火災の予見可能性と中間項(研修633号)
前田雅英
一 生駒トンネル事故に関する最高裁の判断
昨年12月20日、第二小法廷は、第一審と控訴審で判断が分かれていた近鉄生駒トンネル内で発生した死傷事故に関する業務上過失致死傷事件について、上告棄却の判断を下した。
トンネル内における電力ケーブルの接続工事に際し、施工資格を有してその工事に当たった被告人が、ケーブルに特別高圧電流が流れる場合に発生する誘起電流を接地するための大小2種類の接地銅板のうちの1種類をY分岐接続器に取り付けるのを怠ったため、右誘起電流が、大地に流されずに、本来流れるべきでないY分岐接続器本体の半導電層部に流れて炭化導電路を形成し、長期間にわたり同部分に集中して流れ続けたことにより、本件火災が発生したという事実認定を前提に、「被告人は、右のような炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、右誘起電流が大地に流されずに本来流れるべきでない部分に長期間にわたり流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることを予見することはできたものというべきである。したがって、本件火災発生の予見可能性を認めた原判決は、相当である」と判示した。
本件火災発生の因果経過の重要部分である「炭化導電路を形成等」が予見不能でも「火災の発生に至る可能性があることを予見することはできた」という判断は、判例の過失犯論を考える上で重要である。チッソ水俣病の刑事事件で、因果経過の重要部分である「有機水銀が魚介類に蓄積してそれを摂取すること」の予見は不能でも被害者の死の予見は可能だとされ(福岡高判昭57年9月6日判時1059号17頁)、北大電気メス事件でも因果の重要部分である「熱傷を生じる電流の異常」は予見できなくても過失犯は成立しうるとされた(札幌高判昭51年3月18日高刑集29巻1号78頁)。このような意味での「因果経過の重要部分の認識は必ずしも必要ない」という考え方は、かなり確立している。本件決定は、最高裁がこの点を明示したものという意味を持つ。
従来、判例は「因果関係の重要部分の認識を要求している」とされてきたが、実は、現に生じた因果経過の重要部分を認識しなければならないとしてきたのではない(拙稿「『結果』の予見可能性」ジュリスト784号51頁)。「結果の発生に至る因果関係の基本的部分とは、通常、一般人がそれを認識すれば結果の発生を予見しうる事実であるから、右基本的部分について予見可能性があれば、構成要件的結果の発生についても予見可能性がある」として使用するのである(大阪高判平成3年3月22日判タ824号83頁)。あくまでも重要なのは、構成要件的結果の予見可能性であり、基本部分の予見可能性とはそれを認定する道具としての中間項なのである。
火災の予見、特に電車の頻繁に通過するトンネル内の火災の予見が可能であれば、電車の乗客の死傷の予見も可能であるといってよい。その意味で、最高裁が予見可能性の対象として、死傷結果ではなく「火災」という中間項を用いたことは妥当である。問題は、火災の予見可能性判断にある。
三 トンネル内の火災の予見可能性
最二小決平成12年12月20日で問題となった「トンネル内」は、ホテル・デパートとは火災予見の基礎となる事情が微妙に異なる。一般人は往来せず通常火気は存在しないし、火災発生と死傷結果惹起との結びつきも若干弱い。そこで、「火災の予見可能性」を基礎付けるには、さらにその前提となる中間項が必要となるのである。そして一審判決は「炭化導電路が形成されて加熱発火した」という「現実に生じた因果経路の重要部分」こそが中間項でなければならないとし、それを一般人は予見できないので中間項の役割を果たし得ず、火災、さらには死傷結果の予見可能性は否定されるとしたのである。
大阪地裁は、火災の原因は、接続に際しアースの為の導通路確保の部品を仕様書通り設置しなかったことにあり、その点にXの注意義務違反が認められるとした上で、予見可能性を検討する。「接地系統に不備がある場合には、接地系統により大地に流されるべき電流がいわゆる行き場を失い、本来予定されていない方向に流れることがあり得ること、そしてそのような場合にはその部分の抵抗値により発熱現象を引き起こす可能性があることは予見の範囲内に属するものと考えられる」としつつ、「しかしながら、本件における火災発生の原因は、そのようなケーブル自体の異常ではなく、ケーブルを接続するY分岐接続器本体に誘起電流が流れた結果として、Y分岐接続器に炭化導電路という異常な通電回路が形成されたことによるものである。・・・Y分岐接続器に炭化導電路が形成されたという事実は、Y分岐接続器の接地銅板の取り付けの不備から本件火災発生に至る一連の因果経路の基本部分を構成するものというべきであり、右事実についての予見が不可能であるときは、本件火災発生の結果自体の予見が不可能である」と判示した(大阪地判平成7年10月6日判タ893号87頁)。
これに対し大阪高裁は、「本件火災事故発生に至る核心は、被告人が接地銅板の取り付けを怠ったことにより、ケーブルの遮へい銅テープに発生した誘起電流が長期間にわたり、本来流れてはいけないY分岐接続器本体の半導電層部に流れ続けたことにあるのであって、因果の経路の基本部分とは、まさに、そのこととそのことにより同部が発熱し発火に至るという最終的な結果とに尽きるのであって、これらのことを大筋において予見、認識できたと判断される以上、予見可能性があったとするに必要にして十分であり、半導電層部に流れ続けた誘起電流が招来した炭化導電路の形成、拡大、可燃性ガスの発生、アーク放電をきっかけとする火災発生というこの間のプロセスの細目までも具体的に予見、認識し得なかったからといって、予見可能性が否定されるべきいわれは全くない」として、結果の予見可能性を認めた(大阪高判平成10年3月25日判タ991号86頁)1)。
四 中間項の抽象化
その予見が可能であれば、全体としての予見可能性を認めうるところの因果経過の基本的部分(中間項)は、その予見があれば、一般人ならば最終結果の認識が可能なものとして設定されなければならない1)。そのことを前提としてはじめて、基本的部分の予見可能性を、結果の予見可能性に置き換えることができる。ただ、設定しうる中間項の中では、可能な範囲内で最も抽象的なもので足りる2)。一審のように、「炭化導電路が形成されて加熱発火」を中間項にしなければならない必然性はない。「異常な電流が流れて発熱し発火する」というより抽象的な中間項でも、その予見が通常の電気工事担当者に可能であれば、過失責任を基礎づけるだけの「火災の予見可能性」、さらには「死傷結果の予見」は可能となるように思われる。この点は、北大電気メス事件において、現に生じた異常な電流は予見できなくとも電気メスを誤接続して使用すれば、傷害結果を予見できるのとほぼ類似するといってもよい(札幌高判昭和51年3月18日高刑集29巻1号78頁)。
この点、大阪高裁は「誘起電流が本来流れてはいけないY分岐接続器本体の半導電層部に流れ続けそのこととそのことにより同部が発熱し発火に至るということ」すなわち、「ケーブル類から発火する」ということが因果経過の基本部分としている。そして、接地銅板の取り付けを怠りアース不良を生ぜしめた被告人には、この基本部分の予見は可能だったといってよいように思われる。それ故、火災発生の予見は可能性だとした高裁の判断は説得性を有するし、最高裁がその結論を支持したのも合理的だと思われる。
過失処罰を限定しようとする立場からは、ケーブルに発生する誘起電流そのものから直接生じたケーブルの発熱ないしはそれによる発火から火災が生じた場合に限って、予見可能性を認めうるし、注意義務も発生しうるということになろう。誘起電流が直接の原因で発熱したわけではなく、知られていなかった炭化導電路が形成されて加熱発火のだから、責任非難は不可能であるという考え方である。しかし、アースしなければなんらかの不具合が生じることは想定されており、現に生じたそれまで知られていなかった因果経路も、「想定た不具合」の射程範囲内にはあるといえよう。
五 工場内の火災と中間項
火災の予見可能性を導く中間項の判断として興味深いのが、10名が死亡し2名が傷害を負つた船舶の修繕中に発生した火災事故につき、造船所の修繕部長及び修繕部機関課長に予見可能性がなかつたとして原判決を破棄し無罪を言い渡した福岡高判昭和63年3月24日(判時1274号152頁)である。被告人らは、造船所内で船の機関室内の工事を下請企業所属の作業員合計約70名を使用して実施していたところ、同機関室船底部において、本船船員Mらが火気作業に従事中、過って同船底部に滞留していた易燃性残油を含むビルジに着火炎上させ、12名が死傷したという事件であるが、福岡高裁は、ビルジとは通常、水を主成分とする汚水状のものでそれ自体は着火炎上の危険性はなく、少なくとも直ちに火災につながることを予見させる程の危険性の高いものとはいえないとし、本件火災生当時における油性ビルジは、その原因は必ずしも明らかとはいえないけれどもいわゆるビルジの一般的性状とは異なるものに変化していたということができるのであって、このようなビルジの変化は通常予測することができないとして、「本船機関室船底に前認定のような異常な油性ビルジが存在していることについては被告人両名として予見することができなかったところであり、かつ、予見しなかったことに過失があったものともいえないのである。してみると、右油性ビルジの着火炎上による本件死傷事故発生に関して被告人両名にその予見可能性はなかったというべきである」と判示した。
問題は、高裁のように火災の予見のための中間項として「異常な油性ビルジによる発火」を設定するのか、別の言い方をすると、「ビルジ一般」の存在の認識があっても火災の予見可能性は不可能なのかという点にあるといってよい。原判決は、修繕船工事については、船内の油汚れや保守管理の悪さ、油分を含んだビルジの存在などから、火気作業を伴う工事の場合には火災発生の危険性が一般に極めて高いものであって、当該修繕船工事の作業環境は、通常火災事故発生の具体的危険性が存在している蓋然性が極めて高い領域であったと認定し、火災発生の予見可能性を認めた。事実認定の問題があり、断定的な言明は許されないであろうが、造船所内での火気の使用はかなりの危険を伴うものと考えるべきようにも思われる。少なくとも、ビルジにはいろいろな態様のものがあることは認識されている以上、高裁のように言い切れるかについては、一抹の不安が残る。