佐祐理と栞の食キング教室♪後編



昼休み開始のチャイムが鳴り
生徒達はがやがやと楽しそうに
学食に行ったり、友達同士で集まって
弁当を開いたりしていた
しかし

「はぁ〜」

教室内の明るさと反比例した
どんよりとした一人の少年の溜め息
彼の名前は相沢祐一
美坂栞の恋人である

「…祐一、大丈夫?」

従姉妹の名雪が
心配そうに祐一に声をかける

「もうすぐ、栞ちゃんが来る頃だな〜♪」

ご愁傷様、と付け加えながら
他人の不幸を楽しむように北川が声をかける

「栞も、あの弁当と薬中毒さえ無ければなぁ…」

北川に腕ひしぎ十字固めをかけながら
祐一が溜め息をつく

「あ、言い忘れてたわ
相沢君、今日から栞、学校しばらく休むから」

「えっ!?」

驚いて声をあげる祐一
そして、思わず力の加減を誤り
北川の腕が変な方向に曲がり
教室に北川の醜い悲鳴が響き渡る

「まさか栞の容態がまた悪化したのか!?」

香里に問い掛ける祐一
ナイスガイな祐一には
重箱弁当を食わなくて済む
などと言う恥ずべき感情は
全く浮かんでこなかった
腕を押さえて床を転げまわっている
物体Aを思いやる気持ちと同様に

「えぇ。相沢君に
美味しいお弁当を作るんだって
10日間の修行に行ったわ」

だから、安心して、と
香里は未来の弟に微笑みかける
ちなみに、自称未来の旦那は
激痛のため、顔面の穴から
体液という体液を撒き散らしながら
無様に床を転げまわっている
当然、香里の視界には入っていない

「栞…元気で帰って来いよ…」

祐一は、窓の外の空を眺め
どこかで栞もこの空を眺めているのかな
と思い、10日間という時間が
とてつもなく長いように感じた

「痛いぃぃぃぃぃ!!
誰かぁぁぁぁぁ!!」

「大変だね、北川君」

「こういう時って
時間が長く感じるからな」

のんびりとした口調で
名雪と斎藤が北川についてコメントする

「助ければ、後で百花屋で
イチゴサンデーおごってくれるかな?」

「折れた腕を蹴って脅せば
10杯は固いんじゃないかな?」

「じゃあ、もう一本折れば
20杯おごってくれるかな?」

「おいおい、それは無茶だよ」

和やかに、とても怖い会話をしながら
名雪と斎藤が北川に近づく
ちなみに、北川はこの後
15杯のイチゴサンデーをおごらされたと言う

同時刻、栞は冷たい風にその身を晒し
どこかへと向けて、移動していた

「何処へ連れて行かれるんでしょうか?」

栞は心の中でそうつぶやいた
今、栞にはここがどこか判断出来なかった
それは、ここが栞の見たことの無い場所
という意味ではなく
今、栞はアイマスクをしているため
確認することが出来ないでいたのだ

「……何処だって構いません
祐一さんに喜んでもらえるお弁当が作れるなら
地獄へだって行ってあげます!
冬には三途の川の途中までは渡りましたし!!」

栞は心の中で
再び決意を固めた

「あはは〜
つきましたよ〜」

佐祐理が大型バイクを止め
備え付けられたサイドカーに
乗せられていた栞のアイマスクを外してやる

「ここは…」

そこは、大きな屋敷の前だった

「お嬢様、お帰りなさいませ」

初老の、いわゆる執事の格好をした男が
佐祐理に向かって頭を下げる

「え?此処は…」

「ここは佐祐理のおうちですよ〜」

そう言うと
佐祐理は栞を連れて屋敷の中へと入っていった

「さぁ、ここが修行の場所ですよ〜」

「ここは…」

そこは、倉田邸の厨房だった
大きさは、美坂家の全ての部屋を
繋いだぐらいの大きさがあるのでは無いだろうか?
そして、そこには
おびただしい量の食材が
ところ狭しとひしめいていた

「本当なら量を減らして
コンパクトで美味しいお弁当作りの方法を
お教えしてもよろしいんですけど
それだと栞さんのお弁当の
持ち味がなくなっちゃいますからね〜
量が多くても、全部食べれてしまうような
そんなお弁当の作り方をお教えしますよ〜」

「なるほど…
それでこの食材相手に
思う存分腕を振るえって事ですか…
どれもこれも超一流の食材で
腕の振るいがいがあるってものです〜」

そう言って、栞が食材に手をつけようとすると
佐祐理が栞の体を手で制する

「あはは〜
お手つきはいけませんよ、栞さん
出来上がるまでちゃんと待っていてくださいね〜」

「え?」

出来上がるまで待て?
栞には、それがどういう意味かわからなかったが
突然、佐祐理はエプロンを身につけ
それらの食材を使い
料理を作り始めた

「あ、あの、佐祐理さん」

「待っててくださいね〜
すぐに出来上がりますからね〜」

そう言うと
佐祐理さんはとても素早い手際で
大量の食事を作り始めた

「凄いです〜
まるでドラマのような動きです〜
倉田の料理は魔法なんでしょうか?」

アニメ化もされていない漫画は
ドラマに入るのだろうか?

栞が佐祐理の調理に
見とれているうちに
佐祐理の料理は完成した

「ホウレンソウとレバーの炒め物に
ひじきのごま和えと切干大根
松の実とナツメと竜眼肉とプルーンのサラダ
豚足とキャベツのスープ
はまぐりと人参のお吸い物
あなごとうなぎの白焼きに
真いわし、いか、牡蛎、かつおの盛り合わせ
佐祐理特製の鉄分たっぷり
スペシャルディナーですよ〜」

作り終わった佐祐理は
満足そうに、あはは〜、と笑う

「さぁ、栞さん
冷めないうちに食べて下さい」

「え、でも私、食が細くて…」

「食べて下さい」

「は、はい…」

結局、押し切られる形で
栞はそのメニューを全て
平らげてしまった

「えぅ〜…
苦しいです〜
祐一さんもこんな気持ちだったんでしょうか…?」

苦しそうにつぶやきながら
栞は厨房の隣の部屋で休んでいた
修行の間はこの部屋に寝泊りさせられるそうだ

「でも、明日こそ特訓ですからね
明日に備えて、今日は早めに眠ります」

誰に言うとでもなく
強いて言うならば
満腹感で鈍りそうだった決心を
より強く固めるために
自分に言い聞かせ
栞は眠りについた

特訓2日目

「さぁ、今日も張り切ってお料理しちゃいますよ〜」

佐祐理はそう言いながら
さっきから忙しそうに鍋を振るっている

「…佐祐理さん、私も何かお手伝いを…」

焦る気持ちを押さえながら
栞が佐祐理に言うと

「ふぇ?ダメですよ〜
栞さんはそこに座って待っていて下さい」

と、穏やかながらも
逆らう事の出来ない強い口調で
佐祐理は栞に言う

結局、その日も
一日中栞は食べているだけ
しかも、昨日と似たようなメニューだ

特訓3日目

3日続けて
栞はただ佐祐理の料理を食べるだけだった
しかも、その日の夕食は
佐祐理の親友として紹介された
長い黒髪の美しい先輩と
一緒に食事をさせられていた

「あはは〜舞〜
美味しいですか〜?」

「…はちみつくまさん
…佐祐理は料理の天才」

目の前の二人からは
いちゃいちゃというような
効果音が聞こえてきそうだ

「いい加減にしてください!」

栞がテーブルを強く叩く

「これのどこが特訓なんですか!?
私はここに修行に…しゅ…ぎょう…」

栞は、そのまま黙ってしまった
なぜなら、眼前の佐祐理が
悪鬼羅刹のような形相で
栞を睨みつけてきたからだ

「佐祐理のやり方に質問は許しません」

強い口調で佐祐理は言う
嘘だ!その先輩との食事を
邪魔されたから怒ったんだ!
栞は、腹の底からそう叫びたかったが
あまりの恐ろしさに、とても口が
動いてくれなかった

特訓7日目

「…けっ…どうせ今日も
食べて終わりなんでしょ…」

栞は少しヤサグレながら
わざと佐祐理に聞こえるようにつぶやいた

「はぇ?
今日は食べるだけではありませんよ?」

その言葉に栞の表情が
パッと明るくなる

「じゃあ、やっと料理ができるんですね!?」

感激している栞に
佐祐理が包丁を手渡す

「よ〜し!
頑張りますよ〜!
さぁ、佐祐理さん!
まずは何を切ればいいですか!?
何だって切り刻んじゃいますよ!!?」

焦りの日々の果ての
久しぶりの料理で
栞は大張り切りだ

「あはは〜
じゃ、とっとと
手首切りやがってください」

途端に、栞の顔が凍りつき
直後、怒りで全身を震わせ出す

「佐祐理さん…
この期に及んで悪ふざけはやめて下さいよ…
私、本当に怒っちゃいますよ…?」

「ふぇ?悪ふざけ?」

「そうですよ!
なんで料理作るのに
手首なんか切らなきゃ…」

パン!
乾いた音が栞の声を遮る
同時に、栞の白い頬に
一筋の赤い線から走っていた

「栞さんのお弁当がダメな原因が
どこにあるか何も分かっていないようですね…」

佐祐理は震える栞の服の襟をつかみ
硝煙を噴いているステッキの先端を
栞の口の中に突っ込んだ

「むぐぅ…」

栞が何か言いかけるが
佐祐理の眼光の迫力に
そのまま震えるだけしかできなくなった
そして、佐祐理は栞に怒鳴りつける

「満腹の状態で無理矢理食べる事が
どれほど苦痛か貴女に分かりますか!?
祐一さんに、その苦痛を味合わせようというのに
貴女はたかだか血を流す事すらも惜しむのですか!!?」

「へ、へほ…」

口にステッキを突っ込まれたまま
栞が何か反論しようとする

「デモもストもありません!!」

そう叫ぶと
佐祐理は栞の口から
ステッキを引き抜き
左手首の布を取った

「あぁ!!?」

栞が驚愕の悲鳴をあげる
なんと、佐祐理の左手首には
いくつもの切り傷がついていたのだ

「貴女は手首を切った事がありますか!?
手首を一度でも切ったことがある料理人は
決して血を流す事を惜しみませんっ!!
苦しみに耐える度量無き者は
お弁当を作る資格はありませんっ!!」

一通り言いたい事を怒鳴りつけると
佐祐理は無言で再び手首の傷を
白い布で覆い隠した

栞はしばらくがっくりと
うなだれたままだったが
やがて、意を決したように
包丁を取り、佐祐理を睨んだ

「私…切ります!
いえ!切らせて下さい!!」

佐祐理は、その栞の目を見て
満足そうに、あはは〜、と笑った

「今日から栞は学校に来るんだよな?」

祐一が香里に確認をする
あれから10日、栞の
料理修行とやらが終わったころだ

「えぇ…お昼から来るって連絡があったけど…」

そう言いながら、香里が時計を見る
チャイムが鳴ってから5分が経過していた

「祐一さん!!」

突然、教室に声が響く

「栞!?」

祐一と香里が同時に声をあげる

「祐一さん…私、一生懸命お弁当作ってきました…
ですから…食べて下さい!!」

ドン!と机の上に重箱がおかれる

「ジーザス…」

北川がつぶやく
正気とは思えない
すもうとりでもあれだけは食えないだろう
前回の倍近い量の重箱だ

「し、栞…これを食えと…?」

「えぇ!!」

栞は自身満々だ
香里はハラハラしながらその様子を見ている

「な、中身は…」

祐一がそう言って
重箱の蓋を開ける
中は、10日前と
なんの変哲も無い
いつもの栞の弁当の内容だった
一つ気にかかる点があるとすれば
彩りに少々赤が足りないぐらいだろう

「じゃ、とりあえず一口」

祐一がそう言って
弁当のおかずの一品を
箸でつまもうとした時

「待って下さい!!」

栞が祐一を止める

「え?」

予想だにしない栞の行動に
皆、唖然としてしまう

「この料理はまだ完成していません!」

「ど、どういう事なの?栞?」

香里がたまらず栞に真意をたずねる

「最後の仕上げが残っています」

そう言うと、栞はポケットから
何かを取り出した

「これが私のお弁当です!!」

そう言って栞は
取り出したカッターナイフの刃を
チキチキと音をさせながら出して
おもむろに、自らの左手首を切り裂いた

「きゃああああああ!!!」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!?」

常軌を逸した栞の行動に
教室内は阿鼻叫喚のるつぼとなった

「し!栞!!
何やってるの!止めなさい!!」

香里が左手首から
血を撒き散らしている栞に駆け寄る

「完成です、祐一さん…
さぁ、食べて下さい…」

そう言うと、栞は
自分の血で真っ赤に染まった弁当を
祐一に向かって押し出した

「く、食えって…」

祐一の額に冷や汗が流れる
祐一の目の前には、血で染め上げられた弁当
卵焼きも赤、サラダも赤、ご飯も赤
彩りもクソも無い、赤一色の弁当だ

「お、おえええええええ!!!」

突然、北川が吐きだしてしまう
無理も無いだろう
視覚的な嫌悪感に加え
教室中に、鉄臭い血の匂いが
充満してしまっているのだから
クラスの生徒達の誰もが
目の前の光景に驚愕し
怯え、嫌悪感で顔をしかめていた
たった二人の例外を除いて

「血の赤がイチゴみたいで美味しそうだね」

こんな鉄臭いイチゴが存在してたまるか
常人とは精神構造が違いすぎるぞ
ネコ&イチゴキチガ○の水瀬名雪よ

「血をかけた弁当か…
血の料理そのものは日本に無い
せいぜいスッポンやマムシの血を
強壮剤として飲むぐらいだが
世界を見渡せば、血の料理は珍しくない
豚の血を塩水で固めた中国の『猪紅』
スープやお粥の具として使われている
フランスの鴨料理にも鴨の血で作った
ソースが使われている
『トゥール・ダルジャン』がその料理で有名だ」

目の前の惨劇を見た後に、言うに事欠いて
本部以蔵のような鮮やかな解説を行うか
料理オタク、いや料理キチガ○の斎藤よ

「あ、そのお店知ってる
海原先生が嫌がらせに行ったお店だよね
ところで、栞ちゃんの血って美味しいのかな?」

「オレにも解らん!
味はオレにも全く想像すらつかないんだ…」」

天然と天然…
いや、キチガ○とキチガ○
ある意味このクラスで一番
お似合いのカップルだろう

「さぁ!祐一さん!!」

栞が、期待に満ちた瞳で祐一を見つめる

「う…わ、分かったよ…
とりあえず…一口…」

恋人の必死の頼みを断れず
祐一は、血のしたたる卵焼きをつまみ
怖々と口に運んでいった

「あ、相沢…」

「祐一…」

周りのクラスメートも
緊張しながら様子を見守る

パク
祐一の口の中に
真っ赤な卵焼きが収まる

「あ、相沢君…
あまり…無理しなくても…いいのよ…?」

恐る恐る香里が祐一に声をかける

「祐一さん、どうですか?」

栞がドキドキしながら祐一に尋ねる

「………………」

祐一は無言のまま卵焼きを咀嚼していたが
直後、目からとめどなく涙が溢れ始めた

「相沢君!しっかりして!!」

「相沢!吐け!吐いちまえ!!」

北川と香里が祐一にかけよる

「さ…」

「さ?」

「佐祐理さんの弁当と同じ味だ…
い、いや…卵焼きが甘くない分
血の塩味と見事にマッチして…
佐祐理さんのそれよりも…美味い!!」

「ええーーーーっ!!!???」

「やったぁ!!」

感動する祐一
驚愕するクラス一同
そして、喜ぶ栞

祐一は、凄い勢いで弁当をがっつきだした

「栞!次!!」

「はい!」

まるで、わんこそばのように
重箱を入れ替えていく栞
そして、その都度手首を切り
血を振り掛けていく

「凄いです!
いくら血を抜いても
全然貧血になりません!
あの特訓で鉄分を大量摂取したおかげです!!」

結局、祐一はその日
栞の持ってきた弁当を全てたいらげてしまった

「美味かったぞ、栞!!」

「あ、ありがとうございます!!」

祐一の心からの賛辞に
栞もまた心から感激していた

「明日も頑張って作りますから!」

「おぉ!期待してるぞ!!」

そんなラブラブな二人を遠巻きに見て
食欲を完全に無くしたクラスメート達は
頼むから、明日からは別の場所で食ってくれと
心の底から願っていた

「栞ちゃんの血は美味しいんだね
A型なのかな?」

「今度、ちょっと分けてもらうか」

キチガ○カップルを除いては、だが

そして、その日の放課後
美坂香里は倉田佐祐理に
栞の弁当復活の礼金を渡していた

「本当に何てお礼を申し上げてよいのやら…」

深々と頭を下げる香里

「あはは〜
佐祐理のおかげじゃありませんよ〜
料理の一番のソースは空腹ですけど
お弁当の一番の味付けは、愛情ですからね〜
栞ちゃんの愛情が、満腹に勝ったんですよ〜
佐祐理はそれのお手伝いをしただけです」

そう言うと
佐祐理は身を翻し
バイクにまたがると
颯爽と風を切って去っていった

上辺だけ飾った
えせお弁当文化は終焉を迎えた……
今こそ、女の子料理人が本来の心意気を持って
立ち向かう時代が来た!
伝説のお弁当復活請負人倉田佐祐理
その心意気に火をつける為走り続ける…!



あとがき

樫の木おじさん「最悪」

言うな

樫の木おじさん「なんだよ、これ…
つーか、食えるかよ、そんな血塗れ料理」

愛の力だ

樫の木おじさん「ギャグがくどすぎだ」

いいんだよ、ギャグがやりたくて
書いたんだから…
途中、少しシリアスが入りそうになったけど
そこは削った

樫の木おじさん「シリアスを嫌ったワケだな」

壊れ系ギャグパロディで行こうと思ってね

樫の木おじさん「…壊れっつーか」

だから言うなっての

樫の木おじさん「前回の2倍近いし…」

う〜ん、そこはちょっとミスだったな
ま、次頑張ればいいでしょ

樫の木おじさん「言ったからには頑張れよ?」

オウヨ!!

樫の木おじさん「ところで
途中で鉄鍋のジャンが混じってるのは…」

今度はそっちメインで行くか…

樫の木おじさん「止めろ!!」