犯罪増加と矯正施設の過剰収容
法律のひろば平成17年1月号(前田雅英)
一 矯正施設の過剰収容状況
今回の犯罪白書は、251頁から393頁までを費やして、現在の犯罪者の処遇のあり方を検討している。わが国の治安悪化を踏まえ、特に犯罪者の処遇に光をあてた点に特徴があるといってよい。ある意味では、「刑務所などの過剰収容状態」が、現在の日本の犯罪問題の象徴であるといってもよいかもしれない。
本書では、過剰収容の現状を詳細に紹介すると共に、その原因をも分析している。「二段ベット」「2名独居」の写真、さらに食堂に入りきれないために工場の隅で食事をする状況は涙ぐましい工夫ではあるが、そのような形で凌がなければならない「犯罪の増加」の状況を実感させるものである。その結果、受刑者の人権が害されているのみならず、管理運営上多大の問題が生じていることは当然であろう。治安確保の基礎として、最低限必要な施設維持の為の早急な予算的対応が要請されている。と同時に、やはり犯罪数の増加を止める努力も必要と考えられるのである。
収容者の急増は、刑期の長期化、実刑率の上昇なども若干寄与しているが、やはり決定的なのは、もともと法定刑の重い凶悪犯を犯して有罪となった者の急増が大きく影響している。平成に入ってからの凶悪犯の増加は著しい。特に、強盗の認知件数は一五八六件から、七六六四件に増加している。平成に入ってから五倍近くに増えてしまったのは、まさに異常な状態であり、そのことが刑務所人口に影響したことは明らかで、さらに今後しばらくは過剰収容状況が悪化する可能性が高い。凶悪犯の認知件数の増勢は止まっていないからである。
このような状況に対する対策を考察するために、本白書では,受刑者・保護観察対象者の数及び特質,各種の処遇施策,制度の運用などについて,「平穏な時代(本白書は治安の良かった一九七〇年代をそう呼ぶ)」を代表する一九七三年から現在の「犯罪多発社会」に至るまでの変化を追った上で犯罪者処遇の現状と課題について述べている。
その際に「国際的視野から見た日本の犯罪と刑事政策」と副題を置いた昭和五二年版の犯罪白書を引用して、当時との比較を行っている。そして、当時の治安の良さと矯正の運用が比較的うまくいっていた背景として、「我が国が単一の文化を持ち,国民の社会的階層にもそれほどの格差がないこと,一般に教育水準が高く,経済生活・家庭生活も比較的安定していること,また,国民性の特質から伝統的に犯罪防止に関する非公式の社会統制が機能している面が多く,しかも,公式の犯罪防止の手段としての刑事司法が効率的に運営されていることなどにあると考えられている。」旨述べ,@文化的・社会的等質性,A高い教育水準,B経済的安定などの要因を指摘し,さらに,そこでいう非公式の社会統制の内容として,C家族的結合や社会的連帯感の強さ,D「恥」の観念や集団を重んじる東洋的社会倫理,E一般的な遵法意識及び捜査機関に対する協力的態度などを挙げていたことを指摘する。
たしかに、戦後社会はこの30年の間に大きく変質した。国民の価値観や生活様式は多様化し、離婚率は上昇を続け、「社会の基礎単位である家庭」の崩壊が進行している。また、地域社会の連帯意識が希薄化している。「社会に内在してきた犯罪抑止機能」が著しく低下していることは認めざるを得ないであろう。
そこで、本白書は「社会の犯罪抑止機能が低下している状況をみるとき,犯罪者処遇の重要性を改めて指摘する必要があろう」とする。たしかに,希薄化した地域の連帯や家族の粋が直ちには取り戻せないものであることを考えると,処遇には,これらが果たしてきた犯罪抑止機能を補完するものとしてのより積極的な役割が求めるべきだという提言は説得力を有する。それを、「治安再生に役立つ犯罪者の処遇」と表現することもよい。しかし問題はその内容なのである。
矯正と保護の連携を図って犯罪者の改善更生・社会復帰を通じて再犯を防止すると言うことになるが、現在の社会状況は、保護が機能しにくい状況を意味する。たしかに、例えば覚せい剤乱用者に対しては,行刑施設における覚せい剤乱用防止教育を充実させるとともに,仮出獄後の簡易尿検査によって断薬努力をフォローするというような処遇方法の開発は有意義である。
しかし、治安再生に役立つ犯罪者の処遇として一般的な提案として示されている@監獄法の全面的改正、A国民に開かれた犯罪者の処遇の実現は、今後その中に盛り込まれる内容についての徹底した議論が必要だと思われる。たしかに、官民協働運営による透明度の向上,地域との共生なとを通じて,「国民に理解され,支えられる刑務所」という理念は重要である。国民に理解され,支えられることは,更生保護においても必須である。問題はそれを超えて、例えば監獄法改正により具体的に何を求めていくのかなのである。
ただ、より積極的かつ効果的な処遇を行うためには,それにふさわしい基盤整備が必要であることは異存がない。@収容人員に応じた収容施設・設備を確保して,これを解消する必要があることA犯罪者の処遇の基本である人的資源の確保は、急がれなければならない。さらにB更生保護の分野においても行動力や柔軟な処遇能力を備えた適任者を幅広い層から確保していくことが最も重要な課題であることは争いのないところであろう。
二 最近の犯罪白書の基調
本白書の問題意識は、はしがきに明確に示されている。「我が国は,長らく世界一安全な国といわれてきたが,ここ10年ほどの間に犯罪情勢は急速に悪化し,今や,市民が安心して暮らすことのできる社会をいかにして取り戻すかが重要な課題となり,各方面で幅広く検討が進められ,様々な取組が行われている。その中で,犯人を迅速・確実に検挙し,その責任にふさわしい刑を科するにとどまらず,犯罪者の改善更生・社会復帰のための効果的な処遇を行うことによって再犯を減少させ,治安の維持を図ることは,刑事司法に与えられた重要な役割である」。
たしかに最近の治安の悪化は、社会的には共通の認識となったといえよう。マスコミなども、一部の例外を除いて、治安の悪化を認めている。その背景として、自らが行った世論調査の結果なども影響していると思われるが、治安状況の評価に最も影響力を持つ犯罪白書が、近時一貫して治安の悪化を強調してきた事実が重要である。
平成一三年版の白書が、治安の悪化をはっきりと指摘した。「これまで治安の良好な地域に属していたが、近年に至り、犯罪の認知件数が激増し、治安の悪化が憂慮される事態になってきた」ということを、数値を基礎に明らかにした書なのである。具体的には、@犯罪総数の増加が継続し最近はさらに増加傾向が加速していること、A少年非行が高水準を維持していること、B外国人犯罪がなお重大な存在であること、C検挙率が低下したこと、D矯正施設が過剰収容時代となったことを、法務省が行った調査研究の成果をも加えて、明らかにした。
そして、@の原因としては、窃盗罪と交通犯罪が重要だとしつつ、暴力的色彩の強い強盗、傷害、強制わいせつ、器物損壊の増加が顕著だとも指摘している。さらに@Bと関連して、薬物犯罪は大型化・組織化が進んでいることも示されている。
次いで、一四年版は、最近において増加が著しい犯罪の中から,身近な生活場面で生起する強盗,傷害,暴行,脅迫,恐喝,強姦,強制わいせつ,住居侵入及び器物損壊の9罪種に焦点を当てながら,「暴力的色彩の強い犯罪の現状と動向」を特集として取り上げ,その特質の分析・検討を試みている。その背景には、認知件数の増加と検挙率の低下に対する危機意識があった。
そして,犯罪の原因として,社会環境の変化,経済情勢や国際化の影響等様々な要因が複雑に絡み合っていると指摘してきた。とりわけ、いわゆるバブル経済が崩壊して以来,十有余年の長期に渡って経済不況が続き,この間,大企業の倒産,金融機関の破綻,リストラの強化,完全失業率の上昇等,高度経済成長時代には想像すらできなかった事象が出現した。最近の我が国の犯罪情勢には,こうした社会・経済状況が深く関わっていると思われるとしたのである。
平成一五年版も、そのはしがきで「治安対策が社会問題としてクローズアップされている。これは,治安に対する国民の意識が「安全」から「不安」へと変化しつつある中で,犯罪の増加や悪質化への危機感が現実味を帯びてきていることの現れであろう」と述べている。「社会の耳目をしょう動させる凶悪事件が相次いで発生するなど,悪質化も目立ち,その影響が少年犯罪にも深く及んでいると思われる。いかに犯罪を抑止し,減少させて安全な社会を実現・維持するかは我が国にとって重要な課題となっている」として、刑法犯の中でも,人の生命を直接侵害しあるいはその危険が高い犯罪であり,暗数が少ないとされる殺人と強盗(強盗殺人,強盗致死傷,強盗強姦を含む。)という凶悪犯罪を取り上げ,「変貌する凶悪犯罪とその対策」と題して,その実態や背景・要因等を多角的な見地から分析・検討し,その対策への展望を試みている。
三 白書に対する批判
ただ、このような白書の内容そのもの対して懐疑的な指摘がないわけではない。特に注目を浴びたのが、一般紙に掲載された以下の記述である(毎日新聞平成一六年五月二七日)。「昨春まで法務省に勤務し、犯罪白書を96〜99年の4年間執筆した。01年版白書以来、犯罪の加速度的増加、「体感治安」の悪化、治安の危機、と3年連続で「不安」のアピールを強めている傾向に疑問を感じ・・・・・・「犯罪は増えているのか?」シンポを開催した」というものである。その主張は明快で、「犯罪関連の統計数値は、警察等の方針次第で動く」ということであるといってよい。
「統計数値には暗数があり操作性も働く余地がある」という指摘自体は、統計を扱う際の初歩的前提であるが、白書が明確に犯罪増加を謳っているにもかかわらず、それを否定して「犯罪は増えていない」と主張するのは、かなり大胆なことと思われる。たしかに、検挙率の低下の一部は警察の方針の影響を色濃く受けたが、認知件数の増加、特に現在問題となっている凶悪犯の認知件数の増加は、警察の「政策」などでは説明できないことは明らかである。平成に入り強盗が5倍に増加したのは、それまで隠されていた暗数が表に出てきたからだとは思われないからである。
さらに、本白書の特集で示された、矯正施設の過剰収容問題については、警察の政策変更ではほとんど説明にならないように思われる。警察が認知件数を操作し得たとしても、検挙人員や有罪人員、矯正施設収容者まで警察の政策で動かし得ないことははっきりしている。
犯罪が増えていないという論者も、過剰収容の事実は否定できないであろう。そこで、過剰収容と犯罪の増加とは結びつかないとするために、「本来刑務所に入らないでよい人間を法務・検察などが無理に公判請求している」とする説明も見られる。「1996年以降検察庁の新規受理人員に目立った変化はないのに、強盗、窃盗、恐喝、傷害、強姦等の公判請求人員が上昇傾向にある。その背景には、検察官の厳罰化志向」があるとし、検察が公判請求率を上げた等の問題を指摘するのである(『犯罪は本当に増えているのか』3頁)。日本では、犯罪は増えていないのに法務省が増加を意図的に作り上げているというニュアンスを含む記述が見られる。しかし、同論文が犯罪の具体例の筆頭にあげられている強盗の受理人員は、検察庁の統計によればこの10年で1138人から2669人に増加した(前述の認知・検挙件数の増加から見れば、当然のことである)。おそらく「10年で135%しか増えていないのだから目立った変化はない」と主張するのであろうが、やはり「増えている」とする方がわかりやすい。少なくとも、その後のデータでは、さらに増加の勢いを増すと思われる。それに比べて、強盗罪の公判請求率は十年前が 61%(公判請求588人/処理人員966人)であったのが、現在は60%(公判請求1348人/処理人員2254人)となった。「目立った変化はない」といえるように思われる。
いずれにせよ、刑務所の収容者の増加は、刑罰を科さねばならない重要な犯罪が増えた結果、例えば勾留人員が1.7倍になり、公判請求人員も1.6倍になり、有罪人員も1.6倍になったことの結果なのである。犯罪、特に刑務所に収容しなければならないような重大な犯罪行為が増加していることは、客観的事実といわざるを得ない。
四 戦後の犯罪状況全体の中で
日弁連は、本年八月一九日の意見書において、刑法改正案として諮問とされている「重罰化」に反対する論拠として、「殺人罪、強姦罪、傷害罪等の凶悪・重大犯罪に関しては、半世紀の長期的視野に立って見れば、平成三年に底を打ち、その後横道いである殺人罪をはじめ他の罪についても、そうじてその認知数が最高時あるいはそれに近いというものではない」と主張する1)。また、「凶悪犯罪の認知件数は、ここ一〇年増加を続けているとはいっても、戦後から現在までの長期的視野でみると、ここ一〇年が特異的に増加しているというわけではない」とする。
しかし、図3に示したように、戦後全体を俯瞰してみても、近時の凶悪犯の認知件数は、やはり増加してしているといわざるを得ないように思われる。昭和の時代は減少を続けたが、平成に入って増加に転じ、その率は減少期の割合を遥かに超えている。三〇年近くかかって減少した分を一五年で戻しているのである。このまま推移すれば、二、三年で戦後最悪の数値を記録すると予想される。「逆J字形」から「V字形」になろうとしているのである。
たしかに、凶悪犯の中で、最も上昇傾向の弱い殺人罪に着目すれば、「さほど増えていない」という指摘は当たっている。しかし、その殺人でも一二一五件から一四五二件に二〇%増加してはいるのである。
ただ、一方で「殺人を除く強姦、強制わいせつ、傷害の罪の認知件数の近年の伸びが目立つことは間違いない。その要因の一つとして警察庁の政策的配慮等が指摘されているところであるが、上記の長期的視野を踏まえて、それらの罪の認知件数の増加について、その原因等を研究分析して、それらの原因を除去するための政治的・経済的・社会的方策を検討立案する」べきであるとする。
問題は、「警察庁の政策的配慮等が指摘されているところ」という書き方である。法制審議会の提案の説得性を減殺する論拠として、あまりにも具体的論拠を欠く指摘のように思われる。現実に認知件数が増加しているにもかかわらず、実はそれが増えていないというのであれば、指摘した主体、出典などを示す必要があるのようにも思われる。
たしかに、強姦などの実態が実は減少している(ないし増えていない)ということを論証しうるのであれば、現時点で対策を講じる必要はないことに説得力がある。しかし、「平成に入って約四倍に増えた強制わいせつが、実はさほど増えていない」といっても、それ以前にも見られた増加傾向からすれば、平成に入って増加を止めたと考えることは非常に無理があると思われる。
また、「それらの罪の認知件数の増加について、その原因等を研究分析して、それらの原因を除去するための政治的・経済的・社会的方策を検討立案するのが、犯罪対策のあるべき姿であって、人権侵害に係る刑事罰の重罰化については、刑法の謙抑性からして補充的に検討されるべきものである」とも主張されている。
たしかに、近時の例えば財産犯罪の一部の増加は、不況、失業率の増加などと関連しているとも推測される。しかし、犯罪の増加を防ぐ必要があるという点でコンセンサスが形成された場合でも、「失業率を小さくしてからはじめて法定刑の引き上げを行うべきである」ということには無理があろう。もとより、法定刑の引き上げだけで犯罪対策が成り立つと考える論者はいない。あくまでも総合的な政策なのである。そして、その際に、「刑事立法は常に最後でなければならない」という命題は、「常に真である」とはいえないのである。
五 犯罪の増加に歯止めはかかったのか。
本白書では、必ずしも重視されてはいないが、犯罪状況を考える上で非常に重要な点を指摘しておきたい。
それは、昭和五〇年以来ほぼ一貫して増加してきた一般刑法犯発生率(犯罪率)が、一・三%減少したという事実である。このままいくと、史上最悪を記録するのみならず、欧米並みの犯罪率にまで達してしまうのではないかと危惧されてきたが、窃盗を中心に犯罪発生率が減少したのである。ただ、はじめに見たように、強盗を中心とした凶悪犯罪は、なお増加を続けている。そして、窃盗の犯罪率を引き下げることに関しては、立法や行政の積極的取組があったことも忘れてはならない。
しかし、逆に積極的な取組によって犯罪の増加に歯止めをかけることも可能であることが示されたとも考えられ得る。もちろん、それは法定刑の引き上げのみでは達成できない。まさに総合的な政策が必要なのである。
例えば、不法残留外国人は日本人の約一八倍の割合で強盗を犯しているというような事実を踏まえ、入国管理政策をしっかり行うことが重要だと考えられる。そして、単に犯罪を禁圧するのみでなく、本白書が特集の中で指摘した、「平穏な社会」を作る努力もなされなければならない。