「問いましょう。貴方が私の主人ですか?」
「そうだ……と思うけど。あんたは一体、何のクラスのサーヴァントなんだ?」
 現れた男は、恰幅がいいと言うにはあまりにたるみすぎた腹を持ち、歴戦の戦士と言うにはあまりにマヌケな表情をした中年の男だった。
 武器も持たず、鎧もつけず。ただ、休日を満喫する日本のお父さんのような趣味の悪いパジャマに見える服装を身に纏い、溢れんばかりの荷物を詰め込んだ大きなリュックを背負っているだけの男。
 これから戦争を始めようとする剣呑な雰囲気はなく、まるで行商に立ち寄っただけと言わんばかりの穏やかな微笑み――あれは間違いなく営業スマイルという奴だ――を浮かべてこちらを見ている。
「ふむ……一応私は、『セイバー』と言う事になっているようですな」
「……マヂデスカ?」





「え〜と、あんたの事はなんと呼べばいいのかな?」
「普通に『セイバー』でいいのではないですか?」
「断固拒否する。今までの聖杯戦争で散って逝ったセイバー達の名誉のためにも」
「それはそれは、ご期待に添えられずどうもセイバー(すいま)せん」
「……『おっさん』だ! お前なんて『おっさん』で十分!!」





「くそっ……! どこから狙撃されたのかすら分からなかった」
「まぁまぁ、無事に逃げられたんだからいいじゃないですか。命あっての物の種ですよ。さっ、薬草を使いますから傷を見せてください」
「……逃げるのとか、薬草の使い方とか上手いよなおっさん。おっさんさ、さっきも呪文使ってたし、本当は『キャスター』じゃないのか?」
「巻物や杖などの道具を使えば誰にだってあれぐらいはできますよ。武器もまぁ、究極の一とまではいきませんが心得が無くても武器さえ良ければある程度は戦えるものです。なんなら、次は弓でも使ってみましょうか? 恐らく、あのアーチャー相手なら弓を使った方が戦い易いでしょうし」
「なんだそりゃ。セイバーがアーチャー相手に弓勝負かよ。それじゃクラス分けの意味が無いじゃないか。ほんと、なんであんたセイバーなんだよ」
「……それは恐らく、私が剣を担う者だからでしょうな」





「馬鹿な! 我が防壁を無効化してアーチャーを射抜くなど! まさかアーチャーと同じ『必中の矢』が貴様の宝具か!? いや、それよりも何故アーチャーの位置が分かったのだ!!? 貴様、一体どこの英雄だ!!?」
「え〜と、どれから答えたらいいものやら……どうしましょうマスター?」
「必要無い! まだアーチャーは生きてる! 相手を仕留めるまで油断するなおっさん!!」
「そうですな。千里眼も地獄耳も効果が限られています。何度も使っては、実に勿体無い。あ、アーチャーさんのマスターさん。アーチャーさんと一直線に並ぶと危ないですよ。彼の宝具と違って、私には狙った相手だけを倒すような器用な真似はできないものでして」
「だから一々相手に説明するな! 大体、そんな武器があるならなんで最初の戦いで使わなかった!?」 
「なるべくこれは使いたくなったんですよ……銀の矢は高いので」
 先ほどから頭痛が酷くなりつつあるのは、敵マスターの攻撃魔術では無いのだろう。できればそうあって欲しいぐらいだが。
 戦闘中に相手に情けをかけるのは愚の骨頂だが、こんな奴にやられるのかと思うとアーチャーに深く同情しそうになってしまう。






「アーチャーを弓で制し、キャスターを魔術で凌ぐとは。いやいや、意外性に富んでいて実に興味深いサーヴァントだ。まだまだ見学していたかったところだが……残念ながらこれは戦争だからな。無駄に長引かせるのは愚の骨頂。いや、残念だ。許されるなら、ティータイムに淹れたての紅茶と焼きたてのスコーンを楽しみつつ君の真名を伺いたかった所なのだが」
 穏やかな口調でこちらのサーヴァントを褒めるライダーのマスター。
 しかし、その言葉はセイバーのように穏やかだが、言葉の響きは真逆の印象を受ける。
 セイバーの話術がこちらの心を無防備にする太陽なら、彼の言葉はあらゆる武装を剥ぎ取る北の暴風。
 彼は本当に残念に思っているのだろうが、躊躇わず自分達を殺すだろう。あの、最強を冠するに相応しいサーヴァントを使って。
「そん……な……馬鹿……な……」
 喉から肺の空気を全て搾り出すようにして、それだけ言うのが精一杯だった。
 悪いユメを見ているようだ。あんなものが存在するはずが無い。あんなものを御せるはずがない。
 たとえ人類の敬意を一身に集める英霊であろうとも、あんな怪物を従える事などできようはずが無い。
「驚かせてしまったかな? いや、うちのライダーは馬はおろか自転車にも補助輪なしでは乗れぬようなお粗末ぶりだが。どうしてか、コレを操る技術にだけは特化していてね。いやいや、君のサーヴァントのような器用さを望むべくも無い。まったく不器用な男さ」
 やれやれと首をすくめる老魔術師。
 その背後に佇むのは、乗り手の命を今か今かと待ち続ける最強の幻想。
 ドラゴン。誰もが震え上がる、人類が考え得る最強の怪物を前に、しかし彼のサーヴァントは。
「なるほど、ドラゴンライダーですか。いや、こちらの世界でも出会えるとは思わなかった」
 なにか懐かしいものを見たように、穏やかに眼を細めて巨大な暴君を見上げていた。





「そん……な……馬鹿……な……」
 その台詞は、少年が先ほども言ったし今も思ってる。
 しかし、彼も敵のマスターも。ライダーでさえも悪いユメを見ているかのように顔をひきつらせている。
 自らのサーヴァントではなく、自らの父親ですと紹介しても納得されそうな凡庸な雰囲気を纏うサーヴァントは。
 今、その身を骨まで残さず消し炭にするはずの竜の炎を盾で弾き、ミサイルを持ってしても傷をつけられないような竜の鱗を剣で切り裂いていた。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ!!?」
 暴君は、今までの生涯で一度も発した事の無かったであろう叫びをあげる。
 己を越えるモノなど存在せず、ただ気の向くままに食らい殺してきた支配者は。
 今ここに、その天敵と言える相手にめぐりあっていた。
「…………」
 己のサーヴァントの活躍ぶりに、声も出ない。
 ただただ驚愕するだけで、己がサーヴァントの雄姿を賞賛する事もできない。
 むしろ、サンタクロースの正体を知った時のような気分が複雑に混じってくる。
 悪いユメを見ている気分に似ている。
 人類が持つ最強の幻想が。忌避すべき悪夢が。最高の夢が。
 たった一人の、どこにでもいそうな中年男一人に圧倒されているのである。
「相手が悪かったですな。この武器防具はドラゴン相手に最大の効果を発揮します」
「貴様……! 竜退治に特化した英雄か……!!?」
 そうでなければ説明がつかぬと、まるでそうあってくれと懇願するような悲痛な叫びをライダーがあげる。
「そうですな。私自身はそう言うわけでは無いのですが……いみじくも竜を攻略する事に特化した者達の一人。竜の王が相手でも、これを打倒しないわけにはいきません。私には、かつての仲間達ほど力があるわけではありませんが……まぁ、良い武器さえあればなんとか戦えちゃったりするものです」
 ゆっくりと、非日常において日常となんら変わらぬ軽口を叩き。
 そして、人類最後の幻想にトドメを刺さんと盾を構え、剣を振り上げる。
「合成完了。『ドラゴンキラー+99』、『ドラゴンシールド+99』――!」






「おっさんはさ。なんで冒険をやめなかったんだ? あんたの仲間達は、みんな魔王を倒したら冒険をやめて今ではみんな幸せに暮らしてるんだろ?」
「それはですねマスター。彼らの旅の目的は、魔王を倒して世界を平和にする事だったんです。目的を達すれば旅は終わり。それが当たり前なんです」
「じゃあ、おっさんは魔王を倒す事も、世界を平和にする事も目的じゃなかったのか?」
「そう……ですね。確かに、それも大事な目的の一つでしたが、私が旅をしたのはそんな理由ではありません。私には、夢があります。その夢の途中に魔王が立ちはだかったので、倒さないわけにはいかなかっただけなんですよ」






「あれがアサシン……あのランサーを、本当にあんな女の子が倒したのか?」
「マスター、油断してはいけませんよ。あのアサシンは罠を作る能力に長けている。自らが非力ならば、相手を倒せる道具を使えばいい。……初めて、私と同じ考え方をするサーヴァントに出会いました。ここが正念場です」






「ようやく追い詰めた……! この館にアサシンがいる。追うぞおっさん!!」
「待って下さいマスター。今、罠の所在を確認します」
「頼む。しかし便利だなその「武器を振ると罠が発見できる」力。おかげで、財宝を守る迷宮のように罠が張り巡らされた森もビルも超える事ができた。ライダーの時といい、どうもおっさんは相性のいい相手と当たる事が多いみたいだな」
「マスター、気を引き締めて下さい」
「……!?」
 常に笑みを絶やさない己のサーヴァントの、初めて発する緊張に満ちた言葉にたるんだ精神を矯正される。
「私達は追い詰めたわけではありません。誘い込まれました。恐らく、罠を仕掛ける能力は彼女の宝具の副産物に過ぎません。全ては、私達をここに閉じ込めるための布石……申し訳ありません。むざむざ敵の策にハマり、マスターの命を危険にさらしてしまいました。ここは……この館は……」
「……仕方ないさ。いくらあんたでも、見えている館に剣を振るう事なんてできないだろうからな」
 ここは狩猟者の狩場ですらない。
 この館の中にいると言う時点で獲物はすでに罠にかかっていると言う事。
 ――ここは命を刻む館。生者を捕らえ、死の国へといざなう影の牢。
 それは、かつて彼が超えてきたと言う99階の大迷宮を凌ぐ死地であろう。
 しかし。
「それで、足手まといを連れても攻略できそうか?」
「何を仰いますか。マスターのどこが足手まといだなどと言うのです。私は、誰かに背中を預けて迷宮に挑めるのが楽しみで仕方ないぐらいですよ。そもそも私の本分は、竜の攻略ではなく迷宮の攻略なのですから」
 彼のサーヴァントはマスターに振り向き、父親のような笑顔でそう言った。





「おっさんはさ、聖杯に願う事って何かあるのか?」
「さぁ……特にありませんなぁ。高く売れるものであれば、もう少し手に入れる気も起きようと言うものですが」
「勘弁してくれ」
「それに聖杯に頼って叶えてしまっては、夢に愛想をつかされてしまいますからな」





「私はかつて夢を叶えるため、火に油を注ごうとした事があります。その火が、大勢の人々を焼く事を承知でね」
「でも、結局おっさんはその火を消したんじゃないのか?」
「……どうしてそう思うのです?」
「なんとなく。おっさんの使う武器を見ててそう思った。おっさんの使う武器、カッコいいからさ。そんな血に濡れた過去は似合わないって」
「……えぇ。魔物が人を襲う中、人と人が争おうとしているところに武器を売り、私は思いました。こんな事が私の夢なのかと……大勢の死体の上にしか存在し得ないようなものが、本当に私の夢なのかと。だから私は……誰かのためと言うよりも、私の夢のために必死で戦争を止めました。私の夢を汚さないために」





「お前が最後のサーヴァント、バーサーカーか」
「……そうだ」
「なんだ、まともに喋れるんだな。バーサーカーと言うからには、人の言葉が通じないほど狂っているんだと思ったぞ」
「そう思うか? 私が正気に見えると? ……ならば、後ろで震えている男に貴様の考えが正しいか聞いてみるといい」
「……おっさん? 一体どうし――」
「何故……お前がここにいる」
「お前、か……随分な物言いだな。しかし何故とはまた凡庸な質問だ。死者が英霊になる事は、生者がなるよりも自然な事だと思わぬか?」
「おっさん、あのサーヴァントと知り合いなのか?」
「……最悪ですぞマスター。最初の質問の答えは『NO』。あの男は、まともなんかではありません。とっくの昔に狂っている」
「一つだけ訂正させて貰おう。狂わせたのは貴様ら人間だぞ、セイバー? 貴様らが始めから存在などしなければ……私は狂う事も……失う事も無かった……!」





「一つ問おうバーサーカー。お前は聖杯を手に入れ、何を願うつもりだ?」
「ふむ、差し当たってまずは人類の根絶やし。その後、我が軍勢を蘇らせて魔族の楽園でも作るとするか。まぁ、聖杯に願う程の事でもないかも知れぬがな。何しろ、この地には救って下さる勇者様などいないのだから」





「令呪において命じる。狂え、バーサーカー」
「了解したマスター。『進化の秘法(エスターク)』――!」





「ぐはぁぁぁっ……! 何者だお前たちは……? わたしの名はデスピサロ。魔族の王として目覚めたばかりだ。うぐおぉぉぉ……! わたしには何もわからぬ何も思い出せぬ……しかし何をやるべきかそれだけはわかっている……ぐはあぁぁぁっ!! お前たち人間を根絶やしにしてくれるわっ!!」





「マスター、本当にあの怪物に戦いを挑むつもりですか?」
「どういう事だよおっさん。おっさんは、あいつを倒すのに反対なのか?」
「えぇ。私はあいつを倒さなければならない。しかし、マスターにそんな義務は存在しません。マスターが戦えば、1ターンも持たずに殺されるでしょう。そんな無駄な死を貴方がむざむざ迎える事などないでしょう?」
「……でも、誰かが止めなければいけないんだ。俺だって正直怖いよ。あの怪物ともう一度向かい合うと思うだけで心臓が潰れそうだ。だけど、自分の命可愛さにあいつを野放しにしたら、俺はもう二度と自分の夢に胸を張れなくなる。だから俺は、俺のため、俺に夢を教えてくれたおっさんのため、そして幸せに暮らすみんなのために――勇気を、振り絞るしかないんだ」
「……分かりましたマスター。貴方は、私の勇者様です」






「等価交換ですマスター。貴方が私に言い値を払ってくれるのなら、貴方に私の手に入れた中で最強の武器を売って差し上げましょう」
「分かった。何を払えばいい?」
「命を。マスターの命は私が買い取ります。だからマスター、私に断り無く勝手にその命を無価値にしないで下さい」
「……サーヴァントがマスターにする命令じゃないよなぁ、それ。俺の立場が無いじゃないか」
「何を仰いますか。ご主人様だろうが王様だろうが勇者様だろうが、商品を受け取ろうとする以上お客様はお客様ですぞ」





「どうした剣の英霊? 武器を失ったお前では私に勝てず。最強の武器を得た程度ではあの小僧はデスピサロには勝てない。魔族の王を倒す事など、この世の誰にも不可能なのだよ!!」
「さぁ、それはどうでしょうね。なにしろこちらには前例がありますからね。マスターが少々貧弱だと言うのは確かに認めざるを得ませんが――まぁ、良い武器さえあれば意外となんとか戦えちゃったりするものですよ。何しろアレは、世界一の武器屋がお譲りした世界一の武器なのですから」
「減らず口はそれまでか? 万が一、小僧が善戦できるとしてもだ。私の前で逃げ回る事しかできないお前に、何ができる!!」
「そうですな。今の所、私は貴方から3度は逃げている。では、マスターの応援のためにも、あと5回は逃げてみる事にしましょうか」





 振るうのは、尊敬すべき英雄に託された最強の剣。
 この世でただ一つ、彼には振るう事のできない彼の武器。
 少年にとって世界で最も高潔だと信じられるモノ。彼の夢を形にした剣。
 それを手にしているのならば、たとえ自身がまがい物であろうとも。
 自分は、今宵一晩だけ世界を救う勇者様にでもなってみせよう。
「『天空の剣(ラミアス)』――!」
 真名が紡がれ、光が走る。
 まるで、少年を導くかのように。
 導きの先には、きっと少年の夢がある。
 誰のためでもない、少年自身のための夢が。
 その道を阻むものがいるならば。
 それがたとえ世界を滅ぼすような大魔王だとしても、少年は打倒しないわけにはいかなかった。


「――征くぞ魔族の王。悪意の進化は極限か?」