参考作品 〜『月の裏側』〜


『月の裏側』の作中に言及される本・映画などについてのコメントです。




『盗まれた街』ジャック・フィニイ ハヤカワ文庫SF
「ねえ、多聞さん。『盗まれた街』って小説読んだことある?」(p.114)

 作中でも藍子が言及しているが、『月の裏側』のベースとなっている侵略サスペンス作品。
 映画『ボディ・スナッチャーズ』の原作で、1956年にドン・シーゲル監督の『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』が製作され、1994年アベル・フェラーラ監督によってリメイクされている。

 舞台はアメリカ西海岸沿いの地方都市サンタ・マイラ。
 主人公の開業医マイルズは、元恋人のベッキイから友人ウィルマが「自分の伯父が偽物だ」と訴えていることを聞かされる。二人でウィルマの家を訪ねるが問題の伯父は、元の人物とそっくり同じに見える。ところが、翌日からマイルズの診療所に家族や友人のことを「偽物だ」と訴える患者が次々と訪れる。符に落ちないものを抱えるマイルズは、信頼する友人、作家のジャックの家のガレージで奇妙な物体を見つける。その死体のように見える物体は、人間に変身しつつある謎の生命体だった。宇宙から飛来した種子莢は、人間が眠っている間に成長しその人間と入れ替わるのだった。
 またたく間に乗っ取られていく街で、真相に気がついたマイルズとベッキイ、そしてジャックとその妻シオドラの4人はじりじりと追い詰められていく・・・。

 ずいぶん前に読んだ作品なので、途中のサスペンスタッチのイメージが印象的な割には「そーいえばどういう終り方だったっけ?」と読み返してみました。ラストは意外とあっけなく、教訓的というか、書かれた時代(1955)を反映していると言えるのかも。今という時代に書かれた『月の裏側』との読み比べは非常におもしろいところ。

 登場人物という点では『盗まれた街』も『月の裏側』も主要人物が4人、謎を解く鍵を握る人物バッドロング博士にあたるのが、郷土史研究家・小林武雄。

 ジャック・フィニイは、SF、ミステリー、ファンタジーと多様な作品を書く作家のようですが、『ゲイルズバーグの春を愛す』(ハヤカワ文庫FT)などタイムトラベルネタのノスタルジーあふれる切ない物語の作者としてのイメージが強いですね。



柳川を舞台とした作品
 「箭納倉と言えば、名の知れた水郷都市である。どんこ舟と呼ばれる細長い木の舟で、柳の枝が揺れる堀割を下っていく風景は、純文学や映画の舞台で有名だ。国民的な詩人が歌った故郷。セピア色のノスタルジア。」(p.7)

 『月の裏側』の舞台、箭納倉(やなくら)は架空の地名。
 街の説明から「柳川」の別バージョンととれる。
 柳川出身の詩人北原白秋が詩集『思ひ出』で歌った故郷であり、また大林宣彦によって1984年映画化された福永武彦小説『廃市』の舞台。その他柳川を舞台とした作品には宮崎駿製作、高畑勲脚本・監督のドキュメンタリー作品『柳川堀割物語』(1987年)もある。



北原白秋  
 「白秋ってあのー」
 「そう、箭納倉が故郷の、大詩人の桐山白秋」(p.86)


 ”箭納倉の桐山白秋”にあたるのが柳川の北原白秋。
 白秋の友人で自殺した中島鎮夫に捧げる詩「たんぽぽ」は『思ひ出』に収録されている。
 確かに北原白秋は、山田耕作作曲、北原白秋作詞というコンビの唱歌「からたちの花」「この道」「ペチカ」等のイメージが強いが、デビュー作『邪宗門』は南蛮文化を彩りにエキゾチックで官能的な世界が描かれており、後の作品『東京景物詩』などもけっして風物の美しさや純真さあるいは郷愁のみを歌った詩人ではない。

 『月の裏側』を読んだ後に『思ひ出』を読むととりわけ正体不明の何か、闇に潜むあやしのものを歌った詩が目にとまります。



スチーム・パンク  
 「・・・ちょっと前に読んだSF小説で、蒸気機関がそのまま発達して世界の主な動力になってる話があるんです。電力も原子力も発見されず、コンピューターも、蒸気で動いている。で、結局自動車というものが誕生していなかったらどうなってただろうと思って。・・・」(p.13)

 多聞が読んだSF小説というのは何でしょうねえ。
 いわゆるスチーム・パンクだと思うのですが、とりあえず思い浮かんだのは、ウィリアム・ギブソン、ブルース・スターリング共著の『ディファレンス・エンジン』(角川書店)。私もちょっと前に読んだばかりなので(^^;)。

p.s.
 友人からキース・ロバーツの『パヴァーヌ』(サンリオ文庫)を想起したとのコメントを頂きました。確かにあれも歴史改変物でしたよね。あんまり詳しい設定まで思いだせないのですが、今度復刊されるとの噂も聞きますので、再読したらまた検証してみることにしましょう。



スティーブ・マックイーンの映画
 「多聞は唐突にスティーブ・マックイーンの映画を思いだした。彼が若い頃出演した、B級SFホラー映画。」(p.134)

 アーヴィン・S・イーワース・Jr.監督の『人喰いアメーバの恐怖 (マックィーンの絶対の危機) 』(THE BLOB 1958)だと思いますが、残念ながら未見です。


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『三月は深き紅の淵を』『麦の海に沈む果実』『ライオンハート』『黒と茶の幻想』その他


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