◆児童虐待の防止等に関する法律(抄)◆
第三条(児童に対する虐待の禁止)
 何人も、児童に対し、虐待をしてはならない。

第八条(児童虐待に係る通告)
 市町村又は都道府県の設置する福祉事務所が第六条第一項の規定による通告を受けたときは、市町村又は福祉事務所の長は、必要に応じ近隣住民、学校の教職員、児童福祉施設の職員その他の者の協力を得つつ、当該児童との面会その他の手段により当該児童の安全の確認を行うよう努めるとともに、必要に応じ児童福祉法第二十五条の七第一項第一号若しくは第二項第一号又は第二十五条の八第一号の規定による児童相談所への送致を行うものとする。
2 児童相談所が第六条第一項の規定による通告又は児童福祉法第二十五条の二第一号の規定による送致を受けたときは、児童相談所長は、必要に応じ近隣住民、学校の教職員、児童福祉施設の職員その他の者の協力を得つつ、当該児童との面会その他の手段により当該児童の安全の確認を行うよう努めるとともに、必要に応じ同法第三十三条第一項の規定による一時保護を行うものとする。
3 前二項の児童の安全の確認、児童相談所への送致又は一時保護を行う者は、速やかにこれを行うよう努めなければならない。

第九条(立入調査等)
 都道府県知事は、児童虐待が行われているおそれがあると認めるときは、児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員をして、児童の住所又は居所に立ち入り、必要な調査又は質問をさせることができる。この場合においては、その身分を証明する証票を携帯させなければならない。
2 前項の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する職員の立入り及び調査又は質問は、児童福祉法第二十九条の規定による児童委員又は児童の福祉に関する事務に従事する吏員の立入り及び調査又は質問とみなして、同法第六十二条第四号の規定を適用する。

第十条(通告・立入調査に係る法執行等)
 児童相談所長は、第八条第二項の児童の安全の確認又は一時保護を行おうとする場合において、これらの職務の執行に際し必要があると認めるときは、当該児童の住所又は居所の所在地を管轄する児童相談所員に対し法執行の権限を付与することができる。都道府県知事が、前条第一項の規定による立入り及び調査又は質問をさせようとする場合についても、同様とする。
2 児童相談所長又は都道府県知事は、児童の安全の確認及び安全の確保に万全を期する観点から、必要に応じ適切に、前項の規定により必要な装備・援助を付与しなければならない。
3 児童相談所長は、第一項の規定による法執行の権限を付与する場合において、児童の生命又は身体の安全を確認し、又は確保するため必要と認めるときは、速やかに、所属の児童相談所員に、同項の職務執行を援助するために必要な法令の定めるところによる措置を講じさせるよう努めなければならない。
4 前三項における法執行の職務分限については別法に定める。


執行者 Law Enforcement Officer

T、日記 evidence


 4がつ11にち
 3年生になってクラスがえがあって、1年生や2年生の時の友だちとべつのクラスになってちょーつまらない。新しい先生もなんだかはなすことがわかりにくいし、前のわかやま先生とちがってドッチボールやおおなわとびをやってくれることもないし、きゅうしょくのときもちょっとしゃべっているだけでぶつぶつおせっきょうをする。
 おじいちゃんは「『コヤクニン』みたいな先生だな」といって少しわらってた。あーあ、ちょーつまらないクラスだなぁ。

 5がつ16にち
 きょう、クラスにてんこうせいがやってきた。にしかわはるこっておんなだ。なんかふくがきたないかんじがする。クラスのゆきでぶがさっそくそれを見て「バイキン」だとかいってた。うぜー。
 このはなしをおじいちゃんにしたら「わかってるとおもうがお前がそんなことを言ったらゲンコツじゃすまんぞ」っておせっきょうをした。ちぇっ、ぼくがいったんじゃないのに。

 5がつ18にち
 ゆきでぶがうぜーからいっそうがっこうがつまんない。
 先生がなにもいわないのをいいことにはるこちゃんのランドセルに牛にゅうをふいたぞうきんを入れたりしてるのをみた。いまの先生にいってもしょうがないので、こっそりわかやま先生にはなしてみたら、「わかった。たんにんの先生といっしょにこんどくわしく話を聞かせてもらう」って。

 6がつ3にち
 きょうははるこちゃんが風邪で休みだった。ほごしゃかいときゅうしょくひのプリントをもっていってくれと先生にたのまれたのではるこちゃんの家にいくことになった。
 ピンポンが無かったので入口の戸をたたいたら「あ? なんだクソガキが。うるせぇんだよ!」とでかい声でこわい顔でおとこの人が出てきた。がっこうからプリントをもってきたといって半分におったのをわたすと「よけいなおせわなんだよ、ったく」とか言ってガシャンと戸をしめた。ムカつく。
 おじいちゃんにこわかったことを言ったら「きもがすわっとるな。よくがんばったな」とほめてくれた。その後にこのまえわかやま先生にはるこちゃんのことをはなしたことをいったら「こっそりやったのはうまくやったな。あとはせんせいがどううごくかだが……」とブツブツいってた。よくわかんないなー。おやすみなさいといってそのあとねた。


 通信機器メーカー勤務の山口平蔵がその話を聞いたのはまったくもって意外な人物からであった。

 日曜日、秋葉原の馴染の店にグラフィックボードの新製品を買いに行こうとする途中、父である平九郎に呼び止められる。
「おい、ちょっといいか」
 山口氏にとって父平九郎は苦手な父以外の何者でもなかった。元帝国陸軍伍長にして戦後復員してからは、米軍放出品を扱うヤミ屋から身を起こし、高度経済成長の波に乗ってバッタ屋まがいの安売り店をいくつも構え、事業が左前になる手前で膨張を続けるスーパーマーケットチェーンに売却しその後はバブル崩壊も手ひどいダメージを受けずに済んだ手堅い株屋として現在に至る。言うなれば立志伝中の人物であった。それにひきかえ自分はどうだ。父のコネと高校の先輩の引きがあってようやく大手電気メーカー傘下の通信機器メーカーに職を得たところまでは良いものの、現在はリストラの対象に何時なるのかとおびえる毎日だ。
 立派過ぎる父に複雑な感情を抱いていることもあり、長じてからは可能な限り父と会話の機会を持たないようにしてきた平蔵は、振り向きもせず気の無い返事をする。
「面倒なことに巻き込まれとるぞ」
「何のことです?」
 説明を極端なまでに省いた父の発言に苛立ちを感じつつ相変わらず振り向きもせずに言葉を返した。
「お前の息子の話だ」
「どういうことですか?」
 息子の話ということがわかり、俄然気になったのだろうか。平蔵はスニーカーを履くのを止めて父の方に振り向いた。
「ふン。その顔はまったく知らんようだな。まったく…… まぁ、いい。余計な説教は後回しだ。折角だ。こんな陽気に神田界隈なんぞに繰り出すのは馬鹿馬鹿しいだろう。少し外でも出歩くことにせんか。道々話すとしよう」
 疑問形というよりもむしろ命令形とでも解釈するべき口調で言い放った。
 台湾のファブレスメーカー製のグラフィックボード(それと妻に内緒で買い求める、ある特定の方面に趣味を持つ人物にとってはこの上ない愉しみとなる、購入するのに年齢制限のある同人誌)と息子を両天秤にかけて、辛うじて息子の方が重いと判断した平蔵は父の申し出を受け入れた。

 自宅から30分ほどかけて歩いた末に最寄の駅近くにある喫茶店に入った頃には、平蔵は父の申し出を受け入れたことを後悔した。何分老いたとはいえ日頃運動を欠かさない父と不規則な生活と不摂生、運動不足という鋳型を嵌めたような自分とでは基礎体力が違う。
「まったく。だらしがない」
 思わずヒマなあなたとは違うと反論しようと考えたが、その数倍の言葉で言い返されるのがオチだと思いやめる。
「だらしがないのはいいとして、康平が面倒なことに巻き込まれているってのはどういうことなんですか?」
「ここまで自分の息子に何も話してもらえてないというのも喜劇だな。まあいいだろう。康平が日記を書いているのは知っているか?」
「えぇ。正月に貴方が康平にお年玉と一緒に日記帳を渡して以来、マメに書いているみたいですよ、あぁ。アメリカン2つね」
 仕事に誇りや情熱という感情ではなく、怠惰と惰性で日々過ごしているようなウェイトレスに注文をしながら平九郎の発言に返答する。
「もとい、1つはブレンドで。なら話は早い」
 ウェイトレスを追い払うようにお絞りで顔を乱暴に拭くと平九郎は言った。
「こいつを見てみろ」
「ちょっ、ちょっとまってください。これって康平の日記じゃないですか」
 驚いた口調の平蔵に対して平然とした態度で平九郎は応じた。
「そんな驚かんでもいいだろう。別にやましいことをしたわけじゃない。康平に頼んでコピーしただけだ。それよりも内容だ。内容」
 半ば押し付けるようにして寄越した数枚の日記に目を通す。
「単に転校生がいじめられているだけの話じゃないですか。別に康平には何にも……」
「莫迦か? お前は」
 一切の言い訳【イクスキューズ】も許さないように平蔵の発言を封じる。
「不愉快極まりないことになってる息子の周辺を『単に』と言うんか。そりゃ、随分と極楽蜻蛉な話だな。人の親として不見識極まりない。お決まりのことを言う気も無いが、そういう育て方をしたつもりは無いがな」
 凍りつくような冷たい目と口調で平蔵を罵倒する。
(こりゃ、随分と長くなりそうだ)
 平蔵は選択肢を間違えたことを後悔しつつ、長々と続く父の説教を聞き続けていた。