「デスサイズス・東アジア地区担当の弓梓です。
郵便物は届いていますか?」

手紙の話


死武専の一角にある、郵便受け取り窓口。
そこには死武専にかかわる全ての人間の郵便物が
集約され(ただし、プライベートは除く)専門の
郵便担当によって個々に自室まで配達される。
デスサイズスの肩書きがついた魔武器ともなれば
専用の私書箱を持ち、郵便物の留め置きや時間指定の
配達、その他色々なサービスが受けられる
アドバンテージがつく。
マリー・ミョルニルなどは、この前ご当地グルメを
取り寄せて自分用の私書箱に届けさせたがために
職権乱用として手ひどく怒られたりしているが
要するにそれほど便利なシステムなのである。

届けられた郵便物は、勿論自室への配達も可能だが
やや神経質で眠りの浅い梓は、予期せぬ郵便配達人の
物音で少ない睡眠時間を奪われることを考え
もっぱら窓口のでの受け取りを行うことにしている。
どうせ毎朝決まった時間に行動する梓のこと。
郵便物を決まった時間に受け取りに行くことは
それほどのタイムロスにはならなかった。
勿論、緊急の郵便物は自室に届けるようあらかじめ
申し出ることは忘れていない。

そんなわけで、いつものように、いつもの時間に
郵便物を受け取りにきた梓なのである。

「はい、デスサイズス・東アジア担当弓梓様宛て。
今日はこれだけです。」
「ありがとう。」

短く礼を言うと、梓はいつものように
自分宛の郵便物の中身を軽く確認する。
緊急のものがまぎれていないか、用意周到な梓らしい
行動といえる。

各地の死武専支部からの定期報告書。
備品や死武専生徒の旅費その他もろもろの請求書。
玉石混合の情報提供の手紙。

すると、その手紙の束の中に
明らかにいつもと違う雰囲気の手紙が
紛れ込んでいることに気がついた。

「・・・これは?」

クリームがかった白い封筒。
決して豪華なものではないが、清楚な雰囲気。
几帳面なインクの宛名。
いまどき、蝋燭でされた封。
消印はイギリスのロンドンからだ。

「・・・・・・」

仕事関係の手紙の中にあってひときわ異彩を放つその
手紙を梓は思わず手にとってまじまじと見つめた。


“the Reverend Justin low”

「・・・・ジャスティン・ロウ。」

その手紙の本当の受取人はヨーロッパ担当デスサイズス
ジャスティン・ロウだった。


梓は思わず、極度にマイペースで、行動がおおげさで
どこか危なっかしい年下の同僚の顔を思い浮かべた。
しかしその手紙に書かれた几帳面な女性の文字は
どうにもあの同僚とは不釣合いでちぐはぐに思えた。

「・・・・・・」

手紙を裏返すと、そこにはまた几帳面な文字で
女性の名前。

ラブレター・・・だろうか?

自室にはほとんど戻らないあの同僚は
パブリックであろうとプライベートであろうと
死武専のデスサイズス専用私書箱の住所を
教えているといつか聞いた気がする。
そこで自分が「仕事とプライベートは分けなさい」と
小言を言って、聞き流されたからよく覚えている。

もしラブレターだとしたら・・・?

聖職者にラブレターとはずいぶんと大胆なものだと
あきれつつも感心し、
だが確か彼は今年で17歳。
13歳でデスサイズスに昇格した当時から比べれば
大分大きくなった。
普通の男性であれば、そろそろそういう事柄に興味が
あってもおかしくはない、と、納得もした。
それにしても時間が流れるのは早いものだ。
そう例えて言うなら子供が
自分の知らないうちに急に大人びたことを言うようになって驚かされるような。
そんな感覚だった。

梓にとってジャスティン・ロウのイメージは
それほどにいつまでも危なっかしい
年下の後輩だったのである。

そんな風に思うなんて自分も年か。
先輩を笑えやしない。

梓はいつも自分の年齢ばかり気にしている
金髪で明るくどこか憎めない先輩のことを
思った。

そこまで思考した梓は、そこではじめて
郵便物が誤って手渡されたことに気がついた。

「・・・・・」

ある意味では緊急を要するものだ。
(恋の賞味期限は短いのだから。)

いつ受け取りに来るかもわからないあのマイペースな同僚を
思えば、郵便物を返すより届けた方が早い。

その時手紙を差し戻すのではなく直接届けようと思ったのは
単純な親切心からだった
(少なくとも梓はそう信じて疑わない)


梓は無言で早足に歩き始めた。

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当の同僚は、死武専の裏手の中庭にいた。
いつも大音量で音楽を聴いているので
探すことはそれほど難しくはない。
(千里眼いらず、というわけである)

「ジャスティン。」

その中庭でジョウロを片手に植物に水をあげている
同僚に声をかける。

「おや、梓さんではないですか。
お早うございます。いい朝ですね。」

声をかけられた同僚はジョウロで水をばらまく
(水やりをしているにしては、やり方がいい加減で
正確に言えば適当にばらまいているようにしか
見えない)
のをやめ、梓の方に向き直った。

その同僚は、いつも周りの人に向けるように
やわらかく微笑むと
大股に梓の方に近づいてきた。

先ほども話したように多少常識がないところはあれど、
この同僚は
いつも柔和に微笑み、誰に対しても同じように接し
穏やかに見えた。
神父様というものは、そういうものなのだろうと
梓はぼんやりと思う。

「貴女が私をたずねてくるなんてめずらしいことです。
 何か、御用ですか?」

気がつくと、すれすれまで近寄ってきている
距離感の図れない同僚に
梓は2,3歩後ずさって距離をとると
先ほどの封筒を差し出した。

「キミ宛の手紙です。
今朝、郵便担当の手違いで私に渡されましたので
届けにきました。」

目の前に手紙を差し出された同僚は
一瞬、きょとんとした表情をしたものの
またすぐに以前と同じ微笑を浮かべると
封筒を受け取り

「そうですか。わざわざ、ありがとうございます。」

と、うやうやしく、やや大げさにお礼を言った。
「・・・緊急を要するものとお見受けしましたから。」

と、さりげなく注意を促すと
はじめて同僚は手にした郵便物の差出人を確認し
表情ひとつ変えずに郵便物から視線をそらしてしまった。

「ところで梓さん。
この庭の植物、見ていかれませんか?
こちらの花は最近咲いたばかりで・・・」

手紙のことなど気にも留めずに関係のない話を
はじめてしまった同僚に
梓は苛立ちを隠せない。
(なぜかは本人にはわからないのだが)

早く開封すればいいのに。
それとも私の前では開封しずらいのだろうか?
開封するのが恥ずかしい?

目の前で心底どうでもいい話をし続ける同僚の
言うことを聞き流しながら、梓はその手に
握られたままの封筒が気になって仕方がない。

「こちらの葉は一時期元気がなかったのですが
最近やっと新芽が出まして・・・」

「封筒。」

「はい?」

「開封しなくても良いのですか?
ラブレター、なのでしょう!?
女性を待たせるものでは、ありません!」

とたんに辺りが静まり返る。
目の前の同僚はまた手紙を受け取ったときのように
大きな空色の瞳を見開いて梓を見ていた。

その状況に自分が思う以上に大声を張り上げていたことに梓は気がつく。
「・・あ、いえ。
失礼しました。」

あわてて取り繕う。
どうしてあんな大声をあげてしまったのだろうか?
さっぱりわからない。
自分が大声を上げる理由など何一つ見当たらなかった。

狼狽する梓の耳に
笑い声が聞こえたのは次の瞬間だった。

「・・・くす。
 一体どうしたと言うのでしょう?
 全く、貴女らしくもない。」

その声のトーンは、梓が知っているいつもの
同僚のものではなかった。
彼が神と会話するときのような
素っ頓狂な大声ではない。
かといって神父らしい諭すような優しい声色でもない。

あまりの違和感に梓は思わず
目の前の同僚の顔を見た。

すると彼は、その丸くて大きな目を愉快そうに細め
口角だけを上げて微笑んでいた。

「くすくす。
 ひとつ、種明かしをしましょうか?

 この封筒ですが、これはラブレターではありません。」

ジャスティンはさも、これから面白い物語が
始まるかのように話し始めた。
手に持ったあの白い封筒を梓の目の前で
ヒラヒラとかざして見せる。

「この封筒の差出人の名前ですが

“Sister  Mary Clarence ”

 彼女はシスターですよ。」

ジャスティンは封筒の差出人欄を見えるように
梓の目の前まで持ってきてかざした。

確かにSisterという文字が見える。
シスターから神父に宛てた手紙が
ラブレターだなんてどうして勘違いしたのか。
よほど穿った見方でなければ、そんな連想はしない。

梓はその手紙を見た時、完全に「シスター」という
文字を見逃していたことに気がついた。

そのようなミス、よく見える目を売り物にしている
梓には考えられないことだった。

いつもと雰囲気の違う同僚は
愉快そうに続ける。

「この方はですねェ。
以前の任務の際にお世話になったシスターで
今年で74歳になられる方なんですよォ。
律儀で真面目な方でしたから
きっと僕を心配して、手紙をくださったんでしょうねェ〜!」

いつの間にか一人称が「私」から「僕」に
変わっていた。
確か、彼は神と会話する際には「僕」を
使っていたと思ったが、それ以外の人間と話す時は
「私」だったはずだった。

今の事態とはなんら関係のないことに
気を取られるほど、梓は混乱していたのかも知れない。

ふと我に返った瞬間、同僚の顔が
あまりに近くにあったため、梓は最初
どのような状態でいるのかわからなかった。
目の前にかざされた封筒はなくなり
かわりに彼の顔が目の前にある。

「梓さん。」

彼はゆっくりと言葉を続ける。

貴女はどうしてこれをラブレターだと
思われたのですか?
そしてどうしてそんなにこの手紙が気になるのでしょうか?


目の前にある同僚のガラス球のような瞳には
梓の顔が映っている。

今の今まで、梓の中のこの同僚は
自分よりずっと年下で、デスサイズスといえども
まだまだ子供、そそっかしくて、あけすけで
どこかほうっておくのが心配な男の子だった。

だが今の彼は違う。
子供がいつの間にか大人びたことを言うように
なったというような可愛いものではない。
決定的に違うのだ。

梓は彼が穏やかに微笑んでいる表情か
任務中の凛とした表情しか知らない。

しかし今の彼の表情はそのどちらとも
かけ離れたものだった。

どう表現したら適当だろうか。

そう

【私をからかうのが
楽しくてしょうがない】

表情だった。

そこまで言うとジャスティンは唐突に
梓から体を離した。

「!」

反射的に顔を上げると
そこには

梓の知っている顔の同僚

が微笑んでいた。

柔らかな微笑をたたえた同僚は
無言で自分をただ見つめることしかできないでいる
梓ににっこり笑ってみせる。
そしていつの間にか傍に置いていたジョーロを拾い上げ
中を覗き込むと
いつも彼が神に対して話すような
聞きなれた大声で言った。

「オオー!
水がなくなってしまいました!!!」

その言葉につられて彼の手に握られた
ジョウロを思わず見ると
彼はまた微笑んで、ジョウロを逆さに
振った。

素っ頓狂な大声も、大げさなリアクションも
いつもの彼のもの。
なんらおかしいことのない
デスサイズス・ヨーロッパ担当のジャスティン・ロウ。
そのものだった。

「そういうわけ、ですのでェー
私は水を汲みに行ってきますねェー」

そう言うとジャスティンはくるりと梓に背を向け
歩き出した。
その背中をぼんやりと梓は見送ったが
彼は2,3歩歩いたところで急に立ち止まる。

「どうか、したのですか?」

声をかけても振り向かない。
どうしたのだろうと様子を伺っていると
ジャスティンは梓に背を向けたまま言った。

「・・先ほどの僕の質問。
今度答えを聞かせてくださいね。」
その時の彼の様子は
やはり梓が知っている彼のものとは
違っていた。

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その晩、ジャスティンはめずらしく
自室で手紙を書いていた。
昼間、梓から手渡された
【ラブレター】の返事である。

元々、手紙を書くことがてんで苦手な彼は
書くことが全く思い浮かばず
いつものように用件のみを非常に簡潔に
書いたが
筆を置こうと思った瞬間
昼間の先輩デスサイズス・弓梓との会話が
思い出され、一人でくすりと笑った。

「・・・・・
少なくとも、僕は彼女の【恋愛対象】では
あったようですねェ・・
どんなお返事がいただけるか、楽しみです。」

真面目な彼女のこと。
律儀に自分が投げかけた問いに対して
頭を悩ませるであろう。
想像しただけで愉快だった。
ああでもない、こうでもない。
もっと自分のことを考えたらいい。

ジャスティンはまた目を細め
少し意地悪そうに笑うと
目の前の手紙に短い一文を付け足して筆を置いた。

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親愛なるシスター・マリークラレンス

こんにちは。
私は元気です。

PS:貴女のお手紙のおかげで
  私に幸運が舞い込みました。感謝します。

ジャスティン・ロウ


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ジャスティンの手紙の文章が
おかしいのは仕様です。

いや、マトモな文章が書ける気がしないのでwwww
あとマリークラレンスのモトネタはシスターが歌って踊る映画です。