ever knows best
「……こいつが?」
「はい! ジャスティン=ロウと申します! 10歳です!」
やたらと活舌と威勢のいい金髪のボクは
パリッとのりの効いたYシャツに死武専の統括してる孤児院の制服のチョッキとズボンを着ている。
「死神様から頂いた写真と比べて、間違いありません」
緑なす黒髪のおかっぱで、やっぱりパリッとのりの効いた白シャツに
真っ黒のパンツ・ルックのスーツを着ている女の子が
螺子のゆるんだ眼鏡をしきりに上げてそう言った。
俺は背筋が寒くなる。
別に年端も行かぬ子供だからどうとかこうとか言ってるわけではない。
エレメンタリー・スクールで“学年別の枠を超えて”一番の成績を修めている、と聞いていたものだから、
きっと体格に恵まれた奴なのだろうと思っていたのだ。
だが目の前の子供の線の細い事といったらどうだ、
体重が30キロあるかどうかも怪しいほど小さな男の子じゃないか。
「きみ、ホントにEATに入るの? 大丈夫? 職人は?」
「ハイッ! 職人は居ません!」
元気のいい返事。
「先輩、死神様がさっき仰ってたじゃありませんか。
この子はたった一人でミドル・スクールの全員を打ち負かしたんですよ?」
手元のファイルをぱらぱら捲り、おかっぱ娘がまた眼鏡を上げた。
「ジャスティン=ロウ。
あなたは死武専に入学希望ということで、クラスはEATを選択……間違いはありませんね?」
「ありません!」
昼下がりの死武専受付窓口から程近い予備室の一角には窓の外に生えている木の木漏れ日が揺れるのも見えて、
これが成績に関わる当番の仕事でなければ放っぽり出してガールハントでもして来ようかって陽気だ。
「ところで、先輩方のお名前をまだ伺っておりません。
よろしければ教えていただけませんか?」
「ああ、これは失礼しました。私は弓梓、あなたの先輩よ。
一昨日18歳になったばかりで、武器のクロスボウです。よろしく」
「よろしくお願いします!」
チビっ子が二人ぴょこぴょこ跳ねてるのを少し冷めた目で見ている。
「……そちらの赤毛の方は?」
にこにこと屈託がない男の子。小さな男の子。
……俺は知っている、こいつが【ルールに則って】とは言え、同じ学校に在籍する連中全てを伸したことを。
『化け物だな』
身体能力や、特殊な武器の形態が、ではない。
『精神や、魂そのものが』
普通はどこかで躊躇いや疲れが出るはずだ。
能力が並以上にあるとしたってこんな小さな身体、全力で30分も動けば体力が尽きるだろう。
それでも最後までやり遂げた。そのファイトを生んだのは一体なんだというのか?
死神様が同調能力の高い俺と、精神的に一番安定している梓を
わざわざ身元引受当番に選んだのは、つまり、そういうことなのだろう。
『人が悪いぜ、死神様。……人じゃないけど』
「……あ、あのう……」
「先輩、先輩! ……スピリット先輩!!」
「あ、あぁっ!?」
「自己紹介! またボーっとして!」
「わ、悪ぃ……ほら、天気がいいからさ……
俺はスピリット=アルバーン。魔鎌、23歳で元外部生だ。
一応EATの武器じゃトップやってる。これでも一児のパパで――――――」
いつもの調子で軽口を交えながら相手の目を覗き込む。
長所の増幅という能力は大げさに捉えずに考えれば「魂を誰とでもコンタクトできる」ということだ。
つまりそれは裏を返せば他人の気持ちに自分が同調しやすいということである。
武器同士であろうが、気に入った女の子であろうが、無関係に同調してしまうのは非常に疲れる。
だからそういう「スイッチ」を強化・訓練するために死武専に来たという節のある俺だから、
もうおいそれとその「スイッチ」を勝手に動かされる事もなかった。
が。
『―――――――― ああ、こいつ』
それから先は言葉にするのをやめた。
言葉にしてしまえば感情が方向性を持って形を持つ。
形を持った感情は意思となって……最後に行き着く場所などたかが知れているからな。
★ ★ ★
「あの子、たった10歳で一般教養科から離れてEATに来るんですか?」
「お前だって11歳で孤児院からここに来ただろう」
「………………。」
金髪の少年と別れ、おかっぱ眼鏡が同情じみてそんなことを言ったので俺は釘を刺す。
「生きる為さ、みんなそうだ。アイツは才能があって幸いだぜ。
15歳で何も知らない世界に唐突に放り出されるより死武専の保護が受けられる。
死神様の覚えが目出度くなりゃ職員の道だってある」
「……ですが、人間らしい生き方は出来ません」
ファイルを抱きしめるおかっぱ眼鏡の細い声は切なくて胸を締める。
そう、死武専生になるということは、人間らしさを諦める事。
神の為に身を捧げ、人を殺し、世界を騙す。揺らぐ狂気の渦から目を逸らさせて「大丈夫、大丈夫」と嘘を吐く。
死ぬまで。
「だったら――――――――」
お前がアイツに教えてやればいい。
愛を惜しみなく与え、良き姉に、良き隣人に、良き先輩になってやればいい。
規範となりて導き、教え、時に叱りつけてやればいい。
そう言おうとして、ああ自分もすっかり死神とおんなじ悍ましさをもつ化け物になったのだなぁと思った。
父とは、そういうものだ。
愛するものを自分の調教した下僕に譲ることに喜びを感じる、父という狂気。
半笑いで、俺は続ける。
「あの子を恋人にして、ベッドで愛を教え人間にしてやればいい」
言ったらファイルが物凄い正確に飛んできて、額にクリーンヒットした。
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最後の「あの子を恋人にして」のくだりがスタイリッシュで
すごく好きです!
現在、うちのジャス梓的には一応本人たちは先輩後輩ですと主張しつつも
恋人のような関係にあるわけですが、それを見てパパはどう思っているのかなと
ご本人お聞きしたところ
俺があんなこと言ったせいじゃないだろうな
て思ってるそうなw
ちなみに最後の一文は「ベッドで愛を数え」でもいいのよって
仰ったんですけどそれはそれで超萌えでした・・・・・・
川井先生、ありがとうございました!