キリキリ、キリキリ――
私の中から音がする。
二つの音がひしめき合う。
心臓(こころ)の音と、機械の音が。
でも私たちはヒトでありたい。 
そのためならば。
あなたの憎しみあなたの恨み。
すべて肯定してあげる。
あなたの恨み晴らしてあげる。


ゼンマイ式の殺しビト 欠片話




「なに?この変態っぽいやつ。」
彼女はここにいるメンバーの中では珍しくオタク趣味を理解していない。
その手に持っている美少女フィギュアはその手の人間……彼女が今いる店に行くような人間にとっては「萌え」の対象であるが、彼女にとってはただの奇怪な人形である。
「確かにスクール水着は普通にある服装よ。そして着ている人の体型も普通に存在するものとして……まあ……許容できるわ。でもね、スクール水着が小学校の世界での「普通」の服装でこの体型はグラビアアイドルの世界の「普通」よ?つまりグラビアアイドルが小学生の格好しているわけよ。わかる?「ランドセルを背負った女子大生」みたいなものよ?「クレヨンしんちゃん」のアニメに出てくる幼稚園児をよく観察してみたらおっぱい大きい人が混じってました、みたいなものよ?そんなのおかしいじゃない!」
……とはいえここまで突っ込めるという事実は暗に彼女に素質があることを証明しているのかもしれない。
「まー坊は頭固ェなあ。だからこそだよ。小学生でもおっぱい大きいやつはいるじゃねぇか。まあおっぱい好きの小学生よりは格段に少ないだろうがな」
この台詞が最もミスマッチであろう姿を見事に体現している――としか言いようのないほどの老人が反論する。
「「珍しいから」こんなのがもてはやされるの?それじゃギザ10とおんなじ様なものじゃない!そもそもそんな子ってたいていいじめられない?それでいじめていた男連中が大人になってこういうフィギュアを買うわけ?倒錯してるわよ。」
「小学生なんてそんなもんさ。気になっている女の子のツインテールでサイクロンやるのと同じ原理さ。大体いじめていた連中がすべて買うわけじゃないし、むしろこっそりナニしていた連中が買っているんだろうさ。」
この口調はかろうじて老人らしいが、今度は逆に模型・カードショップのカウンターという場所がミスマッチである。
「そっちのほうがめずらしいわよ。小学生で……ナニなんて。」
「彼氏もちが恥ずかしがるんじゃネェよ。初なんていってられる年じゃないんだし。」
そのような歳には…いろいろな意味で見られない女性――「まー坊。」
「おばさんで悪かったわね。でもまだ三十路じゃないわよ。猶予はまだあるの!」
「まあそのぐらいの年齢でその体型はむしろおっぱい大きい小学生より少ないかもな!カカッ。ごまかすことぐらい造作もないだろうに。」
「あの人と一緒のベッドに入ったらすぐばれちゃうわよ。」
「まあな。…おいおい、そんなに頻繁にやってんのか。お互い暇じゃな――」
その瞬間に、まー坊の右手が老人の耳にのび、ひとつねり。
しかし一見悪ふざけに見えるその行為は少々危険なものであった。
「右手」――「まー坊」がいま老人の耳をつねっている手――には変化が生じていた。
手の甲の中心部に丸い水晶のような物体が発生し、そこから幾本かの光る線が出ている。おそらく今の状態では誰も見ないが、水晶の中を見ると数億桁の英数字の羅列も見られる。そしてそれの変化に合わせて右手の材質や色が変わっていく。
少なくとも「人間」に備わっている機能ではない。
「あ痛たたたたた、出てる出てる。このままが耳がちぎれちまうよ。」
「……あらら、ごめんごめん。うまくコントロールできるようにしないと。」
手を引っ込める「まー坊」。水晶も消えている。
「俺はまー坊みたくあっさり人を殺せるほどの力は持ってねぇんだ。だからこういう俺たちが集まる場所を作るとかの裏方に終始しているんだろう。」
「そ……そうね。悪かったわ。ゲンじい。」
そのときエレベーターが彼らの今いる階についた音が聞こえた。
すかさずまー坊は客の振りをして、ゲンじいと呼ばれているじいさんは身を乗り出していたカウンターにきちんと座…ろうとして片手を上げる。その眼から物理的、機械的な光が数点発せられたのをまー坊は見ずとも知っていた。
「細木とフリ子だ。」
カウンターに戻るまー坊。彼女の眼から見なくてもはっきりと「変」だとわかる、そんな組み合わせの二人がまー坊の眼にもはっきりと見て取れた。
まず「フリ子」と呼ばれていると思われる女性。
黒を貴重としたフリルのついた英国風ドレス…いわゆるゴスロリと呼ばれる服装がまず目立つ。縁なし眼鏡を掛けており、髪も染めておらず黒のおかっぱ。和装も十分に似合うだろう。いや、何を着ても少々顔と髪形をいじれば似合うように簡単にしてあるというべきか。抑え目の金と茶の髪、ワイシャツ膝スカートの上にコートのまー坊も普通に「きれいな服装」として賞されるだろうが、方向性は180度違う。
そして「細木」と呼ばれる男性のほうはユニクロのシャツとズボン――その上におそらく偽者と思われるブランド物の白いジャケットを羽織っている。アクセサリーは左にミサンガ右手人差し指に指輪。丸いイヤリングを左手だけにつけている。髪は長くなく適当に切りそろえてある程度だが、それでもこのちぐはぐな服装を纏め上げて独特の雰囲気を漂わせるぐらいの美系ではある。抱えているものは小型の机だろうか。
この二人、ぱっと見では「変人」であるということ以外の共通点がないが他にも…そしてまー坊とゲンじいにも見られる共通点をもっているのだ。
「細木、依頼か?」
「いや、まだだが…もうそろそろ来るかもしれない。そのときはまー坊、よろしく頼む。」
「久しぶりにやるのね、あれ。わかったわ。」
まー坊の表情が一瞬、オタクの中に紛れ込んでしまった非オタクから、そのような次元を超越しそれ以上の世界を長年覗いてきた何かに変わる。
「そうか。フリ子は?」
「なぁーんにもないわよッ。こっちは大変だったんだからァ。こんな時期にスク水だなんてさァ。」
「こんな感じ?」
まー坊がさっき持っていたフィギュアを手に取る。その表情は少し前とさして変わらない。さっきのまー坊は何者だったのだろうか。
「名札はなかったわァ。」
「大変ね。大人にもなって小学生の格好なんて。」
「その子小学生よォ。」
「…その子って?」
「今手に持ってるフィギュアのォ。」
…じつと手を見る。手のほうを、持っているフィギュアを。
「…はぁ?」
「よくみなさいよォ。でかいのはおっぱいだけであとは小学生っぽい体のラインでしょ?」
「……………」
「ほらみろ、珍しくねぇ。」
ゲンじいの突込みが入る。
「思いっきり珍しいわよ。こんな小学生あたし見たことないし。」
まー坊は手に持っているフィギュアを「目玉とおっぱいが肥大化した未来の人型宇宙人名前は「たむら6−2」」だと思うことにしてバルタン星人の隣に置いた。
「おっ、いいねぇこの異次元空間。じいさん、たしか海洋堂のエチゼンクラゲが余っていたよな?置いちまえ。」
話にあまり参加していなかった細木が珍妙なところで会話に参加してきた。趣味も珍妙らしい。
「よせやい、何のジャンルの店かわからなくなってしまうぜ。」
「もともと雑多でジャンルなんてものがないんだから気にする必要はないさ。」
収拾がつかなくなったところでエレベーターの音。
今度はすぐにカウンターにつくゲンじい。
他のみなは客のフリをする。
フリ子は美少女フィギュアを。
細木はTRPG書籍を。
まー坊はカードのバラ売りバインダーを。
それぞれがそれぞれの視点で見ている。
来たのはカードゲームをやりにきた子供でまー坊に「デュエルしようぜ雅由ねえちゃん!」とすぐに飛びついてきた。
…彼らは果たして普通のゲームショップの常連なのだろうか?それを知るものは当人のみである。

「初めてかい?そもそもここに老婆一人で来るってことはよくないことが…起こったってことの象徴なんだ。」
どこかの町の端っこのひとつの風景である。
どこかの町のどこかの端っこで、占い師の目の前に半ば老人になりかかっている夫人が来ているというだけのことなのだ。 
傍目から見てしまえば。
しかしその占い師は「細木」である。
それだけでこの風景は特別な風景となってしまうのである・
「…で、娘さんに何があったんですか?」
「…………辱め…られて…それで……」
「OK、もうそれ以上は言わなくていい。つらいだけだからね。」
ちぐはぐな印象を強引に顔で整えているその容姿が、この老母にとってこのときどれだけのものに見えたのだろう。いや、本当は老母ではないのかもしれないが今回の件が彼らを老母にさせたのかもしれない。
「それで、どうしてここに?」
「…手紙に…残してあったんです…あの子のそばに…」
「なるほど…しかし僕はしがない占い師なわけで、生前付き合ってくれたからなんて理由ではないことは…仕事柄よくわかる。」
手紙に自分が占い師である以外の情報が載っていないことは細木自身がよくわかることである。そういう付き合い方しかしていなかったのだから。
「………あなた…なのですか?例の…」
「僕自身ではない。ただ、つてをしっているだけだ。それに彼らは義侠心とかそういう理由でやっているわけではないからね。受けてもらえるかどうかはもらえるものしだいってところだ。」
身にまとっているもの以外に大きい荷物を持たず、その身にまとっているものもあまり豪華なものではない老母に細木があえてそのようなことを言っているのは、これから頼もうとしていることへの覚悟を暗に試しているのだ。
現にこの言葉を聴いた老母の顔に暗い陰が落ちたのを――細木は見逃さなかった。
「まあ彼らだって気まぐれを起こすことはあるさ。どのくらい用意した?」
「……このくらい…なら…」
そういって長年使い古されている財布から万札を15枚ほど覗かせる老母。
「ふーむ…どうかな。」
じらして反応を見る細木。
老母の顔に、細木の強欲さを憎む感情が少しでもないかとかんぐってみるが、そのような表情は見られない。
「…ま、交渉してみますよ。念のため受けてくれるかどうか占ってみましょう。」
そう述べ、コインを1枚おもむろに投げて手で伏せる。出た面は…表。
「おお、これなら受けてくれそうだ。うん、じゃあ明日…娘さんが大事にしていたものを持ってきてください。どんなものでもかまいません。できるだけ手ごろな大きさならもっと助かるんですが。」
「はい…わかりました。」
「ああそうそう、もらうお金も明日わかると思うんで。さーて、今日は忙しくなるぞ…っと。」
「あ…ありがとうございます。」
そういって去っていく老母。
細木は今コインを伏せたばかりの手を見る。
そこにはコインと同じ大きさのシールがついていた。
「ああ…忙しくなるのは今日だけじゃないさ。しっかり両方表のやつを使ったからな。」
そういいつつもう片方の手で携帯を取り出し、掛ける。
数秒の後スピーカーから漏れ出した声はまー坊のものであった。
「どうしたの?やっぱり…来た?」
「ああ、例の準備をしておけ。フリ子とゲンじいにも伝えといてくれ。久しぶりの…殺しだとな。」

そして次の日の深夜。
ゲンじいの経営しているゲームショップの店内に集まる3つの陰があった。
細木、フリ子、そして…謎の老人。細木より占い師っぽい。
彼らはゲンじいを待っているわけだが…。
「まー坊、変身解けよ。」
「しばらくこうしてないと、これからの仕事で簡単に変身できないのじゃよ。細胞をならしているんじゃ。」
「細胞というか、ナノマシンよねェ。あたしたちの場合。そもそも口調まで真似ることはないでしょォ。」
「ま、いつもいつもやってることだからあまり関係ないか。」
謎の老人が右手を顔の目の前にかざす。手のひらを内側にやり、手の甲を外に見せる形である。
手の甲には水晶が現れ、光の線が老人の体中に網(web)のように広がる。水晶の中では数億桁の英数字が踊り狂っている。
そのうち老人の体を組成しているものがめまぐるしく変化し、腰まで曲がっていたその背筋がぴんとのびる。右手の位置は変わらず、めまぐるしい変化が終わり光のwebが水晶玉に吸い込まれていく。そして水晶が消えていくとともに光の残滓を残して顔の横に右手をやると…そこに現れた顔はまー坊であった。
「ふう。」
「それにしても、なかなかいい証拠品が手に入ったな。」
細木が手に持っているのは牛のマスコットのキーホルダーである。
老母が「娘が大切に持っていたもの」として持ってきたものである。携帯のストラップだったようだ。
「しかしあの子らしいものだよな。のんびりしているデザインというかさ。牛だから仕方ないんだろうけど。」
「…そんな子だったのォ?」
「ああ、殺しをやる前から占い師ではあったが彼女が悪い友達に行くのを止められないのがいつももどかしかったさ。まあ占い師である以上何度も味わうことだが、ああいう純朴な子だとなおさらさ。」
「とめればよかったじゃない。いかさまなんてあんたの腕ならいくらでもできるでしょ?」
「やったさ。それでも…とめられなかった。悪い友達といえどさ…彼女にとっては初めての友達だったらしくてな。………占うだけが占い師じゃない、導くのも占い師だってことぐらいはわかっているさ。だけど、あんな…あんなすべてを信じきったような顔さらされてとめることなんてできやしねえさ。」
「だけど、その悪い友達が犯人だってのはこれからわかることでしょォ?」
「まあな。できればその悪い友達は無関係であってほしいさ。」
これから事情を聞かされる予定のフリ子は知らないことであるが、まー坊と細木は知っていた。無関係であるはずがないのだ。彼女は…自殺したのだから。そのことは実際に母親に会った細木が察していたし、まー坊も細木から聞いていたのだ。しかし、細木は彼女が友達に裏切られて自ら命を絶った、という結末をいまだに容認したくない部分があることを自らの心のうちに認めていた。携帯のストラップなら、ゲンじいの力ですべてがわかるのである。早くその事実に決着をつけたい…細木はあせっていることを自覚していた。
そのとき、カウンターの奥からなぜか上半身全裸のゲンじいがノートパソコンを抱えつつやってきた。
「まったく、関係ないときにオンラインのバラ売りの注文がきやがって…」
「新エキスパンションが最近出たんだから仕方ないよ。」
カードはまー坊の専門である。
「おう、みんなそろっているようだな。…始める前に、依頼料は?」
「ここにあるぜ。」
細木が答えつつ封筒を渡す。中の金を確認し…愚痴る。
「…安い仕事請けやがって…まあいいさ。じゃあ始めようか。」
そういいつつノートパソコンを開き、電源を入れる。
細木が無言で牛のキーホルダーを渡す。
「じゃあやるか…」
その瞬間、ゲンじいの上半身に大きな変化が現れた。
左上半身そのものが肋骨の部分をふたであるかのようにして開いたのである。それに連動して左腕も背中の部分にマウントされる。
そして開かれた部分には人間に内蔵されているべきものがなかった。
無数のコードがつながれているブラックホール…そうとしか表現するものが見つからない存在がそこにはあった。
すべてを飲み込む以外の用途を確実に感じられるそれに牛のキーホルダーを躊躇せずに入れる。入れられた瞬間、牛のキーホルダーに稲妻の触手が走る。しかしキーホルダーそのものには何の傷もついていない。そのことを確認するかのようにゲンじいがそこを覗き込むと、肋骨部分のふたを閉め、中のものを見せないようにする。
そうして普段の位置に戻った左腕をノートパソコンのUSBケーブルにつなぎ、しばし待つ。さまざまな画面が流れたあと、そこに映ったのはいくつかの顔。そしてその顔が何者の顔なのか、あの少女とどういった間柄なのか、さらに正確に言うと…殺しの相手はそいつなのかをすべて証明するデータが超高速で表示される。USBケーブルがつながれた手でそれらを保存処理などさまざまな処理をして、すべての作業を終えたのがカウンターから出てきて3分後。
「細木…お前の思ったとおりだよ。お前さん顔は知らないらしいからな。よく眼に焼き付けて置け。他の二人も、な。」
ゲンじいが渡したものは小型のイヤホンマイクとスカウターを組み合わせたようなものである。さっきのデータがすべて転送されているのだろう。つける3人。
そしてゲンじいが肋骨部分を開き、右手で牛のキーホルダーを取り出して…細木に渡す。
「それはお前が持ってろ。使い方はお前に任せる。とっといてもかまわんよ。」
「ああ…わかったよ。今あいつらがいる場所もわかるよな?だったら…いくぜ。二人とも。」
「ええ…やってしまいましょう。」
「叩ッ斬ってやるわよォ。」
「フリ子…その服目立たない?」
「こういう相手ならこのぐらいでも十分よォ。」
「そこら辺は任せるが…こいつとこいつは絶対に俺がやる。いいな?」
「わかったわ。」
他愛なくそんな会話をする3人だが…その表情はただのゲーマーのものではなくなっていた。夜の闇にまぎれ悪に染まった人間を成敗する殺しビトになっていた。

彼らの判断基準は「自分が楽しいこと」である。他のことなど気にしてはいけない。自らの欲望のみが彼らの判断基準である。そのためなら盗み殺し何でもやる。いつからそれ以外のことを気にしなくなったのだろう。体の中から謎の歯車の音が聞こえるようになったこと…それだけが少し気になることだろう。つい1,2日前にさんざっぱら騙して犯してやった娘が自殺したことさえ、体の中からきりきりとなる音の前には些細なことである。だからといって病院に行くのはメドい。だから…裏通りでどうしようかたむろっている。もっとも「どうしようか」などという話題はほとんど出ていない。ただだべっているだけである。
「わりい、トイレ行ってくるわ。ついでになんか盗ってくるか?」
「高木、タバコを買ってきてくれや。女がいればいいけどなぁ。やり残したプレイがあるからな。当然前よりマブいやつ、な?」
「いたらひっ捕まえてくるさ。」
そういいつつ高木なる一人の男が去る。
そして彼に頼まれた注文は最上級の形で手に入ることになる。
マブい服装と顔の女がこの裏通りの入り口に来たのだ。
ちょうどいい。タバコをまだ手に入れてないが捕まえてしまおう。
強引に右手をとる!
…彼の意識はそこで終わった。
手が引っこ抜けた感覚を少し感じただけで。
彼の上半身と下半身がきれいに泣き別れしていることさえも感じることはなかった。

「ねェ?役に立ったでしょォ?」
標的の一人、高木宗司を横半分に斬って捨てたのは黒いゴスロリを着たフリ子である。
彼女の右手が本来あるところからは光の剣が生えていた。
おもむろに光をオフし、高木の上半身の手から自らの右手首を取って――装着。
「しかしうまい具合に顔が残ったわね…好都合よ。」
まー坊の右手にも水晶が発生し、光の線があちこちにのびている。
「そいつに化けるのか?」
「まあね。」
「こいつが何で集団からはぐれたかわかるのか?」
「読み取るぐらいだったらある程度だけどできるわ。それに…彼もあたしたちと同じみたいよ。ほらこの切断面。」
まー坊が指差すその断面には…コードと歯車。
「ほうほう。…ま、さっき言った吉田征二と河原幸代だけは残しといてくれんか。」
イヤホンマイクらしきものを操作すると液晶に顔が出るのでまー坊にもすぐにわかった。
それをはずし、水晶のついた右手――それはもはや右手というよりは、右手と同じ大きさの機械となっていたが――を顔の前にかざす。
まー坊の体にいくつもの光の線が走ったかという次の瞬間、まー坊はどこからどうみても高木宗司にしか見えない容姿になっていた。
「…でさ、新品のタバコ持ってるかい?」
「さすがに吸わないからな。買うしかないんじゃないか?」
「…仕方ないか。」
どうみても彼にしか見れない彼女――声さえも――は、街中へ消えていった。
「さて…こちらは待ち構えるとするか。フリ子、適当に忍んどいてくれ。だが手出しは無用だがな。」
「わかったわァ。死体はどうするゥ?」
「ほっとけば?下手に触れるほうが危ない。特に手袋をしていない俺たちじゃな。」
「そうねェ。」
そういいつつ細木が準備しているのは机であった。

「おう、手間取っちまった。」
「高木か、遅えぞ!」
「安心しろ、買ってきてやったからよ!女は手に入んなかったがな。」
「ちっ…ヤクでも買ってくるか?」
「ま、あいつらからは買うしかないからな。」
「さすがのよっしーもヤク売りからは奪えないってか?」
「さすがもなにも当然だろうよ、柴山ちゃん。」
「いーじゃん、またまじめに授業出てあの子みたいなのたぶらかしてくるよぉー?なんならさ。」
「ピーピー泣き喚くのを無理やりやるのかい?そのためにもヤクを買ってくるか!」
「キリキリする音も止まるかも知んないしなぁ!」
下卑た笑い声
いつもの会話である。そう…「高木」が話を切り出すまでは。
「なあ…この音を聞くたびにさ、俺ら機械になったんじゃないかって思わないか?」
「おいおいどこのアニメだよ!アキバならそんな話いくらでも聞けるぜ?!だいたい機械がぶっかけられるかよ?!」
そういってまた下卑た笑い声を上げる。
「んにゃあ、あの液のなかにもすげえ小さい機械が入っててさ、腹の中をずたずたにするわけよ。」
「なかなかいいプレイじゃないか。ところでどうしてそんなこと思いついたんだ?ずいぶん俺に近づいてきて、なんか変だぞ?」
「あたしたちもよくこの音を聞くからだよ。」
突然高木の声が女性の声に変わる。
そして高木――に扮したまー坊が近づいた男の意識はそこで深い地獄に落ちていった。
その右手は深々と延髄に突き刺さっている。
手を引き抜くとその男はひくひくと痙攣し、鼻や眼から血を出しながら倒れた。
「おやすみなさい。眼が覚めたら地獄だから、今のうちに――いい夢見ておきなさい。」
そういいつつ血にまみれた右手状の機械を顔の前にかざし…その右手をどけた内側に見えるのは高木のものではなくまー坊のものである。
「な…なんなんだこいつは?!」
ゆっくりと歩を進め…近くにいたもう一人の男にその右手を近づける。右手状の機械の水晶に英数字が高速で並んだかと思うと、その右手がまるでホログラムであるかのように透き通った。そして――男の首にのび、首の内側に何の抵抗もなくめり込む。
「眠るときのお話ぐらいは聞かせてあげるわよ。そうね…機械が人間の考えられる範疇を超えて成長し始めたらどうなると思う?挙句の果てに機械が人間と同じような生殖機能を持って…それで時間を飛び越えるぐらいのことまでしたら、どうなると思う?あたしたちの…いやキリストとか織田信長とか生まれるずっと前から彼ら機械は存在して…人間と子をなすなんて御伽噺、ありえるよね?それが…あたしたちよ。」
何の抵抗もなくめり込んでいる透き通った手が、男の首の内側で右手状の機械になる。結果的に彼女の話が本当に最後の子守唄になってしまったことを示すかのごとく――彼女の手から男の首がごとりと落ちた。
その光景は、自分が楽しむならどんな無茶でもやるこの半機械グループをも逃亡という選択肢を選ばせるに十分だった。しかし…細木が相手にしたがっている二人を除いて…その選択肢は選ばせないまー坊。とはいっても細木指定の二人を除いてしまうと後一人だけなので、簡単に捕まえることができた。即座に羽交い絞めにしてしまうまー坊。
「この…化け物ぉぉ! 」
「あんたたちよりは…人間であるつもりよ。だからこんなことやってるの。あの子のような弱くて何もできずに陰で泣いている人たちをせめて救ってあげるのが…あたしにできる最後の償いだと思って、ね。さて、これでお話は終わりよ…おやすみなさい。」


吉田宗司と河原幸代は逃げる途中で高木の死体を発見した。そして――切断面のコードも。
「あの女の話は本当か…」
「とにかく今は逃げるよ!」
このあたりで人目につかないような場所をいくとなると一本道である。そこを抜けるには時間がかかるだろう。彼らにとってはここが正念場であるが、正念場を乗り越えようというよりは、このような目に合わせたあの女に対する怒りが大きかった。宗司はあの女を心の中で犯そうか、というところである。
そんな彼らの目の前で占い師が頓挫していれば――蹴散らそうとするに決まっている。
実際に蹴散らされた細木は困ったような顔をして立ち上がるが彼は内心ほくそえんでいた。
「てめえ道の邪魔してんじゃねぇよこのくそ占い師が!」
「あー、ここであったのも何かの縁だ…祈らせてくれないか?」
そういって右手を顔と垂直に立て…片手で祈るポーズをとる細木。
しかし彼に味方しているものが神であるはずがない。
味方しているとするならば…死神である。
彼の右手につかみかかろうとした吉田の眉間に太い氷の針が深々と刺さっていた。
よく見ると細木の右手は変形していた、小指が根元から直角に折れ曲がり、指先は銃口になっている。
「…今まで悪事を働いてきたお前らの地獄旅行の無事を…な。」
「あ…あんたいったい?!」
「ゼンマイ式の殺しビトさ。お前らよりは人間やってるつもりだぜ?」
「あたしはただの女子高生だよ!それでも殺すってのか!」
「三澤佳美もただの女子高生だぜ?お前さんとまったく変わらない女子高生さ。もっとも身分が変わらないだけで、心の中はずいぶんと違っていたようだが…な。」
「差別だよ!差別じゃないか!」
「差別?」
彼は左腕で河原の頭をつかんだ。人間とは思えないような力に、河原の頭蓋骨が悲鳴を上げる。
「てめえのやったことだろ。そんな言い逃れは聞かないぜ。」
そういいつつ細木の左腕から小さな音がしたかと思うと、細木は左腕を離した。
離した部分…ちょうど河原の眉間に当たる部分にめり込んでいたのは、三澤の遺した牛のキーホルダーであった。
左手からは一条の煙が見えている。手のひらにちょうど牛のキーホルダーほどの大きさの穴が穿たれているが、煙はそこから出ている。
眼、鼻、耳から血を流す河原。
「…むしろ言い逃れなどせんほうがよかったんだよ。占いの結果が聞けなくなるからな。てめえのコインは両方裏…地獄の片道切符だ。」
そう述べつつ「祈る」細木。しかし銃口はそのままに小指はもとの位置に戻っていた。
「せめてもの償いだ。「祈って」やるよ。」
そういいつつ指先から伸びるのは――光であった。
その右手は振り下ろされ、牛のキーホルダーごと河原幸代は立て半分に切断された人間状の物体となった。


そして数十分後。仕事を終えた3人はゲンじいのゲームショップの前にいた。
「うまくいったねェ。」
「うん…彼らが自分自身を自覚してなくてよかったよ。」
「そうだな…あの子の通夜に行きたいんだが、いいかい?」
「…こんな時間にいくのォ?」
「こんな時間ぐらいしか、彼女の最後の顔は見られんよ。」
殺しのあと、犠牲者の顔を可能な限り見ておくのは細木の癖のひとつだ。
まー坊やフリ子も犠牲者が生きていれば、顔を突き合せるまでもないがこっそりと様子を見るぐらいはする。しかし通夜にまで行くのは細木だけだ。
「ま、行ってきなさいよ。お金は後で渡しとくから。」
「別にいらんよ。」
「親からもらうのォ?」
「それもいいかもな。考えておくよ。」
そういいつつ細木は街中に消えていった。
「…結局細木ってよくわかんないよねェ。」
フリ子のぼやきはまー坊にもよくわかる。
「私の知ってる中で一番長いからね。殺しビト暦が。」
「あなたがわからないんならあたしもわかんないわよぉ。わかるのは本名ぐらいよ―奥部健司って名前ぐらいしか。」


誰かが死ぬということは、やはり大事である。それは通夜の会場に入ることで実感できる。とはいえこの時間だと忍び込むぐらいしかできないが。
そしてなぜ忍び込んだか…その目的は三澤佳美の死体の近くですぐに捉えることができた。
半機械の殺し相手がはらませた三澤の子供…まだ妊娠半月ほどのおたまじゃくしの出来損ないみたいな姿だが、それは機械であるために…おそらく母親の胎内を抜け出てきたのだろう。
その子供は細木の手の中でもがいていた。
三澤の子供…そう思ってしまうとこいつを助けようと思ってしまう細木だが、彼はそんなことはしてはいけないことだとわかっていた。
この子供が成長して父親と同じようになるか、自分のようになるか。
その未来は誰にも予測がつかないが、どちらにしてもろくなことにはならないことがはっきりとわかっていたのだ。
「あいつの残していったものを壊していくってのはしゃくに触るが…しかたねぇよな。ま、地獄で会おうや。胎児に魂があるかなんてわかんないけどな。」
そういいつつ軽く右手で「会釈」した…指先を銃口に変えた会釈であったのは当然のことである。



久々に仕事のことを思い出さない日であった。
ゲンじいはそう思った。
結局一人4万しか入らなかった今回の仕事だが、うまくいったほうではあると思う。
これだけが収入ではないわけだし、金をもらっているのは人間であろうとするために勘定で動いてしまう彼らが義侠心で殺しを行わないためにやっている措置の意味合いがけっこう強い。結果的にこれが仕事の続いている理由でもあるのだ。
適当に手を伸ばして雑誌をとる。開くとコスプレ特集で、スクール水着を着ているフリ子…村田ゆんが写っていた。
深夜アニメで聞こえる声優はまー坊…小田雅由良のものであろう。
こんなオタク業界をにぎわせているやつらが血なまぐさい世界にいるというのも不思議な話だ。そうおもいつつゲンじいは書類に自らの名前…佐脇源蔵の名を書いた。

                      ゼンマイ式の殺しビト 欠片話 ―了―