Prince Doctorine +王子主義+




 王子がいないって? そんなの、この国じゃ当たり前。フフ、それに「最初からいない」んじゃない。「逃げ出した」のよ。宮殿から飛び出して、ね。
 王国の“王子”がこの国を抜け出してから、もはや半年の月日が流れた。王子の名はティーズ。やんちゃで、腕白で、なんとも手におえない少年だ。最も、彼が宮殿を飛び出して市場の方まで出掛けたのはこれ一回ってワケじゃ無い。五百回は超えてるね。

 それだけだったら、「王子が行方不明になった」ってだけで、みんなそんなに驚かないと思う。
 でも――最も印象的なのは、王子が出て行く最後に残した言葉。

「ボクは、鳥になるんだ」

 そして宮殿を出ていったきり、誰も王子の姿を見ていない。私以外はね。
 そう。察しがついたでしょう? 私はティーズ王子と暮らしてる。
 彼は一番最初、歩き疲れて道端で寝ていたんだ。
信じられないでしょ? いずれ国を継ぐだろう一国の王子が、よ?
 寝ている彼を見て、私は王子だとも知らずに家に招き入れたのよ。目が覚めた彼は、お願いだから親に話さないでと必死に頼むから、訳を聞かせてもらったら――アイツは王子だった――。
 これは内緒。国の政府が黙っちゃいないからね。

 え? ……あぁ。私はジェン。紹介が遅れてごめんなさいね。

 “鳥になるんだ発言”は、この国にして見れば酷く有名だ。だからこそ――この学園に、「ティーズ様応援倶楽部」が出来たわけだけど。嘘だと思った? 嘘じゃない。
 私はこれからその“王子崇拝学園”に登校するところだから、一緒に来れば良い。ティーズ王子も一緒にね。



「ウィーズ、おはよう!」
「おはよう!」

 あぁ、そうだ。忘れてた。
ティーズは学校で、バレないようにウィーズって名前を変えてる。
 城の兵士達にとって、ティーズには行く当てがないと思われていて、その上半年も経っているから、事故で亡くなったんじゃないかとか島を出ちゃったんじゃないかとか、いろいろな噂が流れている。いやいや、現にここにおりますとも。ちゃっかり私の家に居候してね。


「ティーズ様万歳! 俺達も鳥になりたい!!」

 ホラ、もう始まってる。毎日こんな調子で騒ぎたててるんだから、頭自体尋常じゃないわよね。倶楽部に入っていない人――例えば私なんか――を毎日勧誘しているの。
 誰も入るなんて一言も言ってないじゃない――。

「ジェンっ、いい加減ティーズ王子崇拝倶楽部に入ってくれよ」
「イヤだって言ってるでしょ。何度言ったらわかるの」
「見てくれよ、王子の写真が学校に回ってきたんだ。超美形じゃないか?」

 私はハッとしてそのチラシを見た。そう、横のティーズの顔にそっくりだ。

「なッ……!?」
「おっ、お前もティーズ王子様に夢中か?」
「馬鹿なこと言わないで」
「その倶楽部、どんなことをするの?」

 ティーズが嬉しそうにいたずらっぽく笑って答えた。顔が見えてしまう――! 私は慌ててティーズを引っ張った。

ダーメーよ! ティ……ウィーズ、行くわよ!」

 私は朝から不機嫌に、教室に向かってドスドス行進した。ズルズル、とウィーズが私に引っ張られて歩く。通りすがりの人から見れば随分と異様な光景だったに違いない。

「イタイなー、どんなことするのか聞きたかったのに」

 私は半ば乱暴にドカリと席についた。

「わかってんの? 写真があるのよ? 直ぐ誰かにバレちゃうわ」
「そしたらかくまってよ」
「……」

 迷いも躊躇も見られないその口ぶりに、私は心底呆れた。やなこったともハッキリ言えず、私は返答に困った。


 朝の時間まで写真の話は持ちきりだった。

「なぁっ、ウィーズ!」

 フザけた男子がティーズに話しかける。その度に私は何時もヒヤヒヤしていたのだけど――、ティーズは気付いていない。

「んっ?」
「写真見たか? ティーズ王子――」
「……え? どうしたの?」
「お前――王子にそっくりじゃないか?」

 ヤバイっ!

「えっ――」
「おォい! みんなァ! ウィーズってティーズとそっくりだァ!」
「ちょっ、馬鹿なことヤメなさいよっ」
「何だよ?」
「似てないわよっ。全然」
「何でお前が答えるんだ?」
「な――なんでって――」

「うわぁ……そっくりだぁ」

 惚れ惚れするような声が、王子崇拝倶楽部の部員の口から漏れていた。馬鹿らしい。

「もしかしてウィーズ、お前――」

 ちょ――待て! ヤバイ……!

「ホントは――!」

 あぁーッ!! もうダメ! バレる!!

「ティーズ王子と兄弟なんだな!?」

「「 ……へ? 」」

 なんかバレてないぞ……? 馬鹿ばっかりで良かったぁ……。

 あのあと私は、どうしてあんなに反抗したのか問い詰められ、結果的にウィーズが好きなんじゃないかと疑われるようにまでなってしまった。
 どうして我侭王子の為に私がこんなに傷つかなくちゃいけないのか――。私には全然わからなかった。

 赤の他人の為に、私が傷つく? 今はそれさえ馬鹿らしい。




「ティーズ、明日は城に戻って」
「ヤダ」

 まるで、すごく年下のように。そしてそう答えるのが極自然かのように。

 意地悪を言ったのに、それを知らないティーズはぽかんと不思議そうな眼差しを向けるばかり。
 どうして、どうして。私を憎まないの? イヤになって出て行かないの?

「如何して戻らなくちゃいけないのさ。退屈だからイヤなんだ。宮殿は」
「だって――アンタ仮にも一国を担う“王子”なのよ? 王子は王子らしく、勉強して国を守って行かなくちゃいけないんじゃないの?」

 心なしか、ティーズの顔が曇った。

「僕、その“らしく”っていうの嫌いなんだ」
「……何で」
「自分らしく、みたいなのは別にいいと思うけどさ、状態をとっつけて王子らしく、とか、男らしく、とか。何で? 自分らしく、っていうのはありのままで良いってコトじゃないの? 何でそのものの状態を決めつけて模範にするの?」
「私に聞かれたって知らないわよ! この――世の中のせいでしょ」
「……」

 ティーズが無口になった。こういうときのティーズは子供同然だ。何かあるまで口をきかない。
 仕方ないな、とばかりに、私はティーズに声をかける。

「今日のお夕飯、何が良い?」

 ティーズの顔は、途端に満開した向日葵のように輝き出す。

「スパゲティ」





 今日は親が居ない。仕事の関係で帰って来れないらしい。

「カルボナーラスパゲティだからね! よろしくっ」
「わかってるわよ、しつこいわねぇっ」

 夕飯を作っているときだった。


バンッ、

 ドアが勢いよく開いて、兵士が二人入ってきた。

「ティーズ王子はいらっしゃるか」
「……!!?」
「どうして……ココが……!」

「この少女も同罪か?」
「僕が勝手に入りこんだんだ。この子に罪はないよ」
「では、ティーズ王子。城へお戻り下さい」

 これ以上逃げ惑ったら、さらに行く当てが無くなる事を、ティーズも私も悟っていた。
 ティーズも私も、黙って外へ出た。
 二人は無口。それぞれの想いが、二人の口を重く塞いだから。

「じゃあ、行っちゃう前に、一つ聞いて良い?」

 重苦しい口をようやくの思いで開いて、私はそれだけを言った。心が、エレベーターで一番下まで向かっているみたいな気持ちだった。

「うん」
「どうして鳥になりたかったの?」
「……空を飛べたから」
「……それだけ?」

「空から、みんなを見下ろせたら、楽しいだろうから」
「……鳥」
「鳥は大変さ。他の鳥に狙われたり、鳥専門のハンターだっているくらいだからね――。
でも、それでも良かった。すぐに死んだってかまわないから、本当の“空”を知りたかった」

 私はもう何も言えなかった。無表情な兵隊がティーズを引っ張って行き、私はここで零れそうな涙を、何回も瞬きして必死に堪えるだけ。ティーズのために何が出来たのかも、考えたくなかった。

 ティーズが空を見上げているのが後ろ姿からわかった。私も一緒に見上げた。地上で起こってるコトも知らずに、まだまだ空は青かった。

 私は、“空”が憎かった。理由がどうであれ、残酷な“空”がひどく憎かった。


ソラサエ、ナケレバ良カッタノニ。


 もしかしたら、私はティーズが好きだったのかもしれない。だから、ティーズにあんなに愛されている空が――、

“憎かった”のかもしれない、と。














 翌日。一人登校する私を見て、何人かの女子がヒソヒソと喋り始める。

「今日、ウィーズお休みだね」
「風邪ひいたのかな。冬だし」

「うああぁぁあぁぁああーっ!! 遅刻するよぉおぉぉぉおおぅ!!!」

 かなり聞き覚えのある声が廊下から一直線に聞こえてきた。私は一瞬、何が起こったのかもわからなかった。

 
キキキィ。超スピードで走ってきたティーズが、行き過ぎようとして止まった。

「おーはよっ、ジェンっ」
「……なぁんであんたがここにいるのよっ!!?」
「いけないの?」
違――だって昨日――!! ……まさかあんた……」

 不思議そうな顔をしていたティーズが、口元をいたずらっぽく歪ませる。

「そゆコト。よっろしくぅ!」

 ティーズがポスンと肩を叩いて行く。何の悪びれもないその言葉に、しばし私は放心した。昨日一滴でもティーズのために流したこと、後悔してやるわ。


女子がヒソヒソ話し出す。
「ジェン、元気になったよね」



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アトガキ。

最初のゾロ番でリクエストされたのを書いて見ました。
「王子崇拝者とその廻りの同胞のドタバタエンディングストーリー」だった気がします(笑)
実際には別のをアップしたんですけれど。

今頃出来あがってるようじゃ、駄目だな(苦笑)