「√」







「んむぅー……」

 隣でナルトが唸っている。
さっきから数学の問題が解けないらしく、鉛筆を転がしたり耳に挟んだりしている。
あまり真剣に解いているようには見えない。
サクラとサスケはというと、ナルトが気になるようではあるが黙々と問題を解いている。
別に難しい問題では無いはずなのだけど――。

 ナルトは遂にわっかんねぇーと叫んで、ごろりと寝転んでしまった。
そんなナルトの様子を一瞥したサクラが怒鳴る。

「ちょっと、ナルト! ちゃんと解く気あるの? まーた“私の”なんて写させないからね!
 大体人様の家に来てそれはないでしょ! ねぇ、サスケ君? サスケ君ならこんな問題、
 何ともないわよねぇ?」

 そう、今日はカカシの家へ泊まり込み合宿に来たのだ。
チームワークを深める為だのと言い包められて、彼等七班はカカシの家へ来た。
割と普通な「大人の部屋」だったので、ナルトとサクラは多少がっかりしたようだった。
 サスケはいきなり話題を振られて少々驚いたようだったが、すぐに返事をした。

「別に。どっかのウスラトンカチと違って授業中寝ないからな。睡眠時間帯が違うらしい」
「てめーサスケ! どうせ俺は授業中寝てるよ!」
「だから、別にお前だなんて言ってないだろ? ウスラトンカチって言っただけだ――。
 馬鹿の代名詞にピッタリだと思ったからな」

 ナルトは怒りの形相を露にしたが、サクラに怒鳴られてまたしゅんとなった。
どうやら真面目に数学の問題と奮闘することに決めたらしい。
単純な思考回路で助かる。
 サスケがちらりとサクラを見ると、サクラはため息をつき次の問題に取り掛かろうとしている。
ナルトはまだ一番最初の問題から進んでいない。
かくいうサスケも四問目なのだが、サクラはとうに六問目を終わらせたらしい。
 少し焦った方が良さそうだ。




 何故彼等は数学をしなければならなくなったのか。
その理由は単純明快にしてため息ものだ。時間は一時間前に遡る。
 遅れて現れ更に家へ案内することすら忘れそうになっていた某上忍教師は、
合宿の連絡を手短に伝えると、すたすた歩き始めてしまった。
幸い彼の家はそう遠くなく、とくに山奥深い所にあるわけではなかったので、
ナルトの痺れも切れずに済んだというわけだ。
 ただし、カカシが茶を淹れるお湯を沸かす間、読書をしていたときにそれは痺れを切らしたらしい。

「カカシせんせー、俺ってば早く修行したいってばよー」
「ん? 修行したい?」
「おう!」
「……じゃ、ナルトの大好きな“頭脳の修行”をしようか」
「……!!」
「ウスラトンカチ――」

 ぼそり呟く。結局ナルトの想像していた“修行”とは全く掛け離れた――同時に、
ナルトの一番想像し難かった――ものとの奮闘が待っていた。


 そう、この長くも深くもない理由によって、第七班は数学という謎の修行をすることになった。


「ほい、茶ぁ入ったぞ。言っとくけど熱いから」
「それって本読んでて沸騰したの気付かなかっただけじゃないの?」

 サクラのツッコミにも某上忍は耳を貸さず。

「どうだ、それ解けたか? お前等が十二歳だとちょっとキツいかもなー」
「私は大丈夫だけどー……」
「アカデミー以外でもやったから大丈夫だ」

 サスケは俺も大丈夫なのだということをそれとなく伝える。
ただ、駄目なのは一人だけだと。
 カカシの視線は金髪小僧に向けられるが、さっきからやけに静かだと思えば、
その大丈夫じゃないはずの金髪小僧はこっくりこっくりと舟を漕いでいるではないか。
喚く、怒られてスネる、寝る、の繰り返しは、自然と幼児のそれを連想させた。

「ったく……勉強不足だなナルト……。ま、性に合わないってのもあるんだろうけど」
「で、でも先生、私は解けたから答え見せてくれない?」
「あー、答えね。早いなサクラ」

 しかもコレ全部合ってるっぽいよー、と右手でがりがり頭を掻きながらカカシが呟く。
思わず舌打ちしそうになって止めた。
それではまるで自分も幼児のようだったからだ。




(……フン)


 この問題を解いていると思う。
恋愛がもし数学のように答えが一つであったなら、誰も好き好んで学んだりしないだろう、と。
何と何を足すとこの答えになって、倍にすればこうなるけれど、それをもっと大きな数で割ったら――。

 恋愛はそうじゃない。
一人一人の答えが違って、決まった一つの答えなんかじゃない。
数学のこの問題のように√25がイコール5になるのは誰でも解けるだろうが、
俺のこの想いがどんな答えになるのか結果になるのかは、誰も知る由はないというように。

どんなに√で締め括ろうが掛けようが割ろうが足そうが引こうが、関係ないのだ。
元より何と何が掛け合わさってこの想いになるのかすらわからない。

無理に答えを出したくもない。


 恋愛は何にも例えることが出来ないな、とサスケは思いながら、ぱたりと鉛筆を置いた。



「おい、俺にも答えを見せろ。」

 当たり前だがカカシが持っている正解の紙には、俺の想いの行方など書いていないだろう。
それなのに数学の答えは綺麗な活字で載っている。



 想いに正解も不正解もないのかもしれない。



 サスケは恨みがましそうに自分の「問四」にバツ印をつけた。






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100のお題で最初にコレかとは思いませんでしたが。
なんでこう、もっとこう、こうさぁ、明るい話が書けないかねこの人っ!(知らないよ