薄暗い部屋の中に、ギギギ…と仕掛け扉の開く音が響き
一条の光とともに、一人の中年男性がその中に現れた

「…遅れて、すまなかったな」

一見すれば20代にも見える若い容姿に
常に短めにまとめた清潔な髪型と灰色のスーツ
そしてシルバーフレームのメガネを好んで纏う男
彼こそが、北方有数の歴史と権力を持つ倉田家の当主、倉田祐弥である
その倉田祐弥が、自分の娘ほどに年下の少年少女に詫びの言葉をいれる

「…気にしてない」

目の前の四角い机の、自分より左側に座っている黒髪の少女が、そう呟く

「むしろ、詫びるのはお忙しい中お呼び出てしたのは我々の方です」

右側に座っている少年がずれたメガネを直しながら礼儀正しく言う

「とにかく、これで全員が揃ったワケだな」

腕を組みながら対面に座っていた少年の一言で全員の顔が引き締まる

「それではこれから…」

祐弥が席につき、そして言う

「第一回倉田佐祐理誕生会計画についての会議を行う!!」



佐祐理さんの誕生日会{議}


「会場の飾り付けはどうする?」

「…佐祐理のお手伝いさん達を私名雪と香里が手伝う」

「料理はどういう算段になっているんですか?」

「うむ、佐祐理はグルメだからな…
相応の腕前を持つ料理人を探してみたんだが
その料理人というのが、まだ高校生らしくてな
才能と年齢は別物だという事は分かるが…」

「高校生の凄腕料理人?
ひょっとして、それは斎藤という名ではありませんか?
だったらご心配には及びません、腕は僕達が保証致します、リーチ」

「とすると、後はプレゼントだな…とおらば追っかけリーチ!!」

「…祐一、それロン、満貫」

「舞テメェ!またそんなリーチかければハネる手をダマかよ!!」

そう言いながら、祐一が渋々点棒を舞に渡す
相談しながら麻雀してる辺り、器用な連中だ

「プレゼントか、それが問題だな…」

「倉田さんは何をあげても喜んではくれるでしょうが
出来るなら、心から喜んでくれるものがいいですからね…」

祐弥と久瀬が腕を組んで考え込んでしまう
そもそも、この誕生日会計画についても
そういった祝い事に対して遠慮がちな佐祐理を
驚かせようとして祐一達が計画したものなのだ
それを舞に話したところ、親友の父であり
佐祐理好きの同志である倉田祐也を紹介されたのだ

「うむ、せっかくこんな機会なんだ
私だって佐祐理が心から喜ぶ姿を見てみたい」

祐也が溜め息をつきながら言う
この男、一見厳格そうな父親で
実際、佐祐理にはそのように接しているのだが
実は女房が呆れるぐらいの親バカなのだ
以前、祐一や久瀬がはじめてこの男と出会った時に
「キミ達は、佐祐理とはどういう関係なのかね…?
いやすまんすまん、言い方が不味かったな…コホン
キミ達は、私の敵かね?それとも味方かね?」
と、猟銃をつきつけられながら言われた事は、佐祐理以外には有名な話である

「…祐弥は佐祐理にプレゼントした事無いの?」

舞が祐弥を呼び捨てにする
二人は佐祐理を愛でる者同志、親友同士なのである

「それとなくプレゼントしようとしているのだが、毎年家内に止められるのだ」

祐弥が不満気に言う
ちなみに、彼の言うそれとなくのプレゼントとは
『貴女の足長おじさんより』という手紙付きの
体長8メートルの護衛用隠し武器内臓型テディベア
佐祐理を外敵から守るように調教したワシントン条約保護動物の群れ
無敵の肉体と最新の人工知能を併せ持つ、『倉田メカカズヤ』
ちなみに、最後のを提案した時に、佐祐理の母親は
判子と離婚届を持ち出し、佐祐理の親権を主張したと言う

「…今年は大丈夫、佐祐理のお母さんは私達が説得する」

「でも、ほどほどにして下さいよ」

事情を知っている久瀬が苦笑いしながら言う

「うむ、実は今年は舞と相談して
舞の能力を私の所有している超能力増幅器で増幅して一也を再生…」

「そういうのは人型以外で復活するのがお約束だからヤメロ」

祐一がキッパリ言い放つ
祐弥は優秀で人望に厚い人物{あくまで外面のみ}なのだが
佐祐理の事になると倫理がどっかにすっ飛ぶのが玉に瑕なのだ

「相沢君、他のみんなのプレゼントを参考にしてもらったらどうだろう?」

久瀬が助け舟を出すと、祐一がポケットから
他のみんなから預かったリストを取り出しながら言う

「それもそうだな…
え〜とまず名雪が『スクール水着{サイズ小さめ}』」

舞と祐也がフムフムとうなづき、久瀬と祐一が硬直する
そして、リストの横には、名雪の文字で
『女らしさがアップするんだよ〜』と書き添えてあった

「…あいつには後でよく言い含めておく必要があるな
次、真琴『漫画、魔法少女モノ詰め合わせ』」

祐一は頭を抱え、心の中でツッコミを入れる
『姫ちゃんのリボン』や『赤ズキンチャチャ』辺りはまだいいだろう…
だけど、『魔女っ子戦隊パステリオン』はどうかと思うぞ?と…

「…まぁ、名雪よりは問題が無いだろう
次、あゆ『タイヤキ、焼きたてお届け予定』」

そして祐一は、リストを渡された時に聞いた
「当日は遅刻するかもしれないけど、急いでおじさんを撒いて行くからね」
というあゆの言葉の意味を完全に理解した
どうやら盗品を持って誕生会に乱入する予定らしい

「…あの三人、いっぺん拳で語らにゃいかんようだな…」

祐一の握りこぶしがワナワナと震える

「相沢君、いいから次行きたまえ
他の連中はまともかもしれない」

「…万に一つって事もあるだろうからな…
栞、『佐祐理さんの似顔絵』…嫌がらせか?」

そう言ってリストの脇を見ると
『そんな事言う人嫌いです』と書いてあった

「…確信犯か、そこまで鋭いなら
自分の絵のグロさについても気を配れよ
姉の香里、『美坂流五行活殺術秘伝火の署』…」

祐一と久瀬は顔見合わせて黙ってしまう

「何ぃ!美坂流五行活殺術だとぉ!?」

「…知ってるの?祐弥」

「ああ、平安の頃よりこの地に伝わる伝説の格闘技で、疾きこと風の如く…」

頭いてぇ…
久瀬と祐一は心の底からそう思った

「あ〜、盛り上がってるとこすみませんけどね、話が進まないんで先行きますよ…
天野、『河童の木乃伊、ものみの妖狐の殺生石、白ヒヒの…』はい次」

他にもずらずらと並んでいたが、祐一はあえて無視した
端に『東洋の魔道も捨てたものではありませんよ?』
と書いてあったが、それも無視した

「…佐祐理は西洋魔術派だから…」

「そういえば佐祐理はそういった類いのものが好きだったな…
この前もネクラシーマンだかチビクロサンボーだか言ってたし…」

それが祐一達の想像通りのもの
『ネクロマンシー』ならば、それは
死者を生き返らせる禁断の秘術の事なのだが…

「…やっぱ考える事は親子なのかな?」

「…というか、君の知人達が力を合わせれば
本当に一也君は生き返るんじゃないか?」

久瀬と祐一が小声で話をする
確かに、その場のノリで死者蘇生が出来そうな連中ばかりである
シャレになってない辺り、まったく笑えない

「…え〜と、以上だな…」

「ん?相沢君、まだ下隅の方に何か書いてあるぞ?」

「え…?」

そう言われて祐一が見てみると
確かに、小さな字で何かが書いてある

「本当だ、え〜と…
名前は北川と石橋」

言うが早いか、祐一と久瀬は
無言でリスト帖をビリビリに破り捨てた
リストには某有名アイドルグループのコンサートチケットとか
佐祐理が20歳になった頃が飲み頃のワインとか
それなりに良いモノが書いてあった気がするが、無視した

「…相沢君、連中にバラしたのは君かね?」

「…いや、多分名雪だ…
まぁ、仕方無い、バレたんなら、バラすだけだ」

ちなみにバラす、とは殺すの隠語だ
北川と石橋のほんのドッキリのおちゃっぴぃが
祐一と久瀬の気が立っているときに見られたのは、不運としか言えないだろう

「…それを参考にすればいいの?」

舞が真顔で尋ねる
当然、祐一と久瀬は大きく首を横に振る

「斎藤は当日予定があるかもって言ってたが
多分、これの事だろうから、いいだろう
即興で誕生日ケーキぐらい作ってくれるだろうし」

「ああ…こういう時は彼のような良識人が救世主に見えるよ」

「ところで、君は何をプレゼントするつもりなんだい?」

祐弥が尋ねると、久瀬はニヤリと笑った

「ふふふ、よく聞いて下さいました
僕は倉田さんの誕生日に備えて、一ヶ月も前から準備していたのです」

祐一は納得した
道理で、一月ぐらい前から、生徒会の役員達が
『会長がさっぱり仕事してくれないんです』と嘆いていたはずだ、と

「…何を準備したの?」

「えぇ、苦労しましたよ、僕自ら良質な材料を探し
納得の行くカットを考えるのに、夜も眠れず生徒会の役員会議中に寝て…」

そう言いながら、久瀬は懐から指輪入れを取り出して
中から大きめの宝石がはめ込まれた指輪を机の上に置いた

「ついに完成したのが、この指輪です」

「へぇ…随分と張り込んだな」

祐一が指輪を見ながら感心する
すると、しばらく指輪をじーっと見ていた舞がポツリと言う

「…でも、これガラス玉」

「え?」

祐一と祐弥の声がハモる
しかし、久瀬は嬉しそうに話を続ける

「えぇ、苦労しましたよ、これだけのガラスを手に入れるのは…」

すると、祐弥がキレて叫ぶ

「貴様!ダイヤでも見劣りするような佐祐理の白魚のような美しい指に
駄菓子屋で売ってる安っぽい玩具の如きガラス玉の指輪をはめさせる気か!!」

その言葉に、久瀬も逆ギレする

「ガラスのどこが安っぽいんだ!
ダイヤのどこがいい!?ただ固いだけの炭の親戚じゃないか!!
すぐに儚く砕けてしまうガラスの美しさがあんたには分からないのか!!?」

段々二人はヒートアップし、椅子を倒して勢いよく立ち上がった

「何だと!?久瀬の子せがれが!
学生時代の奴と同じように私のパシリにしてやろうか!!?」

「ガラスを侮辱するなら、倉田さんのお父上とて許せん!
現在の父と同じように、地下の座敷牢に閉じ込めてやる!!」

それを聞いて、祐一は前に久瀬が
『バカ親父にガラス玉コレクションを捨てられそうになった』
と言ってイライラしていた記憶を思い出す
たしか、それは二ヶ月前の事だった、という事も

「そ、そんな事考えてる場合じゃないんだ!
二人とも!落ち着け!落ち着いて下さい!!」

そう言って祐一が祐弥を後ろから羽交い絞めにする

「…喧嘩はダメ!佐祐理が悲しむ!!」

そう言う舞は、久瀬の喉元に剣を突きつけている
まぁ、それはともかく、その一言で二人は我に帰った

「…すまんな、君だって善意で行動しているんだ
その善意を咎めるのは筋違いだと言うものだったな
そう言われてみれば、確かにこのガラスは輝きが違う」

「いえ、僕の方こそ、取り乱してしまい、真に申し訳ございませんでした
ガラスの良さが分かってくれる方に悪い方はいませんからね
この指輪も、先月父の禁固刑の期限を残り一月に縮める代わりに
全ての費用を父に出させたので、採算度外視で作ったものです
何せ、わざわざヨーロッパ随一のカット職人に依頼しに行きましたからね」

席に戻った二人の間で、和やかに奇妙な会話が続く
舞は、さっきからじろじろとそのガラスの指輪を見つめている

「…綺麗」

「ほほう!川澄さんにもその良さが分かりますか!?」

わずかに嬉しそうな舞、ご満悦の久瀬、そして、疲れきった表情の祐一

「…久瀬よぉ、お前、この連中とあまり変わらんぞ?」

そう言って祐一はビリビリに破れたリストを指差した
すると、久瀬はむっとした様子で言い返す

「失敬な、では相沢君は一体何を贈る気なんだい?」

その一言で、祐一はハッと気付く

「…ヤベ、まだ考えて無かった」

その一言で、祐一に向けられる
氷のように冷たい3つの視線

「祐一君、聞いていたとおり、君は口だけのヒモ体質だねぇ…」

「相沢君、君に彼らをどうこう言う資格があるのかね?
こう言っては何だけど、君は北川君や石橋先生以下だよ」

「…祐一、最悪」

三者三様の批難に、すっかり祐一は打ちのめされてしまう

「…いや、ちょっと今金欠気味でさ…
安くて良いもんってのが中々見つからなくて…」

祐一が苦しい言い訳を始める、すると、久瀬がニヤッとしながら言う

「お金が無ければ貸してあげるよ、利子は10日で1割だけどね」

すると、今度は祐也が言う

「ほう、父親に似て随分と気前がいいな
奴も学生時代はよく私が一言言えば
自分の金でコーヒー牛乳とメロンパンを買ってきてくれたもんだが…
祐一君、私の利子は7日で一割だよ」

久瀬がムッとしながら言い返す

「実は最近少し値上げしましてね
今なら僕は5日で一割の利子をつけるんです」

「ほう?私のところには
3日で一割でもいいから貸してくれと言う輩が大勢来るが?」

「へぇ、そうですか
実は僕は生徒会の役員達には一日一割のカラス金を強制的に貸し付けてますよ」

「ほうほうそれはそれは
私など、12時間で一割の利子をつけては、借金のカタに臓器を売り払っているよ」

「すみません、金の工面は自分で出来ますんでいいです
というよりさ、普通はこういう場合って、金持ち同士張り合って
どっちが大金を出すかで、貧乏人の俺を潤してくれるもんじゃないのか?」

すると、久瀬と祐弥は祐一の方を向いて
何言ってんだこの馬鹿は?というような表情をした

「…祐一君、今からそんな甘い考えだと、大人になってから苦労するよ?」

「何が悲しくて、僕が君なんかの懐を温めなけりゃならないんだい?」

祐一は腹が立つ反面
ひょっとして久瀬はこの人の息子なんじゃないかと疑いを持った

「…それより、佐祐理のプレゼントを決めるのが先」

舞に言われて、ようやく祐一達は本来の目的を思い出した

「しかし、本当に何が良いのやら…」

久瀬が腕を組んで本気で考え込んでしまう

「…仕方無い、舞、アレを出してくれ」

「…! …分かった、確かに、もうアレを出すしかない」

「アレ?」

何かを決意したような祐弥と舞
そして仲良く首をかしげる祐一と久瀬

「…これが祐弥と私が作った『佐祐理ノート』」

そう言って舞が50冊ばかりの大学ノートをどこからか取り出した

「…これは?」

祐一がそう言うと、祐弥も50冊ほど大学ノートを麻雀卓の上にバサッと置いた

「そして、これが『佐祐理ノート家庭編』だ」

合計100冊…しかも、中にはびっしりと
趣味から本日の行動まで、佐祐理の事がびっしりと書き込まれていた

「本当なら門外不出の逸品なのだがな…」

祐弥がムスッとしながら言う
確かに、実の娘をストーキングした記録など、表に出せるワケが無い

「…この際だから仕方が無いけど…
…もし、持ち出そうとしたりしたら…」

「したら?」

「殺す」

祐弥と舞の言葉がハモる
剣と猟銃を突きつけるのも同時だった

「…いや、盗らないって、こんなもん」

久瀬の舌打ちが聞こえたような気がしたが、祐一はあえて無視した

「しかし、この分だと、風呂やトイレにも隠しカメラとかあるんじゃないか?」

祐一が場のムードを和らげるために冗談を言ってみる

「…それは私が全部壊した
あと、ビデオや写真、『佐祐理ノートお色気編』も焼き捨てた」

祐一は本気でひいた、って言うか、もう帰りたくなった
久瀬の『勿体無い…』という呟きもその後押しになったのは間違い無いだろう

「そうそう、それで私の書斎に舞が殴りこみに来たのがきっかけで
川原での決闘を経て私達は『佐祐理を愛でる者』同志になったんだったな」

「なるほど、言わばこのノートは
それからの佐祐理さんの成長記録であると同時に
お二人の友情の記録でもある、と言うワケですね?」

何故か久瀬はすっかり馴染んでいた
祐一は、其処は自分がいていい世界じゃないんじゃないかと思った、が…

「…あっ、ここ、間違ってるぞ
4月20日に佐祐理さんが百花屋で食べたのは
イチゴサンデーじゃなくて、チョコバナナサンデーだ」

意外に結構馴染める事が分かった
女が絡むと超人的な能力を発揮するのは、記憶力も同様だったようだ

「とにかく、コレで佐祐理のデータを調べ直し
喜ぶプレゼントの傾向と対策を練るしか無いだろう」

まるで学校の試験だった
ノートの量はある意味それ以上だったが

「…しかし、佐祐理さんが喜んだデータとなると…
まぁ、舞から貰ったプレゼントとか、主に舞絡みだよな…」

「…佐祐理が喜んでくれると、私も嬉しい」

祐一の一言で下目がちに微笑む舞
ムッとしながら自分絡みで佐祐理が喜んだデータを探して『佐祐理ノート家庭編』を必死でめくる祐也
同じように『佐祐理ノート学校編』を高速でめくって行く久瀬
少なくとも、久瀬絡みで佐祐理が喜んだ記憶など、祐一には無かった

「あった!私が舞に贈る誕生日プレゼント選ぶのを手伝った時」

「それは結局舞絡みのイベントって言いませんか?」

祐一が祐也にツッコミを入れる

「僕も見つけたぞ!
僕に会って生徒会室から出て行った時に嬉しそうにしてたと!!」

「それはただ久瀬と顔合わせる用事が終わって喜んだって事じゃ無いのか?」

祐一は久瀬にもツッコミを入れる

「…祐一君、さっきから横でゴチャゴチャ行ってるが…
『佐祐理ノート』で君の存在が出てくる時は
大抵、食事を奢っただの奢られただのなんだが…」

「あぁ、それは仕方が無いですよ
彼には食事に関する個性しか無いですから」

二人の逆襲に、思わず祐一は
他にもクソ寒い中で待ち惚けしたり人探ししたり出来るわい!
と叫びそうになったが、それもあまり自慢にならないので止めた

「…じゃあ、舞がケーキを作るとかどうですか?
例え下手糞でも、佐祐理さんは喜ぶと思いますよ?」

無能と思われつづけるのも嫌なので、祐一が先んじて提案する、すると

「…結局食事がらみか…」

「君には三大欲求以外に追い求めるものは無いのかい?」

二人に鼻で笑われた、これはかなり悔しいものがある

「…佐祐理が喜んでくれるなら、ケーキを作ってもいい」

舞のその言葉に、祐也と久瀬がピクリと反応する

「いや、それなら私が作る、私のケーキでも佐祐理は喜んでくれるはずだ」

「いやいや、倉田さんの喜ぶケーキを作るなら、僕を置いて他には無いでしょう」

「いやいやいや…」

「いやいやいやいや…」

再び、祐弥と久瀬の阿呆臭い張り合いが始まった

「おい舞、この二人止めて…」

「佐祐理は私のケーキの方を喜んでくれるに決まっている」

どうやら、舞にも飛び火したようだ
祐一は、言い争いに加わった舞を見ながら大きく溜め息をついた

「お前ら…いい加減にしろっ!!」

そう叫んで麻雀卓を両手で思いっきり叩いた

「そんな事で言い争って佐祐理さんが喜ぶワケ無いだろ!!?
それならいっそ何もせずに仲良くしてた方がよっぽど喜びそうなもんだ!!」

祐一の怒声に、三人はお互いの顔を見合わせ、がっくりと肩を落とした

「…祐一の言うとおり、私が悪かった、御免なさい…」

そう言って舞が頭を下げると、祐也と久瀬もバツの悪そうな顔をする

「いや、大人気無い真似をした私の方こそ、すまない」

「相沢君に諭されるとは…僕も少しヤキが回ったようだな」

「まぁ、みんな分かってくれればそれでいい
とにかく、佐祐理さんが喜びそうなモノをみんなで考えようぜ」

そして、その後白熱した話し合いは6時間も続いたという
しかし、祐一は、この話し合いに大して意味が無い事を知っていた、なぜなら…



「…はぇ?」

朝早くから舞が遊びに来て
しばらく話し込んでから大広間に行くと
突然クラッカーを鳴らされ、佐祐理は面食らってしまった

「HAPPY BIRTHDAY 佐祐理{倉田}さん!!」

「み…みなさん…」

昔から、親友と呼べる人間は舞しかいなかった佐祐理にとって
皆に誕生日会を開いてもらえるなんて、初めての経験だった
それが、親友の舞がいて、他のみんながいて、その中心に自分がいて
普段は厳しい父親ですら、このような戯れ言を許してくれている
佐祐理にとって、これほど嬉しい事は他に無かった

「はい佐祐理さんコレプレゼント
本当は焼き立てのタイヤキを届けたかったんだけど…」

祐一に睨まれながらあゆがプレゼントを渡す
そして、それに続くように皆が順々にプレゼントを渡す
ちなみに、あの後祐一が皆を説得し、世間一般の人間が喜ぶようなプレゼントに変えさせた

「いや〜、倉田のお父さん、本日はお招きにあずかり…」

結局ちゃっかりついてきた石橋が祐也に挨拶する
祐也は、佐祐理鑑賞の邪魔をされ、うざったそうに受け答えしている

「ケーキが焼けたよ〜」

前日から厨房に隠れて準備していた斎藤が
舞や久瀬達と特製のケーキを運び、机の上にセットした

「…佐祐理、一息で吹き消して」

そう言って舞が佐祐理をテーブルの上に連れて行く、すると

「…佐祐理?どうしたの?」

突然、佐祐理の目から涙が零れ落ちる

「…ひょっとして、迷惑だった?」

「…ううん、違うの」

恐る恐る聞く舞の言葉を否定する佐祐理

「みんなが、佐祐理のためにお祝いしてくれるのが嬉しいの…
迷惑じゃないし、悲しくって泣いてるのでも無いの
笑顔だけじゃ嬉しさを表現しきれなくて、それで目から涙が零れるの」

そう言って、佐祐理は涙を拭うと
ケーキの前に立ち、大きく息を吸い込み、吐いた

「あははーっ、一息で消せましたよー」

そして、佐祐理へと皆から惜しみの無い拍手が送られた

「みなさん…今日は本当にありがとうございました」

そう言って佐祐理が深々と頭を下げる
祐一には分かっていた、この拍手こそが佐祐理への最高のプレゼントだと
いや、正確に言えば、この拍手に込められた、心からの祝福がそうなのだ
佐祐理にとって、物の内容なんて関係無い、内面を重視する佐祐理にとって
そのプレゼントに込められた思いこそが、最高のプレゼントとなるのだ

「…それでは」

そう言って祐也がコホン、と咳をつく

「今日は他にも、私とま…川澄さん、相沢君、久瀬君から
特別に合同でプレゼントがあるんだ」

その言葉に佐祐理の表情が再びパッと輝く

「はぇーっ!お父様や舞からですかーっ!?」

かなり嬉しそうだったから
さりげなく祐一や久瀬の名前が省かれた事については触れないでおこう

「実は、もう庭に用意してあるんだ」

「あははー、一体何でしょうか?」

嬉しそうに佐祐理は庭に出る
父親が自分にプレゼントをくれるなんて、もう何年ぶりだろうか?
佐祐理は、それだけでもう最高のプレゼントを受け取った気分だった

しかし、この時佐祐理は気付いていなかった
祐弥がプレゼントの話題をした瞬間、母親と祐一の表情が突然引きつった事を


「…あははー、何だか大きなプレゼントですね」

庭には、佐祐理の背より高い正方形の箱が置いてあった

「いいから空けて見なさい」

祐弥が微笑みながら促し
佐祐理はそれに応じて箱の側面につけられたリボンを解く
すると、箱の側面は佐祐理の反対側からパタパタと倒れ始め
数歩下がった佐祐理の目の前に、プレゼントの全貌を現した

「こ、これは…」

そこには、像が立っていた
タダの像では無い、等身大のガラス像だ
それも、そんじょそこらのガラス像とは違う
佐祐理の弟である一弥をかたどったガラスの人形
その隣に笑顔の佐祐理、そしてその両親
さらに、舞、久瀬、祐一、何故か小型のアフリカ象までいた

佐祐理がソレを見上げたまま硬直し
久瀬、舞、祐弥はその後姿を満足げに見つめる

「…お、俺は、俺たちは最後まで反対したんだ…」

祐一は、皆から浴びせられる冷ややかな視線から
逃れるように身を丸め、引き絞るような声で言い訳した
佐祐理の母親は、深い溜め息をついてから頭痛薬を一気にあおる

あの後、久瀬がガラス像という案を出し
さらに祐也が一弥の像を作りたいと繋げて
極め付けに舞がみんなも居た方がいいと言い
祐一や、佐祐理母の反対を民主的に押し切ってコレに決定された

ちなみに、祐一や久瀬の像は祐也のお情け{無論、祐一にとってはありがた迷惑だったが}
象は、舞の『…動物もいると佐祐理が喜ぶ、象の像もあるといい』という一言で決定した
本人達は大真面目だったワケだが、他の皆には駄洒落た嫌がらせ以外の何者でも無い

{…うぐぅ、誕生日にこんなもの貰う人なんて、世界初だよ…}

{…ごめんね、祐一、さすがに私もコレは笑えないよ、笑えなくなっちゃったよ…}

{…あぅ〜、真琴でもここまで酷い復讐はできないわよぅ…}

{…こんな…こんな酷な事は無いでしょう…}

{…こんな誕生日を迎えるハメになってたら、私、きっと死を選んでましたね…}

{…相沢君達、倉田先輩の事嫌いなのかしら?嫌がらせにしてもコレはあんまりよ…}

{…相沢、久瀬…いくら何でも体張りすぎだよ、フォローしきれねぇよ…}

{…俺、今ほど自分の誕生日の設定が無い事を感謝した瞬間は無いよ…}

{…俺の教育が悪かったのかなぁ…人様の迷惑になるような事はするなと、アレほど言ったのに…}

それぞれの脳裏を、それぞれの思惑がよぎる
そして、誰もが皆次の一言が出せないでいた
皆にとって拷問に等しいような時間が流れていく

「か…」

そして、その沈黙を破ったのは

「一弥ぁあああああああ!!!」

佐祐理だった
佐祐理はガラス像にすがりついて泣き出した

「…泣くほど喜んでる」

舞の一言に、祐弥と久瀬がうんうんと頷く
祐一は、胃と頭がキリキリと痛むのを感じた

「…舞、久瀬さん、祐一さん、そしてお父様…
佐祐理は、佐祐理はとても感激しています…
この風景こそ、佐祐理が夢に見ていた景色…
一弥がいて、お父様お母様がいて、舞がいて…
少し余分なものも混じってますけど…
佐祐理は、コレを一生の宝物にします…」

そう言って佐祐理さんは咽び泣き
舞が佐祐理の頭をヨシヨシ言いながらとなでた
祐一は、そんな心温まりすぎて腐りそうなイカレた風景を見て
『邪魔者って久瀬か?俺か?象か?それとも全部か?』
などと、混乱のあまり、かなりどうでもいい事を考えていた

「…まぁ、佐祐理ちゃんが喜んでるんですから
アレで良いんじゃないかしら?」

「「「「「「「「「「それもそうですね」」」」」」」」」

突然現れた秋子さんの一言に皆同意する
結局、この場には祐一しか常識人がいないらしい

「…祐一君…だったかしら…?
良ろしければ、コレ、少しいかが…?」

佐祐理の母親が祐一に声をかける
手には医者に渡された頭と胃の痛み止めの薬瓶が握られていた

「…頂きます」

そう言って祐一は両手を出し
佐祐理の母はその上にザラザラと痛み止めを撒く

「…私ね、佐祐理が産まれる前に、神様にお祈りをしたのよ…」

「…何てお願いしたんですか…?」

「…『せめてこの子の性格が父親似になりませんように』って…」

「…神様なんていないんですね…」

「…私、その神社焼き払いたくなったわ…」

そう言って、二人は乾いた笑い声をあげた
そのままパーティーは深夜まで続き、やがてみんなに酒が入ると
酒乱の佐祐理母が大暴れして秋子さんと互角の戦いを繰り広げ
巻き込まれた祐一が良識人の孤独を噛み締めながら入院したのだが
それはまた次の佐祐理の誕生日会の機会にでも語られる事だろう

…………………お終い………………


あとがき

…私のSSに出る奴って、こんなんばっかしかい

樫の木おじさん「オリキャラ、倉田祐弥…
佐祐理の祐と一弥の弥を組み合わせたのか?」

親って、自分にお名前から一字とってつけたりするからね、私もそうだったし
性格のイメージは、基本的に外面いいんだけど、内面邪悪気味と言うか
女房が悲しまない程度に悪どい事やってると言うか、実は奥さんすでに諦めてるというか…

樫の木おじさん「久瀬が大人になったようなイメージで書いてるワケだな」

昔は盗んだバイクで走り出すような人でした
久瀬パパは運悪く捕まってパシリにされてました
今もその不遇は変わりません、むしろ、息子にも虐められてノイローゼ気味{笑}

樫の木おじさん「この人、娘の事になると人格変わるな…」

昔々、佐祐理を拉致ろうとしたチーマーがおりました

樫の木おじさん「…どうなった?」

娼夫として海外に売られてしまいました{笑}
祐弥さん曰く、『内臓まで取られなかっただけありがたく思え』

樫の木おじさん「悪党虐めが趣味の半悪役って、お前のツボだしなぁ…
それにしてもオチが…佐祐理母は酒乱か、秋子さんと互角とか言ってるし…」

それが倉田常識人がこんな男と結婚するかい
チョコレートボンボン一個でカンフーマスターに大変身
祐弥さん絡みで危険に巻き込まれた時のために常備してます

樫の木おじさん「来年の伏線張ってたみたいだが…」

近いうちにやるかもよ〜?
子供の日に未成年が酒飲んで終わりってオチやりたかっただけだし…

樫の木おじさん「途中で止めときゃいい話だったのに…
いい感じにまとめといて、ガラス像で全てを叩き壊しやがった
しかも毎度毎度のことだが、オチが弱いし」

だって、壊れギャグだもん、壊さなきゃ
それに家族オリキャラは書きたかったからねぇ…
あんまり出しすぎるとオリキャラSSになるから
今まではあまり出さないようにしてたんだけど…
書いてて楽しいんだよね、短編ではちょくちょく出すかも?

樫の木おじさん「お前のSS男キャラ出すぎなんだよ」

わっはっは、呼んでる人面白くねぇだろうなぁ
…でも、女出ても壊ればかりだから、あまり関係無いと思うな

樫の木おじさん「…気分の問題だろ?」

家族シリーズ、リクエストがあればほかにも書くよ〜
リクエスト無ければ、とりあえず美坂両親行きます
だってせっかく前半で伏線張ったんだしね{笑}