おとり捜査とその違法性

研修677号(前田雅英)


     1 はじめに

 おとり捜査に関する最決平成16年7月12日は、マスコミでも注目された判例であった。ある社説は「捜査機関のおとり捜査は、どこまで許容されるのか。最高裁は初めて明確な基準を示し、おとり捜査は、「適法」との決定を下した」と評した。そして「最高裁がおとり捜査について、明確な基準を示し適法とのお墨付きを与えた意義は大きい。実際に捜査にあたる警察など捜査当局に多大の影響を与えるのは必至だ」とする。しかし、そのような単純な評価は問題があろう。おとり捜査が、飛躍的に拡大することなどは考えにくい。ただ、本判決の意義が、捜査の基本を考える上で非常に重要な意義を有することは間違いない。
最高裁は、本件おとり捜査の適否について職権で以下のように判示した。「おとり捜査は,捜査機関又はその依頼を受けた捜査協力者が,その身分や意図を相手方に秘して犯罪を実行するように働き掛け,相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところで現行犯逮捕等により検挙するものであるが,少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは,刑訴法197条1項に基づく任意捜査として許容されるものと解すべきである。
 これを本件についてみると,上記のとおり,麻薬取締官において,捜査協力者からの情報によっても,被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず,他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難な状況にあり,一方,被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから,麻薬取締官が,取引の場所を準備し,被告人に対し大麻樹脂2sを買い受ける意向を示し,被告人が取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても,おとり捜査として適法というべきである。したがって,本件の捜査を通じて収集された大麻樹脂を始めとする各証拠の証拠能力を肯定した原判断は,正当として是認できる。」

    2 おとり捜査と違法収集証拠排除

 捜査官(ないしその協力者)が「おとり」になって、人に犯罪を行うよう働きかけ、その者が犯行に出たところを逮捕するという捜査手法をおとり捜査と呼んで、その適法性が論じられてきた2)。アメリカなどでは、売春事犯や薬物犯罪など通常の捜査では解明の困難な犯罪に止まらず幅広く利用されている。わが国でも麻薬及び向精神薬取締法58条が、「麻薬取締官及び麻薬取締員は,麻薬に関する犯罪の捜査にあたり、厚生労働大臣の許可を受けて,この法律の規定にかかわらず、何人からも麻薬を譲り受けることができる」と規定している。ただ、麻薬取締官(員)が他人をおとりとして同法違反行為を誘発させた場合にまで捜査手法として正当視していると解すべきかについては,争いがあった。犯罪の防止にあたる捜査機関が犯罪を作り出す側面がないとはいえず、刑訴法上の違法性の存在が指摘されてきた(犯罪を実行した者を処罰すべきか否かに関しては、前田『刑法総論講義3版』432頁参照)。
 この点、最決昭28年3月5日(集7・3・482)は、おとり捜査は,これによって犯意を誘発された者の犯罪構成要件該当性,責任性又は違法性を阻却するものではなく、公訴提起の手続に違反し又は公訴権を消滅させるものでもないと判示した4)。この判例の事案がいわゆる機会提供型のものであったことから、後述のように、おとり捜査を犯意誘発型と機会供与型に分け、後者については捜査の違法はないと解されてきた。  学説上は、おとり捜査がわが国の国民感情に合わないなどの理由により、犯意誘発型については、公訴を棄却すべきとの見解、公訴権が消滅した場合に準じて免訴の判決をすべきであるとの見解、違法収集証拠でありその証拠能力を排除すべきであるとの見解等が主張されてきた。
 これまでの裁判例に現れた事例をみる限りでは,免訴あるいは公訴棄却となり得るほど違法性が著しく強い事案は実際上想定し難く,犯罪を犯す蓋然性の低い状況にある者に対し執拗な態様や脅迫的な態様で犯意を誘発するなどの例外的事案に限られるであろうから,違法収集証拠の排除法則に従って対処するのが最も現実的な解決ということになろう。最決平成16年7月12日も、排除するほどの違法性は存在しないと判断したのである。
 薬物犯罪の国際化などを考えると、おとり捜査の必要性は高まってきている。少なくとも、販売の意図を既に有している街頭の薬物売人に対して顧客を装って接触するような機会提供型の捜査は国民感情にも合致し,刑事訴訟法の理論枠組みの中で許容されるものと考えられる。最高裁は、そのことを明らかにした。本決定はそれに止まらず、おとり捜査、ひいては捜査一般の適法性の限界の判断に重要な示唆を与えているように思われる。

    3 おとり捜査の違法性の実質

 おとり捜査の適法性を判断するには、その前提として、おとり捜査の有する侵害性(違法性)の実質を整理しておく必要がある。
最も素朴なものは、@国家が一方において強引に犯人を作り出しておきながら他方直ちにこれを逮捕して処罰するということは容認することはできないというものである。ただ、これは、「犯罪と無関係であった者に働きかけて、無理矢理犯罪を犯させ、それを待って処罰する」という、現実に問題となる「おとり捜査」とは乖離した例を念頭に置いているように思われる。このような事例は、捜査の必要性・相当性を欠き違法であることは、争いがない。そもそも、捜査とはいえないであろう。
 ただ、おとり捜査全般に対しても向けられるこのような批判・疑念の中には、「国家の捜査機関の廉潔性への期待」「国民からの信頼」という利益の指摘を読みとることができる。たしかに、いかに必要性が高くても、国民の眼から見てアンフェアーな活動は、捜査全般の信頼を失わせ、ひいては、刑事司法制度が目指す犯罪の禁圧による社会秩序の維持にマイナスの効果をもたらすことになる(松尾浩也・刑事訴訟法出〔補正第4版〕23頁参照)。
 しかし、おとり捜査の国民にとっての侵害性の、より直接的なものは、A犯罪行為を促進し、犯罪発生の危険性を高める点であろう(国民一般への法益侵害)。おとり捜査行為と因果性を以て犯罪の実行が開始される以上は、国家が、広義の刑法によって保護すべく宣言している法益を侵害する可能性を、おとり捜査によって積極的に高める点は否定できない。最高裁昭和28年決定が、おとりが共犯として刑事責任を負う場合があるとするのも、その点につながる。
 Bもう一つの違法性の根拠は、被疑者への侵害性である。たしかに、おとり捜査は、対象となった者自身の利益と無関係ではない。国家が被疑者の利益を害している側面があることは否定できない。「犯意」のない者に犯罪を実行させたり、「犯意」を強めるのはるのは、人格的自律権を侵害するから違法だということもできよう。刑法202条が、自殺関与を重く処罰する趣旨から言っても、自己決定に不当な関与をすることの違法性は否定できない。もとより、おとり捜査においては、おとりが被疑者に対し強制・脅迫等の手段を用いることは考えにくいので、被疑者の「意思の自由」が失われるほどの事態はほとんどないであろう。被疑者は、犯罪が禁止されることを理解して規範的障礙に直面している以上、犯罪を実行する意思決定は、強制されたものではないのが通常だと考えられる。ただ、犯行への働きかけが国家によってなされるという特殊性があり、その働きかけの態様に応じて、やはり違法性の一つの根拠になると思われる。

    4 反倫理性か犯罪惹起可能性か

この@司法の廉潔性侵害、A犯罪結果発生の可能性の増加、B犯行を行う者の自己決定への関与の違法性を、具体的事案ごとに総合した上で、それを否定して捜査として許容されるだけの必要性・相当性の存在が検討されなければならない。ここで重要なのは、@ABのいずれが「正しい」違法性の根拠なのかという議論は、混乱をもたらす側面があるということである。例えば、「@は倫理的な色合いが濃く、行為無価値的なので好ましくない。具体的な侵害(結果無価値的なもの)が必要だ」という議論も考えられないことはない。しかし、いかに国民一般や犯行を行う個人に具体的侵害の可能性が低くても、現在のわが国の国民の大多数が「不当だ」と感じる捜査方法は、排除されるべきである。それは、倫理そのものを維持するために必要なのではなく、刑事司法制度そのものが国民の信頼を勝ち得なければ機能し得ないことに由来する。
 他方、いかに国民の基準から見て相当な手段でも、具体的な被害者の存在する犯罪におとり捜査を用いることには慎重でなければならない。


    5 おとり捜査の許容要件としての必要性

 捜査の許容性というと、強制捜査なのか任意捜査なのかという問題の立て方がまず念頭に浮かぶ。かつては、例えば写真撮影が正当化されるか否かに関しても、強制捜査説と任意捜査説が対立した(田口守一『刑事訴訟法』82頁)。しかし、「強制捜査に位置づけるべきだから、当該捜査は令状なしでは許容されない」といっても実質的説得力を欠く。明白な強制捜査でも、具体的な事例においての許容範囲については、必要性・相当性が問題とならざるを得ない。逆に、形式上任意捜査であることが明らかでも、常に正当な捜査活動となるわけではない。また、任意捜査に際しても、物理力の行使が一定の幅では許容されるのである。
 おとり捜査については、麻薬及び向精神薬取締法58条などの規定が存在するが、それが強制捜査性を導くものでないことは明らかである。捜査を実施することが対象者の瑕疵ある意思に基づくものであるとしても、有形力の行使を伴わず、また、相手方の自由の直接的侵害も伴わないものである以上、刑訴法197条1項本文の「任意捜査」に該当すること自体は、現時点においては異論は少ないであろう。ただ、任意捜査と特定したことによって得られるものもほとんどないといってよい。
前述の@ABの侵害性があるにもかかわらず、おとり捜査が許容される余地があるのは、その必要性が認められるからであり、かつその目的のために相当な範囲・手法だからである。
まず、捜査である以上、公判に向けての証拠収集の必要性が存在しなければならない。犯罪の一定の嫌疑が存在しなければならないことは当然である。しかし、おとり捜査で問題とする必要性は、さらに、@ABのマイナスがあっても敢えて行わざるを得ない「必要性」である。
 それは(1)犯罪の重大性、(2)抑止の必要性(頻発性)、(3)嫌疑が特に濃いこと等に加えて(4)おとり捜査を用いなければならない必要性・必然性が考えられる。最決平成16年が示したように、特に(4)が重要で、通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合が問題となる。
 これらは、具体的事案ごとに判断されなければならない。抽象的・一般的に「薬物事犯は必要性が高い」とう議論は、実践的には無意味である。具体的に嫌疑が強く、他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難な状況が認定されなければならない。
嫌疑が十分でないのにおとり捜査を開始することは、@の廉潔性を害することになるし、ABの侵害にもつながるのである。そして「犯意がない者を無理に犯罪に引き込む」という違法なおとり捜査は、この嫌疑の吟味により排除される面があろう。

    6 おとり捜査における相当性

 おとり捜査も、捜査手段として@ABの侵害性があることを踏まえた「相当」なものでなければならない。この相当性の有無の判断は、おとりの行為の態様、促進する犯罪の法益の大小・法益侵害の蓋然性(侵害の回復可能性)を中心としてなされる。
 犯罪の種類によっては、そして具体的事情によっては、犯行を促進することのデメリットが、Aの視点から見て大きすぎる場合がある。さらに、おとり捜査の態様によってはBの侵害が過度のものとなる場合もある。ABの利益の侵害が一定の限度を超える場合には、必要性が高くても、これを実施することは許されないと解される。
 このように、相当性は侵害利益と捜査の必要との比較衡量という側面を持つが、同時に、手段の国民への信頼性の側面も重要である。@の視点からは、国家(公権力作用)の犯罪関与の程度・態様なども無視できないであろう。
 被侵害法益との権衡以外に「手段自体の相当性」という曖昧な要件が入ることには批判も予想されよう。たしかに、裁判官による手続の適否の判断過程をできるだけ明確にすることが望ましい。しかし、侵害利益と捜査の必要性の比較衡量は、そもそも規範的なものでしかあり得ない。さらに、実務上「相当性」という概念で整理すると妥当な結論が導きやすいファクターが存在することは否定できない。そうであるとすれば、他の捜査の適法性判断と同様に、必要性と相当性の枠組みを用いて処理するのが合理的であると考える。

    7 犯意誘発型か機会供与型か

 前述の如く、学説の多くは、アメリカ法のわなの理論等を参考にしながら、犯人が当初から少なくとも犯意を抱いていたところ、おとりが単にその犯行のための機会を提供したに過ぎない機会提供型と、犯人がわなにかけられてはじめて犯意を生じ犯罪を実行した犯意誘発型とを区別して論じてきた。そして犯意誘発型のおとり捜査は違法であるとするものが多かった。
 たしかに、犯意誘発型は、侵害性の側面おいて、@AB共に重大である場合が多い。特に、犯行を行う者にとってダメージは大きいであろう。他方、犯意が形成されていない場合には、嫌疑が小さい場合も多いであろうし、あえておとり捜査を行う必要性は低い。そして、捜査の廉潔性を害する程度も高い。他方、機会提供型は、繰り返し犯罪が行われている事情を基にして嫌疑が認定されている場合が多く、既に犯罪発生の可能性が高まっているので必要性は高い。そして、@ABの侵害性は相対的に低い。
 その意味で、犯意誘発型が機会提供型が適法であるという区分は、原則としては成り立つであろう。しかし、問題は両者の実質的区分なのである。
 機会提供、犯意誘発という概念を分析することによって、許されるおとり捜査の限界を確定することはできない。やはり、その背後にある、必要性・相当性の実質的判断が重要なのである。
 下級審判例の中にはこの2分説を用いたと推定されるものも多い。ただ、そこで付加されているより実質的な「区別の基準を」見ると、@囮投入以前に被告人に対して存在した嫌疑、A囮の働き掛けの態様・強度・目的、B犯行の決意・遂行に与えた囮の影響力、C被告人が犯行を思い止まろうとした事とその真摯摯さ等の基準が用いられている(田宮裕「おとり捜査」『警察関係基本判例解説100』105頁、寺崎嘉博「おとり捜査」 百選6版25頁参照)。これらは、結局は、おとり捜査の必要性・相当性を、具体的事案において検討しているのである。


    8 最決平成16年7月12日の示した必要性・相当性判断

 最高裁が提示した判断の手がかりは、@少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等の捜査において,A通常の捜査方法のみでは当該犯罪の摘発が困難である場合に,B機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象におとり捜査を行うことは許容されるという3点である。
 @は、犯罪促進による法益侵害の少なさと、薬物犯罪という法定刑の重い犯罪ということを示し、Aはおとり捜査にとって特徴的な必要性の点を示し、Bはすでに犯意が形成されて危険性が高く嫌疑も存在していることを求めていると思われる。
 本件は、@薬物事犯であり、A麻薬取締官において,捜査協力者からの情報によっても,被告人の住居や大麻樹脂の隠匿場所等を把握することができず,他の捜査手法によって証拠を収集し,被告人を検挙することが困難な状況にあり,B一方,被告人は既に大麻樹脂の有償譲渡を企図して買手を求めていたのであるから,麻薬取締官が,取引の場所を準備し,被告人に対し買い受ける意向を示し,取引の場に大麻樹脂を持参するよう仕向けたとしても,おとり捜査として適法というべきであるとした判断は、合理性があると思われる。