ここのところ、とにかく仕事がたてこんでいた。
いかにデスサイズスの特殊能力があろうとて、オーバーワークもいいところだった。
誰のせいなんて考えても仕方がない。
引き受けたのは他ならぬ自分だったし、それに、
アパートまで持ち帰った仕事は今しがたようやくめどがついた。
窓から見えた太陽の位置でそろそろ昼時であることに気がついた梓は、
立ち上がるとちいさく伸びをした。
視線がドアポストで止まる。

「チェックする余裕もなかったわね…」

麻紐で小さく束ねられた郵便物を片手にアパートを出た梓は、
馴染みのデスバックスカフェへと足を向けた。
熱いコーヒーとサンドイッチ、それにたまには甘いペストリーもいいだろう。
とてもおなかがすいていて、寝不足でぼんやりしていた梓は、
手に持った束に目を落としたまま角を曲がりかけ、誰かとドスンとぶつかった。

「きゃ…!」
「オー、梓さん!?大丈夫ですか!」

見た目より厚みのあるジャスティンの手がしっかり梓の肩を支えている。
ジャスティンのつけているイヤホンから
相変わらずのひどい音漏れが梓の耳へと届いてきて、
我に返った梓はそっとジャスティンの胸を押して身を離した。

「ジャスティン君。ごめんなさい、少しぼーっとしていて」
「僕こそ申し訳ありません。あなたを危ない目に合わせるところでした…、おや?」

足元には梓の郵便物が散らばっている。

「…仕事が忙しくて読む暇がなかったから、
 そこのカフェでランチついでに読もうと思ったの」

かがんで拾い集めながら、問われるでもなく説明したのは
少しばつが悪かったからかも知れない。
梓の気持ちを知ってか知らずか、
一通の手紙を何気なく拾い上げたジャスティンの手が止まった。

「親愛なる、弓梓様」
「…え?」

てっきり請求書かダイレクトメールの類ばかりだと
思っていた梓は目をあげた。
ジャスティンから受け取った薄い緑色の封筒には、
確かに流暢な筆跡でそう書かれていた。
梓はもちろん、ジャスティンにも見覚えのない字だ。

「…僕もご一緒してよろしいですか?」
「え?」
「ちょうどおなかがすいていたところなんです」

にっこりと笑んだジャスティンの瞳は
いつもと変わらず空色に透き通っていたけれど、
その奥にのぞく暗い光に気がつくには、
今の梓は少しばかり疲れ過ぎていたようである。

「もちろんですよ。行きましょう。
 …お店では、イヤホンの音量をもう少し下げてくれるなら、ですが」
「オー。容易いことです。参りましょう〜」





―――おなかがすいていると言っていたのに…。

カフェのテラス席で郵便物をチェックしながら、
梓はちらりと目を上げて見た。
テーブルの向かい側に座っているジャスティンは、
オレンジュジュースを前にして、
相変わらずにこにこと柔和な笑みをたたえている。
飲み物しかオーダーしなかったジャスティンは、
しかしそのジュースにさえ手をつけようとはしていない。
梓は小さく息をつくとジャスティンの方に向き直った。

「グラスが汗をかいていますね。
 飲まないのですか?」
「もちろん飲みますよ〜」

穏やかな笑顔のまま、ジャスティンは梓から目を離さず
グラスを手にとってストローを口に含んだ。
おいしそうでもまずそうでもなく、
ただジュースを飲んでいるジャスティン…。
梓が手紙のチェックを中断したのを見たジャスティンは、
ほんの一瞬だけスッと目を細めると口を開いた。

「…その、緑色の封筒」
「はい」
「誰からでしょう?
 さっき僕が拾った時…、宛名は手書きなのに、
 差出人の記名がなかったように見えました」
「…。そういえば、そうですね」

梓は手紙の束の中から、緑色の封筒をつまみ上げた。
ラシャ紙。薄い緑色。どこででも手に入りそうな風合いだ。
ジャスティンの射るような視線を感じつつ、
梓は封筒の折口に、持参のペーパーナイフを差し入れた。
取り出した便箋に目を走らせた梓は、
フッと息をつくと元のように折りたたみ、
黙って封筒の中へと片付けてしまった。

「おや。浮かない表情ですが、お友達からのものでは?」
「…ジャスティン君。先ほどから妙にこの手紙を気にしていますね」
「ばれてしまいましたかあ。
 そりゃあ気になりますねぇ、
 恋文だったらどうしようかと、気が気ではありませんでした」
「ええ。恋文でした」
「…。」
「そんな顔をしないで下さい。どうもしませんよ」
「そうなのですか?」
「名前が書いてありませんでした。
 いたずらかも知れません」

席についてから、おそらくはじめてジャスティンは
梓からそっと視線をはずし、
自分の手にしているオレンジジュースへと目を向けた。
どんなに氷で薄めても、どんなにストローでかき混ぜても、
ジャスティンの瞳の空色にオレンジは混ざらない。

「僕は梓さんが大好きなんですけれども」
「え」
「僕と同じくらい、梓さんを好きな人が
 他にいるかもしれないということを、
 そういえば、これまで考えたことがありませんでした」

水色の瞳を少しだけ思案げに揺らして、
ジャスティンは小さく首をかしげた。

「さっきはとても、困ったと思ったのですが…、
 一体何に困るのか自分でも良くわかりませんでした。
 僕が梓さんを好きなことには、何の関係もないことですから」
「ジャスティン君…」
「はい」
「食べませんか?サンドイッチ」

梓のお皿には、まだ手をつけていないサンドイッチが並んでいる。

「オー。そういえば、食べるものを
 オーダーすることをすっかり忘れていました」
「そんなことだろうと思いました。
 どうぞ。食べましょう」
「ありがとうございます。いただきます」

ジャスティンは最初の約束通りイヤホンのボリュームを絞っていて、
おいしそうにサンドイッチを頬張る表情はとても年齢相応だ。
向き合ってゆっくりサンドイッチを食べながら、
梓はまた少しぼんやりしていたようだ。

「…ジャスティン君。ありがとう」
「え」
「いいえ。何でも」

サンドイッチを食べ終わった梓は、膝のハンカチをそっと畳むと席を立った。

「おや。もう行ってしまうのですか」
「はい。まだ仕事が残っているので。でも…」
「?」
「少し散歩をして帰ろうと思います。キミもいっしょに、どうですか」

とたんに、ぱぁぁ、と音がしそうなほど
表情を輝かせるジャスティンを見て、
くすりと笑った梓は心の中で「訂正です」と呟いた。
年齢相応なんてとんでもない。

「――― 千里眼、らしくもないですけれど」
「?? どうしたのですか?梓さん」

世界の果てまで見通せる日が来たとしても
きっとジャスティンの全てはわからないけど。
見通すではなく、ただこうして見ていられればそれでいいのだと、
梓はちょっと微笑むと、ジャスティンと並んで石畳の上を歩いていった。

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僕が梓さんを好きなことには、何の関係もないことですから

みおのすけ様よりいただきました!
このセリフがすごくかわいくて勝手にタイトルに
させていただきました。
ジャスティンらしい考え方だと思います。

梓といるときのジャスティンの年相応さが好きです・・

みおのすけ様、ありがとうございました!