Class Case
別に詩人ではないが、この暖かな陽射しの中を歩いてれば、眠たくなるのは当たり前だった。
気温は、軽くタオルをかけてテラスで昼寝をするのには丁度良いくらいだ。
今朝だって布団から出たくもないのに、学校という拷問場へ旅立たねばならないのはひどく憂鬱だった。
いつものように、一回だけ電車を乗り換えて、学校の最寄りの駅まで向かう。
電車に乗るのが少し遅れてしまったので、いつもよりは生徒の数が多い。
でも、みんなも同じみたいだった。
ちょっと眠たそうな顔をしながら、生徒はエレベーターへと身を運んで行く。
「おはよう……」
「今日、あったかいよね」
「うん」
ユリちゃんや他の人たちと落ち合って、私達はまた学校へと歩を進めた。
お喋りをしていても、瞼はトロトロと落ちてくる。
昼間になってもこれが続いたりしたらたまったもんじゃないけどなぁ――私はのんびり思った。
「そういえばさ、学校の工事、まだ終わらないんだね」
「五月蝿いよねー、なんか気が散るし」
「階段の近くっていうのがまたねー。いろんな人見えるからイヤなんだよ」
「そーお? たまに伊藤先生が上がってくるのが見えて嬉しいけど?」
「……はいはい」
もうそれ以上、ユリちゃんの伊藤先生談を聞きたくなかったので、
私はわざとらしく受け流してしまった。
教室に向かうと、その教室の前は人、人、人。
ドアから入ろうなんて無理なくらい。
「……上の窓から入れって?」
私のつまらない冗談も、その微妙な緊張感のためみんなの耳には入らない。
「どうしたの? 何かあったの?」
一番近くにいた江ノ島さんは、ユリちゃんの言葉には答えず、
まだ信じられないといった表情でドアを指差した。
なるほどドアから入れないわけだ、と私達は納得した。
後ろのドアのガラスが内側に向かって滅茶苦茶に割れていて、後ろのドアだけ鍵が掛かっているのだ。
前のドアからは入れるのだが、辛うじて人込みを避けて教室に辿りつけたのは、
春の暖かい陽射しに負けずいつものとおり登校したお偉い真面目さん達の数人だけだった。
「ねェ、教室に入れないから野次馬なら帰ってよ」
私がキレそうになるのを必死に堪えて言う。
何人かは「何様だよ」という顔をして無視をするが、近くにいた数人の小柄な人達はすごすご戻って行った。
中にはわざわざ一階や一番端のクラスから身に来た輩もいるようで、
私はイラつくのを押さえられない。
そこに萌ちゃんが登校してきた。美恵ちゃんも一緒だ。
「ユリ、キリ、おはよう……え? 何? どうしたの?」
「これ見てよ……酷くない?」
私もユリちゃんもガラスを指差したあと気付いた。
「……一番被害受けてるの、萌ちゃんだよね……」
「うわ! ホントだ! ひっどい……」
そうだ。一番後ろの一番端っこは萌ちゃんの席だ。
ガラスの破片が椅子にも机にも散らばっていて、これは授業どころではなかった
(授業がつぶれるならそれに越したことはないのだけど)。
全員登校してきたところで、朝の時間、私達はこのガラスを割った奴について討論した。
「誰かこれ割った人! ――で手を挙げるわけがないか」
「……ってーか、割れたの何時さ?」
「昨日でしょ?」
「じゃあ、第一発見者は?」
「あ……私だけど」
そういって渋々挙手したのは、衿崎さん。
ここだけの話だけど、衿崎さんはこのクラスでそんなに人気が有るとはいえない。
誰もが「良い人とは言えない」と思ってる、ちょっと可哀想ではある人だ。
みんなの冷たい視線が衿崎さんに突き刺さる。
もちろんみんな信用していない。
「……あんたが今朝割ったんじゃないの?」
「えぇっ……違うよ!」
衿崎さんは酷く動揺して答える。
「だって、今朝一番早く来たんでしょう!?」
「言えてる言えてる!」
「そうなんでしょ? 早く言いなよ!」
「違うよ――あたしじゃないよ!」
みんなの非難の声は止まらない。
嫌われてしまっているからこそそうやってあらぬ疑いを掛けるのだ。
これが萌ちゃんだったりするならば、誰も疑わない。
嫌われ要素がある人は、何か仕出かそうモノなら、それがすべて責める口実になってしまうのだ。
「なんてことしてんのよ!」
「ガラス割ったのあんたでしょう!?」
口の悪い子数人が責め立てる。
ますます不機嫌に、涙目になる衿崎さんが反抗する。
「ねェ、んじゃあさ、ガラスを割った音、誰か聞いてないの?」
ユリちゃんがソプラノの声を挟む。
「……え?」
「衿崎さん学校に来たの何時?」
「七時――四十分頃」
「どっかの教室の電気、付いてなかった?」
「……四組か五組が――ついてたかなぁ……」
「そんならなおさら好都合じゃん。手分けして聞いた人探そうよ」
ユリちゃんが、クラスのみんなを説得する。
「――うん……」
結果はものの数分と掛からなかった。
知り合いに聞いてもらったりして、ガラスの割れる音を聞いていないかどうか確かめたのだ。
「五組にテニス部の友達がいて、朝練だったから七時三十分からは部活仲間と教室に居たけど、
聞こえなかったって」
「四組の子が、四十分頃衿崎さんが通るの見たけど、それから何の音もしなかったって」
何人もの証言が、衿崎さんの無実の服をはがして行く。
衿崎さんがユリちゃんにそっと近寄って、呟いた。
「あの、どうもありがとう」
普段もそうしているように、ユリちゃんは素っ気無く答えた。
「君のためじゃないから」
きつッ……。私は密かに青ざめる。こいつの敵になってはいかん――。
「……じゃあ、結局誰?」
「……昨日――最後に帰った人は?」
「バトン部、かな……?」
バトン部の子達が決まり悪そうに顔を見合わせる。
「でも……あたし達が帰ったときは普通だったよ……?」
森辺さんがユリちゃんに似たソプラノ声で証言する。
「じゃぁ違うか……。夜はもちろん入れないし……」
ほらね。
“カワイイ森辺ちゃん”のいうことはみんな一発で信じてしまう。
推理小説みたいな展開に、みんな沈黙でしか居られなかった。
ハキハキした探偵役はいない。
あえて言うならさっき意見を挟んだユリちゃんくらいか。
「……うーん、これは犯罪の臭いがしますなぁ……」
お茶目な子がこういう場でおふざけを言うが、この奇怪な現象を前に、数人しか笑わない。
ガラガラガラ――。
「朝礼、始めますから、席に座ってくださいね」
担任の佐藤先生が入ってくる。
みんな、状況がわかっていないらしい佐藤先生に、訴えの眼を向けた。
ざわざわと一同が席に戻って行く(萌ちゃんは座れないので立ったままだった)。
そして、誰かがやっと口を開く。
「せ、先生、ガラスが――」
「あ、そうそう。昨日ね、工事の人が器具をぶつけちゃって、ガラスが割れちゃったって聞いたんだけど。
報告されたの数分前だったから、確かめようとしたんだけど――あら、これは酷いわね」
一瞬の沈黙ののち、一同は誰ともなく笑い出した。
あれだけ緊張して推理ゴッコしたら、工事の人が犯人だったなんて。
これは笑い話のほかに言いようが無かった。
朝の時間から一度も座れていない萌ちゃんは可哀想だったのだが、
一同は分担を決めて、隅々まで散ったガラスを清掃した。
別に詩人ではないが、こういうほのぼのした事件の笑い話があっても良いな、と私は思った。
このクラスの誰が犯人でもなくて良かった、という安心感と、春の陽射しに包まれて、
私はまた眠たくなってきた。
「冗談じゃない……全然笑い話じゃ無いよ」
最後までふて腐れていたのは、ずっと座れなかった萌ちゃんと濡れ衣を着せられた衿崎さんだった……。
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