とある寝室。
少年が備え付けの丸テーブルに座って黙々と本を読んでいる。
彼はふいに顔をあげ、かけていた眼鏡を外し、大きく息を吸い込む。
正面の大きな窓に目をやると、
ついさっきまで下のほうに あった太陽が真上を少し過ぎていて、
自分が本を読み始めてから 大分時間が経ってしまった事に気がついた。

窓から視線を下に移すとすぐに
うずたかく積まれた書籍の山が いやがおうにも目に入る。
無造作に積み重ねられたそれはテーブルの周囲だけでなく
床やベッドの上にも散乱していて、彼はうんざりしたように背もたれに もたれた。

「返却日が過ぎてるんだよなぁ…多分…」

早く返さないと貸し出し禁止になってしまう…
少年はもう一度書籍の山を見回して
「でもどれが返すヤツなのかわかんないや…」 と呟いた。
彼は今度は窓に視線を移すと何かを考えているように
それっきり 黙り込んでしまった。  

  ゆうやと人喰いワニのパラドックス

     

それから暫くして、寝室のドアが派手な音を立てて開いた。

「ゆる、いるか?」

声の主は大股で丸テーブルに近づいてくる。
その弾みで書籍の山が所々で崩れた。
しかしそれを気に止める様子もなく、
声の主…ゆうやは少年…ゆるの 向かいのイスに腰掛けた。

「相変わらずきったねぇ部屋ー。掃除ぐらいしたらどーなの?」

そう言いながら手近にあった本の1つを手に取ってパラパラとめくってみる。
ゆるはいつも通り本から顔を上げようともしない。

「よくもまあこんなもんを毎日毎日飽きないで読んでいられるなー。
 つまんねぇ。」

そう言うが早いか乱暴に本を山に放る。
ゆるは顔を上げない。話を聞いているのかいないのか。

「ったく…」

たちまちその状況に飽きはじめたゆうやは 頬杖をついたり、
足を組みなおしたり、落ち着かない。
そもそもここに来たのはやる事がなかったからだというのに
これでは全く逆効果である。
ゆうやはぼんやりとこれからどうしたもんかと考えた。
(散歩はもうしたし…)
(お茶はこれ以上飲みたくない…)

あれこれ考えているとめずらしくゆるが声を掛けてきた。

「ゆうやはこれからどうするの?散歩?」
目線は本に注がれたままである。

「いや…」
「じゃあ、お茶?」
ゆるが初めてゆうやを見た。

「いや…」
「じゃあ…」
ゆるは少し考える仕草をすると
「昼寝?」
「それじゃまるで俺が毎日怠けているみたいじゃないか…」
呆れ顔で答える。

ゆるは手にしていた本を閉じて抱え込むように持つと、
「それ以外でゆうやがやりそうな事ねえ…」
と視線を宙に泳がせる。
「あ!わかった!トランプ!」
「1人で出来るか!
だいたい金巻き上げる相手がいないんじゃ全然  面白くねぇよ。」
特に予定はないゆうやだったが、ゆるがかまってくれているので
そのまま予定を当てさせることにした。
中から面白い案があれば採用すればいい。

「釣り!」
「寝ちまうよ、そんなん。」
「ジョギング!」
「そんなバカみたいな事すんのあの女だけだろ。」
「雑誌の立ち読み!」
「どうせ雑誌しか読みませんよ…悪かったな。」
「…  …ゆうやの趣味ってなに?」
「そんなんお金儲けに決まってるじゃないか。」
「あ!分かった!金勘定!!!!」
「それはもうやった!!!」
ゆるはそれっきり黙ってしまった。
(採用したいような案はないなあ…)
そう思って珍しく悩んでいる風情のゆるを見ていた

ゆうやの目にふとあるものが飛び込んで来た。
テーブルの上にケーキが置いてある。
本の影になって最初は気が付かなかった。

「あ。ケーキ!  何?要らないの?なら俺がもらう!」
言うが早いかゆうやはケーキに手を伸ばす。
ゆるが慌てて 「あ!」 と、ゆうやの手を抑えようと手を伸ばす。
しかしゆうやの方が一瞬早くケーキの乗ったお皿を手元に引き寄せてしまった。

「世の中、早いもの勝ちってヤツなんだよ。まあ怨むなよ♪」

ゆうやはケーキを手で掴んで口に放り込もうとする。
「ちょっと待ってよー!!!!」 ゆるは声を荒げて抗議を始めた。
ゆうやはケーキを持った手を空中で止めながら、
柄にもなく慌てている ゆるを見詰めた。
「そんなにこれが食いてぇの?  ん〜〜〜〜。」
彼は皿とケーキを手にもったまま難しい顔をした。

「んなら、これから後俺が何をする予定か当てられたらこのケーキを
 譲ってやらんでもない。」

ゆうやはケーキを皿に戻しながら言った。
それを聞いたゆるは顔を輝かせて身をのりだす。

「ホント?ウソ偽りなく?
嘘ついたらおれの言う事なんでも聞いてくれる?」

ゆうやはケーキの乗った皿を机に戻しながら笑う。

「ああいいぜ。なーんでも聞いてやるよ。」
ゆうやは顔では笑っているが、
ゆるが自分のやる事を当てられる筈がないと 自信を持っていた。
なぜなら自分はゆるが言った事以外の事をすれば 良いだけなのだから。
ゆるが自分の未来を当てることは100%出来ない。
腹黒い算段をしながらあくまでも顔は笑顔でゆうやはゆるに尋ねた。
「で?俺はこれから何をすると思う?」  

    「ゆうやはこれからケーキを食べるよ。」

    「?」 ゆうやはゆるの言っている事が理解できずにいた。

「…は?」

ゆるは向かいで頬づえをつきながらにこにこゆうやの顔を見ている。
ゆるがこんなに楽しそうな顔をしている時、
それは誰かが自分の 思惑にハマった時しかない。
ゆうやはそれを身をもって知っている。
(イヤな予感がしてきた…)
まだはっきりとは輪郭を持たないおぼろげな不安をかき消すように
ゆうやはケーキに手を伸ばし、食べようとする。

(落ち着け。俺はアイツの言った事以外のことをすればいいんだ。
 簡単な事だ。だから俺はケーキを食べていいんだ。)

そこまで考えてゆうやはふと思った。
(俺がもしケーキを食べたらゆるは俺のやる事を当てたことになって
 俺はケーキを譲らなくてはならない…?)

ゆうやは慌ててケーキを皿に戻す。
しかしケーキの乗った皿を見ながらふと考える。
(もしこのまま俺がケーキを食べなければゆるの言った事は外れた事になり
 俺はケーキを譲らなくていいはずだ…)
再びケーキを持ち上げる。

するとゆるが笑顔で「約束、守ってね?」と釘を刺してくる。

(もしケーキを食べたらゆるの予言が当たった事になる…)

ゆうやは重大な矛盾に突き当たっている事に気がつき始めた。
「…  もしかして俺ってケーキを食べる事も譲る事もできねぇんじゃねぇの?」
イヤ〜な顔で見詰めるゆうやにゆるは心底嬉しそうに言う。

「え?」  

ぷつ。  

その瞬間にゆうやの中で何かが切れる音がした。

「やってられるか―――――――!!!!!!」

言うが早いかゆうやはひと口にケーキを平らげた。
目の前でゆるがあっけに取られた顔で見詰めている。
大急ぎで口の中のものを飲み込み、息を整える。
まだきょとんとした表情をしているゆるに向かって
やっと喋れるようになったゆうやが言う。

「俺は譲ってやってもいい、とは言ったけど
譲るなんて言ってないもんな!」

まるで子供のいい訳である。
しばらくして冷静になってきたゆうやは少し気まずいものを感じ、
もう少しマシな言い訳をしなくてはと思った。
そこで恐る恐るゆるの顔を見ると、
予想に反してゆるは満面の笑顔であった。

「?」

何がなんだか分からず今度はゆうやがきょとんとする番だった。
「相変わらず短気だねえ。  短気は損気とはよく言ったものだよねえ。」
ゆるは手にしていた本をゆうやの目の前に差し出す。

「????」

未だ状況を掴めないゆうや。
「はい。これも読み終わったから。」
「…読み終わった…って?」
いきなり本を差し出されてゆうやは思わず分厚くて堅い本を受け取る。

「それと部屋にある本の中の何冊かも返却期限が切れているから  
一緒に持ってって。」

ゆるは手近な山から一冊本を取り出すと、
パラパラと最後のページをめくり、
「ここに返却期限のスタンプが押してあるから。
よく見てね。 あ、これも過ぎてる。」
はい。とゆるはゆうやに本を手渡す。
2冊目の本を受け取ったゆうやは、
それをまじまじと見詰めていたが、 しばらくして

「何で俺がお前のこんなバカみたいに重い本を持っていかなきゃ
 なんないんだよ?!」

と声を張り上げた。
するとゆるはいともあっさり

「だって約束を破ったら何でも言う事聞いてくれるって言ったじゃない。  
大丈夫。3往復ぐらいですむから。」
そう言って微笑む。 ゆるは本当に嬉しそうだった。

      ゆうやが本をまとめ、
持てるだけ抱えて部屋から出て行くのと入れ替わりに
よしがやって来た。
手にはお盆を持っている。

部屋に入るとゆるがいささか綺麗になった部屋の中央の丸テーブルに
足を のせて本を読んでいる。
いつもと変わらない風景である。
よしは不思議そうに本を抱えて出て行ったゆうやの後姿を見送りながら
部屋の中に入ってきた。

「ゆうや、どうしたの?」
ゆるは答えない。
よしは丸テーブルの側まで歩いてくると、
机の上に空になったケーキ皿を 見つけた。
「あ、ゆうや、ちゃんとケーキ食べたんだ。良かった。  
ゆる、ちゃんとゆうやにケーキがあるって教えてくれたんだね。」
よしはお皿を持ってきたお盆に乗せる。
「どう?ゆうや、美味しかったって言ってた?」

「……  あまりに美味しかったのかなあ…  
ひと口で平らげてたよ。」

「あはは。そんなに焦らなくても
ゆうやのケーキなんだから誰も取らないのにねー。」
よしは嬉しそうに微笑む。
ゆるは足元の本の山の側から空になったケーキ皿を取り出して
よしのお盆にのせた。

「ごちそうさん。」
よしは2枚の皿を重ねながら不思議そうに尋ねる。
「何でわざわざお皿を床に置いていたの???
 テーブルがあるんだからちゃんとテーブルに置いてよぉ。」
ゆるはすでに文字を追う事に夢中になっていて、
返事は返ってこなかった。
よしはため息をつきながらお盆を持って部屋を出て行った。

  正面の大きな窓から見える太陽は大分低い位置にきていた。    

 

   

□あとがき□

  つ、疲れた… なれないことはするもんじゃないかも…
というわけで…さぞ疲れたでしょう… お疲れです。
こんな目に優しくない文章を読んでいただき、光栄の極みであります。
え〜〜〜〜と… あまりによくわからない文章になってしまったことをお詫びいたします…
やはり慣れない者が書き下ろしなんて(笑)するもんじゃないです…
  とりあえず言い訳でもさせてください。(笑)

  ゆるは初めからゆうやに本を返させるためにイロイロと小細工を していたのです。
何気なく予定を尋ね、ケーキを欲しがる演技をしてゆうやの口から
「もし何をする予定か当てられたら…」というひと言を引き出したのです。
もしゆうやが言わなかったら最悪自分で提案する予定だったようです。
そこで「人喰いワニのパラドックス」の出番ですね。
「パラドックス」とは「逆説」の事で、まあわしも良くはわかってないのが 本音ですが
、とりあえず今回のネタは「人喰いワニのパラドックス」を
ケーキに変えただけのまあパクリでして…(笑) ごめんなさい。

参考文献:「詭弁論理学」野崎昭弘氏著

結局はケーキはゆうやのケーキであって、
ゆるはすでに食べた あとだったんだけど
ゆるは「あ!」「待って!」と言っただけで、
「それはおれのだ」と言ったわけではないのですから嘘はついていないのです。
(やなやつ…(笑))

勢いで2日で(早いなぁ…)かいたものなので、はっきり言って論理に穴があるかもしれませんが
そこんとこはどうぞアナタの胸にしまっておいてくだされ。