抜 粋
2003年8月26日(火)・・代打日記。
えーっとNumeriのpatoさんに代打日記を書いていただきました。普段一日10人程度のお客様に支えられている我サイト。でもこの日だけは違いました。Numer様から500人近くお客さんが流れてきたんですね。始まって以来の大事件です。人の多過ぎで手がプルプル震えました。
それではお待たせ致しました。patoさんの代打日記です。
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こんにちは、Numeriのpatoです。何やら「オナニーライフ」で日記を書いてくれという依頼がありましたので、2025年のオナニーライフについて書いてみようかと思います。それではどうぞ
オナニーが社会的地位を確立してどれぐらいになるだろうか。少し前の時代、オナニーは密葬のように厳かにやるものとされていたのが嘘のようだ。もはや現代にはオナニーを恥じる人間などいない。人々は当たり前のように街中でチンコを出してはオナニーに興じる。女性も全裸になってオナニーに興じる。
関西の有名私立大学では3年前からオナニー入試が導入された。全米オナニー選手権では日本の高校生が優勝したと聞く。なんともオープンになったオナニー。なんて素敵なことだろうが。
オナニーカフェのゆったりとした椅子に腰を落ち着け、満足いくオナニーを終えた私は遠い歴史を顧みた。我々がオナニーを文化として楽しむことができるのは、先人達の絶え間ない努力があったからだ。心の底から感謝する必要がある。
2012年、増加する青少年の性犯罪に業を煮やした政府は、「オナニー禁止法」通称BR法を制定する。オナニーを禁止し、精に対する意欲を減衰させる、男性の性欲は自慰行為によって増幅されるといったシュワイツアー博士の論文を受けての法制定だった。
オナニーは一気に不法行為となり、町の至る場所でオナニー弾圧が始まった。一度のオナニーで逮捕されると、非射精の場合は400万円以下の罰金、もしくは懲役10年以下。射精の場合は裁判を経ずに死刑となった。
隠れオナニー信者が人目をはばかるように洞窟内に集合し、オナニーをする運動も盛んだったが、それでも隠れオナニスト弾圧は容赦なかった。エロ本を踏ませる踏み絵などにより、徹底的に隠れオナニストは弾圧された。圧政に苦しむ民衆のために立ち上がった集団がいた。それが、反政府組織オナニションだ。
彼らは政府要人に対するテロ活動をはじめ、反オナニー勢力の与党幹部を暗殺した。そして民衆を扇動し、世界的にはフランス革命以来の大革命と賞賛されるオナニー革命を成し得たのだ。
オナニションのリーダーが国会議事堂の赤絨毯に射精をする光景は、革命の象徴的場面として全世界に配信された。こうして私たちは自由なオナニーを手に入れたのだ。オナニー革命がなかったかと思うと、ゾッとするばかりか大切な息子も縮み上がってしまう。
おっといかんいかん、また悪い癖が、いつもこうやってオナニー革命の歴史に思いを馳せるとオナニーどころではなくなってしまう。さあて、時間もあることだし、もう一度オナニーするかな。青年は深い椅子にゆったり座り、熱いカフェを飲み干すとまたオナニーに興じるのだった。平和な平和な2025年、都心部のオナニーカフェの光景である。
このような未来はすぐそこに迫っています。僕はこのようなオナニー弾圧の場面に遭遇したら、まちがいなくオナニションの一員として隆起します。まさかりさんもその時は一緒に隆起しましょうね。誇りあるオナニションの一員として、僕らのオナニーライフを取り戻すために。
ということで、Numeriのpatoでした。
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patoさん代打日記有難うございました。流石エロの巨匠。オナニ−喫茶。さぞかし爽やかなカフェなんだろうな−。
さてとオナニ−革命に向けて日々オナニ−の特訓有るのみです。
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