Jazzとは何でしょう




ONE: Jazzの発祥  
ONE: Jazzの発祥

ジャズあるいはジャズのような音楽は、アメリカの黒人社会から自然発生的に生まれました。ではその「自然発生的に」はどのようにしたら追跡できるのでしょうか。黒人たちの祖先はアフリカ大陸です。アフリカから、あるいはいったん西インド諸島を経由して、強制的に連れてこられた彼らが、自分たちもしくは直近の先祖の生まれ育ったアフリカ、その民族(民俗?)音楽や土謡に、アメリカに渡ってからの生活を営むうちに聞き、覚えた音楽や歌謡を加えて、新しい独特の音楽を形成して行ったと考えられるのです。
学校の音楽教育では「メロディー(旋律)、ハーモニー(和音)、リズム(拍子)を音楽の三要素という」と教えます。でも小学唱歌を歌って覚えるのが音楽の授業だった私の世代では、メロディーだけが音楽のようなものでした。数年前から中世ヨーロッパの教会音楽グレゴリアン・チャントGregorian Chantに人気が出て、突然そのCDが何百万枚も売れて世間を驚かせました。この音楽にはメロディーらしきものも、リズムもありません。あるのは素朴な声と美しい幽玄的ハーモニーだけです。でも立派な音楽です。
ジャズの中核となっているのは三要素の中ではリズム rhythm、つまりビート beatです。水泳のバタ足がビート、心臓の脈拍がビートです。生きていくために餌としてのシマウマを追いかけるライオンの疾駆する動作には躍動的なリズムがあります。逃げるシマウマの脚運びも同様です。こうして動物が生きていくのに不可欠なものとしてビートがあり、それが音楽の軸となっている、そう考えるとジャズの骨格が分かるでしょう。アフリカの土謡とともに使われたのは樹木の幹を繰り抜いて作られたドラム、それをたたき、あるいは貝殻を振り打ち鳴らして歌い踊る。そういう状景を想像してください。ここではリズムのみがあり(単純化して言っています)、メロディーもハーモニーも無い、仮にあっても二次的三次的なものです。これがジャズの源流なのです。
アフリカからアメリカ南部へ強制的に連れてこられた黒人たち、その多くは綿花栽培の大農場 plantationで、綿花積み出しの港湾で、激しく単純で辛い労働に従事させられました。働きながら唄をうたう、唄にあわせて働く、単純労働だからそこに一定のリズムが生じる。こうして自然発生的に黒人労働者独特のリズム、メロディーをもつ歌謡が出来、広まって行きました。つまり黒人の労働歌です。ジャズとポップスの境目のような分野に、1960年代以降の人権運動の展開とともに黒人社会からアメリカ全土にひろまった、リズム・アンド・ブルーズ rhythm and bluesというのがありますが、その起源はこの辺りにあるようです。ブルーズ については後でより詳しく触れるつもりです。
虐げられた生活に救いをもたらそうとキリスト教が宣教され、ここでも彼ら独自の讃美歌がうたわれるようになりました。それが黒人霊歌 Negro spiritualsです。つらいこの世を正しく生きてあの世で幸せになろう、切々と歌い上げるこれらの歌の数々は、我われの心に強く訴える力を持っています。なお黒人が教会で歌う音楽にはスピリチュアルズとゴスペルズ Gospel songsがあり、現在では混同されている嫌いがあります。スピリチュアルズは会衆一同がうたう讃美歌で、ゴスペルズは独唱者もしくは小人数の合唱者がうたう宣教歌なのです。また、牧師がたとえば「キリストこそ我らの救い主」と叫び歌うと会衆一同が「そうだそうだ」と負けずに叫び歌って応える、そういう掛け合いの歌もあります。こういう掛け合いをコール・アンド・レスポンスcall and responseといい、これはやがてジャズの主要形式のひとつになっていくのです。
このような黒人の労働歌や讃美歌は、それぞれ独立して、あるいは互いに影響し合って、ジャズの発祥にかかわり、その源流になっていきます。
労働歌の記録は入手できないので、まずはじめに黒人霊歌を聴きましょう。

2.(MD@−2)
All Night, All Day Chanticleer (vocal).
[Where the Sun will Never Go Down Teldec 4509-90878-2 DDD 1987]
「一晩中、一日中、天使たちが私を見守って下さる、主よ!All night, all day, The Angels keep watchin' over me, my Lord.」と歌う、よく知られた黒人霊歌のひとつです。黒人霊歌だけをうたう聖歌隊によるもので、ジャズではなく、むしろクラシックの宗教音楽に分類されるべきものかも知れません。しかし伝統的なクラシック音楽では聴かれない独特のハーモニーを使っていることがお分かりいただけるでしょう。

3.(MD@−3)
Listen to the Lambs Golden Gate Quartet (vocal).
[Swing Down, Chariot Columbia CK47131-2 ADD 1950]
歌っているのは1930年代から50年代にかけて活躍した黒人四人組のゴールデン・ゲイト・カルテット、ジャズも歌うプロのシンガーズですが出発点は聖歌隊です。「悩める子羊(人間のこと)たちは嘆き悲しんでいる、その声を聴け・・・Listen to the lambs, All are crying・・・」。有名な黒人霊歌(=讃美歌)ですが、ジャズの一歩手前という感じをつかんでいただけるでしょうか。

  つぎはゴスペル・ソングです。マハリア・ジャクソンはゴスペルズだけを歌った偉大な黒人女性宣教歌手、イエス様の教えの布教のためならどこへでも行く、と言って、アメリカ各地のジャズ・フェスティヴァルなどへ招かれて歌っていました。もっとも「神様を讃美する私の歌をお酒を飲みながら聞いている」と怒って、ステージから降りてしまった、というエピソードが残っています。死の床にいる人が「マハリアのゴスペルを聴いてからイエス様のもとへ行きたい」と言っていると知って、シカゴの雪道を歩いてその人の病床を訪ね、その人ひとりを前にして歌った、とも伝えられています。

4.(MD@−4)
Didn't It Rain? Mahalia Jackson (vocal).
[Live at New Port, 1958 Columbia CK53629 AAD 1958]
New Port Jazz Festival, 1958は現在世界各地で盛んに行われているジャズ・フェスティヴァルの先駆けとなったものです。それが「真夜中のジャズJazz on a Summer's Day」という素晴らしい記録映画となって残っており、ビデオ、LD、DVDなどで観ることができます。その映画でマハリアは、降りしきる雨の中「主の祈りLord's Prayer」を、魂を込めて感動的に歌っているのですが、ゴスペルそのものなので、ここでは同日のライヴ録音から、よりジャズに近くなっている曲を聴いていただくことにしました。旧約聖書の「ノアの箱舟」の話を「(罪深い人々を滅ぼすために神様は)雨を降らせたでしょう?」と歌います。野外ステージでの雨中の熱唱ですが、この曲との関連性が偶然なのか、天候に合わせて彼女がこの曲をその場で選んだのか、今となっては知る術もありません。

  アメリカ南部のルイジアナ州(黒人の多い地域です)はアメリカが買い上げるまではフランス領、そこにはフランス軍楽隊がいました。彼らが本国に引き揚げるときに、楽器を置いていったり二束三文で売り払ったりしました。その楽器を黒人、黒人と白人の混血児のクレオール Creoleたちが見よう見まねで使い、自分たちの音楽を始めました。
  他方、アメリカが西へ西へと開拓されて行った時代に、開拓者たちの憩いの場所となっていたサルーンsaloonで人気を得ていた音楽にラグタイム ragtimeというのがありました。主拍(1小節の中の強拍)をワンテンポ遅らせた独特のリズムの浮き浮きしたスタイルが特徴で、これもジャズの源流のひとつです。

5.(MD@−5)
The Entertainer Dick Wellstood (piano).
[Ragtime Piano Favorites Special Music SCD-4528 DDD 1987]
映画の面白さをたんのうさせてくれたハリウッド映画の傑作「スティング Sting」(1973)を思い出してください。主題音楽の「エンターテイナー The Entertainer」がピアノで弾かれていますが、あれがラグタイムです。ミシシッピー河運送は当時の物流の主軸、このラグタイムは当然南部、その中心のニューオーリーンズにも入ってきます。歌ったり楽器を使ったりの黒人霊歌や黒人労働歌とラグタイムの結合融合が、ニューオーリーンズで見られたのは、ごく自然の成り行きでした。

  こうして、ニューオーリーンズに新しい音楽が誕生しつつありました。最初は黒人たちの教会生活に密着した音楽でした。黒人のお葬式の音楽を聴いてみましょう。

6.(MD@−6)
Just a Closer Walk with Thee Louis Armstrong (cornet & vocal),
The Dukes of Dixieland.
[Louie & The Dukes of Dixieland Audio Fidelity PS-2003 LP 1952]
トランペット、トロンボーン、クラリネット、ドラムス、バンジョー、チューバなどを鳴らして素朴な演奏をしています。ひつぎを担いで皆で墓地へ歩いて行くときの音楽です。敬虔な歌唱を聴かせてくれているのは、後に詳しく述べるジャズの神様ルイ・アームストロングです。彼の吹いているコルネット(トランペットより少し小さい)の輝かしい音色、素晴らしい演奏技術については今のところは聴き流しておいてください。「悲しいけれど、あの人は苦しいことしかなかったこの世を去り、天国に召されて、今ではイエス様のおそば just a closer walk with Theeにいて幸せなのだ。だからそれを皆で祝おう」という、悲しいやるせない、しかし希望を探し求めている音楽です。

7.(MD@−7)
Nobody Knows the Trouble I've Seen The Original Dixieland Stompers.
[When the Saints Laser Light 15019 ADD 録音時期不詳]
有名な黒人霊歌「誰も知らないわが悩み」を楽器で演奏しています。この世の苦しみを訴える歌ですが(歌詞はNobody knows the trouble I've seen, nobody but Jesus「この苦しみはイエス様だけがご存知なのだ」と続くのです)、イエス様による救いの喜びを知ったのでしょう、しめやかな主題の前奏のあと、突然賑やかでハッピーな音楽に変わります。

ジャズの誕生です。








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