私はこの白い円柱上の赤い夢のよう
弱く儚く すぐ惑わされて
些細なことでも揺れてしまう
消えてしまった後は悲しげなため息しか出さない
でも
私とこの子が根本的に違うのは
それまでずっと真っ直ぐに立っていられないこと
“聖火妄想”
昨日の夜はよく眠れなくて、今日の朝は思いっきり寝坊してしまった。網戸付きの窓が開けっぱなしだったみたいで、露出された足元が酷く冷えていた。布団から出た瞬間、背筋にぞわっと悪寒が走る。タイル張りのフロアはまるで氷のようだったから、昨日脱ぎ捨てたスリッパを必死に探して一息つく。温かいとまでは行かなくても、これで安心という気はした。咳が一つ出る。
「あれ?」
いつもの咳と違った。一回咳をする度に喉に負担がかかる。声が出ない。そういえば、さっきから景色がぼやけているような気もする。
慌ててキッチンに体温計を取りに行く。窓から見える今日の天気は曇り。昨日のペカペカの太陽は照らしてくれていなかった。薄暗いリビングの椅子をおもむろに引き出して、体温計の小さな警告音を待つ。
ピピッ、ピピッ
こわごわ表示パネルを見ると、三十八点四分の黒い文字が点滅していた。途端に気持ちは憂鬱になって、自然に口元は歪んだ形になる。今日はずっと寝ていなければ。
ベランダに落ち込んだ木の葉が、痛そうな音を立てて転がっていった。
のんびりするのも嫌いじゃない。むしろインドア派だから有り難いくらい。それでも、家の中でさえ動けない、何もすることが無い窮屈な気持ちは抑えることが出来なかった。
誰も、このシビアな状態を知らない。だから誰も来ない。大丈夫ですかと介抱してくれる人もいない。病気のときは気が小さくなるなんていうけど、それは本当みたいだ。いざ病気になったとき、自分の小ささを身に染みて感じてしまうものだ。
枕元にあったテレビのリモコンを毟り取って、電源のボタンを押して小さな画面に向ける。当たり前のようにテレビは流れて行く。お昼の放送番組が殆どで、テレビを消しながらまたため息をつくしかなかった。
「……そうだ」
暇つぶしにと、ベッドの隣のテーブルにあるパソコンの電源をつける。家の電気製品にしか頼れないのも何だか変な気がしたけど、このまま寂しく一日を過ごすよりはずっと良い。ヴィン、と鈍い音がして、画面に明るい光が宿った。
いつもの通り、受信ボタンを手早くクリックする。今日はサーバーに接続する時間がいやに長く感じられた。
「メッセージを受信します」
間もなくパソコンが、メッセージがないことを告げる。ますます不機嫌になって、ベッドに戻ってふて腐れる。もうすることも何も無くなってしまった。
「……つまんないの……」
そしていつの間にか、深い眠りについていた。
どのくらいたったか、意識が戻る。目を開けた瞬間、視界には暗闇と、カーテンを閉めていなかった窓から見える夜景が入ってくる。気付けば雨が降っている。遠くで雷も聞こえる。しんしんと冷えた空気が部屋に溜まっていて、暢気に寝ていられる環境でもなかった。
ふぅ、と深いため息をついて、だるくて重い体を懸命に起き上がらせる。面倒だな、とも思いながら、電気をつけに部屋の入り口まで戻る。
パチン、
「あ……れ? 付かない?」
暗闇に焦って何度もスイッチを切りかえるが、一向に電気が付く様子は無い。途端に、言いようの無い恐怖に駆られる。頭にまで響く心臓の鼓動が、さらに恐怖を煽った。
「ちょ――何なのよ……?」
電気を付けることを諦め、懐中電灯を探すが、電池が切れていたことを瞬時に思い出す。仕方なく、台所の引き出しからロウソクを取り出して、マッチを擦る。
シャッ、
掠れた音と共に、小さな赤い光が狭い周囲を照らす。何も無いよりはマシではあるが、頼りないことこの上ない。
その小さな炎は、ため息をつく毎に忙しなく揺れ、その度に冷や冷やさせられた。このまま何分持つかもわからない。ロウが溶け出して、悲しげな涙のように側面を伝って行った。たしかに小さな存在なのかもしれない。この炎も。そして自分も。
「もっと大きくなってくれればよかったのに」
ロウソクに向かって、呟きかける。炎が、恥ずかしいというように体を揺らしていた。
ピンポーン
どのくらい儚げな赤い光を見ていたか、不意に玄関からインターフォンの音がして、心臓が一回、ドクンと大きく波打った。
「は……はい……」
震えるかすれ声で返事をすると、ドアの向こうから聞きなれた声がした。
「俺。今大丈夫?」
「涼平! 何で電気が付かないの?」
「……知らない? さっき停電したの」
「え……知らなかった」
「大丈夫かと思って――寝てた?」
「うぅん、起きてた」
涼平を招き入れて、あの小さなロウソクが置いてあるリビングまで案内する。
「あぁ、ロウソクだったのか」
「え?」
「いや、留守かと思って一回帰ろうとしたんだけど、窓からこの赤い光が見えてサ」
「そうだったんだ」
「風邪、ひいてたんだね」
「ん、もう大丈夫」
しばらく二人で話をした後、涼平は家に帰って行った。それから間もなく電気も復旧して、何だか温かくなったような気がした。空気も、ココロも。
あのとき大切な人に廻り合わせてくれたのは
赤い夢
儚くて弱くて頼りないけど
何よりも優しい
赤い夢
相変わらず真っ直ぐ立てない私だけど
これからもよろしくね
赤い夢
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※相互リンク記念に、浮多 むーサマに差し上げてしまいました。
むーサマはすでにお気付きでいらっしゃいますが(さっすがー)私のところでは滅多に見ない一人称モノですね。
「私」って使ってたでしょ?(笑)
どうも「私は」「私は」っていうの性に合わないので(爆)