最後の一葉


「う〜む…」

その日、祐一は柄にも無く考え込んでいた

「どうしたんですか、祐一さん?」

後ろから少女の声が聞こえる
そして、祐一はこの
病弱そうだと思っていたら
実はタダのドラッグ&アイスジャンキーだった
二次元空間と四次元空間の支配者の声を知っていた

「む〜、そんな事言う人、嫌いです
せっかく相談に乗ってあげようと思っていたのに…」

どうやら、また声に出ていたらしい

「すまん、ちょっと考え事をしていてな…」

「考え事…ですか?」

栞が口に人差し指を当てながら首をかしげる

「あぁ…そうだ、栞…」

珍しく、祐一は深刻に悩んでいるようだ
栞はこんな祐一を見たのは、あの冬の日以来だ

「祐一さん…何かあったんですか?
私でよかったら相談に乗りますけど…」

「そうだな…他人と相談すれば
いい考えも浮かぶかもしれないしな…栞…」

真剣な面持ちで祐一は栞の目を見る

「は、はいっ!!」

祐一の気迫に押され、思わず栞の声が裏返る





「試験勉強はいつから始めればいいと思う?」


「…は?」

栞が思わず耳に手を添えて
よく聞こえるようにしてから、祐一に問い返す

「だから、俺は期末試験の勉強を、いつから始めれば良いと思う?」

「…今から始めればいいじゃないですか…はぁ…」

あまりにも期待はずれだったため
栞は思わず溜め息をついた

「何だよ、相談に乗るって言ったの、栞だろ?」

「言いましたけど…
もっと、こう…ドラマみたいな相談だと…
例えば、私のことを突然好きになった、とか
水瀬家を追い出されたから、私の家に居候させて欲しい、とか
北川さんが死んだ、とか
川澄先輩に決闘を申し込まれて、勝てるかどうか分からないから、私と最後の思い出を作りたい、とか
あゆさんのたいやきの借金の肩代わりさせられて、売られそうだから、私と一緒にどこまでも逃げたい、とか
倉田先輩を怒らせてしまい、もう生きる望みが無いから、最後せめて一目私の顔を見たかった、とか
北川さんが誰かに殺された、とか
真琴さんの悪戯に疲れた体を、私のところで休ませたい、とか
美汐さんに呪いをかけられてしまい、解除の方法は愛する女性とのキスだから、私にキスして欲しい、とか
北川さんが自殺した、とか
名雪さんに言い寄られて、辟易してるから、私を偽の恋人に仕立て上げて、名雪さんを騙すんですけど、最後にはお互い本当の気持ちに気付いて…きゃっ{はぁと}、とか
北川さんを殺しちゃった、とか
お姉ちゃん目当てで私に近づいたのに、気が付いたら、いつのまにか私の事だけを見つめていた、とか
北川さんがお姉ちゃんを襲おうとして、返り討ちにあって死んだ、とか
私へのプロポーズを秋子さんに了承された、とか
北川さんが蟲の餌になった、とか
北川さんが拷問の果てに狂死した、とか
北川さんが祐一さんを庇って凶弾に倒れた、とか
北川さんがウザくて、殺したいから、一緒に石破ラブラブ天驚拳を撃って欲しい、とか…」

俺は最近のドラマはよく分からないが
とりあえず、ドラマというのは、俺と栞がくっつくか、北川が死ぬかを指すらしい
特に、北川が死ぬ方が良いらしい、ちょっと複雑な気分だ

「いや、試験勉強をいつから始めるか、というのも充分重要な問題だ
頭ではやろうやろうと思っているんだが…
実際やるとなると、どうしても、『明日からでいいや』
と、思ってしまうんだ…」

「まぁ、気持ちは分かりますが…
あっ、良い考えがあります!」

言いかけて、急に栞の表情が明るくなり
パン、と無い胸の前で両手を軽く合わせるように叩く

「…『無い』は余計です
そんなこと言う人、殲滅対象です」

「…分かった、分かったからポケットから手を出せ」

祐一は冷や汗を流しながら
四次元ポケットを探る栞をなだめた

「で、良い考えって、一体何だ?」

「えぇ、祐一さん、うちの学校の中庭に
ツタの葉が茂ってる壁がありますよね?」

「あぁ、そういえば…」

「それで、そのツタの葉が全部枯れ落ちた時に勉強を…」

ゴツン
祐一は思いっきり栞の頭を小突いた

「えぅ〜、痛いです〜
…祐一さん、いきなり女の子を殴るなんて、酷いです」

栞が祐一を批難するような目でにらむ
しかし、祐一のにらみ具合は、それを遥かに凌駕していた

「アホか!縁起でも無い!!」

すると、栞は不思議そうに
人差し指を口にあて、首を傾げながら

「何でですか?
私は昔から、物事を決める時はこのやり方ですよ?」

「…栞、お前が進級できなかったのは、ただ出席日数が足りなかっただけじゃ無いと思うぞ、絶対」

「む〜、失礼ですよ、祐一さん
そんな事言う人、大嫌いです」

「もういい…はぁ…ん?」

肩を落として溜め息をついた後
祐一はふとある事を思い出し
栞に尋ねた

「なぁ、栞…」

「なんですか?」

「ひょっとして、そのやり方
他のやつらにも教えたのか?」

「えぇ、名雪さんやお姉ちゃんにも止めろって言われましたが…
北川さんだけは、感心してくれたんですよ
あんな人でも、一つだけはいいところがあるんですね」

栞は少し嬉しそうだったが
祐一は、そんな栞を哀れむような瞳で見つめた
ちょうど、ドナドナの調べに乗せて売られていく仔牛を見つめるように

「ど、どうしたんですか、祐一さん…?」

「栞…最近、北川はな
いつも中庭の壁を見ているんだよ…」

「え?」

「それでな
もし、あのツタの葉の
最後の一葉が落ちたとき…」

「お、落ちた時…」

栞は、ごくりと唾を飲み込んだ





「香里に思いを遂げるそうだ」


「……………」

栞の顔面は蒼白だ

「だ、大丈夫ですよ…
いつものことです
きっとお姉ちゃんに誅殺されておしまいですよ…」

まるで自分に言い聞かせるような口調で栞は言う

「…だといいがな」

祐一の一言とともに、強い風が吹き
辺りにしばしの静寂がおとずれた

「今日は…」

ポツリ、と静寂を打ち破って祐一がつぶやく

「今日は夜から嵐になるそうだ…」

栞はうつむいてしまい
プルプルとその小さな体を震わせている

「栞…」

祐一の呼びかけに、栞は何も答えない
うつむいたまま、静かに震えている

「お前は…あの好きな丼物は何かと聞かれて
姉妹どんぶり』と答えるような男を
義兄さんと呼ぶのだな」

すでに栞は歩みを止めていた
そして、うつむいたまま
震える声で祐一に告げる

「祐一さん…
すみませんが、私、学校に忘れ物をしてしまったようです
そう言うワケで、ここで失礼させていただきます」

相沢祐一は後に述懐する
そう言って今来た道を引き返す栞の後姿が
この世のものでは無いように思えるほど、煤けていた、と…

翌日
栞は学校を休んだ
香里の話では、風邪をひいて家で寝込んでいるらしい

「まったく…昨日、夜中にずぶ濡れで帰ってきて…
風邪をひくのは当たり前じゃない、病気が治っても
体弱いのは変わって無いんだから…」

香里は、そうぶつぶつと文句を言いながら
名雪と一緒に栞の看病に行ってしまった
俺は、北川の用事に付き合ってから
北川と栞の見舞いに行く事にした

「あれ〜?おかしいな〜?」

中庭の壁の前で、北川が首をかしげる

「昨日、あんだけの嵐だったんだから
てっきりもう全部葉が落ちたと思ったのに…」

その壁には、たった一枚だけ、葉が残っていた
色もメチャクチャ、デッサンもメチャクチャ
正直、俺はこれを始めて見た時
葉では無く、バブルスライムだと思った
しかし…

「ちぇっ、まぁ、そのうち落ちるだろ
相沢、早く栞ちゃんのお見舞いに行こうぜ
熱で火照った顔に、パジャマ姿の栞ちゃん…
そしてそれを気遣う母性溢れる美坂…
萌え〜〜〜〜{はぁと}!!!!」

北川が何か叫んでいるようだが
俺には聞こえなかった
ただ、中庭の壁の最後の一葉に手を当て
しばらく目をつぶり
そして、一言つぶやいた

「よく頑張ったな…」

「お〜い、相沢〜早く行こうぜ〜」

そうだな、早く行かないと
途中で港に寄り道しないといけないからな

「あぁ…今行く…」

確かに栞は
体は弱いかもしれないけど
一番大切な心は、ちっとも弱くなんか無い
だって、こんなにも頑張ったじゃないか…
間違い無く、この最後の一葉は
栞の最高傑作だ
心の底から、誉めてやれる

「相沢、お前、ちゃんと気をきかせろよ?」

「あぁ…」

コンクリートとドラム缶は既に港に準備してある

「ちゃんと、すぐに水瀬さんを連れて帰るんだぞ?」

「あぁ…」

いくらこいつでも、脱出&生還は不可能のはずだ

「なんだよさっきから生返事ばかりで…
あっ、そうかそうか…そう言うことか…
安心しろ、相沢、後でこっそりビデオダビングしてやるからな
でも絶対、他の奴に見られないようにしろよ?」

「あぁ…」

待ってろよ、栞
ちゃんと頑張ったご褒美だ
今日は、お前が待ち望んでいる
『ドラマみたいな相談』をしてやるからな…
俺は、懐からクロロフォルムの瓶とハンカチを取り出し
ハンカチにクロロフォルムを充分に染み込ませて…

「なぁ、相沢、栞ちゃんに似合う首輪の色は何色だとおも…」

「死ね」

俺は爽やかに微笑みながら
北川の口にハンカチを押し当てた



HAPPYEND





あとがき

うむ、息抜きに書いたものにしては、良い出来だ
私立T女子学園見て思いついた小ネタが、随分膨らんだなぁ…

北川「おい!何だよこの扱いは!!」

…うっせ〜な
充分だろ?台詞あったんだからよ

北川「納得できるワケ無いだろうが!大体…」

ガシッ{後ろから何者かに頭をつかまれる北川}

北川「え?」

樫の木おじさん「何をしている…
SSに出演した、本編のサブキャラが…
俺の花道である、あとがきで…何をしている…」

うわ、怖っ!!

北川「いや、だって…俺の扱いが…」

樫の木おじさん「扱い?
あの程度で、何か文句を言うほどの事が?」

深い一言だな〜

北川「最後、オチが弱いよな{汗}」

樫の木おじさん「それは、俺が言うべき台詞だ…」

北川「最悪のSSだったよな{滝汗}」

樫の木おじさん「出れただけマシだろ?」

北川「…俺、死にたくないよ{涙}」

樫の木おじさん「…ご期待に添えなくて残念だ」

北川「…せめて…一思いに…{血涙}」

樫の木おじさん「じっくり拷問してやるからな
生まれて来てしまった事を呪いながら
断末魔の悲鳴で己のレクイエムを奏でろ」

大丈夫、長くても一ヶ月で死ねるから

北川「………{気絶}」

じゃ

樫の木おじさん「あぁ…
ちゃんと次からは貴様と俺とだからな
次に約束をたがえてみろ、次は貴様の番だ」

…ラジャー了解
さっ、次は連載の方を片付けるか…