人間族の首都であるゼーザスは
石造りの歴史ある都市である。
王政が敷かれ、その王の住居である王城と一般市民が暮らす城下、
スラム街で形成されている。

ごく最近までゼーザスは
大きな砂漠を隔てて向こう側にあるエルフ族と
大規模な戦争状態にあったが
この戦争はエルフの女王の敗北宣言で
人間側の勝利と言う形で幕を降ろした。

事情もあってゼーザスは
敢えてエルフ側を支配するという形を取らず、
和解と共存と言う形で相手国の意思を尊重した為、
両国の関係は安定した

戦争において重要な戦力となった騎士団は徐々に縮小されつつあり、
その仕事も国内の治安維持だけとなっていった。

この戦争で大きな戦果を挙げた
うり以下ゆる、よしは戦争終結後も騎士団に残り仕事にあたっていた。

しかし、この前団長から休暇を与えられ、
この機会にゆるとよしは生まれ故郷の村に帰郷する事にした。
両親が心配しているとよしがごねた為である。 
一方うりは特にすることも無かったが、
ここいらでたまった有給を消化してしまう事にした。
しかし、彼女の場合は故郷に帰る気は全くないらしく、
ゼーザスに留まるらしい。

更に先日新たな仲間が増えた。
エルフ族であるゆうやは先の戦争では女王直属の騎士団に所属し、
特にうりとは幾度となく剣を交えた人物である。

これはゆるとよしが故郷に向けて出発する少し前の話である。

 

 

AMISCHIEVOUS BOY@
〜ゆると「ヘンゼルとグレーテル」〜

 

ここはゼーザスに数ある宿屋の内の一室。
内装は木材を中心に、落ち着いたつくりになっており、
部屋にはベッドが3つと木の丸テーブルに椅子が4つ。
窓は一つでそこから日の光が差し込むようになっている。

うり達は数日前からその宿屋に宿泊している。
ゆるとよしの故郷へは海を渡らなければならないので、
その定期便との日程合わせの為である。

ゆるは王立図書館から山のように書籍を借りてきてベッドに積み上げ、
朝から晩まで、それこそほぼ徹夜に近い状態でそれを読んでいる。
今もそのライトグリーンの瞳は休む事無く文字の羅列を追いかけている。

ゆうやは椅子に座り、足をテーブルに掛けた格好でぼんやり天井を見上げていた。
机の上には読み終わったばかりのバイト情報誌が無造作に置かれている。
しかし今週号にも彼の意に添う情報は載っていなかった。

うりは窓辺にもたれながら、真下に見える雑踏に視線を泳がしている。
頭ではこれからの休暇をどう過ごそうかなんとなく考えてみるが、
思考は霧のように拡散するだけでうまくまとまっては来なかった。 

遠くで階段を登って来る足音が聞こえた。
ゆうやが足をテーブルから降ろし、何気なくドアの方に向き直る。
その表情は心なしか硬い。

ゆっくりドアが開かれ、よしが部屋に入ってきた。
それと同時に部屋中に甘い匂いが立ち込める。
ゆるの幼馴染であるその少年は

「マドレーヌが焼けたよ。おやつにしよう?」

と言いながら手に中のそれをテーブルに置いた。

「今、お茶を入れてくるから。」

そう言い残して、弾むような足取りで階段を下りていく。
どうやら今回のマドレーヌは自信作らしい。
残されたゆうやとうりはテーブルに置かれたマドレーヌに目をやる。
その表情はますます強張ったものになっていた。

「よくもまあ、毎日こんな甘い物作る気になるな…。」

ゆうやはうんざりした表情をしながらぼそりと呟く。
実は一行がこの宿屋に来てからと言うもの、
よしは毎日ケーキやらクッキーやらとにかく甘い物を大量に作っては、
これまた甘いミルクティーでお茶にしようと言うのであった。
ゆうやもうりも最初の内は喜んでいたのだが、さすがに毎日となると飽きてしまった。

「よしのヤツ。オレ達を太らせて、いい具合に肥えてきたら喰っちまうつもりなんじゃねーの?
ほら、あるだろ?「ヘンゼルとグレーテル」っておとぎ話が。人間版フォアグラの話。」

「人間版フォアグラ」という言葉を聞いてうりはあからさまに嫌そうな顔をした。
その後「なに馬鹿な事言ってんのよ。」と言わんばかりにゆうやを一瞥すると、
再び窓の外に視線を戻す。
すると、ゆるがベッドから起き上がって、ゆうやの隣の椅子に腰をおろした。

ゆるはテーブルの上のマドレーヌに手を伸ばしながら、

「ガチョウの肝臓ならともかく、肉を食べるのに
ただ食事だけ与えて太らせても美味しくないよ。」

と言った。
マドレーヌを一つ手に取って口に放り込む。

「だから「ヘンゼルとグレーテル」の魔女のやり方も誉められた物じゃないね。」

更に2個目のマドレーヌに手を伸ばす。

「ところで2人共、「ヘンゼルとグレーテル」の話、覚えてる?」

ゆうやは2個目のマドレーヌに手を伸ばしたゆるを呆れた顔で見ながら答えた。

「ヘンゼルとグレーテルっていう兄妹が継母に森に捨てられて
お菓子の家で魔女に捕まって、
兄貴が太らされて喰われそうになった所を
妹が魔女を窯に押し込んで助けて、
一緒に家に帰って幸せに暮らすんだろ?」

それを聞いて、今まで黙っていたうりがテーブルに向き直り、

「しかし自分達を捨てた父親や継母なんかの所によく帰る気がするわね。
私なら絶対ご免だわ。
またいつ捨てられるか分ったもんじゃないもの。」

と、信じられないという顔をした。
ゆるは今度は掛けていた眼鏡を外し、窓の光にかざしながら言った。

「実はグリム童話は初版から何回も書き直されて現在の物語になっているんだ。
初版本は今の話からは想像も出来ないくらい残酷な物が多いよ。
例えば、「シンデレラ」。
現在ではシンデレラの継母と姉達のその後は語られないけど、
初版本ではシンデレラに付いて城に移住しようとした所を
どこからか飛んで来た鴉に眼をえぐりとられちゃうんだ。」

上着で眼鏡のレンズを拭って、テーブルの上に置く。

「しかもシンデレラはそんな継母達を無視して行ってしまう。凄いだろ?
同様に「ヘンゼルとグレーテル」も
初版では「継母」じゃなくて「実母」に捨てられた事になっているらしいよ。
食料難だった当時では、
貧しい木こりがくいぶちを減らす為に子供を捨てるなんて
結構当たり前だったんだね。」

そこまで話すと、ゆっくりゆうやとうりの顔を見る。

「でね、おれが気になるのは
実は「ヘンゼルとグレーテル」のラストシーンなんだ。
おれの読んだ本ではラストはヘンゼルとグレーテルが帰宅すると
お父さんが喜んで迎えてくれて、「お母さんは死んだよ。」って言うんだ。
でもおかしくないか?お母さんが急に死ぬなんて。
まあ、この話に限らずおとぎ話なんて矛盾を数えだしたらきりがないものなんだけどさ。
とにかく不思議に思って他の本も読んでみたら、
死因は病気らしいんだけどそう言われれば納得出来なくもないけど、
余りにもご都合主義だと思わない?
おれは「ヘンゼルとグレーテル」の初版本は読んだ事ないけど、
シンデレラ然り、もしかしたらこの母親の死因ももっと違う物かもな。」

ゆるは討論好きでうんちくが長い。
しかし、今回の議題は少なからず2人関心を引いた。
更にゆるは真面目な顔で

「そこでおれなりに仮説を幾つか立ててみたんだ。」

人差し指を立てる。

「仮説1。また捨てられるのを恐れたヘンゼルとグレーテルが殺害した。
この説だと、一旦家に帰ってから殺したと言う所を後の本で改定したか、
殺してから父親の所に行ったという事になる。」

次は中指を立てる。

「仮説2。初めから子供を捨てるのに否定的だった父親が継母に嫌気がさして殺害した。」

薬指を立てる。

「仮説3。継母こそが魔女の正体だった。」

最後は小指。

「仮説4。病死または餓死。」

ゆうやとうりは吸い込まれるように、ゆるの指を見つめていたが、

「まあ、正解なんてどこにもないけどな。」

と言うゆるの言葉に、我に返ったように体を起こした。

「確かに正解なんて分らねえけど、
合理的に考えて出て来る人間は兄妹、父親、魔女  しかいねえんだから、
病死か餓死じゃねえんなら誰かに殺されたって事になるな。」

ゆうやは椅子に座り直しながら呟く。

 

丁度その時、ドアが開く音がしてトレーを持ったよしが部屋に戻ってきた。
よしは室内の重い空気に困った顔をして何かあったのかと尋ねた。
そこでゆるが今までの経緯を手短によしに話し、意見を求める。
よしは益々困った顔をした。
持ってきたカップをテーブルに並べ、順番に紅茶を注ぐ。

「やっぱり、僕は病気だと思うよ。」

余りにも無難な答えに一同は多少ガッカリした様子だ。

「おいおい。
ヘンゼル・グレーテル兄妹は喰われそうになったにもかかわらず、
魔女の家を家捜しして、財宝を探すようなしたたかな奴等なんだぜ?
そんな腹黒い兄妹が継母を生かしておく筈がねえよ。」

どうやらゆうやは仮説1を支持しているようだ。

「私は仮説2を支持するわ。幼い兄妹が成人女性の死体をどうやって隠蔽したのか
説明が思い当たらないもの。父親の単独犯か父子の共犯よ。」

よしからカップを受け取りながら、うりがゆうやを睨み付ける。
この2人は仲が悪い。いや、喧嘩するほど仲がいいと言うべきなのかもしれないが。

「お前、馬鹿か?この父親は継母に押し切られて
子供を捨てるような気の弱い男 なんだぞ。
そんな大それた事する勇気があるもんか。」

ゆうやは憮然とした表情だ。一方、うりの方は落ち着いている。

「だからこそよ。この父親は普段から傲慢な態度の継母に恨みを抱いていたのよ。」

にらみ合うゆうやとうりにゆるが割って入る。

「2人共、仮説3は考えないみたいだけど、なんで?」

声を掛けたとたんに2人は同時にゆるの方を見た。息が合っている。

「私が継母で魔女ならそんなまどろっこしいやり方、しないわ。
それに魔女は子供の手と肉の骨の区別が付かない程の近眼よ。
主婦仕事は無理ね。」

「お菓子の家作る程の魔力と金銀財宝があるのに、
木こりの嫁に化けてわざわざ極貧 生活送るなんてあり得ない。」

余りの真剣さに隣で紅茶に口を付けようとしていたよしの動きが止まる。
思わず向かいのゆるの顔を盗み見た。ゆるの顔はとても生き生きしていた。
長年の付き合いであるよしは、
その顔を見てゆるが2人の反応を楽しんでいる事がすぐ分った。
半ば諦めたように、再びカップの中の紅茶に視線を落とす。

「こういう時のゆるは性質が悪い…」

すると向かいのゆるがよしの考えた事を見透かしたように笑った。
もういくつ目かわからないマドレーヌに手を伸ばす。

「2人の考えって面白いね。」

当の本人達はお互いを負かす事に夢中で
ゆるの言うことなどもう聞いていなかった。

「そもそも、おとぎ話に現実的な理論展開なんか通用しないんだ。
おとぎ話の世界は 非現実、矛盾で出来ていると言っても過言じゃあないからさ。
継母の死だって作ろうと思えばそれこそ無限に仮説を立てられる
だって「シンデレラ」の継母達は鴉に目を抉り取られちゃうんだって言ったよね。
そんな結末、誰にも予想なんて出来ないだろ?それと同じさ。」

よしは軽くゆるを睨んで、

「また、ゆるが種をまいたんでしょう。
敢えて現実的な仮説を幾つか示す事で 選択者に制限を与えて、
この中にしか正解が無いと思い込ませる。
その上で幾ら考えても出口の分らない迷路に迷い込ませる。」

ゆるは困ったように笑いながら

「あはは。さすがよしだな。よく分ってる。
でも、大事なのはそこに至るプロセスだから。
その迷路で迷っている間の討論が面白い。」

よしは彼の悪い癖が出たと思った。

「あ〜あ。僕、知らないからね。
もし2人がその事を知ったらゆる、 只じゃ済まないよ。きっと。」

それを聞いた幼馴染の少年は
いつも通りの屈託の無い笑顔で言った。

「だって、おれ。ちゃんと最初に言ったもん。
正解なんかどこにもないって。」

そんなやり取りが交わされている事など例の2人は露知らず、
お互いの 矛盾点を指摘しあうという無益な行為をその後暫く続けたという。
そんな2人の側には、満面の笑顔のいたずらっ子が口をはさむ事も無く
座ってマドレーヌを食べていたのであった。

 

 

□あとがき

……… ゆる、性格悪い。(笑)
仮説の中に明らかなダミーを一つ混ぜておく事で、
2人に自信を与えて、 自分が正しいと思い込ませるように仕向ける辺りが確信犯。

という訳で、
なんか広げすぎた風呂敷がたたみ切れなくなったみたいな 小説になっちゃった。

 題名の「a mischievous boy」というのは、ゆるの事ですね。  
最初は「ヘンゼルとグレーテル」の矛盾点について4人が議論を 展開する話にしよう。
と思って考え始めたんだけど、 調べてもなかなかまとまらない。
図書館にもめぼしい資料も、 グリムの原本もない。(そりゃないよ。)
とりあえず書き始めてみるも思いのほか容量を喰うので、こんな 感じになっちゃった。
でも、最初からゆるの一人勝ちにしよう。とは思っていたんだけど
初めの予定よりゆるの性格がかなり悪くなってしまった。(笑)
  今、読み直してみてもなんかつじつま合わせきってない気がする。
それはそうか。 書いてる本人がゆるほど博識じゃないんだから。(笑)

まあ、そんな感じですか。   ああ、疲れた。