俺の名前は相沢祐一
今が食べごろピチピチナインティーンだ
高校を卒業してからは『ウグゥナシ屋』というタイヤキ屋で働いている

と、言っても『ウグゥナシ屋』は
店舗ではなく、ただの移動式屋台のタイヤキ屋で
従業員も俺と雇い主の月宮あゆだけだというささやかなものだ

しかもモグリのタイヤキ屋なのであまり儲かってない
そもそも何故俺があゆなんぞの下で働かねばならんのだ
あゆは売らずに自分で焼いたタイヤキを自分で食ってるだけだし
そんなんだから万年赤字で、俺の給料だってガキの小遣い並になるんだ
一ヶ月でたった三千円、それっぽっちでどうやって同棲中の名雪を養えと言うんだ
全部あゆのせいなのに、俺は名雪のヒモだと言われて{以下延々と愚痴が続くので省略}


ウグゥなしアユとオレ物語


ウグゥナシ屋は今日、タイヤキ屋組合の寄り合いに始めて呼ばれたんだ…が…

「祐一君、ひとつだけ言っておくよ……」

ピリピリと神経を研ぎ澄ませ、重々しく口を開くあゆ

「え?」

始めての寄り合いで緊張していた祐一が聞き返す

「ボクがこれからするコトに口出ししないでよっ!!」

目をむき出して祐一を怒鳴りつけるあゆ
そのあまりの迫力に祐一はただ気圧されるのみだった

{ど…どうしたんだ…?
 今日のあゆはいつもと違う…
 それにあの抱えた包みは…!?}

祐一はあゆの小脇に抱えられた包みを見た

その時だった
意を決したような表情になったあゆが
包みを掴んで一目散に組合の代表に向かって駆け出したのだ

「!?」

椅子に座っていた他のタイヤキ屋達も
そのただならぬ様子に異変を感じ、ガタガタと椅子から立ち上がって身構える

「あっ…あゆ!!
 何をする気だっ…!?」

祐一が呼び止めるも
あゆはわき目も振らず、一直線に上座に座っている代表に走りより、そして…

「代表のおじさん、どうぞ、お近づきの印に菓子を…!」

あゆは、あゆ属性がある者ならば
たちまち萌え狂うような媚び媚びな笑顔を浮かべ
ひざまずいて持っていた包みをスッと代表に差し出すあゆ

「!?」

予想外のあゆの行動に
思わず体を硬直させてしまう祐一
当のあゆは、『ウグゥナシ屋を今後ともよろしゅう……へへ』とか言ってる

「なんだ…山吹色の菓子か…驚かしおって…」

組合長はホッと一息ついて、冷や汗をぬぐってからその賄賂に手を伸ばした

「お前何やってんだ…?」

しばし呆然としていた祐一が
そのあまりに情けない姿のあゆに声をかける

「うるさいよ!!
 口出ししないでって言ったでしょ!!」

祐一に対し鬼のような形相で怒鳴りつけた後
あゆは再び情けないほどに媚びた笑顔を組合長に向けた

「どうもスイマセン!
 ウチの若い者が…」

「フフ…まあいい」

賄賂を受け取り、上機嫌になった組合長が言う
ゲーム中では人の良さそうな親父と表現されていたが
はっきり言って人の良さそうな要素など一つも見受けられない悪そうな笑顔だ

そして、いよいよ話し合いが始まり
長い机の上座に座った組合長が、不機嫌そうに口を開く

「今月になってまだ組合費もろくに払ってないトコがあるようだが…
 誰が仕事を回してやっていると思ってるんだ…?」

別にタイヤキ屋なのだから
仕事を回すも回さないのも無いのだが
まぁ、ショバ代を要求するヤクザと同じ理屈だ

組合のタイヤキ屋達は
組合長の言葉を、うつむいて震えながら聞いていた

「そうだよ!!」

何故か組合長の右側に座っているあゆの怒声が響く

{フフ、ここで代表のおじさんに気に入られれば、タイヤキ屋組合のトップも夢ではないよ……}

そう、あゆには野望があったのだ
タイヤキ屋の頂点に上り詰めるという野望が
しかし、そのあまりにも情けない野望達成のための手段に
祐一は情けないやら恥かしいやらと言った表情でその後姿を見つめていた

「大体なんだオマエのその頭…
 タイヤキ屋のくせに真っ赤なカチューシャなんて!!
 そんなんだから業界全体のイメージが甘く見られるんだよっ!!」

「スイマセン………」

組合長の罵声に
怒鳴られた女性店員が思わず身を縮めてしまう

「なあウグゥナシの……」

「おっしゃるとおりだよ」

そう言って組合長がくるっと横を向くと
そこにはいつのまにか髪を切りすぎなぐらいに短くして
真っ白な耳つきの帽子をかぶっているあゆの姿があった

「ブホッ!!」

その姿を見て、思わず祐一はむせてしまう
無理もない、元々あゆがつけていたカチューシャは
彼が子供の頃にプレゼントしてやった品なのだから

「オマエもそんな馬鹿みたいな格好してるから客がこないんだよ!!」

「ス…スイマセン…」

組合長が、別の女性店員を怒鳴りつける
その女性店員は、今流行っているという羽つきのリュックを背負っていた

「なあウグゥナシの……」

再び組合長がくるっとあゆの方を向く

「ごもっともだよ」

何時の間にか元祐一が通っていた学校の制服に着替えたあゆが
パチンと指を鳴らしながら組合長の言葉に賛同する

「カハッゲホッゴホッ」

祐一が激しくむせる
無理も無い、例えあゆが萌えキャラであろうと
高校を卒業した祐一と同い年のあゆが高校の制服を着る事は
イメクラのイメージを拭いきれず、どうしても哀れな印象を抱いてしまう

いい歳こいてモグリのタイヤキ屋なんかやってるから
 恋人を恋人の従姉妹に寝取られるんだっ!! このボンクラどもっ!!」

組合長の怒号が部屋中に響き
集まった店員達は皆小刻みにその身を振るわせる

「なあ…ウグゥッ!?」

三度あゆの方を振り向こうとした組合長の身体がビクッと震えて硬直する、何故なら…

いやああああ!!
 それを言っちゃああああ!!」

あゆが涙を流しながら両手で頭を抑えながら激しく首を左右に振っていた

「……………」

祐一は、もはや何も言えずに無言であゆの情けない姿を見つめていた

「はっ!?」

ひとしきり叫び終えた後
あゆがようやく我に帰ると
辺りは完全な静寂に包まれており
あゆには組合長や祐一を含めた皆の冷たい視線が向けられていた

「あ…う…」

あゆは思わず言葉につまる

{ダ…ダメだよ…
なんとかゴマかさないとボクの野望が!!}

「し…失礼しました!
 ところで代表のおじさん…
 ここらで先程の菓子などごらんになられては?」

精一杯の笑みを浮かべるあゆ

「おっ…!
 そうだったな!!」

賄賂を思い出し、フフ…と悪そうに笑う組合長

「フフ…タイヤキ野郎にはタマらない代物だよ…」

こちらも悪そうな笑顔でカサカサと包みを開けるあゆ

「そうか…フフ
 さぞや美味だろうな」

本家本元の悪代官笑いをする組合長
そして、あゆの手元の袋の包みは完全にはがれ
あゆは、剥き出しになった中身を持って、スッと組合長の前に進み出る

「どうぞボク手製の粒餡タイヤキでございます」

ザケンナッ!!

あゆの手元のタイヤキに
顔に青筋を立てた組合長の踵落としが炸裂し
あゆ特製タイヤキは無残に砕け散り、地面に散った

ぐにゃあ………

あゆが歪む
いや、正確に言うならば
絶望のあまり、あゆの精神世界が歪んでしまったのだ

そして、あゆは流した
深い哀しみと悲しみに彩られた涙を




「ほら、そこの屋台で売っていたタイヤキだ、早く食べないと覚めるぞ、あゆあゆ」

「うぐぅ…あゆあゆじゃないもん…」



「どうだ、うまいか?」

「しょっぱい…」

「そりゃあ、泣きながら食ってるからだ
 泣かずに食べたら、ずっとおいしいぞ」



走馬灯のようにあゆとタイヤキの思い出が脳内に浮かび、そして消えていく

あゆが描いていた未来はこうだった

「このタイヤキ手づくりなのか!
 よし! 今日からキミが幹部だ!」

「エへへ…タイヤキのおかげだね………!!」

しかし、その夢は儚くも崩れ去ったのだ

キエエ―――!!

突然、あゆが叫んだ

「!?」

あまりに突然の奇声にビクッと体を震わせる一同

「うぐぅヒドイよ―――!!
 ボクの手作りタイヤキをっ!!」

「ちょっ…あゆ、落ち着けって!!」

泣きながら組合長に飛びかかろうとするあゆ
しかし、冷静な祐一がそれを止めようとする

「タイヤキのカタキだよ!!
 ボクと勝負してボクが勝ったら代表の座を譲ってよ!!」

あゆがビシッと代表を指差して叫ぶ
代表も男だ、こう真っ向から言われて逃げるワケが無い

「いいだろう!!
 だがオレが勝ったら!?」

「ウグゥナシ屋をあげるよ!!」

「いるか!!」

祐一も思わず二の句がつげない
そりゃそうだ、モグリとはいえタイヤキ屋組合の代表の座と
万年赤字のオンボロ屋台のタイヤキ屋とでは吊り合いがとれるはずが無い

しかし、場の勢いとは不思議なもので
何故か勝負は成立し、屋台積載量勝負に持ち込まれた

あゆの屋台と代表の屋台に
山のように詰まれる大量のタイヤキ
その量は実に常人の食事量の何十年分もあるだろう

「うぐぅ!!
 積載量勝負引き分けだよ!!」

「こうなったらタイヤキを積んだままスピードで勝負だっ!!」

そして、両者の屋台に詰まれた山のようなタイヤキを見て、祐一が思わず呟く

「こんなにあるならケンカすんなよ…」

しかし、一度始まった勝負はもはや止まらない
いよいよスピード勝負は始まり、二人とも凄いスピードで屋台を引いていく

{ふふ…この先はカーブだらけの道…
 そこに入ればボクのオンボロ屋台が有利なのは明白だよ!!」

あゆが勝利を確信し
曲がりくねった小道を突き進む
そして、その先には川を目前にした九十度カーブが広がっていた

「来たよっ!!
 急カーブだよっ!!」

「!?」

隣を走っていた代表が驚愕する
なんと、あゆは屋台をカーブ方向と同じ90度真横に向けたのだ


「何ィ――――――!?
 カーブの裏技四輪ドリフト―!?
 ウグゥナシめ味なマネをーっ!!」

代表が悔しがるがもう遅い
あゆはカーブ方向に屋台を向けながら走りつづける

「フッ…」

思わずあゆが勝利の笑みを浮かべる

しかし…

突然、ズリッ!! とタイヤが滑る音がする

「あれっ…!?」

ガタガタと屋台が揺れながら横向きに滑る
あゆの表情は、あっという間に驚愕の色に染まった

「ハハハッバカめっ!!
 雪滑りだっ!!
 あのバカ四輪ドリフトに失敗して雪でスリップしやがった!!」

あゆの屋台はガードレールに横向きにぶつかり
老朽化したボディはバラバラに分解し、辺りに散乱してしまった

今度は代表が勝ち誇り、笑う番だ
だが、その笑いも同じく長く続かない

「はっ…!?」

代表の顔が青ざめる
なんと、あゆの屋台の破片が
自分の屋台目掛けて飛び散ってきたのだ
当然、猛スピードで走っている屋台をコントロールできなくなり、そして…

「ぶつかったー!!」

代表の重量級屋台があゆと衝突する

「ヒイイイイイッ!!」

凄まじい衝撃に、あゆの視界が暗転する




「………」

暗闇の中に沈んでたあゆの耳に、誰かの声が届く

「…ゆ…」

聞き覚えがある
これは誰の声だっただろうか?

「あゆ!!
 気がついたか!?」

「うっ…うう…」

祐一のに揺り動かされ
あゆはおぼろげながら意識を取り戻す

「ふふ…どうやら引き分けのようだな……」

ボロボロになった代表が
ムクッと状態を起こしてつぶやく

「ちがうっ
 あゆの勝ちだ!!!」

祐一が叫ぶ
そして、祐一は川を指差し、さらに叫んだ

「アレを見ろ!!」

祐一が指差した場所、そこにあったものは
川に飛び込んでプカプカと漂っているタイヤキだった

「あゆの屋台からこぼれ落ちたタイヤキが果てしなく続くあの姿!!
 これぞタイヤキ野郎究極の姿!! 泳げタイヤキ君だ!!

「ああ…本物の泳げタイヤキ君だよ……」

自らの起こした奇跡に、思わずあゆの目から涙が零れ落ちる

泳げタイヤキ君無意識に完成させちまう
 あゆのタイヤキ屋魂を見たか!!」

祐一が倒れ伏す代表に言い放つ

「か…完敗だ…」

それだけ言い残し、ガクッと崩れ落ちる代表
そして、辺りには何台ものパトカーがサイレンを鳴らしながら到着し
降りてきた警官の一人が、恐る恐るあゆに声をかけてきた

「コレ…キミが……!?」

「ハイッ!!」

涙を流しながらも、満面の笑みと元気イッパイの声で答えるあゆ





翌日の新聞の一面には、以下のような見出しが載せられていた

『迷惑屋台ご用!』
『川にタイヤキの不法投棄!!』

"究極の姿{泳げタイヤキ君}"は高くつきました……






あとがき

…まんまだけど、何か文句ある?

樫の木おじさん「オオアリじゃボケ!!」

たしかにギャルゲーとクロスオーバーさせる作品じゃないねぇ{笑}

樫の木おじさん「…時々、オマエが本当に正気なのか疑いたくなる」

好きな人は好きなんだぞ、『アゴなしゲンとオレ物語』

樫の木おじさん「…で、どうだったんだ?
新しいあゆ像を掴むってチャレンジの方は?」

う〜ん、まずまずだね〜
でも、書いてて、意外と面白かったから
好評だったら続編書くかもね

樫の木おじさん「…刺されるぞ?」

安心しろ、腹にジャンプ巻いてやる

樫の木おじさん「そういう問題じゃねぇ」


腐海文書に還る