淡雪に依頼があった。
「朝霧 迅雷」という少年を殺してくれ、というのである。

黒茶に依頼があった。
「朝霧 迅雷」という少年を守ってくれ、というのである。


淡雪も黒茶も、すぐにそいつの居場所を突き止めた。
その日、迅雷は買い物を頼まれてデパートに来ていた。
土日のデパートは混雑していて、淡雪の仕事には最適だった。

「えーとォ? なんだよこれ? あんにゃろーよくもオレにくまの縫いぐるみなんぞ頼んだな?
 ったぁくバカバカしい」

迅雷が独り言をもらした。
淡雪はそれを聞き逃していない。
淡雪の、クエーサー君を持つ左手と、腕を組んでナイフを控えさせている右手に、力が入ってきた。
(……絶対殺す)
――淡雪がだんだんと迅雷に近づいていった。

一方、黒茶は迅雷の周りを見張っていた。
そのとき――淡雪のナイフが一瞬、光った。
黒茶に、依頼されたときの記憶がワンシーン蘇った。

『最近入手した情報によるとどうも――淡雪という殺し屋が朝霧君を狙っているようでね』

(しまった! 迅雷君は狙われてるんだ――どこだろ? これ以上近づけない――)
黒茶は一層目を見張って、迅雷に近づいていった。

――黒茶が見ている中、淡雪が後ろから近づいているのがわかる。
黒茶にはナイフの殺気がわかっていた。
それに、ナイフと同時に漂う、<殺してやる>という殺気が、黒茶を緊張させた。

淡雪がもう10メートルと離れていない。

――5メートル。

――3メートル。

――1メートル。

スイッ。

淡雪が通り過ぎて行った。
黒茶に、<殺気>が通り過ぎたのがわかった。

(なっ……? 「通り過ぎた」? ってことは「淡雪」っていうのはあの服の変な、
 縫いぐるみを持った女の子ね)

黒茶は、本人に言ってはならないことを思った。

それにしても、この混雑では淡雪が何処でどうしているの構ったくわからない。
おまけに、淡雪はかなりの早足で、すぐに見えなくなってしまった。
(一体何処へ……!? 油断できない……!)

――来る!

黒茶は殺気を感じ取った。
さっきよりはるかに強くなっている。
真正面から来る。


ヒュッ!!
ナイフが光った。


セールでおしくら饅頭していたオバさんたちも、
若いOLも、そして主婦さえも、その異様な光景に眼を見張った。
当たりの空気が凍りついているのが誰にでもわかる。

ナイフを持った淡雪の手が、黒茶の両手によって押さえられている。
そして、ナイフの先には、後ろを向いてしゃがんだ状態の迅雷がいる。
淡雪の仕事の、初めての失敗だった。


「あなた、やるわね――!」
「そっちこそやるじゃない……♪ あたしの手を止めるなんてさ」
「迅雷くんよね――あなたの体術もなかなかのものだわ――この混雑の中ナイフを避けるなんて」
「どーも……。鍛えてるしね。殺気には敏感なんだ。――ってか、あんたら誰よ?」

黒茶と淡雪は、思わず顔を見合わせた。

「あたしは星願淡雪。殺し屋よ」
「私は黒茶。用心棒」
「何それ? 立場は、敵なワケ?」
「そうなるわね」
「はァ? じゃ、なんで“なかよしこよし”になってんだよ?」
「別に仲良しってワケじゃないわ。それにあたし、この人には初めて会うし」
「そうね。初めてだわ。でも名前は聞いたことあるわね」
「あたしも」

「じゃ、これもなんかの縁だし、二人とも私の家に来ない?」
「はァ!? なんでそーなるんだよ?」
「いいじゃん。それとももっかいあたしに殺されたいのかな〜っ? 死にかけっ!」
「……ガキ」
「ふんっ、あたしのクエーサー君をバカにした罰よっ」
「オレがいつお前のクマをバカにしたよ?」
「さっき! クマの縫いぐるみをバカバカしいって言った」
「なにチンケなことにかまってるんだよ」

淡雪が「笑顔で」ナイフを振り上げた。
黒茶が慌てて「笑顔で」それを止める。

「うわぁ――っ! わかった、わかった、わかりました! もうバカにしないからそのナイフはやめてくれーっ!」

迅雷はとても淡雪のナイフを怖がった。

「んじゃっ、決まり。ねえ、黒茶姉ちゃんの家はどこなの?」
「ラビスマウンテンの登り途中の一軒家。すぐわかると思うわ」
「はーいっ。じゃ、先に行ってても良い?」
「うん、歩いて追いつくわ」

淡雪がすごいスピードで走って行ってから、黒茶と迅雷は二人になった。
そして、迅雷がポツリと言った。

「――ちえッ、あのガキぃ」

そして、黒茶の頭を後ろからはたこうとした。

しかし、黒茶はそういうのには人一倍敏感だ。
その腕をしっかりと握って、真っ直ぐに腕を伸ばした。

「きゃああっ!」
「痛てェ――――ッ! 何するんだよ! 腕が折れる――――ッ」

ようやく黒茶は状況を理解して、迅雷の腕を離した。

「だって……いきなり後ろからたたかれる気配がしたんですもの」

なんの悪びれも無く、黒茶はそう言った。
迅雷は恥をかいて、ポリポリと頭を掻いた。
それから、紛らわすように質問した。

「なぁ、なんでオレは狙われたり守られたりしたんだ? 殺し屋ってことは、オレは誰かに狙われてたんだろ?」
「……」
「だったら、あんたはどうしてオレを守る仕事をしてたんだ?」
「……依頼を受けたからよ。それ以外のなんでもない」
「……」
「私はやれと言われたことをやっただけだし、結果的にうまくいったみたいだからもういいわ」

「ふぅん」

迅雷はまた頭を掻いた。
一瞬の間に起こった出来事が、こんな話につながるとは思わなかったのだ。

「じゃあ――あの淡雪ってガキは、もうオレのことを殺そうとはしないのか?」
「しないんじゃない?」
「……保証は?」
「ないわ。でも、淡ちゃんはきっとあなたのこと、遊び相手として認めたでしょう。
 だから、脅しはするけど殺しはしないわよ」
「ほんとに――そういうの、よくわかるんだな」
「仕事、だからね」



迅雷は本当に黒茶を信頼している。
けんかを吹っ掛けて、返り討ちになることもあるけれど。
いや、返り討ちになることしかない。

淡雪は迅雷で遊んでいる。
本人は楽しそうだから、何も気にしていないのだろうけど。
そのときから淡雪は、黒茶の家で暮らすようになったのだ。
いつも他人の家の屋根の上で寝ていたから、その方が良いといえば良いのだろう。

迅雷は、妹がいたので、たまに黒茶の家に来る程度だ。





ある日のこと――外はどしゃ降り、空気まで灰色になりそうなどんよりした日だった。
このところ黒茶は仕事があるといって遅くまで出かけていていなかった。
だから、家事などの全般は迅雷がやっていた。
淡雪はしっかり雑誌を読んで、迅雷「で」遊んでいる。

「ったく、洗濯ぐらいやれよなー」

迅雷は、誰もいない風呂場でひとり、いつもブツブツ呟くのだった。

そのときだった、淡雪は誰かが家に近づく気配を感じて、押し黙った。
(誰だろ――? 用心棒の仕事の依頼だったらどうしよう――私がいたら逃げちゃうよね)
でも、淡雪はすぐに玄関の扉を開けた。
何故なら、それは黒茶だったからだ。
淡雪は、黒茶に教わって訓練をして、だいぶ人の気配が読めるようになったのだ。

「おかえり、黒茶姉ちゃんっ。……?」

淡雪はそういって出迎えてから、首を傾げた。
黒茶の頬からは血が出ているし、背中には見たこともない男の子を背負っていたのだ。

淡雪は黒茶の顔を見て、黒茶はあまりその子のことを聞かれたくないのだと悟った。
あまりにも悲しく、寂しい眼で、その上黒茶がはじめて見せた、すがるような眼差し。

「黒茶姉ちゃん、風邪ひくから、早く着替えておいでよ。この子の看病はあたしがするからさ」

黒茶は、何も言わずにうなずくと、よろよろと自分の部屋に戻って行った。

迅雷が洗濯を終えて戻ってくる。

「何だ? 黒茶、帰ってきたのか?」
「うん」
「ん? ――そいつ誰だ」
「黒茶姉ちゃんが連れてきた」

淡雪はそうとだけ言うと、後は任せたとばかり、ぽんと迅雷にバトンタッチした。

「ンなっ!? またオレか!」

嫌な顔をする迅雷だったが、反抗できず、結局、その少年を頭や腕、足などをタオルで拭いてやり、
ソファに寝かせてやった。


「……悲劇の子羊、か」

迅雷は少年の頭をそっと撫でた。



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