三鷹呼高<ミタカ・ヨンダカ>の
書評





書評
BLOODHOUNDS by Peter Lovesey. 316pages. Warner Books (paper back)
THE VAULT by Peter Lovesey. 346 pages. Warner Books (paper back)

 ミステリー小説の本家イギリスを代表する現代の作家のひとりピーター・ラヴゼイには日本にも多くのファンがいる。ラヴゼイはかなり前から一部のミステリー愛好家には知られてはいたものの、彼の評価を決定的なものにしたのは「バースへの帰還The Summons」だった。バース市警殺人課警部ピーター・ダイアモンドを主人公とするシリーズの第3作である。そのあとに続くのが今回取り上げた第4作「猟犬クラブBloodhounds」、第5作「地下墓地The Vault」で、いずれもすでにハードカヴァーの翻訳本が出ている。

 第1作(「最後の刑事The Last Detective」)、第2作(「単独捜査Diamond Solitaire」)はどちらかと言えば並の出来、それが「バースへの帰還」でひと皮もふた皮もむけた第一級のミステリーとなった。このほどその文庫版(ハヤカワ文庫)が出た。それを読んで「この続きを読んでみたい」と思う向きに、この2冊をおすすめする。

 楽しみながらナマの英語に親しむには良く出来たミステリー小説を英語で読むのがいちばん、とはよく言われること。評者もその信奉者である。イギリス人作家の書くものにはときとして文章が固く難解のものがあるが、ピーター・ラヴゼイのはわれわれ日本人にも理解できる範囲の、標準的英文であるのが助かる。そしてここかしこで、平均的日本人が日常接しているアメリカ英語とはかなり違う英国的表現にお目にかかることが出来て、それがまことに新鮮に感じられるから不思議だ。警察という職場における上下関係、そこでの英語による敬語の使い方など、英語の勉強にもなる。

 イングランドの美しい田園地帯を訪れる。これはいま日本人の海外旅行先として人気沸騰中なのだそうだ。その中心地のひとつである古都バースBathを舞台にした警察小説。かつてバースに居住したことのある歴史上の人物、『高慢と偏見』の女流作家ジェイン・オースティンや怪奇物語『フランケンシュタイン』を書いたメアリー・シェリー、銅板画家のウイリアム・ブレイクなど、のゆかりの物や事象をあちこちに配し、この地の観光の目玉ともなっている運河に浮かぶボート・ハウスnarrow boatを舞台にして、ディクソン=カー* ばりの密室殺人を演出してみせるなど、細工はりゅうりゅう。書店に氾濫しているスリル、サスペンス、スピード偏重のアメリカ的ハードボイル小説とはひと味違う、本家本もとの推理小説を読む醍醐味が、ここで味わえる。*(John Dickson-Carr。20世紀前半イギリスの推理小説作家で密室殺人を主題にした名作をいくつか書いている。)

 話の筋には触れないのがこの種作品を語るにあたって評者の守るべきエチケット、だから中身についてはいっさい述べない。ただこの2書を大いに楽しむためには、文庫本になっている第1、2、3作までを大急ぎ翻訳で読んでから、ここに挙げた第4、5作をその順番に原書で読むことをおすすめしたい。同じ登場人物の地位、立場が作品によって変わるし、ところどころ前作を読んでいないと分からない個所もある。また、我われには馴染みのうすい専門用語、たとえば英国の警察官の職名やその上下関係など、は初めのうちに翻訳本で理解しておいたほうが良いだろう。ペーパーバック2冊でハードカヴァー翻訳本1冊分のお値段とあって、安価でたっぷりこれからの秋の夜長を楽しむことができる。








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