私のコンサート評




私のコンサート評  
April 16, (Sun), 2000
New National Theater, TokyoNikikai Opera Company

R. Strauss: Salome

Original Production: August Everding
Staged by: Helmut Lehberger
Music Director: 若杉 弘
Japan Shinsei Symphony Orchestra
<Cast> Salome: 緑川まり Herodes: 田口興輔 Herodias: 小山由美
Jochanaan: 小森輝彦 Narraboth: 井ノ上了吏 ほか。

 2000年4月11日から17日までの間に5回、二期会の意欲的公演である。評者が(観て)聴いたのはオール日本人キャストの4月16日、欧米式に言えばマチネー公演であった。

 世界各地からやってきて門前市を成している感のある最近の東京のオペラ市場、加えて主役を海外のスター準スター歌手で埋める藤原歌劇団の好調もあって、とかく影が薄かった二期会だが、今回は好演、かつ盛況であった。

 その成功の過半は若杉弘の功績、100分と短いながらまことに密度の高い音楽とドラマを、満員の国立オペラ・ハウスに提供した。そして、決して十全なものではないにしろ、オペラ専用劇場を保有する喜びが味わえる、そういう100分間でもあった。

 背徳と背信(信仰の意味で)、倒錯した愛の発露。爛熟の極み、19世紀ヨーロッパの世紀末を象徴するオスカー・ワイルドの傑作「サロメ」。ヨ−ロッパ各地で上演禁止となったその戯曲をそのままオペラにしてしまったリヒアルト・シュトラウス。これはドラマであり、オペラであり、歌唱を伴うオーケストラによる音の饗宴でもある。

 まずはドラマの面。バイエルン国立オペラ(ミュンヘン)で好評を博している舞台そして演出がそのまま初台へやってきた。いままでの海外からの引越し公演では、オリジナルに似た舞台ではあっても、狭い日本の多目的ホールに合わせて作り直された、使い捨て間に合わせのものでしかなかった。だが今回はどうやらミュンヘンのものがそのまま来たようだ。評者がこれをミュンヘンで見たのは1993年、キャンセル待ちでやっと手に入れた席は1階最前列のど真ん中、そして今回の席は1階第4列真正面。だからよく比較できるのだ。

 二千年前の中近東(パレスチナ)はこうであって欲しいという、ヨーロッパ人の期待感を具現するようなエキゾティシズム溢れる情景である。ヘロデはじめパレスチナの人びとの衣裳しかり、建物(「千一夜物語」に出てきそうな、あるいは「モンゴルの天幕」のようでもあるが)しかり。ただし大勢登場して背景の一部を構成する兵隊たちはヘルメットにライフルというナチス・ドイツ兵士を連想させるもので、意表を突いている。史劇に現代のものを唐突に挿入する、ヨーロッパとくにドイツでしばしば見られる演出法であるが、今回に限って言えば、違和感はない。古井戸地下牢の大きな鉄格子の蓋を中央に、その奥に天幕風の建物(だから屋根は三角形だ)を置き、背景その他人物までをも左右対象に置して、中央で繰り広げられるドロドロとしたドラマに観客の関心が集中されるように構成されている。ところが邦訳歌詞が舞台両脇上部に出されるため、惜しいことに我われの視線はどうしても左右に揺れてしまう。残念だが、ドイツ語が理解できないのだから仕方が無い。とはいうものの、国際水準の舞台芸術に触れているとの満足感は充足される。

 緑川まりが秀逸である。彼女の歌唱力、声量は、「ラ・ボエーム」、「ワルキューレ」で実証ずみ。問題は「サロメ」のようなドラマ性の強いもので期待に応えうる演技ができるかどうかだが、今回はこれも合格点。最後の聴かせどころ、ヨハーナンの生首を抱いての詠唱「おまえがわたしを見たならば、わたしを愛しただろうに。愛の神秘は死の神秘よりも大きいのだから・・・」のくだりは圧巻であった。「サロメ」とあればすぐに「七つのヴェールの踊り」やいかに、となるのだが、これについては評者はコメントは差し控える。

 ヨハーナンを歌った新鋭の小森輝彦がいい。声良し、加えて容姿端麗、これからますますの研鑚、活躍を祈るや切である。

 ヘロデの田口興輔、ヘロディアスの小山由美はいずれも好唱公演、ただし「銀の皿に載せたヨハーナンの首が欲しい」とサロメが言い出したときから、田口は声が涸れてしまった。もしこれがヘロデの受けた心理的ショックを現す演出としたら、それを具現した田口の歌唱力演技力はたいしたものだ。(終わりのサロメの長いモノローグの間中、ヘロデは舞台から消えていたから、その間に声の治療をしたのだと思う。最後の「その女を殺せ!」での声は出ていた。)

 そして100人余のオーケストラ・メンバーを率いて、若杉弘紡ぎ出すリヒアルト・シュトラウスの豊穣な音。はじめのうちは、ややオドロオドロしさに欠ける淡白な響きが気になったが、時がたつにつれてそれも響きの良いオペラ・ハウスの空間で程よくブレンドされるようになり、サロメがヨハーナンに見ほれるあたりからは、音の妖艶さがあらわになってきた。さすがは長年ヨーロッパ、とくに本場のドイツ、で業を磨き評価を上げてた若杉だけのことはある。ときに興ざめな薄い音を出すことのある新星日本響から、まことになまめかしくかつ重厚な世紀末シュトラウスの音を引出し、見事であった。評者がミュンヘンでこれを聴いたときの指揮者はレオポルド・ハーゲンReopold Hagenだったが、今回の若杉の方がはるかに良い。









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