「パン当番」







 今日は二人がパン当番。

 サクラの殺気を受けながら(彼女はサスケが当番だったからパンを頼んだらしい)、
不運にも隣同士だったナルトとサスケは互いに文句をぶつけ合いながら一階へと向かっていた。
ただ、サスケは満更でもなかった様子だけれど。

 ――文句のぶつけ合いが出来る内は。まだ大丈夫、たぶん。
願わくば、この関係が少しでも長く続くよう。


「ったく、なんでサスケとパン当番なんだよ、めんどくせぇな」
「俺だって不本意だぜウスラトンカチ」
「――ッ! 俺ってばお前みたいにスカした野郎が大ッ嫌いだってばよ!!」
「フン、光栄だな」

 光栄だな、と。強がった瞬間、自分の中で何かがずんっと重くなった。サスケは足を早めた。
胸が痛くなったのは。
何時までも相手との関係が崩れないのを良い事に、バカみたいに相手と口論を続けている、
そんな自分に対してだ。

 ――口論を続ける理由? そんなの知るかよ。

 サスケがぐっと唇を噛んだときだった。

「やるならやるってばよ! かかってこいっ!!」
「面倒だからやらん」

わざわざ止まってファイティングポーズまで整えていたナルトは、
サスケに見向きもされず置いて行かれて益々憤慨した。





 サスケが先に持った。だからワンテンポ遅れて手を伸ばしたナルトは、不恰好なまま止まってしまう。

「トロいんだよお前は」
「なんだよ! 自分だけ持とうったってそうはいかねぇぞ!!
 今日のにはサクラちゃんのも入ってんだってばよ!!」


 憧れの女の子の気を引きたがる、これが普通の中学生なのだろうか。
それならばその女の子とやらよりもナルト【こいつ】が気になっている俺は?
まだ気持ちも知らせず口論を繰り返す自分には多少罪悪感も付きまとうけれど。

 それでも、コイツが気になっている俺は。そう――普通でなくてもいいんだ。

「そんなに持ちたいなら持て」

 色とりどりのパッケージが目立つカゴを、サスケは乱雑にナルトに渡した。
少し、嫉妬していたのかもしれない。

 サクラちゃん、サクラちゃん、とまだ喚いているこいつ。
こんなに想われているあの女。何故だかものすごく複雑な気持ちだった。
 本当に少しだけ、思ったのかもしれない、“こいつに好かれたい”と――。

叶わぬこととは知りながら。

知りながら。



 急に静かになったので、どうしたのかと振り向くと。
ナルトはサスケを見詰めながらパンカゴを持って呆けていた。

「重い。」
「……はぁ?」
「このカゴ、重い。よく持ってたなサスケ」

 何を言ってるんだ? 何を言って欲しいんだ?

 ――俺に何をしろと?

「なぁサスケ、前持ってくれよ」
「……!」


 こんな真剣な顔でそんなこと言う奴があるかよ。サスケはナルトの眼を見返した。
真っ青な瞳は見開かれていて、サスケを見据えて離さない。

 ――少し距離を取ったあいつの眼には、俺が映っているのかさえわからない。
 前を持ってくれと云われて、そして本人のナルトは真剣で。
いつものようにコイツをからかいながら断って、果たしてそれは正しいのか?

 答えは、ノーだ。


 ちっ、とサスケは舌を鳴らして、仕方ねぇなと右手をカゴに添えた。
その言葉はナルトには聞こえなかったようだ。


 どうして急にナルトはそんなことを言い出したのだろうか。
サスケの嫉妬を見透かしていたのか――それとも。




 先程持ったカゴの重さのおそらく半分以上はサスケが負担している。
元々身長が低いナルトは、肩の高さも違うため肘を少し曲げないと同じ高さにならない。
たまにナルトが肘を曲げ伸ばしして、サスケの負担を少なくしようとしているのがわかる。
あるいは単に身長差が口惜しいだけか――。


 ――おそらく後者の方が正しいのだろうけれど。


 今、二人はこの重さを共有し合っている。
一人が背伸びをしすぎるなら、もう一人が少し歩くペースを下げてやる。

 だから、二人は今、歩いて行ける。


 ――願わくば、教室に辿り付くまでの間だけでも。
重さを共有しあって歩けたら、それはちょっぴり喜ばしいことなのかもしれないとサスケは思った。



 今日は二人がパン当番。





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サスケがちょっとだけ報われました。
学園設定っていろいろ書けそう。