「タイミング」
任務帰りでのことだった。
その日の任務はいつも通りDランクの子守りだった。
波の国でAランク級の任務をこなして以来、また平穏な任務が続いていた
(ナルトはその度ボロボロになることが多かったけれど)。
あンのクソガキ、積み木を拾えって云いやがってよ、俺ってば外に投げてやったんだ。
少し誇らしげに云ったナルトに、サスケはため息をついた。
サスケだって紛れも無くその場面は見ていたのだし、
そのあとその子が大きな声で泣いて、カカシが母親に済みませんと謝ったのも、
ナルトがサクラに羽交い締めに合ったのもこうしてため息をつきながら見ていた。
このウスラトンカチ。そんなの知ってんだよ、と云ってから。
「今日は俺は電車で帰る。じゃあなウスラトンカチ」
「えっ……電車!?」
木の葉の里に電車は出来たばかりだ。それも路上を走る小さなものだったが、
ちょっぴり出掛けるには最適なものであったと云えるだろう。
ナルトはウスラトンカチの呼び名には反応しなかった。
おそらく電車への興味の方が圧倒的に勝ったとか、そんなことだろうけれど。
「俺ってば電車って乗ったことねぇんだ! 波の国にも無かったしな?」
「そりゃ無いだろ」
「サスケはもう乗ったのか?」
「当たり前だ」
当たり前だ、と云ってからサスケは少し後悔した。
コイツに乗車する金なんか有るわけないんだから。
しょげてちっと舌を鳴らすナルトに、サスケは無言で一駅分の代金を目の前に突き出した。
「……?!」
「今回だけだぞ」
「何だ!? なんでくれるんだってばよ!? さてはこれじゃ代金足りねぇんだろ!」
「そんな低次元の嫌がらせなんかするか、バカ」
「……じゃあなんでだよ!」
「いらないのか? なら返せ」
そういうとナルトは眉をしかめて黙って、少しの沈黙の後にたどたどしくいるってばよ、と答えた。
「俺ってば電車乗ったの初めてだ!」
同じ年であるに関わらず、ナルトはまるで宝物の洞窟に入る時の子供だ。
顔中をわくわくさせながら電車の中を歩きまわって、窓に手と顔をぴったり付けてはしゃいでいる。
「早く発車しねぇかなー」
「あと数分は発車しない。そんなに本数来ねぇんだから」
そうだ、とサスケは席を立つ。
「ん? 何処いくんだってばよ」
「飲み物を買ってくるだけだ。お前にはやらん」
ナルトは明らかにむかっとした表情を表に出して、俺ってばこの中の方が良いんだ、
喉なんか渇いてない、行くんなら早く行けよと急かした。
サスケはまた精神年齢のギャップを感じて可笑しくなった。
適当な缶を一本買って帰ってくると、ナルトが席を立ってどうするべきか顔をしかめているのが見えた。
よく見ればさっき二つ取った席は一つに減っていて、ナルトは座るべきか悩んでいたとわかった。
「おい、どうした」
「サスケェ! 俺ってばなんか邪魔だったみたいだから、席譲っちまった。
でも俺ってば疲れてねぇから、サスケ、座れよ」
そういってナルトは、サスケの為にだか知らないが席の上に置いてあった鞄を徐に取った。
「……俺は、いい。お前が座れ」
「なんでぇ人が開けといてやったのに! じゃあお前もあっちの席に座ればいいだろ」
大体俺はタイミングが悪かったんだ、とサスケはゆっくり動き出した電車に身を任せながら考えた。
ナルトがサクラにチャクラについて教わった事を訊く時も、そして今も。
少し早かったなら、少し遅かったなら、結果は変わっていただろう。
あまり飲む気のなかった缶ジュースを無理に呷りながら、サスケは静かに眼を瞑った。
ナルトが足をバタつかせて喜ぶのが聞こえた。
……ウスラトンカチ、と一つ呟いたのは、ナルトには聞こえなかったようだ。
素直にナルトが開けてくれた席に座った方が良かったのか。
それともこれで良かったのか。それはサスケにはわからない。
何しろ彼はタイミングを外してしまったのだから。
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サスケってタイミング悪いよねって話。