きな影響を与えることから3極管を考案したとされています。興味深いことに、この後にレーダの検波器に使用されていた半導体ダイオードの特性を測定するために接合部に取り付けた測定用の電極が整流作用に影響を及ぼすことから最初のトランジスタ(点接触型トランジスタ:PointContact Transistor)が発明されています。

注4):意外かも知れませんがブラウン管(CRT)は真空管に先立って19世紀末に発明されています。これはガス入り管内での放電現象から発明されたもので電子の流れの方向が外部電極の電位で変調される現象を利用したものです。3極管が電極の電位により電子の流れの密度を変調するものであるのとはほんの僅かですが異なっています。