Lover's Theory
普段絶対に恋の話をしない、中学生がこの世にはゴマンと居るだろう。
某中学校ニ年生の女の子二人もそうだった。
黄色い声を上げて有名芸能人の名前を口走ったり、困惑の笑顔で“病”を名乗る。
そんな感覚には付いて行けない。
それが二人の思うことだった。
「ねェねェ、聞いて! 昨日ね、カズちゃんと――!」
あぁ、そう言えば居たなぁ――、キャイキャイと恋の話をする奴が。
萌ちゃんも私も、半ば白目をむいて、呆れながらに話を聞く。
話も聞きたくないぐらいに「恋愛」を毛嫌いしているわけではなくて。
ただ単に、その「恋愛」とやらに興味が無いだけなのであろう。
私はそんな萌ちゃんの感覚に、少しだけ憧れていた。
「ねェ、思うんだけど。どうして今日日の女のコは鏡なんぞ持ってるわけ?」
萌ちゃんが、次の理科の時間に備えてそわそわ身支度をするユリちゃんを見て尋ねる。
確かに、萌ちゃんのカバンの中には鏡というロマンチックなものも入っていなければ、
肩までかかった髪の毛を解かす、くしもない。
「確かに。ちょっと理解できないよね」
「何ようキリの筆箱にだってプーさんの手鏡が入ってるでしょう」
何で知ってんだコイツ。
「違うっ、アレは誕生日プレゼントに貰ったから入れてるだけッ」
恋する少女感覚と一緒にされちゃたまらないとばかりに、私は反発する。
「あぁ、貰ってたよね、手鏡」
萌ちゃんが無表情にフォローする。
本人にフォローの念があったのかどうかはよくわからないが。
私は密かに萌ちゃんに感謝の念を抱く。
「萌ちゃんてさァ、本当に好きな人、いないの?」
「いるわけないじゃん」
ユリちゃんの最後の文字「の?」が発せられるか発せられないかぐらいの瀬戸際に、
萌ちゃんは鋭く否定する。
その声には、抑揚も無ければ焦りも無い。
その上、ユリちゃんが希望を託してゆっくりと問うたのにも関わらず、
彼女はその言葉を数秒か、もしくはもっと短く突っ撥ねた。
「なッ……なんでよー」
毎度お馴染みの質問に、同じ答えを繰り返す萌ちゃんに、ユリちゃんはちょっと不満を抱いた様子。
だってホントウの事だから。
「結局恋になんて、興味無いんだよ」
私はユリちゃんに、イヤミのつもりで横目を向ける。
しかし、次の言葉に私は、不機嫌そうに顔を歪める。
「もー、キリったら。アノヒトのことまだ好きなんでしょーう?」
アノヒト、というのは――。
……個人的にコメントしたくないので記述は控えさせてもらう。
「好きじゃないッつってんでしょ。私がそんなことをねちねちと引きずってる奴だと思うの?」
「意地張らなくても良いんだよ?」
「ドーム男に恋したような奴に言われたかないね」
「カズちゃんはドーム男なんかじゃないもんっ」
小娘め。
私は心の中で、あらぬ悪態を突く。
ドーム男、という単語について説明しよう。
伊藤先生――ユリちゃんの通称“カズちゃん”――は、髪型がオカシイ。
別にツンツン頭なわけではない。
かといって染めているわけでもなく、彼の髪型には、前髪の部分に問題があった。
サンバイザー。
時間は入学してから数週間のときにたちのぼる。
彼の数回目の授業のとき、私達はあることに気付いたのである。
前髪が額と直角に突っ張っているのである。
気付いた直後はもう誰とも無く大爆笑だった。
最初に持ちあがったのは、サンバイザーを長い時間被っていたのじゃないかという説。
だから最初の渾名はサンバイザーだった。
しかし、あるとき微妙なカーブを描いていたので、その髪型は通称ドーム型。
毎回、彼の髪型には大爆笑している私達なのであった。
「毎朝ムースで固めてるんじゃないの? 掛かる時間は三十分以上とかさ」
そういった萌ちゃんは、習字の時間の後、半紙に先生の略称イラストを描いてくれた。
特徴を掴んだ、まさにそのものといえるイラスト。
私には到底描けない。
私が書けるのは世にもつまらない小説や詩だけだ。
いや――それも書けるかどうかわからない、というのが本音なのだけれど。
恋愛が“嫌い”なんじゃなくて、恋愛に“興味がない”。
少しであろうと“恋心”を抱い(てしまっ)たことがある私には、到底出来ない芸当。
“興味が無い”というのは、気になったこともない、と取れる。
そもそも彼女は男に興味がないらしいのである。
それを言ったら私もそうなのだが、うっかり小学校時代のことを話してしまったので、
みんなの中の印象には“男好き”が刻み込まれているのかもしれない。
もともと私が“恋愛嫌い”になったのは例の小学校時代の件からだったから、
今更になって嫌いなのだと主張しても、意地を張っているか負け惜しみだと思われて終わりだろう。
最初から。
恋愛に関しては無縁だと思われていた萌ちゃんを、やっぱり私はちょっと良いなと思うのだった。
一度。
萌ちゃんが「毎朝会(ってしま)う男の子がいる」と漏らしたので、私達は騒いだ。
彼女に好きな人がいるはずがない、というのは誰もが百も承知ではあるのだが、
その彼女が珍しく男の子の話をしたのだ。
好きなんじゃないか、というのが私達の安易な考え方。
所詮、冷やかすのが楽しくて軽々と口にしてしまうその言葉に、私は密かな怒りを覚えていた。
いや、自分もやったことがあるからこそ。
自分のその、勝手な、それでいて意地悪な言い分に苛ついた。
勿論「好きな」わけではなくて、それは単に「嫌だから」話しただけである彼女も、怒っていたに違いない。
私達は「男の子の話をした」だけで「好きなんじゃないか」と冷やかす程度の心しか持っていない。
それって問題あるんじゃないだろうか。
本人にそのつもりはなくても、そう聞こえてしまうときもあるかもしれない。
でも。
やっぱり本人が本当に言いたかったことを知るって、大切な事なんじゃないだろうか。
萌ちゃんと会ってから、私にはそんな考えがよく廻るようになった。
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