KANONの奇妙な冒険
第三話『最強との相違点』
「EEEEEEEEEEEEGGGGG!!」
ひび割れた『ハートボイルドパパ』が俺に向かって飛び掛ってくる
しかし、俺は自分でもびっくりするぐらい冷静にその姿を見ていた
冷静に、大口を開けて迫る『ハートボイルドパパ』を見つめていた
俺は、目視で奴が俺のエネルギー体の拳撃の射程距離に入ったのを確認すると
怯えまくってた先ほどまでは考えもつかなかった感想を、率直に叫んだ
「遅い!!」
口ではそう叫んで、心では別の事を叫ぶ、『殴れ!』と
すると、俺の隣に出現していたエネルギー体は
『ハートボイルドパパ』目掛け、右の拳を高速で突き出した
グシャリと潰れる白い卵の表面、飛び散る白い欠片、さらに空中に舞い散る白い雪
俺の目は、それに映る全てを一瞬にして確認する事が出来た
だが正確に言えば、それは俺の目の力では無いのかもしれない
いや、きっとそうだ、これはエネルギー体が見ている景色なんだ
俺の脳の命令がどうやってエネルギー体にまで伝わっているかは解らないし
エネルギー体の視覚が何故俺とリンクをしているのかなんて、知る由も無い
しかし、理屈を全く抜きにしても、理解する事が出来た
右目の景色と左目の景色が合わさって一つの景色を脳に写しているように
今、エネルギー体の視覚と俺の視覚は溶け合って同じ景色を見ているのだと
エネルギー体の桁外れの動体視力が、俺に敵の動きをノロマに見せているのだと
俺が見ようとするより強く、エネルギー体は目に映る全てを観ているのだと
これは、達人が達する『心眼』の境地とでも表現するのだろうか?
極限まで『視る』事に集中したのならば
俺の視界の中で、『時は止まる』のかもしれない
昨日までの俺ならば、そんな馬鹿げた考えは自分で一笑に伏していただろう
しかし、1時間にも満たないわずかな時間で俺の思考は劇的に変化していた
『信じる事はそのまま力になる』、そんなありふれた、使い古された言葉だが
俺にはそれが全く陳腐には感じられず、むしろ今まで聞いたどんな説教よりも
俺の心にズシンと響き、一番深い部分に根を張っていた
信じる事を貫く力こそが、人間の持つ精神力の力なのだ
だから俺は強く、激しく、真っ直ぐに『信じた』、『信じぬいた』
俺のエネルギー体…『スタンド』のスピードを
「まだまだァァァッッッ!!」
ぶち当てた右拳を引け!
代わりに左拳を叩き込め!
引き絞った右拳を再度打て!
右の次は左を!左の次は右を!
何度でも繰り返せ!何度も何度も繰り返せ!
繰り返す度に拳の速度をあげろ!際限なくあげろ!
右よりも早く左を!左よりも早く右を!もっともっと早く!!
「オオオオオオオオラララララララララララララララララララァッ!!」
俺の人生の中で最速の思考
その思考に離される事なく追いつく拳のスピード
拳のスピードに発奮し、さらに加速する思考速度
そして生み出された超速の拳の弾幕は
『ハートボイルドパパ』が背後に吹き飛ぶ事すら許さなかった
奴は、再び地面に着地する事すら叶わずに、拳の豪雨をその身に受け
瞬く間に幾百の欠片に分解され、白い残骸は降り注ぐ白い雪に紛れ
そのまま雪に溶けるように、文字通り『消滅』していった
「よっしゃあ!!」
勝利を確信した、俺の勝どき
極限状態での高速思考の疲労か
それとも、『スタンド』を使用した影響か
俺は精神的な疲労を感じていたが
それは、感じた事の無い、心地良い疲労と言えた
「…正直に感想を述べよう『予想以上だった』
覚醒したばかりとは思えないスピードだったよ
素晴らしい才能とは、それだけで芸術となるものだ
思わず見惚れてしまったよ、その目にも止まらぬ拳のアートに」
感嘆の溜め息と共に黒服が言う
俺は驚いて振り返り、黒服を見る
そして、一つの疑問が頭をよぎる
黒服には全くダメージが見られない
直接傷つけられたワケでは無いのだから当然だろう
しかし、そこに疑問が残る、俺の視覚は『スタンド』と同化している
奴だってスタンドと何らかの形で同化している事も十分考えられる
ならば、『スタンド』が破壊されて、何の影響も出ないはずが無い
精神力で作り出したエネルギーの塊が破壊し、消滅したんだ
ただ出し続けているだけでも、俺は精神的に消耗しているのに
破壊され、消滅して無傷と言うことは考えにくい事だった
「私の無事を不思議に思うか…
君は本当に素晴らしい精神をしているね
実に柔軟に状況に適応した思考を成し得ている
いいだろう、ご褒美として教えてあげようか
『スタンドがダメージを負う事によるリスク』は確かに存在する
君みたいに視覚の同化が起こる事は通常少ないんだがね…
しかし、どんなスタンドでも、肉体と『リンク』しているんだ
スタンドへのダメージが直接肉体に反映されるという点ではね
では何故私はスタンドを破壊されて無傷でいられるのか?
まぁ、君ならその答えを、コレを見るだけで理解できるんじゃないかな?」
そう言って、黒服は右の手の平に小ぶりな卵を出現させた
それは、先ほど俺の手の中で弾け、『ハートボイルドパパ』を生み出した卵だ
そして、黒服は卵を宙に放り投げる
すると、卵は弧を描いて左手に着地する
すぐに黒服はその卵を右手に投げ戻す
再び、卵を頭の上まで放り投げる
先ほどと同じように卵は左手に着地する
しかし、先ほどとまったく同じというワケでは無い
何時の間にか黒服の右手には別の卵が出現しており
左手から卵が離れると同時に、右手の卵は宙に投げ出される
そして左手から右手に移動した卵が瞬時に宙に放られると
右手に3個目の卵が出現し、すぐに左手から飛んできた卵と入れ替える
「ジャグリングはね…3個目からは少しコツがいるんだ…
卵が手の中ではなく空中に存在する瞬間が存在するからね…
だが、その3個が成功すれば、4個5個は案外簡単に出来る
しかし、多くの人はその3個の壁を乗り越えられすに失敗するんだ…
解るかい?その『三個目を乗り越える事』が一番難しく、そして大事なんだ…」
俺は冷や汗を流しながら男の手元に魅入る
3個の卵はやがて4個に、4個の卵はすぐに5語に
6個に、7個に、8個に、9個に、そして10個に
二本の手で器用に10個の卵を自在に操っている
もし、これ全てから先ほどの怪物が現れたなら…
俺の背筋に冷たい何かが走った
『ハートボイルドパパ』に脅威は無い
それが戦って率直に感じた俺の感想だった
スピードも、パワーも、どれをとっても俺のスタンドの方が上だ
一対一の戦いならば、いや、複数を相手にしても、確実に勝てるだろう
しかし、この数はどうだ?
俺は奴の先ほど吐いた言葉を思い出す
「『ハートボイルドパパ』は『習性』に任せた遠隔自動操縦タイプのスタンド
例え私を殺そうとも、一度孵化した『ハートボイルドパパ』は止まらない」
『遠隔自動操縦タイプのスタンド』…
操っている黒服自体を殺しても、停止しないスタンド
それはつまり、奴とスタンドがほとんどリンクしていないという事
奴の『能力』の大本は、あの怪物を『生み出す』というところにあり
あの怪物は、黒服のスタンドの一部、精神力のごく一部に過ぎないという事
個々の力は弱いが、何体でも同時に出現させる事が可能な怪物
そして黒服は精神が続く限り無尽蔵にそいつを生み出していく事が出来る
しかし、俺のスタンドは一体きりで、重度のダメージは死に繋がり
黒服は俺か俺のスタンドに攻撃をしかければ俺を倒せるのに対し
奴は奴のスタンドを破壊しても倒す事は出来ない、という事は…
「結局は本体を叩くしかなかったって事じゃねぇか!このペテン師!!」
「ペテンとは酷いなぁ、君が勝手に勘違いしたんじゃないか」
黒服は、俺の罵りをニヒルな微笑で返す
「さて、そろそろ腕が疲れてきたな…
今、私がジャグリングしている卵の数は
ブルース・セイラフィアンのギネス記録と同じ10個
非公式に記録を塗り替えるのも面白そうだけど
別にギネス挑戦が目的じゃないからね…
あくまで目的は…君に対して攻撃する事にある!
君は乗り越えられるかな?10個の卵の壁を!!」
叫びと同時に、黒服が矢継ぎ早に卵を俺目掛けて投げ放つ
その全てから『ハートボイルドパパ』が出現すれば、敗北は必死
どうすればいい?どうすれば敵は出ない?どうすれば卵は割れない?
「下手に叩き割るのもヤバイ…
かといって、掴むのも危険だ…ならば!!」
俺は地面の雪を思い切り蹴り上げる
舞い上がった雪片、迫り来る卵の群れ
それらを集中して『視る』
そして。空中の雪をスタンドに掴ませ
雪玉を作って、卵に投げつける
もちろん、それほど力は込めない
ギリギリ卵が慣性を失い、重力に引かれて地に落ちる程度の力だ
空中の雪が足りなくなれば、即座に足元の雪を使用させる
それで全ての卵を叩き落せるだけのスピードを俺のスタンドは持っていた
「これでラストッッッ!!」
10個目の卵に雪玉が当たり
卵は雪に塗れながら雪原の白と同化する
「へへっ…少しビビったけどな…
これぐらいなら、俺の『スピード』で何とかなる…
なんなら、今度はギネス記録を塗り替えてみるか?
だが、その前にギネスタイ記録の賞品を渡さないとな…」
そう言って、俺は足元の雪を丸めて雪玉を作る
「本当はこの『卵』をつめて仕返ししたいとこだが
雪越しでも直接触るのはもう勘弁したいからな…
シンプルに行かせてもらうぜ」
そしてスタンドに雪玉を手渡す
今の攻防で、理解する事が出来た
また卵の連投を仕掛けてこられても
出現した瞬間にこの雪玉を投げつければ
空中に存在する卵は二個以上はあり得ない
最悪、卵を割るようなハメになろうとも
二体までなら、攻撃をかわして本体を叩ける
俺は、勝ちを確信し、余裕の笑みを浮かべた
「…なるほど、『スピード』だけじゃないか…
宙を舞う雪を掴み、卵に正確な分量と力で当てる『精密動作性』
私の知る『最強のスタンド』に君のスタンドはよく似ている…」
俺は、その口調に違和感を感じる
サングラス越しではよく解らないが
これだけは確かに解る、奴は俺に『脅威』を感じていない
今の言葉に、負け惜しみやお世辞などは微塵も感じられない
むしろ、余裕を持って、純粋に俺の実力を賞賛しているだけだ
何故だ?何故奴はああも平然としてられる?
奴のスタンドは俺に比べれば遥かに弱い
それなのに、あの余裕の態度は何だ?
まだ奴の能力には底があるというのか?
俺がまだ解いていない奴のスタンドの謎に
奴のスタンドの『習性』というものに
まだ逆転できるだけの『力』があるというのか?
「だが、『彼』と君とでは大きな違いがある…
年齢とか、容姿とか、そういう些細な事じゃない…
同じ『スタンド使い』として、大きな違いがあるんだ…
それが何か、解らなければ、君は私に勝つ事は不可能だ」
駄目だ
気圧されてはならない
心が必死で警鐘を鳴らす
黒服の言葉には迫力があった
静かだが、深みのある口調
それが、俺に『脅威』を与える
「…その自信がどこから来るんだ?
あんたの能力はもう封じられている!
ハッタリかまそうとしてるなら無駄だぜ!
俺はもうお前を圧倒しているんだからな!!」
心の焦燥を吹き飛ばそうと
無駄に力を込めて言葉を吐き出す
しかし、奴がたじろぐ様子も、漠然とした不安が晴れる事も無い
「…時間切れだ
君は大きな間違いを犯していた」
その言葉が終わるかいなかの瞬間
俺は、雪の降り積もる柔らかな音の中に
何かが空気を裂いて迫ってくる音を聞いた
「ツッッ!!?」
不意に頭頂部に鈍い痛みが走り、うずくまる
それ程強い痛みでは無かったのだが、その痛みは
俺の心を動揺させるのに、十二分の効果を与えていた
地面に転がるソレを見てようやく理解する
俺の頭にぶつかったソレの正体は卵
奴の作り出した、エネルギーの具現体としての卵
それが、雪に紛れて俺の頭頂部に降っできたのだ
そして、俺が見つめる中、卵はピシリと音を立て
一本の黒い筋を、自らの白い表面に走らせた
「しまっ…」
不覚を取った
俺は激しく後悔した
奴の策に気付かなかった事に
奴が俺の注意を跳んでくる10個の卵にひきつけ
すでに11個めの卵を宙に投げていた事実に気がつかなかった事に
俺は、激しく悔恨の念に囚われた、それが、大きな過ちだとも気付かずに
トトトン
再び、体に何かがぶつかる
「……え?」
先ほどとはまるで違う、軽い衝撃
だが、その事実は決して軽くなかった
俺の手や足の近くに、たった今俺の体に当たった3つの卵が転がっていた
「うおおおおおおおおおおっっっ!!!」
周囲に散らばる4つの卵を一瞥し
俺はその場から咄嗟に飛びのいた
黒服は、そんな俺に対し静かに説教を始める
「君は僕に気をとられすぎた…
もし、君がただの一度でも僕以外に
広い視点を持って注意を向けたのならば
僕の策はたちまち見破られ、敗北していただろう
そしてもう一つの失敗は…君が『後悔』した事にある…
『後悔先に立たず』、戦闘において、反省は重要だ
同じ間違いを繰り返さないためにもね…
だが、後悔は反省とは違う、それは最悪な行動だ
悔やむだけでは、何もできない、何の解決にもならない…
その証拠に、君は慙愧の念に囚われるあまり、君は私が投げた3つの卵に気付かなかった」
俺にとって、その説教は話半分にしか聞こえなかった
そんな事よりも、周囲から聞こえるひび割れの音が
黒服の声よりも遥かに大きく、恐ろしく聞こえたのだ
「そうそう、もう一つだけ言っておこうか…
君とくだんの『最強のスタンド使い』との相違点…
いかに才能があろうと、どうにもならない『ウィークポイント』」
聞き覚えのある、卵が爆ぜる音
二度と見たくは無かった、眩い光
そして目の前に迫る、4体の怪物
「くっ…」
焦る心を必死で抑え
敵全体に対し、攻撃に気を配る
黒服の投撃があってもいいように
目の前のスタンドが襲い掛かってもいいように
そんな状態で安定した俺の耳に、黒服の言葉が、鮮やかに響いた
「『絶対的な戦闘経験の乏しさ』さ」
その言葉が放たれると同時に
4体の白い怪物達が俺の周りを囲んでいた
to be continued