Jazzとは何でしょう




EIGHT: Modern Jazzの時代 (1)
その誕生
 
EIGHT: Modern Jazzの時代 (1)
その誕生

ダンスのためではない、会場のお客のためでもない、自分が、自分たちがやりたい音楽を演奏する。同僚がやっているような音楽ではなく、「これがオレの音楽。それが聴きたい人だけ、黙って聴いていてくれ」、そのように演奏するミュージシアンたちがニューヨークにそしてロサンゼルスに集まりはじめました。
自発性独創性があることをスポンテニアスspontaneousであると言います。名詞形はspontaneityです。どの芸術の世界でもスポンテニアスであることは必要ですが、譜面はあってもそれを単なるメモ(覚え書き)としか考えていないジャズでは、ことさらこれが重視されるのです。
なにかの主題について、それを題材にはするが、あとは全く自己の楽想の赴くままに自由自在に主題に変化を与える、これをインプロヴァイズimproviseさせる(その名詞形がインプロヴィゼイションimprovisationで、「即興演奏」のことです)、と言います。これを通してメロディーはもとより、調性、リズム、テンポ、音色などにも工夫を凝らし、かつ演奏技術の極限に挑戦する。さらにはバンドの構成を一新して新しい音色を究める。一部のジャズ・ミュージシアンたちの進む方向がこのように変わって行きました。
映画「アマデウスAmadeus」(1984)の1シーンです。王侯からひとつの主題を与えられたモーツァルトが即座にクラヴィアを弾き、その主題を自由自在にしかも美しく展開させた即興演奏を披瀝する。それを見た宮廷音楽長サリエリは、モーツァルトの才能に驚愕し、自らの非才を知り、「神は不公平だ」と嘆くのです。クラシック音楽でも、即興演奏が重要視された時代があったのだと分かります。

41.(MDB−5)
Mozart: Variation on "Ah, vous dirai-je, maman", K.265
Daniel Barenboim (piano).
[Mozart: Complete Piano Sonatas & Variations EMI 573915-2 DDD 1991]
ヨーロッパの古い童謡「キラキラ星Twinkle, twinkle, little star」を、その昔モーツァルトがインプロヴァイズしました。それを現在のクラシック界の大指揮者でありピアニストであるダニエル・バレンボイムの演奏で聴いています。この即興演奏をモーツァルトは楽譜に書き残しました。だから後世の我われもモーツァルトがどのような霊感を得て、演奏したかを知ることができるのです。

しかしジャズでは、誰かの即興演奏improvisationを次の人が使う、というようなことはしません。いや、同じインプロヴィゼイションをその本人が再演することすら稀です。稀と言うよりは出来ないのです。1回かぎりのインプロヴィゼイション、それがジャズの生命なのです。
キース・ジャレットKeith Jarretという優れたモダン・ジャズ・ピアニストがいます。彼は演奏会の多くを独演の即興演奏でやり通すのです。コンサートでの彼の即興演奏のいくつかが楽譜になっていて、市販されています。ライヴ録音をもとに誰かが採譜したのです。自らの勉強のためにこの譜面を追って弾いてみる人はいるでしょう。しかしこれを自分のコンサートで弾くジャズ・ミュージシアンはいません。仮にいたとしても、そんなものは誰も聴き行かないでしょう。モーツァルトやベートーヴェンのピアノ・ソナタを、何万、何十万という後世のピアニストが弾きつづける、そういうことはジャズの世界では起こらないのです。
ドラムス(打楽器)奏者は大太鼓、中小いくつかの太鼓、そしてシンバルその他から、手足4本を駆使し、多数の撥<バチ>やブラシを使って、多種多様の音、リズムを湧出させます。その演奏技法は奏者ひとりひとりでみな違う。複雑多岐なこれら膨大な音の群れのすべてを採譜して譜面にすることは、全く不可能です。その本人ですら再現できないでしょう。
数人が集まってある曲を一緒にやる、こういうのをジャム・セッションjam sessionと言います。最初の奏者が素晴らしいインプロヴィゼイションを披露すると、次の奏者は負けじとばかりにそれを超えるような霊感あふれるインプロヴィゼイションを展開する。そのセッションで負けたと感じた奏者は、翌日、あるいは次の機会には負けまいと努力し、腕を磨く。こうして切磋琢磨を続ける。これがジャズの新しい行きかたになったのです。
このようなジャズのスタイルの先頭に立ったのが、アルト・サックスのチャーリー・パーカーでした。全く新しいジャズ、ジャズの流れが誕生した、そういう意味をこめて、これを「モダン・ジャズModern Jazz」と呼ぶようになりました。

42. 43.(MDB−6、7)
Embraceable You Charlie Parker (alto sax), Duke Jordan (piano),
Miles Davis (trumpet), Tommy Potter (bass), Max Roach (drums).
[Charlie Parker on Dial Stateside CJ25-5045 AAD 1947]
ナット・キング・コールが歌うのを28.で聴いた、ジョージ・ガーシュインの名曲「エンブレイサブル・ユー」ですが、原曲を思い浮かべるのが困難なほどにインプロヴァイズされています。2回繰り返して演奏しているのではなく、別々の録音(テイクtake)なのです。最初のテイクが気に入らずもう1回取ったのでしょうが、中身はかなり違っています。違って当たり前なのです。一緒に演奏しているメンバーが凄い。マイルス・デイヴィスは後にモダン・ジャズの帝王と謳われた人、デューク・ジョーダン、マックス・ローチなどいずれものちに一家を成した名手たちで、我われもあとで聴くことになります。こういう人たちがチャーリー・パーカーのもとに集まって、技を磨きあったのです。

チャーリー・パーカーはあだ名(愛称)をバードBirdと言い、この人あり、と楽界に知られていました。しかし彼の絶頂期はまだSPレコードの時代で、かつ第二次大戦中だったため、また、より新しい鋭い霊感を求めて麻薬に走ったこともあって、録音は多くは残っていません。加えて、当時の音楽家ユニオン(組合)がレコーディングに反対していたということもあります。アメリカ映画の「バードBird 」(1988年)は、熱烈なジャズ・ファンであり自分でピアノも弾くクリント・イーストウッドが監督して作った、チャーリー・パーカーの伝記映画です。その中で吹かれるサックスの音はすべて故チャーリー・パーカーの録音を使うほどに、クリント・イーストウッドは気を使ったのでした。
第二次大戦中から戦後まもなくの時期にかけてダイアル・レコード社で録音した多数のテイクを売り出したのが「Charlie Parker on Dial Complete」(LP6枚)で、このLPはモダン・ジャズの古典としていわば旧約聖書のような地位を占めたのでした。ジャズを学ぶ人は何人によらずこれを聴き、分析研究し、いったんは模倣し、ジャズにおけるインプロヴィゼイションとはいかなるものかを体得せねばならぬ、そう言われたのです。これがCD4枚で復刻され、ここで聴いたのはそのCDからです。このLPやCDは歴史上の重要な記録ですが、同じ曲のいろいろなテイクの羅列になっていて、インプロヴィゼイションのテキストブックにはよいけれど、一般の愛好家が続けて鑑賞するのにはややくどい嫌いがあります。そんなことから、たびたび再発されて市場に出て来るようなディスクではないので、貴重品、私の宝物のひとつになっています。

もう少し、曲としての体裁が整っているものを聴きましょう。

44.(MDB−8)
A Night in Tunisia Charlie Parker (alto sax), John Lewis (piano),
Dizzy Gillespie (trumpet), Al McKibbon (bass), Joe Harris (drums).
[Charlie Parker Savoy Recordings Savoy SVY-17024 ADD 1947]
1947年9月29日のカーネギー・ホールでの演奏です。ピアノのジョン・ルイス、トランペットのディジー・ガレスピーなど(いずれもあとで聴きます)、のちに一家をなす大物たちがここで一緒にやっています。

ニューヨークにある「バードランドBirdland」というジャズ・クラブは、チャーリー・パーカーの愛称から取ったものです。

45.(MDB−9)
Lullaby of Birdland George Shearing (piano) Quintet.
[That Shearing Sound Telarc CD-83347 DDD 1994]
「バードランドの子守歌」は日本でもよく知られているジャズのスタンダード・ナンバーで、作曲者のジョージ・シアリングは白人の盲目ピアニストです。チャーリー・パーカーが吹く高踏的なモダン・ジャズとはだいぶ趣が違いますが、これもモダン・ジャズです。

46.(MDB−10)
You'd be So Nice to Come Home to Art Pepper (alto sax),
Red Garland (piano), Paul Chambers (bass), Phily Jo Jones (drums).
[Art Pepper Meets the Rhythm Section Contemporary OJCCD-338-2
ADD 1957]
アルト・サックスを吹いているアート・ペパーは、第二次大戦後まもなくロサンゼルスをベースに頭角をあらわした名手ですが、麻薬中毒に苦しみ、それを克服して再起し、ジャズ界に復帰しました。これはそのときの記念すべき(共演のメンバーが凄い)1957年の録音です。ときはすでにLPレコード(ステレオ)時代に入っていて、その昔のような演奏時間の制約は受けていません。このアルバムは「日本にモダン・ジャズをひろめるのに大きく貢献した」と言われるもので、土臭い(文字通り「アーシーearthyだ」と形容されます)アフロ・アメリカンのものとは違う、スマートで耳に心地よく、それでいてモダン・ジャズの諸要素をすべて満たしている、日本人インテリ好みの演奏となっているのです。


47.(MDB−11)
You'd be So Nice to Come Home to Helen Merrill (vocal),
with Clifford Brown (trumpet), Jimmy Jones (piano), etc.
[Helen Merrill EmArcy 814643-2 AAD 1956]
同じ曲を、原曲どおりのヴォーカルで聴いてみましょう。これもウルトラつきの歴史的名演奏名歌唱といわれているものなのです。ヘレン・メリルは現在も活躍中、現役の大御所姐御の白人歌手ですが、この録音の頃はまだ駆け出しでした。彼女の歌もさることながら、このディスクの聴きどころはクリフォード・ブラウンのトランペットです。歌の流れに沿って、絶妙のタイミングで挿入してくる、見事にインプロヴァイズされたメロディー、その冴えた技に注目(注耳!)してください。ジャズ演奏の至芸その極致と言ってよいでしょう。この録音のすぐあとに、クリフォードとピアノのジミー・ジョーンズはハイウエイのクルマの事故であっさりあの世へ行ってしまいました。クリフォード・ブラウンが長生きしていたら、モダン・ジャズは現在とは違ったものとなったであろう、とまで言われている逸材、本当に惜しいことをしました。

ここでひとつお断りを。この章からあとは、表題では「Modern Jazzの時代」となっていて、事実モダン・ジャズを中心に解説を進めて行くのですが、その中で100パーセントのモダン・ジャズとは言えない、伝統的ジャズの方に近いものも、随時聴いて行くようになっています。モダン・ジャズの時代ではあるけれど、すこし前の時代のジャズも演奏され愛されていたということです。街行く人々はドレスにスカートの洋装が大部分だが、時には粋な和服姿の人にも行き会う、そういう感じで聴いてください。










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