Case Of The Ghost!
「萌ちゃんっ、キリっ、聞いて! 昨日私、幽霊見たのーっ!」
霊という存在自体信じていなかった萌ちゃんは、それを聞いた瞬間ため息をついてヤダ、と言った。
私はけっこう信じてしまうタチが入っているので、聞くだけ聞こうという気になった。
「あのねっ、学校を出たところに、ボロい一軒家有るでしょ?」
「あぁ……あれかぁ。でもこの前ジイさんが入っていくの見たけど?」
「……何時?」
「一週間くらい前」
ユリちゃんが、さらに顔を強張らせた。
「あそこのお爺さん、一ヶ月前に亡くなってるんだよ?」
ありがちなシチュエーション。
でも一瞬、背中がぞくぞくっと震えた。
「よく似た違う人だったかも」
「でも私、あそこの窓に人魂、見たんだ」
「え……」
どうせ何かの見間違い。
でも、見てないわけだから全面的に嘘だと証明することは出来やしない。
私だって、霊の存在を真っ向から否定することが出来ないでいるのだから。
「昨日火曜日で、私部活だったの。それで、学校出たのがすごく遅かったんだ。
六時半頃、だったかなぁ。それで、チラッとあそこの窓見たら……。
人魂が飛んでたのよーっ!」
私達の会話を聞いて、萌ちゃんも声を挟む。
「霊なんて居ないよ」
やっぱり萌ちゃんてスゴイ。
ここでありがち、“好奇心旺盛サン”ことユリちゃんが、
自分の思考を否定されたとばかりに、
「じゃあ、今日の帰りにあの家に行って、確かめようよっ」
はっきり断っておこう。
強がっちゃいるが、私は怪談や怖い話がけっこう後になってイヤになるタイプだ。
誰が先頭になるかで先ずモメる。
そして、可哀想に先頭になった奴はドアを開けるというとびっきりの刑がお待ちかねだ。
最初に例として挙がるのがもちろん公平と云われるジャンケン。
しかし、運も実力のうち、というのが世の中の考えで、
ジャンケンが運で決まるのであれば、実力だということになるだろう。
よってジャンケンは、ジャンケンの実力があるかないかで決まるんじゃなかろうか。
だったらもっと合理的な方法を考えて欲しい。
全ては自分がその役をやりたくないという一言で済まされてしまうわけだけど。
と、ここまで想像できて、どうして断ってしまえなかったのかと、
その家の前まできて後悔する。
今日は丁度私の部活があって、ユリちゃんの昨日の帰宅時間帯と同じ、六時過ぎだったのだ。
「や、やっぱやめる?」
夕暮れになりかけたこの道では、暗めのこの家が、ひどく沈んで見えるのである。
目撃談を聞いた後ならなお更。
「いいよ? 私、先頭になっても良いから」
迷いも躊躇もない萌ちゃんの言葉が、諦めかけていた二人の重苦しい空気をブチ破る。
こうなった今、萌ちゃんは正義の勇者である。
ヒトの家に入ろうとしていることが正義であるかどうかは別問題だ。
最初から霊の存在を否定していた萌ちゃんには、もはや「もしかしたらいるのかも」という
恐れの感情はそこに存在しない。
怖いもの知らず――というよりは勇者。
さっきから私達の頭の中にはその言葉が駆け巡っている。
「こういうときってサ、ドア、開いてるんだよね」
そう。
怪談にありがちなのは、まるでお入りと言わんばかりにドアが開いていること。
“お仕置きしてやるから入っておいで”と言われているみたいで、
その場面を見る度に私はゾクリとする。
「あ、閉まってる」
萌ちゃんの至って単調でクールな声に、束の間の安堵を覚えたのは私だけか。
「……窓、開いてる」
ドアは閉まっている。でも、直ぐそこに見える窓は開いている。
見えると言っても、ドアからは死角。
階段の途中に居たユリちゃんが偶然見つけただけ。
ホコリだらけの窓が不自然に開いているから、誰か――住んでいた可能性が高い。
窓枠には、まだ新しい泥がついている。
心なしか足跡に見えた。
当然のように私達はそこから窓の中を覗く。
次の瞬間、私とユリちゃんは弾かれたように驚きの悲鳴を上げる。
萌ちゃんが叫ぶ。
「警察と救急車ッ!!」
私達が見たのは、今時にしては珍しいランプが床に落とされてバラバラに割れているのと。
……一ヶ月前亡くなったお爺さんに酷似しているお爺さんが頭から血を流して倒れている場面。
お爺さんはどうも後ろから殴られて倒れていただけ、らしかった。
命に別状はないそうだ。
そして、警察の人が近所の人に事情聴取したところ、このお爺さんは亡くなったお爺さんの
弟さんで、残されていたこの家を受け継いでいたらしかった。
この弟さんは何時も夜、広い家の中のパトロールをしていたのだそうで、
現場検証の結果、昨日か一昨日辺りから電球が切れていて、取り替えていなかったのだそうだ。
警察によって電気が付けられたその部屋で、いろいろとわかる。
泥のついた靴跡が部屋の中にたくさんあって、一度はドアに向かって一直線に伸びているが、
そのあとお爺さんの倒れていた場所に向かって伸び、最後に窓から逃走した跡がある。
「ユリちゃんが見たのは巡回中のお爺さんのランプだったんだね」
「うん……」
警察の人が第一発見者の私達にいろいろと尋ねる。
何時頃見つけたのかとか、どんな状況だったのか、とか。
見つけたのは六時過ぎ頃。
私とユリちゃんが警察に電話して、警察が到着するまで、窓の所で萌ちゃんが見張っていたから、
お爺さんが殴られたのは私達が来るちょっと前で、犯人は外部犯のようだ。
「他所の事件だし、私達の出る幕はなさそうだね?」
「うーん。でも気になるなぁ」
萌ちゃんが部屋の様子を見てとても不思議そうに唸った。
「何で?」
「意識が回復すればお爺さんに聞いて事件解決だよ?」
「争った形跡が無い。ここの部屋の電気が切れてたから、お爺さんはランプを使って巡回したんでしょ?」
「あぁ。でも捜査の邪魔だから――」
警部さんが私達を部屋の外に出そうとする。
でも萌ちゃんはさらに推理する。
「警部さん、この部屋の鍵、開いてたんでしょ?」
「あっ……あぁ……」
萌ちゃんの質問に、警部さんもタジタジだ。
「廊下にはお爺さんの足跡しかなかった――?」
「あぁ。一人分しかなかったよ」
「窓の鍵、毛がついてなかった?」
「あぁ、ついてたよ君の云う通りだ」
警部さんはもう何だかぶっきらぼうに萌ちゃんの質問に答える。
「爺さんの手には毛のつくようなものなんかなかったし――何が何だか……」
「……で? 窓枠に泥。だったらこうだよ」
萌ちゃんはドアの前に立つ。
「犯人は開いていたのを良いことにその窓から入った。で、この部屋を物色していたところ、
丁度お爺さんが巡回に来た。窓が開いていてお爺さんはそれを閉めに窓を一度閉めてしまったんだ」
ドアの前から萌ちゃんは窓に向かって歩く。お爺さんを再現しているのだ。
「そしてその間に、咄嗟に暗い所に隠れた犯人はお爺さんが入ってきたドアから逃げようとしたけど、
できなかった。何故なら、自分の泥の足跡で、お爺さんに直ぐ見つけられるか、通報されてしまうから。
そして迷っているうちにその人はお爺さんに見つかってしまった」
周りのみんながぽかんと萌ちゃんの推理に聞き入る。
「廊下からの電気で顔を知られてしまった犯人は、お爺さんを抹殺する必要があった。
そして、持っていた何かで頭を殴りつけて窓にかけよった」
「だが――お爺さんによって、窓は一度閉められたんだろう?」
「犯人、手袋してたんじゃないかな? 手袋でこの小さい鍵を操作出来ると思う?」
出来ないだろう。
軍手やら手袋やらをはめていれば、指紋はつかないが一回り指は太くなる。
指紋が付いても大丈夫ならビニールの手袋でも大丈夫だが、まだ少し明るいのにそれで外にいるのは危険だ。
「慌てていた犯人は、何度か手袋したままで鍵を開けようとしたが断念した。
出来なかったらどうすると思う?」
「どうって……手袋を外して……あっ!」
「そう。窓の鍵に指紋、付いてるよきっと。調べて見たら?」
警察にはかなり感謝されて帰った三人だったが、家に帰ると大目玉を食らった。
帰ることが出来たのは夜遅くだったのだ。
こうして私達の小さくて大きな事件は幕を閉じた。
萌ちゃんのあの啖呵の切りようには、みんな目を丸くして驚いたけど。
そして、その指紋と一致する犯人が、数日の間に見つかったらしい。
あの日のうちにお爺さんも意識が回復して、犯人像をしっかりと記憶していたとのことだ。
犯人が語った所によると、
「一発殴っただけで、もう怖くて逃げてしまった」
と犯行を認めたらしい。
ちなみにこの犯人、学校に近いことまでもチェックしなかったズブの素人泥棒だったらしい。
いや、窓に指紋なんか残してるあたり、かなりバカだったんじゃないかと私は思った。
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