「パチンコ」







 任務の帰り。
それは巨大な都――といっても近代的ではある――へ小旅行したような気分で、
何時までもここで遊んでいたいなぁとまで思えるほどの夢の街だった。
 ただ、それはカカシを含む一部の大人の意見であって――そのカカシすらもうっとおしそうだ――、
子供にとっては「何か得体の知れない事をしている」としか取られない。
カジノが満ち溢れ、強烈なまでのネオンサインは小さな子供達の眼を痛めつけていた。

 ナルトが叫ぶ。
そうでもしないとギャンブルを楽しむ大人達の声や機械音に消されそうだからだ。
耳でも塞いでおきたい気分ではあるのだが、ナルトが何を言っているのかも気になる。

「なあ!! カカシセンセー、あれさー!! 何だってばよー!?」

 ナルトの指差した方向には、何やらゲーム機のようなものが沢山並んだ通路が見える店。
看板はいかにも妖しげな女性が意味無さげなポーズを取っている構図のもの。
ナルトはきっと「これを見て喜ぶのはエロ仙人くらいだってばよ」とかなんとか
考えているのに違いない。いくら男だからとは言え、こんな下品極まりない構図に喜んだりはしない。
 カカシは一瞬読書を止め、ナルトの方を見、あからさまにそのパチンコ店を怪訝な顔で見……していたが、
やがてため息をついてひらひらと手を振った。

「ナルト、あれはナルトには関係無い店だよ。多分一生ね」
「えぇ!? 何ィ!? 聞こえなかった!」
「……」

 質問したくせに相手の話を聞いていないのはナルトの得意技だ。
俺やサクラにはしっかりカカシの言葉が聞こえているというのに、ナルトには聞こえていない。
いや、上の空だからと言った方が良いのか、この場合は店を覗いていたからがあてはまるだろうけれど。

「あーもう、良いよ。入れば?」
「やった! 入って良いの!?」

 カカシの密かな企みにも全く気付かずナルトはその店へと足を入れようとしている。

「おい、ウスラト……」
「サスケくん! あんな奴に構ってやることないわよ!」

 ウスラトンカチの襟口を掴もうとした俺の腕を、今度はサクラが掴んだ。
俺の事なんか何にも知らないくせに、と言おうとしたが、口より先に体が動いた。
サクラの手を振り払って、サクラに冷淡な一瞥をくれてやってから。
自分でもちょっと酷いことだとはわかっていたものの、この残忍な上忍教師の企みは見ていられない。
きっと足を踏み入れた瞬間、店の外へ放り出されるのに決まっている。
 愚かだなんて知ってる。
 愚かで良い。もう何とでも言ってろ。だが俺は見ていられない。

「入るなウスラトンカチ!」

 “愚か”な俺の叫び声は機械音にかき消され、虚しく宙を漂っていた。
漂うだけなら良かった、カカシはそれを聞いてクスクス笑っているではないか。
見透かしている? それともただ馬鹿にしている? たぶん後者。
 俺はカッとなって、自分でも何をしたかったのか突然大人の姿に変化した。
カカシとサクラに止められる間も与えず俺はずかずかとパチンコ店へ入っていった。

 ――何処行った? あのウスラトンカチ! ドベ! ガキ!!


 案の定、入口からそう遠くない場所でうろついているのを見付けた。
ただ、勿論店員があたふたと周りをさ迷っていることは言うまでもないだろう。
 次の瞬間、ボス面の店員がずいとナルトの前に立ち塞がった。

「なんだよオッサン」
「当店は十八歳未満のお客様の出入りは禁止だと看板に書いてあったでしょう?」

 勿論そんなの見ていない。
なんだかんだ言っても文字より絵に眼が行くのは当たり前なんだから。

「わからないなら出て頂かないと――」
「俺の連れだ」

 まるで怒りを全面に出したかのような刺のある言葉は、ボス面店員より遥かに恐ろしい。
その声を発した本人は、そのちかちかする店内の中で真っ黒な瞳を保ち、寧ろ全てをその瞳に
飲み込んでしまいそうな雰囲気だった。
 ごくり、と誰かが喉を鳴らす音が聞こえた。

「悪いな。以後気を付ける」
「は……」

 サスケはもう既に五十センチ近くある身長差でナルトの襟口を持つと、
そのまま引き摺るような形で入口から堂々と出た。
店員がぽかんとして二人を見比べていた。




「はっはっは、見事だねサスケ、あの状況下で“十八歳以上”に変化するとは」
「(お、大人になったらサスケ君ってあんななのかな……カッコイイー!)」
「……」

 サスケは卑劣な上忍をキッと睨むと、ナルトの襟を離した。
カカシと真っ直ぐ眼を合わせられる身長にはむちゃくちゃな違和感がある。

「ナルト、わかったか? あーいう場所には……」
「もう、俺、二度と行かねぇ……」

 ぽつり呟いた一言に、その場に居た全員が意外そうな顔をした。
ナルトにしては元気の無さげな声。

「……俺さ、なんでいっつもハメられんの?」
「……」
「人を信じすぎだから? それとも逆?」
「……」
「なんかもお、よくわかんない」


 カカシの“入れば?”が無ければナルトは入らなかった。
看板には絵以外に文字があったことを誰も教えなかった。
誰も咎めなかった。

 誰も、何も言えなかった。

「ね、ねェナルト! 入っちゃいけないって事がわかれば良いのよ!
 誰もアンタをはめようとなんてしてないわ、サスケ君はホントにあんたを助けに行ったのよ?」
「……助けに?」
「そう! ねぇ、サスケ君?」

 サクラの機転に乗って、俺はまた口を開こうとしたが、また嫌味しか出てこないだろうと思うと
開く気は失せた。代わりにこくりと頷いておいた。
俺を見上げたナルトは小さいのに眩しくて、真っ青な涙目にネオンが映っているのが見えた。

「……うん」
「ま、あの店に入るのは大人になったらだからね。」
「もう! カカシ先生も非人道的な嫌がらせやめてよね!」
「はっはっは」

 カカシにとっちゃこんなことは予想済みだったのだろう、ナルトがビクつくことも。
俺がその構図を見てカッとなってああいった行動を取ることも。
まったく、やっぱり残忍で卑劣な教師だ。

 ナルトがぽつり呟く。

「大人になっても絶対入らねー。入りたくない。……みんなあのゲーム好きなのかなぁ……。
 俺ってばキライだ。大人しか出来ないゲームなんてわけわかんねー」
「……ナルト」
「……?」
「……お前は……多分ああいう大人にはならねえよ……。」
「ああいう大人って?」
「その、なんだ……あれで遊んでるような大人には」

 にやり、といつものようにその口が笑う。
何故だかそれを見るとほっとする。

「あったりまえだってばよー!!」

 くるり背を向けたナルトが一言。

「……サスケ、お前も――あんなのになるなよ!!」
「……あぁ。」



 まだ言い合っているサクラとカカシの方へ走って行き、急に此方を向くナルト。
ふいに何か言っていることに気付く。――なんだ?


「  あ  り  が  と  っ  て  ば  よ  」


 ――ちっ。あのバカ……。
俺は熱くなる顔を背けて、誤魔化すように変化を解いた。



 “俺の連れだ”と肩に手を置いた時、ナルトがびくっとその肩を震わせた感触が、
さっきの言葉と共に、なんだかシュールに体へと染み込んで行った。
それと、二回もナルトに“見上げられた”感触は。あまり良いものではなかったな、と思う。

 俺はあいつにとって見上げられるような存在じゃないから。

 たぶん、もっと下。
今は、その方が幾分か安心するんだ。
同じくらいの位置でお互いがよく見える方が。


 先頭を歩くナルトが小さく見えて、びっくりして足を早めた。

 もっと近くにいたい。


 大人になるなら、ナルトと一緒が良い。






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めっちゃシリアスですね。ナルトが可哀想……(泣)
アワワ……カカシ先生は酷いし……。でもちょっぴりサスケは救われた?
結局これは、カカシ先生がナルトに怖い思いをさせてやろうって魂胆で。
サスケをけしかけさせたのも彼の画策。
結果、ちょっとカカシ先生が思ってたよりは酷い結末になっちゃったと。

しかしアレね。
ナルサスだわ。(滅)
だってサスケさん顔が赤く……うわぁん!(大泣き)