「実は、僕もハーフなんだ。大阪と、北海道の。」
……は?
「正確には、『実は、僕も君と同じでハーフなんだ。父さんが大阪で、母さんが北海道』だったかな。」
何だそれ。
「キミが昔、私に言った台詞。覚えてない?」
覚えてない。俺、そんなこと言ったか?
「まあ、忘れてても無理ないよね、もうずーっと前の事だし。」
前って、具体的にはどのくらい前の話なんだ?
「小学校に上がったばかりの頃。」
普通は忘れてるだろう。そんな昔のことなんて。
「でも、私にとっては、忘れたくても絶対に忘れられない言葉なんだ。この一言で、人生変えられちゃったんだから。」
大袈裟な。
「……本当だよ。」
…………。
「小学校に上がって、新しい友達から、この髪と眼のこと色々からかわれてさ。覚えてる?」
それは覚えてる。確かに。
「苦しかったよ。なんで私だけみんなと違うんだろうって、ずっと悩んでた。」
よく泣いてたもんな。
「だから、この人にとって私の外見は、冗談に出来るぐらいどうでもいいことなんだって知った時、本当に嬉しかった。」
どうでもいいと言うより、今更気にするほどのものでもなかったってだけだぞ?
「それでも、だよ。」
で、俺のその一言が、その後のお前の人生に、一体どんな変化をもたらしたんだ?
「少しだけ、からかわれるのが気にならなくなった。」
少しだけ?
「さすがに全くってわけには、ね。それでも随分救われたし、その時もらった安心感とか自信みたいなものは、今でも確かに残ってるから。」
「そして、もうひとつ。」
もうひとつ?
「私にとっては、こっちの方がずっと大事。」
何だ?
「これが私の、初恋の始まった瞬間でした。そしてそれは、今に至るまで、途切れることなく続いています。」
……六歳の時から?
「そう。」
俺一人だけを、ずっと?
「うん。」
はははは……
「ん?何か可笑しい?」
最初からそうと知ってれば、こんなに足踏みすることもなかったのにな。
「ああ……」
元の関係に戻れなくなるのを覚悟の上で進むか、このまま止まるか。お前ほど長い間じゃないにしろ、俺だってかなり悩んでたんだぞ。
「いつから?」
高三の夏。
「それってもしかして、あの夏期講習?」
……知ってたのか?
「予備校でたまたま顔を合わせてから、何となく、態度が変わったなとは思ってた。」
色々と思うところがあって、な。
「どんな?」
真剣な顔で授業受けてるお前を見て、『こいつには絶対負けたくない』って、そう思った。
「……それって、ただの対抗意識じゃない?」
それだけでも大した変化だぞ。それまでは、ただの腐れ縁の幼馴染としか見てなかったんだからな。
「ふうん……」
……一応、話はまだ続く。
「それから?」
それから、お前の誘いで、一緒に自習するようになっただろう?
「志望が近かったし、二人でいる理由が欲しかったからね。」
そこで、また一つ心境の変化があった。
「どんな?」
お前のことを、尊敬するようになった。
「……え?」
いじめられて泣いてばかりだったあの頃のままじゃない。一つのことに真剣に打ち込める直向さを持ってる、凄いやつだ。脇目も振らず真剣に机に向ってる姿を見て、素直にそう思ったよ。
「あっ、そ、そう……そうなんだ……」
顔が赤いぞ。
「な、何でもないよ……うん、何でも……」
……今にして思えば、多分、落ちたのはその時だな。ただ、それを自覚するのは、もう少し先の事だったけども。
「もう少し先?」
目立つ外見をしてるから、当然お前のことは、予備校でも噂になってた。ハーフか留学生かわからないが、とにかく可愛い子がいる、って。
「ふむふむ……」
最初はお前の噂を聞いても、ああ人気者だなという感じる程度で、別にどうということはなかった。それが夏の終わりぐらいになると、そういう話を聞く度に、物凄く腹が立つようになってな。
「どうして?」
一言で言えば、嫉妬。
「あー……」
オレが声かけるだのかけないだの、彼氏がいるだのいないだの、挙句の果ては、その牛みたいな胸を触りたいだの揉みたいだの。そのせいで授業が手につかなくなることも、よくあった。
「悪い虫がつかないか、気になってたんだ?」
はっきり言ってしまえば、な。かと言ってこちらから一歩踏み出してモーションかけるには、リスクがあまりに高過ぎる。
『当たって砕けろ、死んで元々』って思えるようになるまで、一体どれだけかかったやら。
「お互いに、もうちょっと勇気があったら、ね……」
……遠回りはしたが、最終的には目的地に行き着いた。今は、それだけでいい。
「……そうだね。」
……で、何でこんな、微妙に切ない話になってるんだ?
「なんでだろ?あはは、自分で話を振っておきながら、よくわかんないや。」
日付変わったな。明日も早いから、そろそろ寝ないと。
「ん……そだね。」
電気、落とすぞ。
「おやすみ……」
「…………。」
…………。
「…………。」
……おい。
「なに?」
明日も早いって、わかってるよな?
「うん、わかってる。」
だったら、上目遣いで俺を見るな。
「見てないよ?」
上目遣いで見るな。期待をこめた眼差しを送るな。とにかく離れろ。
「だから、見てないってば」
人の肩に胸押し付けて目を光らせておきながら、どの口でその台詞を言う。
「……光ってた?目。」
碧眼というのは、光をよく反射するから、こういうとき誤魔化しが利かない。
「う……だって……」
思い出話で、気分が昂ぶってしまったか。
「……ごめんなさい。」
やれやれ……
「あっ」