KANONの奇妙な冒険

第四話 『プラチナに誓う』


俺のスタンドの拳が
機関銃のように次々と打ち出され
ハートボイルドパパに蜂の巣のような穴を開ける

しかし

「…くっ!!」

不意に左肩に感じる軽い衝撃
それは、新たな卵が俺にぶつかった事を示している
その卵は地面に落ちて砕け散ると、また新たな敵を出現させた

「…キリがねェ!
倒しても倒しても!!」

愚痴をこぼすように叫び散らしながら
四方八方から飛んでくる卵を必死で避ける
雪球による相殺だけでは回避には限界がある
そのため、先ほどから俺本体も激しい回避行動を強いられている
まるでドッジボールで唯一残ってしまった小学生のように、無様に逃げ回る

黒服の戦法は完璧だった
基本的な戦法は原始的なかじりつきのみのスタンド
その元となる卵を作り出すしか能の無い弱いスタンド使い
その弱さを自動操縦ならではのコンビネーションと戦法で補っていた

まず、四方を完全に囲み
つかず離れずの距離を保つ
攻撃は主に側面や後方が担当し
前方はあくまで囮としての役割に徹する
とはいえ、俺が気を抜いた瞬間、前方も攻撃役に転向する

だが、これだけならば脅威とはいえない
どれか一方の敵を倒してから、各個撃破すればよいのだから

「うおおおおお!!」

上半身を思いっきり反らし
俺は前方から飛んでくる卵をかわす
だが、そのかわしたはずの卵を後方のスタンドが
空中でキャッチして、俺目掛けて投げ直す
上半身を反らしたままの体制ではかわしようが無い

「払え!」

俺の叫びと同時に
俺のスタンドが俺に足払いをしかける
主軸を失った俺の体は、重力に引かれるままに倒れ
雪のクッションの上に背中から豪快に倒れこむ
そして、上空を白い卵が飛び去るのを確認すると
俺はすぐに起き上がり、周囲に油断無く気を配る

「中々手馴れてきたみたいだね
じゃあ、もう少し卵の量をふやしてみようか」

そう言って
黒服は新たにいくつも卵を出現させると
それをまとめてこちらに向かって放り投げる
といっても、俺を直接狙っての攻撃ではない
複数個の卵の塊はさらに4つの塊に分かれて
ハートボイルドパパ達の手元に降り注ぐ

そして、ハートボイルドパパ達は
器用にそれらをキャッチし、お手玉の中に加える

さっきからずっとこの状態なのだ
連中の新しい攻撃方法がこのジャグリング
四体がかりでいくつもの卵をパスしあい
俺にぶつけて新たな自分達を生もうとする
そして、それが足りなくなれば黒服が補充する
敵を減らそうとして攻撃しても、その時の隙に
新たに卵をぶつけられ、同じ事の繰り返しになる
終わりの無い堂堂巡りを繰り返す事になるのだ

「…ちっ!
どうすりゃいいんだよ…
ずっとこのままってワケにもいかねぇしな…」

そう言って、額の汗が目に入らないように袖で拭う

「…!!」

そして、俺は絶望的なことに気付く
俺は、今『汗を拭いた』
この北国の雪空の下で

何故?
熱かったからだ
持久戦を強いられて
激しく体を動かされて
体力を消耗した事に加え
白い雪の降る中で白い卵を見分け
さらにそれをかわし続ける精神的消耗
その消耗が、汗をかくという形であらわれたのだ

「…はぁ、はぁ、はぁ」

俺は自分の息があがってる事に気付く
想像以上に、自分が消耗している事に気付く
そして、焦りの色が混じった瞳で黒服を睨みつける
すると、黒服は俺の感情の変化に気付いたのか
ニヒルに笑うと、指をパチンと鳴らし、スタンドによる攻撃を停止した

「ようやく気付いたようだね
だが、少し気付くのが遅かったようだ
無理も無い、戦闘経験の無い君にとって
真剣勝負というものがいかに疲弊するものか
知る由も無い事だったんだからね…」

黒服が肩の辺りで両手の平を上に向け
こちらを挑発するような笑みを浮かべる

「さぁどうする?
これが私の作戦の全てなワケだが…
自分の詰みを認めて、投了するかい?」

黒服の一言に
俺は、怒りは燃やさずに
闘志だけを絶やさないように努める
ヤツの目的は俺を動揺させる事だと理解できるからだ

「何度も言わせるなよ…
俺に償わなきゃならない罪があるのなら
そのために俺は前に進まなきゃならないんだ
諦めるなんて男らしくない選択が取れるかよ!!!」

「そうか…
なら仕方が無い
攻撃を続ける事にしよう
今度は君を飲み込むまでね」

そう言うと
黒服は再び指をパチンと鳴らした
同時に、ハートボイルドパパ達が動き出す

「ちぃっ!!
また逃げの一手かよ!!」

俺は必死に打開策を考える

どうやって奴らを倒すか?
どうやって奴らの数を減らすか?

だが、激しく動き回る状況で
中々考えが一つにまとまってくれない
むしろ、ごちゃごちゃと混乱してきて
卵を避ける事すら困難になっているのが現状だ

「くそっ!!
邪魔すぎるぞこの卵!!」

思わずカッとなって
スタンドの裏拳を卵に叩き込みそうになってしまい
俺はハッと気付いてその拳を引っ込めさせる

「やばいやばい…
思わず卵を割っちまうとこだった…
これ以上増やしたら本当にもうもたな…」

溜め息をついての独り言は
雷のような閃きによって中断された
全ての思考を停止させるほどの、圧倒的閃きによって

「余所見をしている暇などあるのかい!!?」

黒服の叫びと共に
複数の卵が一気に俺に襲い掛かる
しかし、俺は余裕を持ってそれに対処する事ができた

「俺の『スタンド』よ! 全て叩き壊せ!!」

俺の叫びと同時に
俺のスタンドは拳を振るい
電光石火の速度をもって
叫び声が終わるよりも早く
空中の卵を全て粉砕した

「……………」

俺は卵の破片を用心深く観察する
すると、それらは俺の思惑に沿うように
白い粉雪に溶け込むようにかき消えていった

「…お見事、よく見抜いたもんだ」

黒服のコメントに
俺は自分の出した回答が正解だった事を確信し
安堵の笑みを浮かべ、そして黒服に言い返す

「お前言ってたもんな
センサー切断だの自動操縦だのって…」

そして、周囲を一瞥してから、再び黒服を睨みつける

「何でこいつらは俺を狙うんだ?
お前が操っている訳じゃあ無いんだろ?
だったら、答えは一つだよな…こいつらは
センサーによって『敵』を識別して攻撃していたんだ!!」

黒服は何も答えない
俺はそれを肯定と受け取り
なおも推理ショーを続ける

「じゃあそのセンサーって何だ?
どうやって俺を識別していたんだ?
その理由を考えた時、新たな疑問が浮かんだ…
『何でこいつらは俺に卵をぶつけようとするんだ?』って疑問がな…」

そう、もしも頭数を増やすだけならば
卵を俺にぶつける必要なんて存在しないのだ
なのに、奴らは俺目掛けて卵を投げつけてくる
スタンドではなく、俺自身のみを標的として定めてくる
つまり、俺の身体にぶつけなければならない理由があるという事なのだ

俺の身体にだけあって
他に無いもの、それは『体温』
あの卵は俺の『体温』によって孵化させられていたのだ

「発想の転換だ…
敵を減らす事じゃあなく
増やさない事を考えるんだ
そうやって考えを引っくり返す事が
つまりは敵の考えを読む、裏をかくって事に繋がる…」

俺が言葉を続けていると
突然、周囲のハートボイルドパパ達が
一斉に俺目掛けて飛び掛ってきた

しかし、俺に同様は全く無かった

「もう増えないんなら…
後は減らすだけ…簡単な作業だ」

俺を中心に
スタンドの拳が
四方八方に叩き込まれる
それらの直撃により、ボディを砕かれ
空中に霧散する最後のハートボイルドパパ達

「そして、後は大本を叩くだけ、だよな?」

そう言いつつ
俺は黒服に近付こうとする
すると、突然黒服は拍手を始めた

「実に素晴らしい、全問正解だよ
君は私の『ハートボイルドパパ』についての全ての能力を解き明かした」

俺は何も言わずに黒服に近付く
奴に俺のスタンドの拳を叩き込むために
奴が何をしても反応できるように意識を集中させながら

「ただ発想を転換させるだけじゃない
卵というヒントから体温による孵化を連想したんだ
不条理の中に理を求めようとする、これは中々できる事じゃあないよ」

尚も鳴り止まぬ拍手の中
俺は真っ直ぐに歩きつづける
恐らく、奴もこのまま負けるつもりは無いだろう
また上空に卵を放っているかもしれないし
素早く卵を投げつけてくるつもりなのかもしれない
まだ油断は出来ない、油断をすれば、俺は確実に負ける

「だが、少し時間がかかりすぎたみたいだね…
君にはもうほとんど戦う力は残っていないだろう?」

奴の一言にドキリとしたが
俺はあくまで無反応を貫き通した
たとえどんなに些細な事であろうとも
黒服の思うとおりに事を進めたくなかったからだ

実際、奴の言う通りだ
もう俺は心身ともに限界だ
だからこそ、あと一撃で決める

もう絶対に奴の卵は食らわない
もう二度と、あのスタンドも
俺の『罪』も生み出さないために

すると、ピタリと黒服の拍手が止んだ
そして、黒服は拍手の代わりに静かに言葉を紡ぐ

「…だけどね
基礎問題の答えを全て知られようとも
優秀な教師なら、応用問題なんていくらでも作れるんだよ」

「………………!!」

俺は、先ほどとは
比べものにならないほど動揺する
それは、声も出せなくなるぐらい強い動揺
奴の言葉に反応したワケじゃないし、それどころじゃない

俺を動揺させたもの
それは、靴底に感じる固さ
狭い範囲で足の裏を刺激する固形物
そして、覚えのある『エネルギーの波動』

「…まさか」

恐る恐る足をその場からずらす
すると、白い雪の中に、白い卵が埋もれているのがわかる

「馬鹿なッッッ!!」

思わず、叫んでしゃがみこみ
ヒビが入っていく卵を拾い上げる

「君はさっきから随分激しく動いたよね…
この冬空で汗をかくぐらい、激しい運動をしたんだ…
そう、『靴の裏からでも体温を感じられる』ほどに、君は温まったんだ」

淡々と冷たい口調で黒服が言葉を続ける

「ゲームオーバーだ
またハートボイルドパパは生まれる
やはり君は繰り返すしかないのさ
だが君の精神はこれで完全に折れた
試験は君の失格と言う形で終わりを迎える
この結果は決して覆らない、そう、奇跡でも起きない限り…」

私はそのまま彼に背を向けた
もう試験は終わったのだ
彼の最後を見届ける必要は無い
後は彼を元の町に送り届け、それで終わりだ

そう、もう全て終わったんだ
最も望ましい形では無かったにしろ
これで私はもう全てを終わりにできるのだ…

「…待てよ、逃げる気か?」

不意に響く少年の、声

「!!」

私が振り向くと
そこには彼が立っていた
さきほどと何ら変わりの無い姿の彼が
ハートボイルドパパの卵をその手に持って

「馬鹿なッ!
何故まだ卵が孵らない!!?
ハートボイルドパパは一瞬で君の体温を記憶し孵化するはず!!」

私は驚愕の叫び声をあげる
すると、少年はニヤリと微笑んだ
まるで初めて大人をやりこめた無邪気な悪童のように

「動揺したな…
って事は、もう罠は無いって事だと考えていいんだな?
もうこれでお前をぶん殴る障害は無いって考えていいんだな?」

私は、ハッとして
少年の手元を注視する
たしかに、卵にはヒビがある
しかし、ヒビは透明な何かによって
その溝を埋められ、繋ぎとめられていた

「…それが君の能力だったのか
私の卵を完全に固めてしまうほどの
『強力な接着剤を作る能力』!!!」

あの追い詰められた一瞬で
なおも彼は成長し、能力を発動させたと言うのか?
7年前までは泣いてこの町を去る事しか出来なかった彼が!!?

「そう言えば
まだ名前つけてなかったよな…
いつまでも『俺のスタンド』じゃ
呼びにくいし、何よりカッコつかないしな」

薄い笑顔でそう言った後
少年は強い決意を秘めた顔になり
私に射るような視線と言葉を浴びせる

「俺は必ず罪を償う
どんなに辛い道だろうとも
決してくじけずに歩み続ける
償うためには、奇跡だって起こしてみせる
割れた卵だって、必ずくっつけてみせる
そして必ず俺が不幸にした皆の笑顔を
このプラチナ色に輝く庭園に取り戻してみせる!!
俺のスタンドにかけて誓う! 『プラチナガーデン』!!
それが俺の決意の証! 覚えておけ! 『プラチナガーデン』だ!!」

叫びと共に少年は突進し
スタンドの拳は私の鼻先へと迫る

…もう充分だ
私は望む結果を見れた
これ以上彼は止める理由は無い

私は、満足気に微笑み
そして右手の中指と親指をこすると
パチンと大きな音を辺りに響かせた





「……」

雪雲を覆うように、女の子が俺の顔を覗き込んでいた

「雪、積もってるよ」

ぽつり、と呟くように白い息を吐き出す。

…あれ?
俺は今まで何を…
少し、頭がぼうっとした
まるで長い夢を見ていたかのように
だが、すぐに降り積もる雪の冷たさで頭が冴え
はっきりとした意識でものを考え、そして、目の前の女の子の言葉に答える

「そりゃ、2時間も待ってるからな…」





「祐一さんは見事試験に合格されたようですね」

青い髪をした温和そうな女性が
台所で料理の下ごしらえをしながらひとりごちる
いや、本当にただの独り言だったと言うワケでは無い

聞かせるべき相手はたしかにいる
だが、それが他の人間には見えないだけだ

「…確かに素晴らしい資質だ
しかし、秋子、君は本当に彼に全てを任せてもいいと思っているのかい?」

その女性を秋子と呼んだのは
巨大な白い卵に手足の生えた存在
先ほどまで、祐一が戦っていた相手だ
それが椅子に座って彼女と会話しているのだ

「あら、あなたはそれを確かめに行かれたんでしょう?
わざわざ『ハートボイルドパパ』の能力を使って
祐一さんの心を成長しやすい世界に連れて行って」

ほのぼのと笑いながら
秋子が卵に声をかける
その言葉に、卵は思わず返答に詰まる

「…それは確かにそうなんだが」

相沢祐一は知らなかった
自分の座っていたベンチの周りに
白い卵の破片が散乱し、やがて消えた事を

水瀬名雪は気付かなかった
従兄弟の少年の顔を覗き込む刹那
彼の周囲が白い『殻』に覆われた事を

「相手の心に入り込み
存在を受け入れ易くなった心理を
巧みな話術によって洗脳する能力…
やろうと思えば、最初の会話の時に
祐一さんを自分の言いなりに出来たんじゃないんですか?」

「…確かにそれはそうなんだが」

卵は口をもごもごとさせる
すると、秋子はクスリと笑い
そして卵の方を振り向いて言う

「見事な啖呵じゃないですか
『奇跡だって起こしてみせる』なんて…それに…」

「それに?」

「プラチナ色というのは
誰かを幸せにしてあげたいときにその願いを込めて贈る色なんです
無意識のうちに、祐一さんはその色を選んで自分のスタンドに名付けた…
その優しさと、そして思いの強さがあれば、きっと祐一さんは大丈夫ですよ…」

だから心配しないで、と
秋子は卵に優しく語りかける
すると、卵はゆっくりと立ち上がる

「…だが、彼はまだ未熟だ
彼一人に全てを任せるには荷が重過ぎる
君だって、今の『奴』がいかに恐ろしい存在か判るだろ?」

その言葉に、秋子の表情がわずかに曇る

「…確かに、今のあの人は
大切な存在を立て続けに失ってしまったショックで
狂気に囚われてしまいました…何を考えているかも判りません」

そこで、言葉を一度区切る

「ですが、まだ止める手立てはあります
そのために、今は他にも一人でも多くのスタンド使いが必要です
それに…祐一さんがあの人の娘と知り合いだった事は
ただの偶然ではないように私には思えるんです」

「それは君なりの推理かい?
それとも女の勘って奴なのかい?」

「…今はまだ、後者です」

「…そうか
じゃあ私はそろそろ行く事にしよう
そろそろ名雪達が帰ってくる頃だし
祐一君に見つかっては面倒なことになるからな」

そして、卵は振り向くと
そのままボテボテと歩き去ろうとした

「それに、何があろうとも名雪は…
私達の娘はきっと私が守ってみせますから…」

その言葉に卵の動きが止まる
しかし、決して振り向かずに、後ろ向きに言葉をかける

「…お前には迷惑ばかりかけるな
もう私は肉体が滅んで魂のみをスタンドの内に留めるだけの存在だと言うのに…」

本当に申し訳無さそうに言う卵の背中に
秋子はそっと手を重ね、目を瞑って優しく言う

「夫のいない時に家を守るのが、良い妻の勤めですから…」

二人はそのまましばらく無言で動きをとめる
だが、すぐに卵は再び前へ一歩を踏み出す

「まだ私には最後の仕事が残っている
それを終えるまでは、まだまだ休めそうにない…」

そして、彼は近くの壁に手をつくと
ずぶずぶとその中に沈みこんで行った

「…お前が何を企もうとも
私がきっと止めてやるぞ…月宮…」

秋子は、しばらくの間
彼が消えた壁を眺めつづけ
やがてまた料理の下ごしらえに戻った
そして穏やかに笑いつつ、今度こそ本当にひとりごちる

「…きっと大丈夫よ
だって祐一さんは…名雪が選んだ男の子ですもの…」

相沢祐一の物語は
次の日より始められる事になる
悲しい過去が降り積もったこのプラチナガーデンを舞台にして





第一部完