魁!!男塾



前回までのあらすじ
全寮制。生徒数、三学年でおよそ三百名。
生徒達は札付きの荒くれ者ばかり。それが男塾である。
塾長、江田島平八のスパルタ教育と上級生のシゴキが一号生に容赦無く迫る!!
一号生筆頭、剣桃太郎は、その中で実力を発揮、名実共に一号生の中心となった。
桃たち一号生は、まず伊達臣人率いる関東豪学連と『驚羅大四凶殺』を戦い、これに勝利した。
つづいて一号生は大豪院邪鬼を筆頭とする三号生たちと『大威振八連制覇』を戦い、ここでも勝利を収めた。
一ヵ月後、『天挑五輪大武会』の使者が男塾に{そろそろ法則が理解してもらえたと思うので中略}
ある日、突然現れた『宇宙王』を名乗る謎の男に男塾周辺の地域の地脈を正す力を持つ塾宝を奪われてしまい、三ヶ月以内に宝を取り戻さなければ、男塾は崩壊してしまうことになった。
桃達は塾宝を取り戻そうと宇宙王の居所を探していたところ、ある時、塾宝が『滅神烈麩競武宴』の優勝賞品となったことを知る
そして、『滅神烈麩競武宴』に参加した男塾チームは準決勝にて『蒼き山嶺の魔獣達』チームと激突、三面拳や死天王の活躍で、残すところは首領一人のみとなった。


富樫「わはははは―――っ!よくやったぞ――!伊達―――――!」

虎丸「おうよ―――――!あの巨大な猿のバケモンがまるで子ども扱いじゃー―――!」

大吉「これで相手はもう大将を残すだけじゃぞ――――――――!!!」

男塾チームの驚き役兼解説役担当の富樫、虎丸、大吉の蛮声が深い谷底に位置する『滅神烈麩競武宴』の準決勝闘技場に響き渡る

飛燕「伊達、大丈夫ですか?」

逆に凸型になっている闘技場の岩壁を登って自軍の陣営に戻ってきた、伊達と呼ばれた両の頬に六筋の傷を持つ精悍な顔つきの男に、まるで女性を思わせるような色気を持つ美形の長髪の男が声をかける

伊達「気にするな…かすり傷だ…」

今の戦いで伊達が負った傷は、けしてかすり傷などという生易しい傷ではない
常人ならば、死すらもありうるほどの深手であった
しかし、伊達はただの強がりでかすり傷といったのではない、今まで自分が長い戦いの中で体に刻み込んできた傷、目の前にいる仲間たちが負っている傷、そして、この場に姿の無い、志半ばにて仲間の勝利を信じ、命を落としていった仲間達が負った傷、それら全ての傷が、伊達に、今現在の傷はただのかすり傷以上の印象を与えなかったのだ

桃「残すところ、相手は一人…誰が行く?」

常に愛用のバンダナを額に巻き、不敵な笑みを絶やす事の無い男塾チームの大将、剣桃太郎が皆に問い掛ける

安西「そろそろ俺の出番がやってきたようだな!!」

言うが早いか、女の子ぐらいの背の高さしかない小柄な男が崖を飛び降りていた

富樫「あ、安西―――――――!!!」

富樫の叫びが終わらないうちに、安西は闘技場にまるで羽毛が舞い落ちるかのようにかろやかに着地した

雷電「『プログレッシブ耳掻き』、『ロンギヌスのさいばし』、『1/144Vガンダム武器セット』などの様々な奇抜な暗器の使い手安西…あやつを甘く見てかかれば、相手の大往生は間違いなしでござる」

額に『大往生』の刺青を彫り、いかにも中国人といった風の髭を生やした、恐ろしいまでにガクランの似合わない男が誰に言い聞かせるでもなくつぶやく

安西「さぁ、とっとと降りて来て勝負だ、あいにくこちらにはもうあまり時間が残されて無いんでね」

安西は相手の陣営を睨みつけながら言った
すると、その返事は思いがけない場所から返ってきた

田吾作「…もう…始まっている…」

安西「なっ…ぐっ!!」

富樫「な、なんじゃあ――――――!!地面から声が聞こえてきたと思ったら、安西の足元から螺旋状の溝が掘られとる杖のようなものが飛び出てきて安西の肩の肉をえぐりおった―――――!!!」

安西「くっ…せっかちな奴だ…まぁいい、仕切りなおしだ、まずは名を…」

肩の傷を押さえながら、いきなりの攻撃で動転した心を落ち着けようとしていた安西のセリフが終わらないうちに、地面から矢継ぎ早に螺旋状の武器が突き出され、安西のふとももや二の腕など数箇所をつらぬいた

安西「うおおお――――――――!!!」

突然の激痛に安西は思わず叫び声をあげる

田吾作「…男塾には…ピンから…キリまで…いるらしい…大野木を…倒した…伊達…という男は…どうやら…別格らしいな…」

途切れ途切れに地面から聞こえる声には、なんのことはない言葉の端々にも、まるで地獄の底から響いてくるような凄みを伴っていた

安西「くっ…たしかに急ぐとは言ったが…せめて戦いの妙味ってもん…ぅをっ!!」

安西の言葉にまるで耳を貸さずに繰り出された三度の地面からの攻撃も、今度はかろうじてよけることが出来た

田吾作「…自陣に…読みかけの…本を…残してある…とっとと…お前達全員…始末して…続きを…読みたい…」

安西「俺らの価値は本以下か!?大体どうやっ…ぅをっ!!」

ゆっくりと、そして途切れ途切れに聞こえる低いとは裏腹に、地中から繰り出される攻撃は素早く、そして連続した力強いものであった

大吉「ま、またあの螺旋状の杖のようなものの攻撃だ―――!!
し、しかしなんで奴はあんなに長く地中に居続けることができるんじゃ―――!!?」

富樫「そ、それもそうじゃ―!空気穴も無しにあんなに長く地中におったら、窒息してしまうはずじゃ―――――――!!」

雷電「むぅ…もしやアレは世に聞く『奇魂村郷守大地霊豊実拳』では…」

虎丸「『奇魂村郷守大地霊豊実拳』―――!!?雷電、それはなんなんだ――――――!!?」

奇魂村郷守大地霊豊実拳…
中国の奥深くに生息するある部族にのみ伝えられている大地を操るとされる幻の拳法で、その習得方法は熾烈を極めるという
その部族では、生まれたての赤子を地中深くに埋め、半日間そのままに放置し、生きていた者だけを育てることにしていて、生き残った赤子にはその日のうちから、修行が課せられるという
その拳法の特異な点は、拳法でありながら、『大地に宿る叡智を体得する』という宗教的な一面も持ち合わせていることで、この拳法を極めた人間はその大いなる叡智により、地上の敵の位置、構えはおろか、戦闘中における閃きや、地脈の流れの情報まで得ることができるといわれている
また、部族では成人すると、男は地中に潜り、死ぬまで地上に出ることは無いというが、まれに地上に出たときに他人に見つかり、それが地底人伝説の元となっていると言われている
また、地中の移動には土竜流{どりゅうる}、巣抗斧{すこうふ}という器具を使い、それが西洋に伝わって、ドリル、スコップなどの元になったということは有名な話である
民明書房刊『2001年地中の旅』より




雷電「中でも、部族の長は生まれてから一度も地上に出ることなく、地中にて生活し、『田吾作』という称号が与えられるというが…」

そのころ、闘技場では、安西が必死に田吾作の繰り出す土竜流の連撃を避けていた

安西「なるほどな…田吾作…名前にも色気ってもんが感じられねぇ」

田吾作「…減らず口は…いい加減止めた方が…いいんじゃないか…?」

安西「へっ、何言ってやがる、さっきからテメェの攻撃はかすりさえもしてねぇだろうが!!」

安西の言葉どおり、田吾作の攻撃は二度目以降一度として安西の体にかすりさえしていなかった

田吾作「…お前もだ…俺に攻撃はできない…それに…お前は…そのうち…疲れて…動けなく…なる…」

大吉「な、何を言ってやがる―――!!疲れるのは地中を動き回ってるテメェの方じゃろうが―――――!!!」

安西「俺もそう思うが…そこんとこどうなんだ?」

俺の方は持ってあと5分…元々男塾チームで一番体力が無い自分には、それが限界だろう、安西はその考えを田吾作に悟られぬように、あくまでもまだ余裕があるように振舞いながら田吾作に尋ねる

田吾作「…多くの…地上の連中は…大地の叡智に…耳を傾けようとしない…その結果…とんでもない…考え違いをする…大地の叡智は…人に…こんな力も…与えてくれる…」

田吾作の言葉が言い終わると、今まで嵐のように続いていた土竜流の連撃がピタリと止んだ

富樫「な、なんじゃああいつ!いきなり攻撃を止めちまいおったぞ――――!!」

虎丸「な〜に、どうせ大吉の言った事が図星でもう疲れて動けないんじゃろう―――――!!!!」

大吉「おお―――!そうじゃ、そうに決まっておるわ―――――!!!」

三人が上で見当違いの予想で盛り上がっている中、安西は足元が微妙に振動していることに気が付いた

安西「なんだ…地震か…?」

田吾作「…奇魂村郷守大地霊豊実拳奥義…地華大暴樂…」

振動は徐々に強くなり、次第に安西は立っていることも困難な状態になっていった

安西「うおお!こ、これは!!」

次の瞬間、安西の前方の地面が裂け、地割れが、まるで安西を飲み込もうという意思を持っているかのように安西に迫った来ていた

富樫「い、いかん――!安西―――!!よけろ――――!!!」

富樫の悲痛な叫びも、意味の無いものだと田吾作は理解していた
なぜなら、かつてこの技をしかけて、回避し、生き延びれた者など皆無だったからだ

田吾作「…地面に走る地脈に…気を流すことにより…地割れを起こすこの技は…地脈の見えぬ者には…予測不可能…まさに無敵の技だ…」

地中で勝利を確信した田吾作は、誰にも気付かれる事無く顔を大きくゆがめてニヤリと笑った

虎丸「だ、だめじゃ―――!間に合わん!飲み込まれちまう―――――!!!」

虎丸の叫びが耳に届き、つま先が地割れの先端に触れた次の瞬間、安西の体は地面と離れていた

田吾作「…!!?…」

安西「温泉掘ってんなら余所でやりな、こんなところに穴あけてもなんも出ないぜ、穴掘りのおっちゃんよ!!」

そう言い放った安西の体は、安西の得意武器の一つ、『1/144Vガンダム武器セット』を装備することで宙に浮いていた

大吉「さすが安西だぜ!地面が割れようが宙に浮いちまえば関係ねぇっ!!ほら、どうした!穴掘りのおっちゃんよ!!」

安西「そういうことだ、それに、さっきから貴様がボコボコ穴を開けてくれたおかげで、こっちも地中にいるお前さんに対して攻撃しやすくなってるぜ!これでチェックメイトだ!『プログレッシブ耳掻き』!!」

安西はそう叫ぶと、懐から黒光りする金属製の耳掻きを何本も取り出し、先ほどの田吾作の土竜流の攻撃や、地割れで開いた穴の中に、正確に投げ込んだ

田吾作「…くっ…これは…」

富樫「おお〜!安西のプログレッシブ耳掻きが穴の中で爆発しとるぞ――――!!あれなら地中の奴さんもひとたまりも無いぞ――――!!!」

虎丸「いいぞ安西―――!!そのまま勝利を掴み取るんじゃ―――――!!!」

上方のお祭りムードの自陣を一瞥し、安西は不敵に笑いながら、自らの攻撃で振動と共に形を変えていく闘技場に目を向けた

安西「どうした?大地の叡智とやらは、空からの攻撃の対処法は教えてくれないのか?」

安西が皮肉混じりな言葉と共にプログレッシブ耳掻きを投げていると、再び安西が予想もしえなかった位置から声が響いた

田吾作「…だから…地上の人間は…愚かなのだ…」

岩壁であった
安西が振り向くよりも早く、安西の背後の少し上方の岩壁は砕け散り、安西に大量の土砂が降り注いだ

安西「しまっ…ぐわぁぁぁぁぁ!!!」

大吉「あ、安西―――――!!なんてこった!1/144Vガンダム武器セットが土砂に潰されて破壊されちまってる―――!!」

富樫「大変だ――!あのままだと安西の体は落下して地面に激突しちまう―――!!!」

安西「し…しまった――――――!!!うわぁ―――――――!!!」

みるみるうちに地面が安西の眼前に迫り、激突しそうになる

田吾作「…安心しろ…せめて…止めは俺の手で…」

神出鬼没とはまさしくこのことであろう、いつのまにか再び闘技場の地下に移動していた田吾作が、止めを刺そうと土龍流を安西の眉間目掛けて突き出したのだ

虎丸「あ…安西――――――!!!」

闘技場を囲む谷に、大きな音が鳴り響いた
田吾作の土竜流が安西の眉間を貫いた音ではない
物と物がぶつかった音
安西が己の眉間を貫かれる寸前に、『ロンギヌスのさいばし』で田吾作の土竜流をつまみ、押さえた音である

田吾作「…しまっ…」

田吾作が呆気にとられ、土竜流を引き戻すのが送れた、その刹那
すでに安西のプログレッシブ耳掻きは安西の手を離れ、地面に降り注いでいた
地面が激しく振動し、爆音と共に田吾作の悲鳴が響き渡った

安西「これで決着だな」

安西は地上に降り立ち、引き戻されずに地中から突き出たままの土竜流を左手で軽くなでながら言った

田吾作「…つくづく…甘い男だな…これで…俺にまだ…余力が…あったら…どうする気だ…?」

語感からも、田吾作が息も絶え絶えといった状態なのは明らかだ、しかし、『蒼き山嶺の魔獣達』の長たる誇りが、最後まで相手に弱みを見せるようなマネは許さなかったのだ

安西「その時は俺がやられる前にプログレッシブ耳掻きを叩き込む準備ぐらい出来てるさ…だが…」

安西はそう言うと、大きく溜め息をつき、口元に笑みを浮かべながら言った

安西「こうやって戦いの前後にお互いに言葉を交わすのもまた戦いの妙味ってもんだと思ってね…」

田吾作「…最後まで…ふざけた男だ…だが…嫌いではないぞ…貴様のような男は…」

すると、安西は、少し寂しそうな表情をして、田吾作に尋ねた

安西「なぁ…最後になんか望みでも言ってみろ、俺に叶えられる範囲なら…」

田吾作「…本が…読みたいな…」

安西が全て言い終わる前に、田吾作は、しぼりだすような声で言った

安西「本?さっきも気になったことなんだが…お前、読めるのか?」

安西が不思議そうに尋ねる
それもそうだ、地中にいる人間がどのようにして本を読むのかは、気にならないという方がおかしい

田吾作「…俺が読めなくても…大地が…教えてくれる…その内容も…刻まれた作者の思いも…紙とインクの匂いさえも…」

この男は本当に本が好きなのだろう、今にも息絶えそうなこの状況において、その言葉には喜びが満ち溢れていた

安西「俺が持っている本ってのは…これぐらいしか無いんだが、構わないか?」

安西はそう言うと、懐から『オタクな知識』と書かれた本を取り出した
しかし、返事が返ってこない
5秒…10秒…いくら待っても、田吾作からの返事が返らない
そして、安西は永遠に待とうとも、もう二度と田吾作からの返事が来ないであろうことを理解した

安西「最後まで…せっかちな野郎だ…」

安西はそれだけ言うと、無言で本を足元に埋め、岩壁に向かって歩き出した

桃「あぁいう男よ、安西…戦った相手に武器は隠して見せても、心は決して包み隠さぬ…」

昼間の数時間しか光も差さず、雨すら滅多に降らぬ渇き、死に耐えた大地の下に彼は眠っている
しかし、恐らく、彼は幸せそうに笑って眠っているに違いない
墓穴は己が掘った大穴
墓標は己が武器、土竜流
供物は己が最も愛した、本
地底人として、戦士として、活字を愛する者として、幸せに眠っているに違いない
岩壁を登りながら、安西は、田吾作の幸せで、安らかな死に顔が岩壁に映ったような錯覚を覚えた


男塾、『滅神烈麩競武宴』決勝戦進出―――――――――