「マルボロ」
たとえばこの世界が壊れていくとしても、おまえとなら見届けられる自信がある。
俺はおまえ以外に失うものなど何もない。
最初からわかっているつもりで、結局最後まで何もわかっていなかったのだ。
忍になる、ということは、心を捨てる、ということ。
波の国で学んだ、と彼は言った。
俺は何も知らなかった、と。
俺だって知らなかった、と言おうとした。
体験談を聞くのと、実感が伴うのとはまた別の話であり。
聞くことによって全てを理解したとは言えないのだ。
もう、亡くしたかもしれない。
復讐を誓ったあの日から。
だけど、復活しはじめているのは一人の少年の所為。
「よう」
来た。あいつだ。
「はん、シケた面してんじゃねーか」
「煩い。何しに来た」
「別に? 敢えて言うならおまえを馬鹿にしに」
毎度毎度の不毛なやりとりに、いい加減頭痛を感じずにはいられない。
二人とも『何をしに』来たのかなんて充分わかっているのに、毎回聞き返す。
そして同じ会話を繰り返す。
何の意味があってそうしているのかなんて、もう誰にもわからなかった。
実は二人いるのではないかと疑うほどの熟練した彼の芝居に、俺は合わせてきた。
いかにも、エリートと馬鹿です、といった二人を。
『対立してます』。
『ライバルです』。
それすら偽り。
実はあいつの方が数倍頭の回転が速かったし、人を騙すことにかけて右に出る者は居ない。
「楽しいか? 人を騙して」
「ああ楽しいね。生きてるって実感がある……」
「……サド」
「あぁ? おまえはマゾか」
「ふん、相性良いみたいだな」
「だな」
いつものすっとぼけた顔より数段キツい顔ぶれが、嬉しそうににやーと笑う。
そして余裕綽綽ベッドに横たわる。
実際二人とも、それが逆なことを自覚している。
だからこそ笑えるのだが、それは二人にしかわからない。
『二人にしか、わからないこと』が増えて行くことが、彼を失わないことに繋がるだなんて到底思えないけれど。
それでも、この時間があるから俺達は生きていける。
不意に彼は煙草を口から離し、ぽつりと呟いた。
なんだかもう二人とも、向き合う気力さえ残っていなかった。
「なあ、おまえ良いのか?」
「何が」
「忍になることだってば」
「……はあ?」
何を言っているのだか。
もう、とっくになっているじゃあないか。
任務の数を競ったり終わったときの達成感を分かち合ったりしたのは誰だったと思ってるんだ。
「だって、本当に忍になったらこんな時間はないんだぜ?」
「……知ってる」
「ただの道具になる」
「知ってる」
「心を亡くす」
「知ってる」
「じゃあなんで」
こんな時間を重ねる意味はあるのかってばよ、と。
彼の口は少し絶望的な言葉を紡ぎ出している。
「じゃあ、これならどうだ。おまえは、俺の欲望を満たすだけの、ただの『道具』。」
「……はっ、なんだそれ。まっぴらごめんだね。おまえこそ俺の道具だろ」
「道具だって感情がある、だからこの時間を重ねる。おまえだってわかってるくせに」
「道具になりきるからって感情を捨てたバカを、俺は見てきたけどな」
「感情を捨てた情事がしたいのか、てめーは。」
「まっぴらごめんだ」
彼の言葉が終わるか終わらないかの内に。
そう、彼の口を、自分のそれでそっと塞いだ。
口に、マルボロの香りが微かに残っていた。
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ちょっぴり裏ぽく。スレナル好きです。書き易いー