私のコンサート評




私のコンサート評  
June 14 (Wed), 2000  Suntory Hall
NHK Symphony Orchestra's 1410th Subscription Concert

Poulenc: Concerto in g for Organ, Strings and Timpani
Debussy: Nocturnes
Prokofiev: Symphony No.3 in c, Op.44
Charles Dutoit (conducting), Francois Espinasse (organ)
Tokyo Philharmonic Chorus & NHK Symphony Orchestra

 常任指揮者デュトアが還ってきての定期演奏会、しかも彼の得意とするフランスもの2曲とプロコフィエフだ。期待に胸がふくらむ。

 プーランク。ナマはもとよりディスクでも聴いたことがなく初見参の曲である。オルガンを備え付けたコンサート・ホールがあちこちに出現して、いよいよ日本でもオルガン音楽がかなりひんぱんに聴けるようになってきたとはいうものの、プーランクまではなかなか手がまわらないのが実情だ。こういう出会いが楽しめるのが定期演奏会のメリットであろう。フランスの実力派中堅オルガン奏者エスピナスと、この種のものはお手のもののデュトアの息の合った演奏を楽しむ。N響の弦も美しい。だが評者の席の位置のせいかオルガンと弦の音量のバランスがいまひとつという感じも残る。1938年の初演は某貴族の私邸だったという。私邸にパイプ・オルガンとは優雅な世界があるものだ。

ドビュッシー。このところ好調とみえたN響にしてはいまひとつ乗りのうすい響きが気になった。演奏後のデュトアの表情も心なしか冴えず、ぶっきらぼう、納得のゆく演奏ではなかったのだろう。第3曲「シレーヌ」。「シレーヌ」はサイレンの語源でもある、ギリシャ神話で船乗りを魅惑して難破させる魔性の女の声だ。ここで歌う東京混声合唱団の女声32人、音は出ているのだが色気も艶もない無機質の声。これでは船乗りの気を惹くことは出来ない。

 プロコフィエフ。デュトアはここでは一転して元気溌剌、とみに充実度の上がってきているN響を存分にドライヴして、体育会的興奮を場内にもたらす。第1楽章は共産主義革命を成就させたソ連工場労働者階級(とその支配者)が歓喜しそうな重工業工場の操業音を思わせる大オーケストラの咆哮である。騎士と魔術師との対決を描写したとされる第4楽章での神秘的で妖しげな音の構築ではデュトアの棒さばきが冴える。彼を見ているだけでも楽しい。そして最後の大音量和音を振りきったあとの颯爽たるポーズ、まさに千両役者幕切れの見栄、といった感じで、この演奏にはデュトアは大満足の模様。自宅のオーディオでは絶対に体験できないものを、またひとつ聴かせてもらった。

 ところで、当夜の聴衆のマナーの悪さ、そして空席の目立つのが気になった。








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