佐祐理と栞の食キング教室♪前編



美坂家は、どこにでもある
ごくごく普通の中流家庭である
しかし、今、その普通の家庭の台所が
尋常ならぬ殺気で満たされていた
殺気だけでは無い、台所中所狭しと
いや、美坂家のほとんどが
異常な量の料理の皿で侵食されていた

「あの…栞ちゃん…?」

母親が、娘に恐る恐る声をかける

「何かようですか?」

ギロリ、と母親を睨んで聞き返す
相当余裕が無くなっているようで
まるで抜き身の刀のような殺気を放っている
彼女がほんの少し前まで、誕生日まで生きられない
と言われていた重病人だったと言われて
一体誰が信じるのだろうか?

「少し休んだ方が…」

「そんな暇ありません!!」

「ひっ…!」

ドン!と栞は机を叩いて怒鳴る
母親はもう怯えきって、震えるばかりだ

美坂栞には恋人がいる
一つ年上の先輩で
姉と同じクラスの男子生徒、相沢祐一
今、彼女がこうやって普通の人と同じように…
いや、常人を遥かにしのぐほど料理に熱中できるほど
回復したのは、彼のおかげと言っても過言では無いだろう

「祐一さんに
美味しいお弁当を食べてもらわなくちゃ…」

恋人を思い
天井を見上げながら
ほう、と溜め息をつくところは
年頃の少女という事を再認識させるが
如何せん、手元の大鍋で
10人分はあろうかと言う巨大かに玉を
右手の振りだけで裏表を返しているので
全身像から言えば
乙女と言うには程遠い姿だろう

栞には、今悩みがあった
それは、恋人の祐一が
最近、自分の作った弁当を残してしまう事

「昔は全部食べてくれたのになぁ…」

はぁ、と今度は少し落ち込み気味に溜め息をつく
しかし、手元は狂わずに、キャベツを千切りにしている
隣には、キャベツ15個分の千切りの山が築かれていた

「栞はまだ料理中なのか…」

食卓どころか
床一面にまで敷き詰められた
皿のスキマを縫うようにして
栞の父親は居間のソファーまで歩いた

「…困ったもんだな…」

溜め息をつきながらつぶやく
しかし、栞のような
恋する乙女特有の明るさを持つものではなく
莫大な食費と、さらに莫大な料理の始末を考えての
一家の長としての苦悩に満ちた溜め息だった

「今日のノルマは一人20皿よ…」

母親がうなだれながら
床に置いてある皿に箸をつけている

「…昨日よりも増えたな…」

娘には悪いが、相沢君とやらの気持ちもわかる
日に日に段が増えているあの重箱の中身を
全て食いきれる人間は
無敵の大食いチャンピオンになれるだろう
しかし、栞は料理を残されても
それが『不味かったから』だと認識し
量を減らそうなどとは微塵も思わずに
ただただ美味の追求にのみ精進するのだ
しかも、何故か量は増える一方なのだ
そして、その美味の追求に伴う味見役は
少食でアイスを常食としている自分では無く
常人の胃袋を持った我々家族を選ぶのである

「恨むよ、相沢君…」

悲壮感溢れる表情で
料理を見つめる栞の両親は
玄関から入ってきた
会った事の無い人物に
気付く事は無かった

「うん、この麻婆豆腐は良く出来たと思います
私は辛いのが食べられないから、味見はしてないんですけど…
お父さ〜ん、お母さ〜ん、試食してくださ〜い」

超巨大な皿に山盛りにされた麻婆豆腐を持ち
栞が居間の方に振り向くと
そこには、灰色がかった美しい髪をした
穏やかな笑顔が印象的な何故か
左手首に白い布を巻いた女性が立っていた

「あはは〜、試食なら
佐祐理がしてあげますよ〜」

「え…?」

そう言うと
栞が何かを言いかける前に
有無を言わさず箸で豆腐をつまみ
口の中に放り込んだ

「ふぇ〜、結構お料理上手なんですね〜」

「そうですか!!?」

不信そうに佐祐理を見ていた栞だが
その佐祐理の一言で、パッと表情が明るくなった

「じゃあ、こっちの煮付けも食べます?
これは結構な自信作で…」

そう言いながら、ラーメンどんぶりに
大盛りに盛られた煮付けを
佐祐理に差し出そうと
後ろを振り向いてどんぶりを取ろうとした

「しかし、お弁当としては失格です」

思いがけない佐祐理の一言と
大量の皿が砕け散る音が響く
驚いて栞は振り向く
なんと、佐祐理は懐から
まるで女の子の玩具のような
可愛いステッキを取り出して
手当たり次第に皿を破壊していた

「何するんですか!!」

そう叫んで、栞は…

・佐祐理の懐に飛び込んだ
・制止の声をあげ続けた
・包丁で威嚇した

・佐祐理の懐に飛び込んだ
・制止の声をあげ続けた
●包丁で威嚇した

栞は佐祐理に包丁を突きつけ
鬼のような形相で佐祐理を睨みつけた

「はぇ〜、返答次第では
私を料理しちゃうつもりですね〜
いいでしょう、お答えしましょう
この料理は、お弁当失格です
ですから、処分いたしました」

包丁を突きつけられながらも
全くひるまずに、むしろ
先ほどよりもさらに穏やかな笑顔で
栞の神経を魚でするような一言を発する

「私の祐一さんへの愛情溢れるお弁当を…
許せません!三枚におろしてやります!!
貴女のような人の肉なんて
祐一さんのお口には合わないでしょうから
貴女はお姉ちゃんの餌にしてあげます!!
悲鳴をあげなさい!豚のような!!」

逆上した栞が包丁の刃を
佐祐理に向かって突き出すが
佐祐理は体を半身にして刃を避け
脇で包丁を持った栞の腕を押さえ込んでしまった

「はぇ〜
料理人の命をこんな風に使うなんて…
栞さんにはお弁当を作る資格はありません!!
『まじかる☆さんだー』!!」

そう言うと
佐祐理は栞の腹に
持っていたステッキを押し当て
手元のスイッチを押した

「ひぎぃ!!?」

ステッキから青白い火花が散り
栞の体がショックではねる

「うぐぐ…し、心臓が…」

そのまま栞は心臓を押さえて
うずくまってしまった

「ふぇ〜
結構軟弱なんですね〜
この程度の電撃で発作を起こすなんて…」

そう言いながら
佐祐理は栞の頭を掴み
近くにあった心臓の薬を
栞の口の中に放り込んだ

「んぐっ…!
はぁ…はぁ…はぁ…」

少しは落ち着いたものの
栞はまだ苦しそうだ

「あ、貴女は…何者なんですか…?」

「あはは〜
佐祐理は頭の悪い普通の女の子ですよ〜」

「あっ、それこの前ドラマで見ました
あれは『ただのお節介な旅の隠居』でしたけど…」

時代劇はドラマに入るのだろうか?
発作を起こしたわりに
余裕が出てきた栞に向けられて
入り口の方から声がかけられる

「お弁当の復活請負人よ…」

「お姉ちゃん!!?」

そこには、朝から姿の見えなかった
実の姉の美坂香里の姿があった

「あたしがそちらの倉田先輩に
あなたのお弁当の再建を依頼したのよ」

すると、栞は激昂して叫んだ

「余計なことしないで下さい!
祐一さんへのお弁当は私一人の力で作るんです!
こんな人の手を借りなくても、美味しいお弁当を…」

パン、と乾いた音が台所に響き渡る
それは、佐祐理の平手が栞の頬を張った音…

ではなく
佐祐理のステッキの仕込み拳銃が
天井に向けて火を噴いた音である
そして、佐祐理はステッキの先端を
栞の顔面へと向けてきた

「な、何を…」

かろうじて、栞が口を開く
香里は、口をパクパクさせながら
床に座りこんでしまっている
すると、佐祐理は悲しみと憤りが
交じり合ったような表情を栞に向けた

「まだ分からないんですか!?
貴女のその何でも一人で背負い込んでしまう性格が
美味しいお弁当を作れない原因であることは明白です!!
栞さんも…祐一さんも…自己犠牲が過ぎます…」

「……………」

栞はうなだれてしまい
何も喋ろうとはしなかった
『なんで貴女は祐一さんを知ってるんですか?』
というツッコミもできないほどに
真実を突かれたことで、参ってしまっていた

「あはは〜、香里さん、残念ですが、この依頼は…」

「待って下さい!!」

佐祐理が香里に向かい
依頼の取り消しを告げようとした時
意を決した栞の、力強い声が響いてきた

「確かに私は何でも一人でしようと思い
自分の料理の腕に慢心していたのかもしれません…
でも!祐一さんに美味しい料理を食べて欲しいんです!
祐一さんに誉めてもらいたいんです!
だから…だから…私のお弁当の手助けをして下さい!!」

栞が、佐祐理にすがりついて
涙を流しながら懇願する

「………」

「…栞…」

その時、栞のポケットから
薬の瓶が転がり落ちた

「ふぇ?
お薬ですか?」

佐祐理の視線が
その薬の瓶の一点に集中される

「え、えぇ…
祐一さんに万全の体調でお弁当を食べてもらえるように
各種薬を取り揃えてあるんですけど…」

そう言いながら、栞は
まるで手品のように
大量の薬をポケットから取り出し始めた

「あはは〜
美味を味わうのに
健康な舌と体は必要不可欠!!
その気持ちや良し!
料理人として復活の余地有り!
この仕事引き受けました!!」

途端に栞の表情がパッと明るくなり
目から、今度は嬉し涙がこぼれる

「あ…ありがとうございます!
よろしくお願いしますっ!」

やった!心の中で香里も叫び
指をパチンと鳴らす

「その前に…」

佐祐理はバケツに水をためる

「?」

「薬を抜いて台所の掃除ですっ!!」

バケツの水を栞にぶっ掛けながら
佐祐理さんが叫ぶ
栞は、水をあびて、顔をぶるぶると
震わせながら、力強い返事とともに頷いた

「修行期間は10日!
明日から始めます!」

そう言うと
佐祐理はとっとと
自分がメチャクチャにした
美坂家の台所から出て行ってしまった

「よーし!!
どうせ私はあの誕生日の日に
死んだようなものです!!
明日から死ぬ気で頑張ります!!」

「さすが倉田先輩…
栞の薬漬けまで見抜いていたなんて…」

己の決意に燃え上がる栞と
改めて、佐祐理の眼力に驚嘆する香里
そして、さきほどからの様子を遠目で見て
いっそ、二人で逃げようかと相談する両親

今、美坂家と栞の弁当の運命は
弁当復活請負人、倉田佐祐理の双肩に預けられた!!



あとがき

樫の木おじさん「食キングって…
誰も知らねぇよ、いやマジで」

ちょっと小ネタ入れすぎて
前後編になっちゃった

樫の木おじさん「壊れてんな〜」

いや、最初はあんまり壊す気無かったんだけど…
なんか勝手に壊れていっちゃってさ…
嫌だね、薬って

樫の木おじさん「薬のせいかよ!!」

…三村?

樫の木おじさん「…{赤面}」

…とりあえず
次回は栞の料理修行!
果たして栞の弁当は
祐一に食べてもらえるのか!!?

樫の木おじさん「つーか、何食わす気だ、貴様」

…大丈夫、祐一はフードファイターだから…

樫の木おじさん「それは別の連載だろうが」