今月の食いタン
第3話他人のカツも食う

かの料理漫画の名作『美味しんぼ』において
どんな問題も料理で解決出来る事が証明されました
しかし、本当にそうなんでしょうか?そう言いきれるのでしょうか?
料理漫画家なら、誰もが疑いなく信仰している、『料理万能説』
その真実を追い求めるために、2ヶ月前に始まった連載があります
『ミスター味っ子』、『将太の寿司』そして『食わせモン』を書いた料理漫画の巨匠
寺沢大介先生が挑む新境地、食い道楽探偵の事件解決譚『食いタン』です

はい、もう内容はお分かりですね
料理漫画と推理漫画のコラボレーション
マネーの虎がブチギレて帰りそうな内容です

美味しんぼ理論では
確かに料理は万能ですが
それで殺人事件を解決するとなると
いささか無謀なのでは?と思えてきます
しかし、そこは寺沢先生、かなりハジケてくれてます

まぁ、前フリが長すぎてもダレるので
今回は初めてのレビューと言う事で
{1,2回はコミックスが発売され次第書きます}
料理漫画としては、間違い無く王道としても
推理漫画としてもまともなのかと言う事を
有名な『ロナルド・ノックスの十戒』から
言葉を引用して考察したいと思います

まず第一ページめ
シェフらしき料理人がもう一人の料理人に撲殺されるシーンから始まります

これは、倒叙物といい、犯人を最初に登場させ
探偵は、犯人の作り出したアリバイを、推理で崩し
犯人との対決シーンで相手を追い詰めボロを出させる
刑事コロンボや古畑任三郎などで有名なパターンです

さて、ノックスの十戒的にはこれはどうなんでしょうか?
一つ、犯人は小説の初めから登場している人物でなくてはならない
又、読者が疑うことの出来ないような人物が犯人であってはならない

一つ、探偵自身が犯人であってはならない

初めから犯人が現れてるワケですから、当然OKです

そして、次ページでタイトル、次々ページで探偵登場
舞台は超豪華なお屋敷の中、主人公の探偵、高野聖也と
助手の出水京子が、あるお屋敷のパーティに来ているシーンから始まります

出水は、そんな立派なパーティにお呼ばれした
聖也の交友関係の広さを誉めますが、聖也は食事をしながら
『死んだ母の知り合い』とか『要するにお祭り好きなんだ』などと
あまり金持ちとのコネなどには興味は無い、という感じで話します

ここまでだと、正統派な推理漫画です
少なくとも、探偵が未成年ではありません
好青年っぽくて、悪い印象を与えるタイプではありません

しかし、並の好青年では
真・寺沢大介の漫画の主役ははれません

聖也は、出水に向かって身を乗り出して言います

ただしこのパーティは食い物が抜群!!だから毎回来る!!
しかも今回雇われたシェフがまた大変な腕らしい
そろそろ彼の最も得意とする料理が出てくるぞ!!


たったこれだけの台詞ですが、少なくとも
女の顔に顔を近づけて力説する内容ではありません

そして、聖也の待ち望む料理
『カットレットボロネーゼ』が登場します
そして、それを見た聖也が吼えました

「これだ――ッ」

グレート巽を見つけた泣き虫サクラ状態です
出水も顔を引きつらせながら、周りに対し
「すみません・・・ええ、なんでもないんです ハイ・・・!!」と平謝り
いくら楽しみとはいえ、パーティで女性に恥をかかせるのは如何なものでしょうか?

そして舞台は厨房に移り
戸棚に押し込められていた死体が発見され
警察がどやどやと押しかけてきます

ここで、被害者と犯人の説明があります
被害者は暴君タイプの弟子に辛く当たるタイプの有名シェフ
犯人は、その助手で、被害者をかなり恨んでいたそうです

さて、コロンボや古畑が好きな人は分かると思いますが
倒叙物では、こういう場合、犯人が最初にボロを出します
ようするに、この取り調べの時に、矛盾した発言をしてしまい
そこを探偵に疑われて、色々痛い腹を探られてしまうのですが
これはそうではありません、というか、探偵がこの場にいません
呼んでもいないのに現場にしゃしゃり出る非常識探偵が多い昨今
かなり礼儀正しい行動です、まぁ、ある意味それが一般人の常識なんですが

では、どうやって犯人のボロを見破るか?
出水に続く二人目のワトソン役{探偵の相方}の
緒方警部は、犯人を取り調べしながら、考えました

「視線ふぁ定まらずおどおどした挙動の不審さ・・・
自分が犯人だと言っているようなものだな」

一つ、ワトソン役は彼自身の判断を全部読者に知らせるべきである
又、ワトソン役は一般読者よりごく僅か智力のにぶい人物がよろしい

確かに、自分の判断を伝えてくれてますが
無茶苦茶知力高いんですけど、この警部
まぁ、もう一人の出水が馬鹿っぽいんで、OKとしましょう

しかし、この後
部下の刑事が凄い事を言います
まず、犯人の宮田が被害者を恨んでいた事、そして

「チョーさんのでも・・・・・・
やつが真犯人にほぼ間違いありません」


一つ、偶然の発見や探偵の直感によって事件を解決してはいけない

良かったですね、寺沢先生
このいかりや長介似のおっさんが主人公だったらダウトでしたよ?

というより、最近の警察は
未成年の探偵の推理だけで無く
年寄りの山勘も重要視していたのですね
山手中央署の横溝署長でもそこまではしません
これでは、無能呼ばわりされても仕方有りません
足で事件を解決する時代終わってしまったようです

しかし、これで終わったら何が何だか分かりません
犯人逮捕に当たって一つ問題が浮上します
なんと、凶器がどこにも発見できないというのです
被害者は、そうとうに丸みのある鈍器で頭蓋骨を叩き割られていました
しかし、実際に使用可能な凶器はどこにもあありません

なるほど、これが今回のキモのようです
動機やアリバイなどの謎解きは一切省き
凶器焼失トリックだけを考えさせる趣向のようです

「いったい犯人はどんな方法で・・・・・・倉田シェフを殺害したんだ・・・・・」

緒方警部も大弱りです、これはいけません
警察が諦めたら、事件は迷宮入り』です

しかし、そこに助け舟が
出水が緒方に会いにきます

「君がここにいるということは・・・・・・高野先輩もここに!?」

「ええ・・・・・・まあ・・・・・・いるにはいるんですけどね・・・・・・」

言いにくそうな出水、それもそのはず
聖也は、ホールで食事を続けていました

「みんなどこ行っちゃったのかな――?
せっかくのお料理が冷めちゃうよ――ッ
それじゃあもったいないから・・・・・・
僕が全部食べちゃお――っと!!
そーれガブガブガブガブ・・・・・・!!

あっはっはっはっは
旨い!!旨過ぎて
死ぬ!!


前言撤回

賞味期限は人命よりも重い
真・寺沢節全開の超非常識主人公です

呆れながら話し掛ける緒方警部に対し
笑顔で「君もこっち来て一緒に食うかァ!?」と誘います
しかし、ここはエリート警部、穏便に捜査の協力を依頼します
しかし、真・寺沢節全開の力の前に、常識はあまりにも無力です


「いいじゃん
死にたいやつには死なせておけば――
僕はここで一人でカツレツ食ってるよ――」

死にたい奴が死んでたらただの自殺です
被害者も草葉の陰で泣いている事でしょう
推理小説のパターンの中には、死んだ被害者が
自分で自分を殺した犯人を探す、というものがありますが
被害者は是非このパターンを使いたかった事でしょう

困ってしまったお巡りさん
仕方なく、二人の部下に元先輩の探偵を現場に連行させようとします

さぁ、この次のページでもまだ真・寺沢節は全開
この5コマに込められたパワーは半端じゃありません
まず、ページ上半分に詰められた4コマから見てみましょう


「失礼します」

「え!?」

食事中に両脇を刑事にもたれ、呆然とする聖也{一コマ}


「ちょ・・・・・・
ちょっと待って
ま・・・・・・まだカツがあんなに残ってる!!」

冷や汗を流して焦る聖也{一コマ}


「カツが
僕のカツが!!」

むっちゃ焦る聖也{一コマ}


「ダメだ!!
このまま残してはいけない!!」

無茶苦茶焦る聖也の口のアップ{一コマ}


「僕のカツ――ッ」

刑事二人に押さえつけられながら
テーブルの上のカツに手を伸ばす聖也
ページの下半分を使った今月のハイライトです


刑事に押さえつけられながら
必死な表情でカツに手を伸ばす探偵
『ボボボーボ・ボーボボ』並にシュールです


しかし、執念の勝利か
次のページには満面の笑顔で
カツの皿を持って殺人現場に立つ聖也
しかも、よく考えれば「僕のカツ」とか言ってましたが
これは元々は他人のカツで、聖也は勝手に盗み食っただけです
まぁ、今回の副題にもなってるので、仕方無いと言えば仕方無いのですが
はっきり言ってこの男、料理がからむと、海原雄山並に人でなしになるようです


そして、推理そっちのけで食事に集中する聖也

警部「そ・・・・・・それで
あの・・・・・・どうでしょうか」

聖也「何が?」

高野「凶器ですよ凶器!!!」

聖也「ん・・・・・・!?
キョー・・・・・・
キョー・・・・・・?
いやあ・・・・・・
今はギョーザはいいよォ・・・・・・!!

出水「殴りますか?


などと、三人で程度の低い漫才を続けていると

「何をウダウダやってるんだ?」
と、謎の老人が登場いたします
出水の説明臭い台詞によりますと
彼は高村耕司という高名な推理作家らしいです
そんな奴勝手に現場に入れるなよ警察

ともあれ、高村は
「単純だよ実に単純なトリックだ」
と、消えた凶器の場所を推理します
彼の無駄にもったいぶった正統派の推理ショーを要約すると

薄切りにする前のカツレツの肉を冷凍し
それで撲殺し、オーブンで急速解凍して調理
出来たカツレツを全て客に食わせてしまい、証拠隠滅

「食べてしまえばなんの証拠も残さない
推理小説では古典的なトリックですよ」

その自信たっぷりの台詞に

ある者は「さすが
さすがですわ先生!!」と言い

ある者{出水}は
「当代一流の推理小説家・・・・・・
この難事件をあっという間に解決してしまったわ!!」と言います

しかし、ここは我らが寺沢先生&聖也
そんな型にハマった推理を「アホくさ」と一蹴、そして

「まっさかァ・・・・・・!!
こんなおいしいもンが凶器のわけないですよォ・・・・・・!!」

と、満面の笑顔で語りかけます

自分の見事な推理にケチをつけられた高村先生
青筋立ててケチをつける理由を尋ねます、しかし、聖也はつやつやになりながら
「だってこんなにおいしいんですよォ!?」の一点張り

見かねた出水が助け舟を出します

「す・・・・・・すみません!!あのッそのッ
この人食べ物のことになるとおかしくなって・・・・・・!!

雇い主をキチガイ扱いしやがりました
まぁ、気持ちは痛いほど良く分かりますが

すると、聖也はナイフでカツを切り
その肉汁したたる切り口を皆に見せ、説明します

「おいしい肉汁がほら・・・・・・!!
こ――んなにいっぱい出てるでしょ?
これがお肉を噛みしめると口の中にじゅわっと広がって・・・・・・!!
肉の旨味が口の中をきゅーっきゅきゅきゅーっとしめつけて・・・・・・!!


『まったりとした味』以上に抽象的なフレーズです
この時、聖也はちょうど両手を、胸を揉むような形で固定していたので
それが所謂、『きゅーっきゅきゅきゅーっとしめつける』という感じなのでしょう
後ろで刑事と出水が顔を赤らめているあたり、まず間違いは無いと思います

しかし、正統派探偵の高村先生には
そんな聖也の奇行が理解できません
「だから・・・・・・それがどうしたと・・・・・・」と問い詰めます
さすが正統派、カウンターを入れてくれと言わんばかりの間の取り方です

そんな人生の大先輩のご好意
これは、ジャイアント馬場の16文キックに
自らぶつかる若手と同じ気概で望まねば、むしろ失礼です

聖也は言います

「そんな急速に解凍した肉が
これほどたっぷりと肉汁を出しますかね?


なるほど確かに
急速解凍した肉は
水分と同時に肉汁が抜けてしまい
オーブンもグチャグチャに汚れてしまいます
しかし、オーブンは綺麗なまま、だから、凶器は肉ではない

理にかなっています
なんか、すごく正統派な推理です
このまま本格推理漫画のノリになってしまうのか?

「じゃあいったい・・・・・・凶器はなんだと言うんだ!!」

すると、聖也は出水に尋ねます

「カツの衣は何でできているのか知ってるか」

出水が小麦粉、砂糖、そしてパン粉だと答えると
聖也はパン粉の説明を始めます、そして
カツレツに使ってあるパン粉の中に
シェフが用意した以外のパン粉が混じっていると指摘します

片方のカツの衣は普通のパン粉で揚げたもの
そしてもう片方のパン粉は、普通のパンを砕いて作ったもの
シェフの用意したパン粉はまだ十分あるのに、別のパン粉が混じってる、それはなぜか?

「まさか・・・・・・!!」{寺沢節の予感}


「{ドイツの}もっと北方の感想地帯には
岩のように固く重いパンがある
・・・・・・人間一人を殴り殺せるようなパンが・・・・・・

倉田シェフを殺害した凶器はそのパンだ!!」


・・・人は、一握りのパンのために人を殺すそうですが
まさか、そのパンで人を殴り殺せるとは思いもしませんでした

高村も驚きます

「バ・・・・・・バカな・・・・・・
パンで殺人などそんな・・・・・・!!」

しかし、前例が全く無いと言うワケではありません
現に、『焼きたて!!ジャぱん』という作品の作中では
パンが旨すぎたためにショック死した老人もいたのですから

食っても死ぬ、殴られても死ぬ
人類は何とも恐ろしい兵器を考え出したものです

余談ですが
チュンソフトの中村光一社長が
この両作品にインスパイアされて
トルネコの大冒険の続編において
『食べたら死ぬパン』や『武器として使用できるパン』を
新アイテムとして登場させたら、私は最低3枚は買います

とにかく、凶器がばれ
家政婦に殺人パンでパン粉を作るところを見られていた犯人は
あいつが悪いんだ、とおきまりの台詞を吐いた後、聖也に向かって言い放ちます

「なんであのトリックがばれたんだ・・・・・・!!?
ただ食っただけで・・・・・・なぜ全部がわかったんだ!!?
あんた・・・・・・一体何者なんだ!?悪魔か!!?」


一つ、探偵方法に超自然力を用いてはならない

ノックスの十戒的にこれはどうなのでしょうか?
神の舌は、超自然力に入るのでしょうか?
まぁ、もしそうだとしたら、MMR辺りが
海原先生を取材の標的にしてただろうから
これも{多分}OKのうちに入るのでしょう

ちなみに、殺人パンについても

一つ、科学上未確定の毒物や
高度な科学的説明を要する毒物を使ってはいけない

というのがあるにはあるのですが
別に、あまりの旨さで昇天した
というワケでも無いので、OKでしょう
大体、パンに科学的もクソもありませんし


犯人の問いに、聖也は答えます

「僕はただの人間さ

食べ物のことになるとおかしくなる男だ!!」


どうやら、出水の暴言を根に持っているようです
根に持つって事は、本人に自覚は無いんでしょうか?いささか問題です
少なくとも、その場にいた全員が全員とも、彼を『ただの人間』扱いはしないでしょう

とにかく、事件は無事解決いたしました

ちなみに、他のノックスの十戒ですが
一つ、秘密の通路や秘密室を用いてはいけない
一つ、中国人を登場させてはいけない
一つ、生児や変装による二人一役は、予め読者に双生児の存在を知らせ
又は変装者が役者などの前歴を持っていることを知らせた上でなくては、用いてはならない

まぁ、これらはいいでしょう
秘密の通路も中国人双子も出てきてません、しかし



一つ、読者の知らない手がかりによって解決してはいけない


これははっきり言って微妙です
パン粉の違いなんて、食ってた人間にしか分からないんですから
カツというヒントだけから推理しろ、とじゃいささか無茶な気もします
しかし、他の9個がOKだったんです、まぁ、ギリギリOKと致しましょう

こうして、ノックスの十戒的にも
本格推理漫画と認められた『食いタン』
寺沢先生は、この作品にどのようなメッセージをこめているのでしょうか?

ともあれ、事件を解決した聖也達
ホストである夫人の「またお招き致しますわ」という発言に
「心の底より期待しておりますッ」と、最後まで出水に恥をかかせます

すると、いきなり後ろから声をかけてきたのは高村

「食いタン・・・・・・高野聖也か」

最後の最後で声をかけると言う事は
言わば、主人公への宣戦布告、もしくは
読者へのサブレギュラー化のアピールです

「私の家系も曽祖父の代からの探偵家業だったが
今回は完全にしてやられたな」

貴方は作家ではなかったのですか?

そして、ついに最終ページへと突入
高村の啖呵はまだ続いております
そして、今週次点のハイライトシーン

「だがッ次は絶対に負けんぞっ






曽祖父の名にかけて!!」


うわぁやっちまった


どうやら、この作品は
寺沢先生のマガジンに対する
っていうか、あの探偵漫画に対する
宣戦布告の意味合いもあったようです

それよりも、このおっさんの曽祖父って
一体何時頃の時代に活躍したんでしょうか?
普通に考えれば、明治辺りが考えられそうですが
下手をすれば幕末までさかのぼる事が可能です
これは、昨今の探偵の低年齢化を嘆いた
寺沢先生からの警告
でしょうか、キバヤシさん?

ともあれ、マガジンに対し
真剣勝負{シュート}の合図を示した寺沢先生ですが
この後、この高村は、焼き肉を食いに行く事しか頭に無い聖也に無視されます

これは、マガジン編集部に対し
「これは流してくれ」というメッセージかもしれません
ほんの冗談なんだから、まぁ仲良くやってこうや、と

ガチンコか?和平か?
どちらにせよ来月も目が放せません
どの方向に向かっても盛り上がりそうなこの作品
出来る事ならば、このまま長期連載して欲しいものです