「raindrop」







 笑顔は眩しいけど、生憎今日は雨。


 季節の変わり目はいつだって不安定な気候で、今日は久し振りに肌寒くなった。
降りしきるそれは確実に気温を奪って、何時の間にかじめじめした空気を教室の中に送り込んでいた。
 空いた窓から流れ込む冷気は、肺の中へ染み渡る。
寒いし、不快だ。

 隣で熟睡している彼を起こす気も気力もなく、俺は微かに上下に揺れる金髪を眺め呆けていた(幸か不幸か、男子の一人多い子のクラスで、席替えの神は男子同士のクジをよりによって俺とナルトに与え給うた)。
 小さな唸り声をあげて、彼は寝返りを打ち此方に顔を向けた。
美麗とまではいかなくても、夏の名残を残して少し黒めに輝く肌は、それでも柔らかそうに保たれていた。
 授業中であるというのにこの熟睡ぶり。
湿気が気持ち悪いとか授業が退屈だとか、そういうのはないのだろうか。
放課後は誰よりも早く野良猫のようにふらり消えてしまうので、学級委員を兼ねる俺は最近、彼と帰り道を共にできなくなってきた。

 けれどもそんな彼は生徒会長その人で、自分は補佐役の副会長だ(実質的に仕事をしているのは殆ど俺だ、生徒会長に押し付けられて)。
成績も素行も芳しくない彼がどうして当選したのか、未解決迷宮入りの謎だ。
彼と俺のあまりに違うこの生徒像でも、選挙では無効だった。


(涎垂らしてやがるこのドベ……)

 文字を書く為に頬杖を付く手を替えると、自然とその愛しい顔(涎つき)も、彼のにじんでふやけたノートもよく見える様になった。
 愛くるしい一番の原因である空色の瞳を閉じたその顔ですら、俺は愛しかった。

(……次、当たるのおまえだぞ)

 教師の大きな声で彼の名が叫ばれるが、彼が起きる気配はない。
そして必然的に、当てられるのは俺だった。
 俺が言い終わった後に、教師が彼に対しての嫌味を言うのを、俺はため息をついて聞いていた。







「起立、礼!」
「さようなら。」

 起きない。おかしい。
担任教師であるカカシでさえ閉口している様子が手に取るようにわかる。
今だけならわかるぜカカシ、あんたの気持ちが。
 つ、と寄ってきたカカシは俺に、ナルトを起こすよう命じた。

「副会長、あとで会長起こしてやってー。それとオマエは今から委員会だよね」
「わかってる。委員会の前に起こしてく」
「宜しくー。どーせ俺が起こしても起きないから」

 もうショックでもなんでもない感じでカカシは去った。
慣れているのだ、こんな問題児ひとり扱うくらい。
仮にも彼はベテラン教師この道七年(自称)なのだから、これくらいの生徒は今までに何人もいたのだろう。

 カカシが足早に去ってから、俺は熟睡のままの会長の肩に手を掛けた。

「おい、ナルト、いい加減に起きろ。夕礼も済んだぞ」
「……んぅ」

 明らかに嫌な顔をされて、俺は少しばかりむっとして手に力を込めた。

「んーじゃねえよ、起きろ。それか寝てるなら朝までここにいろ」
「はえう……」

 帰る、といったらしいがろれつの回らない舌でナルトはそう言った。
それでも、空色の瞳が開かれることは決してなかった。
ナルトはのろくはあるが少し動き、机の横に掛かった鞄を取ろうとしている。

 ――やっと動いたか。
けれどこの調子では委員会に遅れてしまうので、勝手に起きて帰れという心構えで俺は教室を後にした。





 やっぱり起きていなかった。
もう夕陽が教室全体を照らしているというのに、だ。
いや、教室に入る前から、他の誰のものでもないイビキで既に気付いてはいたのだけれど。
 先刻鞄を取りに動いた手は、そのまま下にだらりと下がっていた。
涎はもう出していなかったけれど、だらしなさは先程よりもひどくなっていた。

「おまえ、なんで今日そんなに眠いんだ? もう睡眠時間は充分だろ、起きろ」
「うあー……」

 今やっと、気付きました、といった調子でナルトは伸びをした。
この分では先程俺が何度となく起こしたことなど覚えてもいないだろう。

「あー……サスケ」
「良いからもう帰るぞ。鞄持ってやるからしっかり歩いてこい」
「……んー」


 半ば強引に鞄を取り(どうせこいつのことだから鞄には財布と漫画くらいしか入っていない)、千鳥足な彼を気にしながらもやっと階段を下った。
 雨の音に、ナルトがよろよろ歩いて出すきゅっきゅっというスニーカーの音が混じっている。
そのリズムが一定じゃないあたりが怪しい、というか危なっかしい。

「早くしろ、ナルト」
「鞄、置いてって良いってば。俺そんな早く歩けないから、先に行けって」
「ウスラトンカチ。おまえが帰路の途中で倒れてたら俺の責任になるんだぞ。ったく、なんで今日に限ってそんなに眠いんだよ」
「だって昨日発売のゲーム、夜を徹してクリアしたんだもんよ」
「……」
「最初は全然余裕だったんだけどさあ、ラスボスとかめっちゃ強くてさ、全然勝てねーんだよ」

 くだらない。
実にくだらない。
そんな会長の為に苦労したのかと思うと、脱力せざるを得ない。

 しかもそんなことをぐだぐだ話している間にも、靴を履く手が止まっている。
良いからさっさと履けと言いたい。
でも、それも面倒。



 それなら。



 口を、塞ぐまで。






 絶叫が聞こえる前に耳を塞いだおかげで、彼がバカサスケーと声を張り上げるのも小さくなった。
先程までのぼんやりした彼はどこへやら、いつも通りぎゃあぎゃあと喚き立てる会長がそこにはいた。

(まあ、これはこれで煩いが……いいか)



 まだ何事か叫んでいるナルトを余所に、俺はもう昇降口に向かって歩き始めていた。
たぶん叫んでいたのは、まだ話は終わってないってばよーとかそんなことだったと思うのだが。


 屋根の雨だれがびちゃりと顔に掛かった。
熱が、奪い取られていく。
頬が、熱かった頬が、少しだけ冷める。
だけどまたすぐに上気した。

 おかしくて笑えてくる。



(まだ怒ってやがる、)

 煩いと思いつつも、それがいつもの会長の姿なのだ、どこかで俺は満足している。






-----------------------------------------------
学園ちゅう。
ごめん、学園サススレナルは無理だす。