舞台はごくごく普通の家。
でも、涙目の女性と眼帯の男性が話している内容は、決して普通などとはいえない。
青系で統一された、小ぢんまりした部屋のソファからは、こんな会話が聞こえてきている。

「先ずは貴方の今の御心情から。随分取り乱されてますね――、不安と緊張からでしょうか。
 貴方はまだ、充分に現状を把握できていないのでしょう。
 いぇ、理解したくない、のかもしれません。合ってますか?」

眼帯の男性は、眉一つ動かさず、口元を少し上げて女性に笑いかける。
女性はしゃくりあげていてそれどころではなかったのだが、男性の静かな優しさは、
充分過ぎるほどに伝わっていたと思われる。

「えぇ……この所凄く不幸が続いてるし――もしかしたら悪いことの前兆じゃないかしら。
 お願いします風雅さん――」
「ご安心下さい、お嬢さん。私の占いだと――これでもう貴方に降り掛かる災いは終わりです。
 ただ、あと一つ――難関が残っているようです」
「……」
「気を強く持ちなさい。平常心さえ保てれば、あなたはもっと強い筈なのです」
「――はい」

女性は小さく頷いた。

「頑張って下さい。私も応援させて頂きます」

風雅と呼ばれた眼帯の男性が、最後にしっかりとした口調で付け加える。
彼の特有の微笑み方なのだろうか、あまり表情は変わっていないが、口元は静かに笑っていた。

「――はい!」

女性はさっきより少し元気を出したように、コクリと頷いた。
そして、頬に残った涙をぎゅっと拭いて立ちあがった。

*   *   *   *   *


「有り難う御座いました!」

嬉しそうに女性は出ていった――それと入れ違いに、無表情な青年が入ってくる。
彼はチラリと女性の方を見遣ると、ドアをそっと閉めてソファに座り込んだ。
成る程風雅はこの青年と知り合いのようだ。

「ふぅん。風雅も儲かってンじゃん」
「まぁな――これしか仕事は無かったが故」
「へェ。占い料金は?」
「好きなだけ」

風雅はまるで無表情に、青年の問い掛けに答えてゆく。

「好きなだけ?」

青年が、弄繰り回していた占いの勾玉を取り落とす。

「如何いうことだ?」
「払いたくない者は払わなくて良いし、良心が有るならばその人はとても沢山置いて行く」
「……何か詐欺っぽいぞソレ」
「人聞きの悪いことを云うな迅雷……何処が詐欺だ」

青年は名を迅雷、と云った。
風雅は、この迅雷と古くからの友人だ。

迅雷が勾玉をまた触りそうだったので、風雅は素早く手元から勾玉を奪う。


「ところでさァ、風雅――」

ちょっと気まずそうに、迅雷が風雅に向かって上目遣いをする。

「何を占うのだ? 心情か? はたまた厄日か」
「またかよ――なんで直ぐわかっちまうんだよ」
「お前の顔には表情が出やすいから、云いたいことぐらい容易にわかる」

全く、と風雅がため息をついて、さっきの勾玉をシャン、と鳴らした。

「気になっているのは――誰だ? 少年だな……紺、というのか? それから――。
 今一番怖いと思っているのは……少女か……なんだ、殺し屋の星願淡雪じゃないか」

風雅の読心が始まる。
最近のことは勿論、その時考えていることも解ってしまうのが、風雅の能力だ。
そして、占いはその能力を活かして、自分で研究して作ったものだった。

「お見事。やっぱあんたに隠し事は無理だ」
「甘い」
「あはは、そう云うと思った」


風雅は何だかんだいって、友人と居るのは結構楽しそうだ。
別に自分の能力をイヤだと思ったことも無いし――。

風雅は、実は今自分の立場は結構幸福なのではないかと考えている。


「風雅ってさァ、」

迅雷が、うーんと伸びをしながら聞いた。

「外さないよな、眼帯」
「―――」

風雅に言葉は無かった。
代わりに、彼の頭の中には、惨劇の映像が沸沸と蘇っていた。

*   *   *   *   *


『逃げなさい風雅!!』

『……ッ! イヤですっ!!』


村が奇襲に遭って――、母親が拉致されているのに、立ち向かった風雅を止めたのは姉だった。

『どうして――!! どうしてこれを黙って見てるんです!』
『今の私達には術なんか無いのよ――奴らを挑発したら今度は村全体が危ないの――わかって?!』
『……ッ』

昔事故に遭ったと聞いたが、母親には感情が無かった。
何時もボーッと椅子に座って、編物や読書だけしていた。
風雅は何度も話し掛けたけれど、母は首を傾げるばかりで名前を呼んでもくれていなかった。

母親代わりは昔から姉さんだった。時々変に姉御肌の。


盗賊に捕まってるって云うのに、母親はやっぱり、ボーッと頭の方を眺めているだけで、
よもや走ったり叫んだりという行為は、無理に等しかった。

風雅は何度、母を呼んだか知れなかった。


『母さんを返せ――!! 止めるんだっ!!!』
『風雅!!』

性格に似合わず激しく反発した風雅は、ついに母親を捕らえている盗賊に突進した。
しかし、母親の元に着く間もなく、風雅には銃口が向けられていた。
そして母親にも――。

『母さんを離せ――!』

それでも振り絞って出た言葉に、盗賊は憤慨する。

そのときだった。
母親は、ふっと風雅を見つけていた。
そして彼女は、ハッキリとした口調で、風雅に伝えた。

『ごめんね』。

風雅の目が、カッと見開かれた。
五月蝿いぞクソガキ、そういったその盗賊の人差し指には、もう既に力が入っていた――。


――ドゥン!!
――ダァン!!



ニ発の銃声が、夜を切り裂いた。
一発は風雅に。もう一発は母親に、銃弾は飛び出していた。

銃口からは少し離れていた風雅は、間一髪避けて、目から少量の流血をしただけだった。

母親は――助からなかった。
こめかみに一発、即死だった。




風雅が、ぐっと唇を噛んだ。
表情は少し険しくなっている。

「風雅?」
「いや――ちょっと、過去を、ね」
「思いだし?」
「あぁ」


その後の姉の、必死の介護によって、風雅の目の具合は、大分良くなっていった。
それでも、彼の左目は、今でも見えていないらしい。

風雅は、あまり自分のことを語らない。
眼帯の理由も、姉と自分しか知らなかった。



余談だが、風雅が読心術を身に付けたいと思ったのは――、
母親の考えることが知りたかった、というのがきっかけだったのだと言う。



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