Short tempered angel +短気な天使+
テレビの音が妙に大きく鳴り響いている明るい部屋には、外の寒さだけがシンシンと伝わってくる。和風な畳の部屋には、ポピュラーにコタツが置いてある。一人の女の子と男性が、ぼんやりとテレビを眺めている。あまりこの場面に会話はないようだった。窓の外には何時の間にかチラチラと、天使の羽根が舞い降りている。
窓の曇りをシュコシュコ拭き取りながら、女の子がうれしがる。
「わぁ、すごい。天使の羽根が降ってきた。今夜は冷え込むね」
父親らしき男性がその様子を見て優しげな表情を見せた。そして、ひとつため息をついた。
「昔はね、いたんだよ」
「……何が?」
「天使」
「本当に?」
女の子がクスクスといたずらっぽく笑った。あまり信じていない様子だ。
「本当さ。周りのみんなは見えていたって」
「それ、周りの人にうそつかれたんじゃないの」
「そうだったかもしれない。でも僕は一回だけ見た。最初で最後だったんだ」
「……へぇ」
女の子は不思議そうな顔をしている。「そうだったかもしれない」って――? 父親は寂しくて優しい微笑を浮かべた。そして、自分の前においてあったお茶を一口、ちょっと飲んでから、静かに言った。
「じゃあ、その話をしようか」
「うん」
父親の名前はアヴァロン。彼が天使を見たのは、少年を卒業するくらいの頃だった。そして、その後の人生を変えたであろう女性の名前は"ソラ"。二人はご近所でも評判のいたずら仲間だった。ソラは、あまり女の子だという意識がなかったようで、アヴァロンはソラを友達と見ていた。それはきっとソラも同じだったに違いない。仲間に性別は関係ない。
『ハハハッ、見たか? あのオヤジの顔!』
『見た見た! 騙したな、だってよ!』
『騙される方が悪いッつーの』
『次はなにするよ? 文房具屋の棚、押し倒すか』
『それもつまんないだろ。もうやり飽きたし。風呂屋の湯、抜くとかよ』
『ほんッと面白いよなー』
二人の会話は止まることを知らなかった。夕暮れが近づくと、二人はニヤリといたずらな笑いを浮かべて、お互いの手のひらをパシリとたたいてそれぞれの道にわかれていった。
毎日が楽しかった。翌日が来るのが楽しみだった。
次の日、彼らは建物の屋上にあがった。ドアに細い釣り糸を張るためだ。
『屋上に来ようとした奴の末路だぜ』
二人は声も上げずに笑った。
それを済ませたあと、アヴァロンとソラは、屋上の淵に座って、語り合った。次のいたずらについて話し合うのは、一日の楽しみとなっていた。
一瞬の沈黙があり、急にソラが口調を変えた。
『なぁ、アヴァロン。こうやってバカやれるときって――ホント楽しいよな』
『い、いきなりなんだよ?』
『いや――なんとなく、な。オレ、アヴァロンに会えて、マジでうれしかった』
そう言ったソラの顔は、またいつものいたずらな満面の笑みだった。
『な、なんだよ? なんか別れちゃうようないい方、やめろよ』
『死相が出てるって』
『シソウ……?』
『うん。面白半分に手相みてもらったんだ。そしたら、すごく同情したような顔されてさ、近いうちに、あなたに死が降りかかかるでしょう、用心してください、だってさ』
『たかが占いじゃん、あんなもん。信じない方が利口だよ』
『そうなんだ。占いだ。そんで、もう一軒別のトコに見てもらったんだけど、まったく同じこと言われた』
『っか〜、これだから占いっていうのは信じられないんだよ』
『あ?』
『だからー、そーいう占いってのは、言われたことを鵜呑みにして精神ズタボロにされた奴から死んでくの。信じるほうがバカなの』
『……そうかもしれないな』
ソラが静かに目を伏せたときだった。後ろのドアが急に開いた。誰か上がってきたのか。ビックリした拍子に、ソラはバランスを崩し、座っていた段差から滑り落ちた。一瞬の出来事だった。
アヴァロンは反射的にソラの手を掴んだ。でも、アヴァロンだって屋上の淵に座っている。このまま手を掴んでいれば、アヴァロンもろとも六階建てのビルからまっ逆さまだ――アヴァロンはぞっとした。
『アヴァロン――占い、当たっちまったな』
『バカ言うなッ、今助ける!』
『助ける前にお前が死んじまうよ。手ェ離せ』
『このままお前を見捨てるくらいなら死んだほうがマシだ!』
『んぁ、アヴァロン、世話ンなったな』
ソラはニィ、と笑うと、クィっと自分の腕をひねった。ねじれたアヴァロンの手は、ソラの腕を離してしまう。
救急車がそこにかけつけたときには、もうソラの息はなかった。
その話は、学校中に広まっていた。
『よう、人殺し』
『昨日よ、ソラに会ったぜ。アヴァロンに殺されたって言ってたよ』
そんなふうに言われるのは当たり前だった。
僕が殺した。
僕が屋上のドアに糸を張ろうなんて言い出さなければ、そんなことにはならなかった。
すべては僕のせいだ。
僕のせいでソラは死んだんだ。
『アヴァロン』
隣の奴が声をかける。
『?』
『可哀想に、お前、霊感ないのな。隣のクラスの霊感ある奴が、あのビルの上から下を睨みつけてるソラを見たんだってよ。きっと恨んでるんだぜ』
――恨んでる?
そうか。僕のことしか考えていなかった。きっとソラは僕のことを憎んでる。だって僕はあんなに造作なくソラの腕を離してしまった。ソラは僕が死ぬまで僕のことを恨みつづけるだろう。よく、霊がヒトの身体を操作して、殺すって怪談がある。
でも、そうしてくれた方が僕には楽かもしれなかった。ソラの腕を離してしまったことは、僕の死をもってしても償えないから。
でも――やっぱり、罪を償うには僕が死ぬしかないんだ。僕は、再びあの屋上に立った。霊感があれば彼女のことが見えたのかもしれないけど、恨みに満ちた顔で見据えられるのなんか嫌だった。
「ごめんな、ソラ。今すぐに逝く――」
バシッ。
頬に衝撃が走って、僕は落ちたかった方とは反対側にしりもちをついた。
そして、次に見た光景に、自分の目を疑った。
――ソラ。不機嫌そうな顔でこっちを見てる、ソラ。
『霊感、ついちゃったのかな?』
『バーカ』
『やっぱりソラ、僕のこと恨んでるんだね――だから僕は……』
『バカバカバカ、バーカ』
ソラのけなし言葉に、アヴァロンは呆然とした。
『ったぁく、心配だから来てみればこれだよ。なにバカやってんだよ』
『え?』
『バ・カ』
『ほ、ほんとにソラ?』
『当たり前だろ。っていうかオレを勝手に霊にすんなっ』
『霊――じゃないの? じゃ、どうして見えてるの?』
『霊だとお前に姿が見えないだろ。お前、霊感なんかまるっきりないからな』
『じゃ――なんで? どうしてさ?』
ある程度察しはついていた。飛んでいるその姿は、漫画やアニメでよく見る"ソレ"の姿そっくりだ。そのかわり、そんなロマンチックなものじゃなかったけれど――。
『決まってんだろ。天使』
『や――やっぱり?』
『やーだなー、なんか飛んでるのって気持ちワリィし、趣味に合わないし。サイアク』
いかにもソラらしい、天使になったご感想。生前と全く変わらない姿に、アヴァロンは少しばかりうれしかった。
『それはそうと、やっぱりお前、最期に俺がいった言葉、全然わかってなかったんだな』
『な――何が?』
『世話ンなったな、って言ってやったのに』
『……あ』
『どーせ僕のせいでソラが死んだんだーとかバカなこと考えて、僕の死で罪を償おう、とかってキザにキメてこの屋上にきたんだろ?』
スゴイ。わかってる。
『信じられないか? バカめ。何年の付き合いだと思ってるんだ』
『――う』
『誰がお前のこと恨むって? オレが勝手に死んだのに?』
『……』
『わかったらとっとと帰ンな。オレはこの姿になれるの五分くらいしか貰ってないんだから』
『――うん』
『じゃな』
『わかった』
話し終わると、アヴァロンは宙を見つめた。
「また――来てくれるかな、ソラさん」
「さぁ。来ないんじゃない? じゃな、って言ってたし」
「でもいるんだね、天使って」
「もう、この汚い世界じゃ、降りてきてくれないかもね」
アヴァロンがそっと見た窓の外で、工場の煙突から黒い煙が立ち昇っている。
「天使って言ったら、どんなイメージがある?」
「うーん……、羽根が生えてて、頭にわっかがあって、優しくて、ニコニコしてて――」
「だろう? みんなそういうんだ。でも――僕にはそのイメージがないよ。初めて見た天使があんなだったからね。羽根もわっかもないし、ニコニコなんかしなかったし――」
「そっかぁ」
「うん、でも――すっごく優しかったな」
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