「あの眼」







 ――眠れない、ってばよ。

“強い奴”がこの宿舎に沢山いるってのに、うかうか寝てなんていられない。
 けど。キバとの戦いでチャクラは殆ど使い果たしたし、修行も出来ないだろう。
ナルトはベッドの中で寝返りを打って、大きくため息をついた。
眼を閉じても空想が広がって行くだけで、眠さのカケラも感じない。

 こんなとき、前までのナルトなら泣くのを堪える辛さだけで一杯だった。
けれども少なくとも今はそんな気持ちじゃない。

 サクラちゃん、サスケバカ女とボコボコにやりあってたけど、もう大丈夫かなぁ。
 カカシ先生、俺についてくれないっていってたけど、なんでだろうなぁ。
 ――サスケ、皆が騒いでたけどなんだったんだろ。
ちょっとムカつくけど、気になるのは確かだ。

 そんなに重症だったのか。



 月が見たい、とふと思った。ただ見たいと。
 月を見て吼える何たらではないけれども、ただ無性にその仄かな光が心地良くて。 


 屋根の上に登ったとき、心臓が一回大きくジャンプするのがわかった。
――誰か居る! しかも俺の苦手なタイプのチャクラだってばよ!

誰だ……?!

誰……!


 その影はゆっくりとこちらを向いた。茶色の髪が月明かりに照らされている。
額には「愛」の文字。
間違いない、黒髪の激マユに勝った砂のヤローだ……!


「何か用か」
「……いや! 俺は月を見に来たんだってば。お前、なんつったっけ……何しに此所に?」
「砂漠の我愛羅……特に此所に来た理由は無い」
「……そうか……」

 会話は途切れたが、とくに今は殺気を放っているという訳でもなさそうだ。
まるで俺には興味がないみたいだってばよ、とナルトは背筋をぞくりとさせた。


「……」
「……」
「ガ、ガーラってさ。変な名前だよな!」

しまった、と思った。何も言わなければ良かった、と。
あの眼で何十秒も見られるのは耐えられないだろう。

 しかし、我愛羅は別段気にした様子も素振りも見せない。
ただ、こちらをちらりと見、目を細めてじっとナルトを見ている。食い入るようなその眼は。

 ――俺の昔の眼だ!
あのまま俺がイルカ先生やカカシ先生、サクラちゃんやサスケに会わず一人で育ったら、
こんな狂気に満ち溢れた孤独なヤツになったのだろうか。

「……化物を持っているな。孤独を知っている眼――それなのに」
「!?」
「お前は俺と同じじゃない。今のお前の眼は孤独など見えていない。だから同じじゃない」

 我愛羅の眼は見開かれて少し怒っているようにも見えた。
またぞくり、と背中に悪寒が走る。


――合ってるってばよ、化物の話も、孤独の話も。




「お前は俺と同じじゃない。孤独を知っていたのだろうに何故今は違う?」
「……仲間を知ったからだってばよ。」
「わからないな。」
「おい……」

 その時だった。不機嫌そうな低い声が聞こえ、何時の間にか黒髪の少年が立っている。

「サ……!!」
「お前の相手は俺だ。ナルト【そいつ】を殺したらお前を殺す」
「……」

 ズキリ。ズキズキズキズキ。頭が痛い。またこの眼だ。
俺の大嫌いな眼。
――人を、「
」しているからこそ出来る眼。……よくわからないけれど。

――ヒトヲ 「
アイ」シテイルカラコソ デキル眼ダ。……わからない。

黒髪の奴と戦ったときもそうだ。もう少しで殺せる所だったのに。
“あの眼”が俺を見据えていてものすごく嫌だったのだ。

夜叉丸、みたい、で。

ちっ。

つい昨日まではこいつも俺と同じ眼をしていたのに。
また同じ眼の奴が減った。

 我愛羅はついと向こうを向いて、額のあたりの髪をかきあげた。

「今度会うときは、――殺し合いだ」

 少し怒ったような少し楽しそうな眼が、サスケの“あの眼”をとらえる。
フン、他人を気にしている内は強くなどなれないぞ、うちはサスケ。

 ふと我愛羅の気配が消え、同時にサスケに何時もの顔が戻った。
人を小バカにしたような余裕の表情。
ナルトは少しほっとした。先程までのサスケは正直怖かったのだ。
相手に憎悪を向ける眼。でも、その中にちょっとした優しさがあったことは否定しない。
例えるなら――そうだ、前にイルカ先生がミズキに向けた眼に似ているかもしれない。
 それが何だかはよくわからないけれど。








「何ぃ? うちはの末裔が病室から消えただと?」
「あぁ……でも直ぐ戻ってくると思いますよ」
「……お前がそう云うなら信じるがな、カカシ。コードまで千切りおったのか」
「そうでしょうね、呼吸器の機械が一式壊れてましたから。」

 老人・火影はカカシの報告にしばし眉をひそめていたが、ふぅとため息をついて眼を瞑る。

「帰ってくるなら放っておけ……ただしあまり心配を掛けないよう伝えてくれ」
「……了解。」

 カカシもまたため息をついたのも、三代火影は見逃していなかった。








「なぁ、サスケ。なんであいつを追い払ったんだ?」
「追い払った?」
「だって、そうだろ」
「お前とアイツが戦って俺の勝負の邪魔をされたくないだけだ」
「……ふーん」

 顔を背けてしまったけれど、サスケは多分その為に俺等の間に割って入ったのではない。
――俺が殺されると思って? そう、なんだろ、サスケってば。

「なぁ、じゃあ、何で俺が此所に来たってわかったんだってばよ?」
「気配も消さず夜中に廊下をフラフラ歩いてっからだ、ウスラトンカチ」
「……」

 無口になって何も言えなくなったナルトに、サスケはフン、という笑いを返すと、
ポケットに手を突っ込んだまますたすたと歩き出した。

「俺はもう用はない。帰るぞ」
「うわ! ちょい待てってばー!」

 慌ててナルトがついていく。
二人の気配が消えた後には、大きな丸い月が残っていた。




 ベッドに戻った時、ナルトはふと思った。

――そういえば、月を見に行ったのに一度も月を見ていないな、と。


見たのは。

月明かりに照らされた孤独な子供と。


それから丸一ヶ月見ることの無かった、自分をさり気無く守ってくれたのであろう身近な黒髪の少年だけだった。






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我愛羅+サスナル。我愛羅って好き。否、我ナル。
中忍試験の予選と本戦の間のお話。