「誰も知らない約束」
あいつと初めて出会ったのはいつだろう。
長いスリーマンセル時代の始めだった気がする。
偶然森で修行する姿を見掛けたとき。何故か雰囲気の違和感を感じ、サスケは声を掛けるのを躊躇った。
一生懸命な様子はどこへやら、口笛を吹きながら指先でクナイを振り回している。
おまけにその指先から、随分離れた的の中心の円まで命中させているではないか。
そして、次の瞬間、ナルトは新しいクナイを取り出したかと思うとサスケのいる方角へ正確に飛ばした。
それはサスケの手によって、彼の髪の毛を数本切り落としただけに留まった。
サスケが掴んだクナイを投げると、ナルトの立っている隣の木に乾いた音を立てて突き刺さる。
「よ、優等生」
「……お前、誰だ?」
かなり不機嫌そうなサスケの声が響く。
こんなに淡々としたナルトは見たことが無いのだ。チャクラの雰囲気が少しでも違えば偽者とわかるのだが、
姿もチャクラもそっくりだ、否、同じなのだ。
つい先程会った時のまま。
なのに。優等生、なんて初めて呼ばれた。最強に気分の悪くなる呼び名だ。
「誰って、うずまきナルトだよ、あんたの知ってる、ね」
「知らねぇな。違いすぎる。」
「じゃあ、こう思えばいい。精神が弱まった時にスイッチが入ると俺が現れる。
つまり俺は二つの顔を持ってる。普段のバカやってる俺は、何らかの感情変化があったときに俺を呼ぶのさ。
けどな、言っとくが俺もナルトだ。むしろ俺がナルトだ」
「……」
「二重人格とでも思ってれば?」
普段の口癖すら見えないその冷淡な喋り方は、全くもって別人であった。
かといってそんな演技力があのウスラトンカチにはありそうもない。だったら――いや、有り得ない、二重人格だなんて!
「……驚いたか? 優等生君。」
「……訊くが、ナルトは何処だ? それからもしお前が多重人格の一面だったら、記憶は? 記憶はどうなってる?」
「ククッ、なんて馬鹿なこと訊いてるんだよ。俺は俺だ。記憶は一緒に決まってる。
それにナルトは何処かだなんて。ナルトは此所だ。俺がナルトさ」
「嘘つけ。だったら元に戻ってみやがれ」
「ハハ、戻るも何も。あれ、演技だから。じゃ、一つ忠告しとく。お前、“そういう”趣味なんだ……?」
くすくすと笑うナルトはやっぱりナルトでしか有り得ないのだけれど。
その笑顔は何処か寂しくて何処か冷たい。それなのに嘲笑の似合うこの性格はどうなってる。
普段のナルトなら嘲笑なんて似合わない。
それよりわからないのは、『そういう趣味』。サスケがむっとした表情で腕を組むと。
「お前さ……俺の事好きなんだろ?」
「……は?」
「さっきの熱視線と来たら、ガキでも気付くぜ」
「あんたもガキだろ」
「まぁな。つか、まだ俺とナルトが別人だと思ってんのか? 無駄だっつーの」
今日は変な事ばかりだ、とサスケは眉間に皺を寄せた。
「……最後に訊くが」
「あん?」
「俺の他にその本性を知っている奴はいるのか?」
ニヤリ、とナルトが笑う。なんて冷たい笑い。
「……いない。」
その答えに、どき、とした。
「一応黙ってはいたけど、こうして同じ空間に来られたんじゃしょうがねえなぁ」
「……」
「悪いけど、サスケが想ってる『ナルト』、架空なんだ。ほんとは居ないんだよ、そんな人物」
でも――そう云い切ったナルトが何処か辛そうに見えるのはサスケだけか。
サスケは暫く目を細めてナルトを見ていたが。
「居る。」
「……あぁ?」
「だから、『ナルト』は居る。お前が『ナルト』なんだろ?」
「……まぁ」
「『ナルト』ならどんな『ナルト』でも好きでいて見せる」
サスケは云い切った。本音だった。
「強がるんじゃねぇよ、サスケ!! 同情からでなんか好きでいて欲しくねぇ!!
そんな事で好かれたって、ちっとも嬉しかねぇんだよ!! 俺はそんな感情信じねぇ――」
「わかってる。」
「わかってねぇよ。」
「確かに、最初は同情からの『好き』だった。お前は身寄りが居ない。俺と同じ孤独を感じた。
初めて出来た仲間と一緒に笑っていて欲しかったから。――お前を守ってなら死んでも良かった。」
「……ッ」
ナルトの脳裏に、波の国でのワンシーンが蘇った。
『お前は死ぬな』と云って、サスケは倒れた。そのときは素直に、相手が許せないと思った――。
『お前は死ぬな』。
そんな意味があったなんて。あれは同情だったのか?
「あれは同情だったのか」
「ああ。それまではそう思っていた。だが――生き返ってから、あれは同情ではなかったと気付いた」
「……」
「『死んで欲しくない』と思ったんだ」
「……っ!」
「その頃から好きだったんだ。お前の事をな。」
まだナルトは腑に落ちない顔をしている。でも、少しずつではあるが落ち着いているのがわかる。
「……落ち着いたか」
「……お陰様で。んな言葉云われるの、慣れてねぇよ……反則だ……」
「人の言葉に反則も正解もありゃしねぇよ」
「上等じゃんか。ま、物好きな優等生君に免じて、許してやるよ」
「何をだよ」
「それともう一つ。」
「何だよ」
「俺はまだこの本性をサスケ以外に明かすつもりは無い。だからお前の前だろうかそうじゃなかろうが、
他の人間がいる間はずっと演技をする。お前もそのつもりでいてくんないか?」
「……別に良いが。よく毎日演技なんかしてられるな」
「慣れた。これから演技って大切だぜー? 俺、絶対演技は負けないし」
「だろうな」
ナルトはやっと、笑った。
一体こいつは、いつになったら心からの笑顔を見せてくれるのか――。
ナルトが呟いた。
「誰も知らない約束、だな……」
「はぁ?」
「なんかの歌詞だったかも」
「知らん」
「俺も」
「……」
「んーじゃな、サスケ。誰にも言わない事と、演技を続ける事。約束、だからな」
「おう」
誰も知らない、か……。
それはとても複雑な気分だった。
「あーぁ、知られちったなぁ。まぁいいか、その方が楽そうだ。そういやサスケに九尾の事云ってねぇや……」
サスケはまだ、ナルトの中に九尾が居ることすら知らない。
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初・サスケ×スレナル小説。題名はスピッツの曲「たまご」からヒントを得てます。
彼らは此所から、「一番信頼し合える大切な人」になっていくのです