独の開発記録
ドイツでのレーダーの開発は対空警戒用、射撃管制用、船舶用、航空機搭載用など各種のものが並行して行われていました。
1935年の時点でレーダーの開発にとって次のことが本質的なことは認識されていました。
・送信機はパルス動作をすること。(幅の狭い時間に大出力での送信)
・受信機は送信中に受信を保護されること。
・距離の測定は信号伝播時間の測定をブラウン管にて表示すること。
・新しい真空管(マグネトロン、10cmの波長用真空管)の開発が必要なこと。
・波長を50cmに変更すべきこと。
レーダーは波長が短いほど分解能が向上し、またアンテナが小型になるので回転させることが容易になります。問題は短い波長にするほど当時の電子管の性能の限界からの制約が生じることです。
その当時にはまだ現在の携帯電話に用いられている1GHz以上の電波に対しての通信技術は存在しませんでした。真空管の発振、増幅を行う周波数は数100MHzが限界で、そこでの送信電力は電子管を小型化せざるを得ないので限定されていました。
この限界を破るものとして、米国のHal、日本の岡部によりマグネトロンの発明が行われ、これを用いると1GHz以上の強力な電波は発生できるけれど、その受信もまた問題になりました。
ドイツは当初はマグネトロンを作成することに問題があって、真空管の発信器による送信を行うことになりました。但し真空管式は安定した周波数での送信ができるので受信機の性能は向上させることができます。
英国が捕獲したドイツのレーダーの技術を解析した結果1943年7月からジャミングと窓(window)と称するレーダーの波長に共振するアルミ箔の短冊を頒布する新しい妨害方法を開始したことでドイツのレーダーは大きな転機を迎えました。もともとレーダーの受信機は微小な反射波を受信しなければならないのですから妨害には弱いのです。それで可変周波数タイプなどの新しい系列のレーダーへの切り替えが行われます。
さらに撃墜した英国機に搭載のレーダーをテレフンケンにて復元することで英空軍が波長10cm以下のレーダーを使用していることが判明すると、かなり短期間の間に9cmの波長のレーダーを開発し実戦に配備しています。これは日本でのドイツレーダーを手本とした装置の開発すら間に合わなかったことから考えると驚くべきことです。但し受信の局部発振器に重要な反射型クライストロンは金属管の技術の不足からか最後まで開発できませんでした。