あたしにとっての国内旅行は此れが三回目だ、もう今更そしてこの歳になって、友達と旅行だなんてまったく疲れる。ぶすっとした顔で一言も喋らずに飛行機から窓の外を眺めるあたし、そしてゴメーン、と顔の前に手を合わせるサヤ、まぁ久し振りに逢えたんだから良いじゃない、と朗らかな笑顔を作っているカオル。でもあたしは依然として腕を組んでそっぽを向いたまま。それもその筈、本当だったらあたしは今日、一年近く付き合っている男性と一緒に映画を見に行く予定だったのに、昨日突然掛かってきた一本の電話、つまりそうサヤの涙声が全てを狂わせたんだ。
 好きなテレビドラマの最中に掛かってきた電話に少々むっとしながらも受話器を取ると、その向こうで泣いていたのは高校来の親友のサヤだった。

「はい、もしもし」
『……っユカ? ……の、さ、……した、――……うぅ……』
「な、何どうしたのサヤ! よく聞こえないよ? 泣いてるの?」
『あのさ……、泣いてるのは……どってことないんだけどさ、親友だよね? うちら』
「はぁ? 何言ってるの?」
『うちらは親友だよね?』
「当たり前じゃない!」
『……じゃあ何でも聞いてくれるよね、』
「うん、勿論だよ? どうしたの? その前に泣いてるのが如何ってこと無いように思えないんだけど?」
『ん、おっけ、じゃ決まりっ! 明日の朝八時に成田駅に着替え持って来てねっ、ホント有り難う! バイバーイ!』
「……え? 明日? 着替え? ……ちょっと待って明日は困るのよー!!」

 突然、掌を返したように明るい声になったサヤは、あたしに何か聞く暇さえ与えずに電話を切った。成田駅に着替え、朝八時? もともとサヤはトラブルメーカー的だったし、カオルはそれを見て笑う役、勿論のこと、あたしは冷めた表情で眺める傍観者的存在だ。それでもあたし達三人は高校からずっと一緒のクラスで通してきて、とうとう大学まで一緒だった。でもそれからは別々の会社で働くようになったし、永遠の親友だと誓ってから随分経つ。それでも彼女達の性格はきっと変わっていないんだろうし、同じようにあたしだって変わっていないに違いない。


「一体何のつもりなの、八時に着替え持って成田駅って?」

 先に現場に居たカオルに文句を言うと、

「それがね、昨日サヤから涙声で電話があって――」

昨日あたしがやられたことと全く一緒のことを口走るではないか。此れには呆れて何も声が出なかった。

「何なのよ、あたしも同じコト言われたのよ! お陰であたし、タカシとの約束断らなきゃならなかったのよ?」
「え、なになに? タカシ君とまだアツアツなんだー! 羨ましいなぁ。おデートの約束?」
「……」

確かに断るのは気が重かった、前から楽しみにしてたし、映画も最終日だったからチャンスは今日しかなかったんだ。あたしがベタベタ恋愛モノが嫌いなのを配慮してタカシが選んでくれた、アクションモノの映画だった。幸い、彼は明日ちょっと仕事が詰まりそうだとも云ってたし、また今度、映画なら何本でもあるさって云って許してくれた。
 遂にブチ切れそうになったあたしは、バッグを掴んで叫ぶ。

「もう良いわ、カオル! あたしは帰ったって伝えて!!」
「えー、もうちょっと待ってみようよ、駅が遠いし仕方ないよぅ」

いつまでものほほんした口調で誤魔化せると思ったら大間違いよカオル! あたしは頭に来たの、今からでも遅くないから帰ってやるわ! そして走り出そうとしたその先に居たのは、ミス・トラブルメーカーことサヤさんだった。

「主人公のお出ましデスカ。おっそい開演ですこと!?」
「ゴメンー! ちょっと出る前にひと泣きしちゃってさ!」

あたしとカオルがハモって不思議そうな声を出した。

「……ひと泣き?」
「――なーんてウソウソ! じゃ行こっか! 八時半に受けつけ開始だから急いでねっ!」

サヤはお得意の“性格掌返し”を一瞬にしてやってのけ、明るく言い放ったかと思うと、あたしをカオルの手を引いてぐいぐい歩き出す。この後に及んで嘘の性格を作れる女は滅多に居ないわよ、とあたしは密かに悪態をついて。

「ちょー待って、事情を説明しなさいよサヤーっ!」
「何の受け付けが始まるの?」
「だーっカオルったらそのことは関係ないでしょー!?」

 そして辿り着いたのは空港で、あたし達はやっと“着替え”の意味を知ることが出来ってわけ。サヤが手渡したのは飛行機のチケット、パスポートはいらないのだという。ぽかーんとしたままあたし達二人は飛行機に乗せられて、小さくなる東京を眺めていた。行き先は高知らしい。

「ったく……なんでこんな蒸し暑い時期に蒸し暑い所に行かなきゃならないのよ……」
「あ、うちの出身地なのよ実は……」
「そういえば云ってたね、高知出身だって」
「どーでもいいけど、旅行だなんて知らなかったわよ? 着替えは持ってきたけど寝巻きは持ってきてない」
「大丈夫大丈夫! あたし三人分、持ってきたからさ! ホテルも予約してあるし――」
「ホテルぅ? サヤんとこの実家は?」

一瞬だけどサヤの顔が曇った。

「実家へは、帰らない。だって、親の反対押し切って、高校から一人で東京に来たんだもん」

そうだ。サヤは東京に居る叔父さんや叔母さんの家に居候という形で、高校から転入して来たんだ。そのとき丁度同じクラスになったあたしとカオルの三人が意気投合して、今の三人組が居るんだ。両親と別れて寂しくないの?と聞いたとき当時のサヤは、顔を思いっきり曇らせて、親と別れたいから来たんだもん、と力強く言い放った。

「で、どうせ高知だし一時間とかそんなもんで着くんでしょ?」
「うん、もう近いと思うよ」

その直後、着陸を知らせるアナウンスが流れた。


 サヤとカオルはこの上なくハイテンション、あたしだけ異様なローテンションでその一泊二日の短い旅行は始まった。まずはホテルにチェックイン、昼はそこらのファミレスで済ませた。海の近くのすごく暑い場所で、ホテルからはビーチが見えた。丁度その季節だったのを忘れていたけれど、ビーチには泳ぎに来た沢山の人が集まっていた。その中のカップルを見付けては、あたしは酷くよどんだ気持ちになった。
 夜はホテルの中のレストランでパスタ。でもあたしはあいも変わらずむすっとしたまま。おみやげコーナーなんか見る気にもなれなかった。

「ねぇーユカったらまだ怒ってるの? 折角来たんだしもっと楽しもうよ」
「じゃあこんなんで楽しめると思ってるの?」

 サヤは自分でも云える義理が無いのを悟ったらしく、申し訳無さそうに黙っていた。そしてその気まずい雰囲気をブチ壊すかのようにカオルはにこにこしている。こういうときの仲介役はいつもカオルだったっけ。サヤがトラブルを巻き起こしてはあたしはいつも怒ってて、カオルは雰囲気をブチ壊す。本当はこうやって保ってきた筈だったのだけど。

 次の日の朝、ホテルでバイキングの朝食を済ませたあと、あたし達は近くの公園に行った。

「うわぁー、懐かしい。まだあの時計残ってるよ」
「あれ、サヤって若しかして、東京に来てからこっちに戻ったの今日が初めて?」
「そう」

サヤは嬉しそうに言った。そして草原に寝っ転がった。

「そー、小学生の頃はよく此所で遊んだんだよねぇー」

カオルまでもが一緒に寝っ転がって、きゃあきゃあと騒いでいる。あたしはそういうのが性に合わないから――ことに今日は機嫌が悪くて――日陰のベンチに座った。よく年甲斐もなくそんなことしていられるわね……。

 うとうとしていたのか、ふいに横に居た女の子に気がついた。ベンチに深く座って、でも背凭れには寄りかからずに、嬉しそうにサヤとカオルのじゃれ合うのを見ていた。その瞳にはどこか寂しげな陰があったけれど。

「……?」

 視線に気付いて、女の子がこちらに振り向く。中学生ぐらいだろうか。もうかなり大きいはずだ――高校生であってもおかしくない。とにかく彼女が学生だと思ったのは、学生服を着ていたから。

「ねェ、あそこの人達がどうかしたの?」
「お姉さん、あの人のお友達?」

彼女が指したのはサヤかカオルか解らなかったけれど、とにかく二人の方向を指しているのだから間違いないだろう。あたしはこくりと頷いた。

「そう。良かった」

それきり彼女はまた視線を二人の方に戻してにこにこと笑っている。あたしは随分と不思議な気持ちになった。一体この女の子は誰で、どうしてサヤだかカオルをこんなに優しい眼で見てるの? それともただの気紛れで見ている? だったら友達かなんて聞かないだろうけど。

「あの――あなたは?」
「カナコだよ」

 女の子は私には視線を向けずに短く呟いた。自分のこと、あんまり話したくないんだろうか。でも、女の子は明らかにあたし達より小さいし、サヤにこんな知り合いが居るなんて知らなかった。どうして言ってくれなかったんだろう。

「お姉さん、早弥さんと、あの女のひとと、三人でずっと仲良くしてくれるよね?」
「え……っ、うん……」
「ありがとう。早弥さんは私の大切な人だから」

見ず知らずの女の子に聞かれて何を戸惑っているんだろう、あたしは。曖昧な返事しか出来なかったけれど、女の子はそれで満足したようだ。本当に優しく、にこっと笑う。そして彼女は、早弥さんには私のこと知らせないでね、と言い残して去って行った。その後ろ姿はなんだか小さくて儚くて、呼び止めそうになった手を、あたしはそっと降ろした。早弥さんは私の大切な人だから? ……早弥はそんな風に想われていたんだ。あたしはちょっとだけ羨ましかった。


「帰ろっか。アワータウン・トーキョーへ!」
「あははは! アワー・タウン?」
「そーだ、帰りにちょっと寄って良い?」
「何処に?」
「昔の友達ン家」

 どきん、と。一つだけ大きく心臓が波打った。そんなシチュエーションはドラマでもよくあるじゃないか。昔の友達はもう死んでしまっていて、友達が居るのかどうか確かめに来るなんて話。

 案の定、着いた家は廃墟だった。

「この家、人住んでないよサヤ」
「当たり前じゃん、ここの家族全員、事故で死んじゃったんだもん」
「え……」
「……うちが東京に発ったあと。うちは数日後に新聞で知った。だから通夜も葬式も出られなかった」
「……」

やっぱり彼女は――カナコちゃんは死んでるんだ。シチュエーション的に言えば幽霊に逢ったって言った方が良いのだろうけど、あたしは何故かそうは思わなかった――夢で見たのかも? サヤはずっと廃墟の方を向いたまま、あたし達に顔を見せてくれなかった。泣いているのか怒っているのか歪ませているのか、それを見るのさえかなわなかった。あたしもカオルも、ただ黙っているだけしか出来なかった。
 でも。遂にあたしは、あの子の事を聞こうと決心した。

「ねぇサヤ。友達の名前、カナコっていうの? 死んじゃったのは高校のとき?」
「……なんで解ったの?」

やっぱりそうだ、あたしはカナコちゃんに逢った。もう死んで十年近く、“友達が出来たサヤ”のことを待っていたカナコちゃん。どうしよう、逢ったって言うべきなんだろうか。

「……表札に書いてある」

 あたしは咄嗟に、今まで見もしなかった表札を指差した。その一番下には、青木 佳菜子、の文字があった。

「アハハ、なーんだ、びっくりしたじゃん! やだなユカ!」
「あはははは!」

あたしもつられて笑った。サヤがあたし達を連れてきたのは、決して決して間違いなんかじゃなくて。そしてそれはカナコちゃんの為になった。自分が死んでもサヤに友達が出来る事を願っていたカナコちゃんの為になった。

「一人じゃ、寂しいじゃん?」
「……きっとカナコちゃん、ずっとサヤのこと覚えてるよ」

逢ってないはずのカオルも、サヤの笑顔を見て言った。昔からカオルったら優しくて、人の気持ちを察するのが凄く得意なんだ。そしてサヤ。一昨日の電話の涙声はサヤの本音だったんだ、嘘だったのはそのあとの明るい声のほう。全く、意地っ張りなんだか寂しがりやなんだか。

「へへっ、有り難う。うちら、ずっと友達だもんねぇ?」

そう言ったサヤの顔は、この上なくいたずらっぽく笑っていて。

「カナコー!! あーりーがーとーうー!」

サヤは叫ぶ、空に向かって。安心してあの世に帰ったカナコちゃんに向かって。あたしとカオルも叫ぶ。

「カナコちゃーん! あたし達、ずーっと、とーもーだーちー!!」

 三人は誰とも無しに向かい合って。

「……じゃ、帰ろっか!」
「……うん!」



 帰りの飛行機の中、カナコちゃんの言った“早弥さんは私の大切な人だから”が頭から離れなかった。ふと、タカシのことを想った。






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